「第三十四章」「日菜乃と叶恋とアールさん(1)」
日菜乃は第二段階に入って数回の教習を受けた。
田村のおかげで、どのようなラインでどのように走れば、スムーズにパイロンやクランクをクリアできるかは解ったが、解っているからと言って同じようにバイクを操作できるとは限らない。
すべての操作を真似できるわけではない。
そもそも細かなアクセルやブレーキワークは、後ろに乗っているだけでは解らない。
バイクの操作に慣れていろいろ考え始めて、最初は何も考えずにクリアできていた、クランクやパイロンなどが、逆に難しく思えるようになってきてしまっていた。
どうしてもギクシャクする操作に、日菜乃はストレスが貯まりつつあった。
そんな夏休みが一週間過ぎた頃に、杏樹から突然の電話があった。
「ごきげんよう。教習の調子はどうかしら。」
久しぶりに聞く穏やかな声。
「こんにちは。なんとか第二段階には進んだけど、あまり調子は良くないわ。」
「そう。でも貴方なら大丈夫よ。」
何を根拠にそう言ってくるのだろう。
自分には何の自信もないというのに・・・
「ところで、電話したのは他でもないわ。叶恋のバイクのことですわ。」
アールさんのことだった。
「アールさんがどうかしたのですか?」
「こういう話はデリケートだから、あまり話したくはないのだけれど、先送りしても仕方がないから言っておきますけれど、バイクの名義変更とか保険の手続きとかを早めに済ませておきたいの。」
「うん・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・バイクの所有者が、叶恋ではなくなるのだ。
もう書面でだけではあったが、同じ書類にアールさんと叶恋の名前が書かれているという最後の繋がりが消えてしまうのは、日菜乃の心が締め付けられるものがあった。
たとえ名義を自分が引き継ぐとは言え、あんなに愛し合っていたアールさんと叶恋の最後の繋がりを切ってしまうのは、とても辛いことだった。
でもそれは、叶恋のお婆様も、杏樹にしても同じだろう。
自分だけがその妄執を理由にいつまでも逃げていくわけにはいかなかった。
「田村さんの話では、明日、明後日は貴方は教習がないらしいから、書類の揃う明後日はどうかな?と思いまして。」
「わかりました。明後日ですね。印鑑は持っていきます。」




