「第四章」「雨の日もバイクで走りたい??(2)」
結局その後、叶恋が戻ってきたのは、1時間目が終わった休み時間からだった。
「ほんま腹立つわ~。降るなら朝から降っときーや。ライダーウエアがビショビショで帰りとか明日とか、どうせーちゅうねん。」
教室に入ってくるなり叶恋はブツブツ言いながら、日菜乃の後ろの席についた。
ライダージャケットの下にスカートの制服を着込むわけにもいかないため、制服はロッカー置きか、バイク用リュックに入れていたのが幸いして、濡れずにしっかりしていた。
「制服まで濡れてなくてよかったね。」
日菜乃は苦笑いしながら言った。
「なにがえーねん。制服は無事でも下のブラとパンツ、もうヌレヌレのクショグショやで。」
その遠慮のない声が教室に響いて、一部の男子がブッと息を吹き出した。
「ちょっと、叶恋。」
日菜乃が赤くなって、叶恋を静止した。
「ん??なんや?」
ほんとにこの子は・・・・・
身長165センチという身長もあったが、スポーティーなスラッとしたプロポーションに、少しボーイッシュな中性的な顔立ちで、どこの「イケメン女子」の雰囲気いっぱいで、女子男子、先輩後輩問わず、こういったタイプが好きな人間にはたまらない存在なのに、その言動は・・・・・いや、その中身はただの「バイク馬鹿」なのだから残念過ぎるだろう。と日菜乃は思っていた。
(まーその残念すぎるところが、逆に良い。という病気の人も多そうだから大変だろうけど。)
「ほんま参ったで。降ると解ってたら歩きできたのにな~。アールさんずぶ濡れや。」
「バイクなのに雨くらい平気でしょ。雨で洗ったと思えば、洗車の手間が省けるんじゃないの?」
そう言った日菜乃の顔を、ものすごく残念そうな顔で叶恋が眺めた。
「な・・なによ。」
「あんさん、今どきの雨の怖さを全然知らへんな。」
「え?」
「今の雨にはPM2.5だの、カルシュウムだの、いろ~~んな良くない化学物質が含まれてて、そんなもんで濡れたままにしておくと、ものすごい勢いで金属が錆びてしまうんやで。一刻も早く、洗車するか水道水で洗い流さないと、取り返しのつかないことになるんや。」
「え・・・バイクって錆びるの?普通に雨の日でも走ってるのに?」
「あたりまえやんけ。車が平気なんは中身の大事な金属部分がボディーで覆われとるからや。バイクは殆どむき出しやから、銀のメッキの部分や金属むき出しのとこなんかは、雨水に晒してるとほんまにすぐ錆出るで。」
(錆びる・・・・錆びる・・・・・・・・)
日菜乃の頭の名でその言葉がリフレインした。
ガタッと椅子を揺らして日菜乃は立ち上がった。
「バケツ倉庫にあったわね・・・・ホースも必要かも・・・・」
少し何処を見ているかわからない目でボソボソと呟いた。
「ん?日菜乃どうした?」
「アールさん。錆びちゃう・・・・・・・・」
言い終わったかという瞬間に、日頃の動きからは想像もつかない速度で、日菜乃は教室を飛び出した。
「うわっ、何事!」
唖然とする叶恋が教室に取り残された。
日菜乃には、小さなトラウマがあった。
小学生の頃、誕生日に買ってもらったお気に入りの自転車を雨の日に乗って、数日放置して見にいくと、安価な海外製品だったためにメッキが薄かったのか、一気に錆が吹き出して、茶色だらけの錆でガリガリの自転車になってしまっていたのだ。
その変わり果てた姿に、幼い日菜乃は何時間も泣いてしまった。
(錆びちゃう。錆びちゃう。あの綺麗なアールさんのキラキラな部分が、真っ茶色の凸凹になっちゃう。)
全力に近い速度で廊下の清掃用のバケツ2つを回収し、水を満杯にし、重いバケツを両手にかなりの速度で、アールさんのいる駐輪場めがけ駆け抜けた。
(早くしないと錆びちゃう。錆びちゃう。錆びちゃう。)
申し訳程度のトタン屋根のある駐輪場までくると、素早くアールさんを見つけて、両手のバケツに入った大量の水を勢いよく・・・・・
「ちょっと待たんか~~い!」
ゼーハーいう二人の息。
すごい速度で追いついてきた叶恋が、間一髪で日菜乃を羽交い締めにしていた。
「な・・なにをなさるつもりですか・・・日菜乃さん・・・・・・」
「早く水道水で流さないと、綺麗なアールさん錆びちゃう・・・・・・・。」
「いや、それは心配してくれて嬉しんやけど、もう一時間目サボって、水道水で満遍なく洗った後やで・・・」
「そっか・・・・」
「うん・・・・」
それを聞いた日菜乃の体からは力が抜けてた。
「日菜乃・・・・お前さ・・・・」
「うん」
「たまに怖いな・・・」
「うん・・・私も今そう思った・・・・・・・・。」