「第三十二章」「スタートライン(2)」
そして、開始すぐから日菜乃はとんでもない窮地に立たされていた。
「こんなの無理・・・・」
最初の適性検査にも近い倒れたバイクを起こす。ということが、日菜乃にはとても不可能に思えた。
実際、倒れたバイクを目前にして、バイクは日菜乃の力では微動だにしていない。
「くうううううう。」
喉から変な声が漏れていたがそれどころではない。
これをクリアしないと、教習までもたどり着けない段階で、失格になるという汚名を着ることになるのだ。
自分の前にやる人でも居ればそれを参考にできるのだが、同じく今日から免許を受ける人達の先頭に立ってしまったのだ。どうやったらこんな150kgを超えるようなものを女子の力で起こせるのか、理解もできない。
腕がプルプルと震えて、足が悲鳴をあげていた。
それをしばらくニヤニヤと笑顔で見ていた田村は、
「はい、ではちょっと成瀬さんは休もうか。次の人~。」
日菜乃は、すこし離れたところに座り込んだ。
バイクを走らすどころか一センチも動かしていないのに、既に汗だくだった。
(なんなのよこれ。こんなのがあるなんて、知らなかった・・・・。)
「は~い。」
そう答えた男性が、多少もたついたがバイクをヒョイッと起こした。
「はい。おっけ~。次の人~。」
次は20大半ばの小柄な女性だった。
(うわ・・・あの人も絶対無理だわ・・・)
そういう目で見ていた日菜乃を他所に、女性は、バイクのシートに体全体を張り付かせるようにして、グット持ち上げた。少し足を踏ん張り直してはいたが、バイクは起き上がった。
(すごい。)
日菜乃は真面目に驚いていた。
身長的にも体格的にも、自分より小さいこの女性がバイクを起こせるとは、真剣に思えなかったからだ。
「は~い。次の人~~。」
次の体格の良い男性の方が遥かに苦労していた。
押してもバイクは横方向にズルズル滑るものの、縦に起き上がろうとはしなかった。
「ここの前ブレーキを握って、シートに胸をかぶせるように押し付けて斜め上に押し付けるようにすると、いいよ~~。」
田村が穏やかにそう言った。
小さい女性の後だけに、なんとか軽く起こそうとしていた中年の男性は、かなり力を使って疲れていたが、それでも田村の言うようにやると、軽く持ち上がった。
「はい~。ではもう一度、成瀬さん。」
日菜乃は立ち上がって、再び倒されたバイクの前に立った。
(フロントブレーキ。身体を押し付ける。上ではなくて斜め上に。)
「んんんん~~~~。」
今まで出したこともない声が出ていたが、なんとかヨロヨロとバイクが持ち上がった。
「んっ。」
最後のひと押しで、バイクは持ち上がった。
「やった・・・・できた・・・・。」
ハアハアと息をしていたが、ここで落第という情けない事態をなんとか避ける事ができて、日菜乃は安堵した。




