「第三十一章」「運命の一日(1)」
杏樹は居間に通され、日菜乃並んで、座布団に正座していた。
杏樹にとっては、はじめての日菜乃の家への訪問である。
お茶を出され、平机を挟んで、日菜乃の両親が居た。
おそらく40~50代であろう。
杏樹はどちらが抵抗勢力の本丸であるのか見定めようと、二人の顔を見比べていた。
父親は細めでメガネのいかにもサラリーマン風で、母親はどこにでもいる、少し神経質そうなおばさんであった。
日菜乃は、かなり落ち着きがなかった。
色々考えたが、結局両親を説得する材料はろくに見つからず、正直に気持ちを話して、あとは運任せにするしかない状況だった。
日菜乃にとっても、杏樹にとっても、これから数時間の話し合いで、今後の人生が大きく変わるだろうことは解っていた。
杏樹の父親は戦争をしてはいけないと言っていた。
だが、これは自分の希望を叶えるための自分との戦いには間違いはなかった。
杏樹としては先手を取りたかったが、おたがいの挨拶の後に、最初に口を開いたのは、日菜乃の父親だった。
「だいたいの話は聞いている。妻も叶恋さんのおばあさんとは町内会で面識があってね。できれば叶恋さんのバイクを日菜乃に乗って欲しいそうだというのも聞いている。今日の話はその事についてだよね?」
「はい。構いません。」
杏樹が即答した。
「うん。そのことについてだよ。」
日菜乃も答えた。
父親は頷いて続けた。
「こちらの考えを言わせてもらうと、それは駄目だ。」
その言葉に、予想していたとはいえ、二人の体はピクッとした。
「確かに叶恋さんの事故は大変残念だし、私も何度も見かけていたから、辛い気持ちも有る。だが、それとこれとは別問題だ。現役の女子高生の日菜乃が、いくらバイクが形見で、あちらのおばあさんの意向でも、バイクに乗る理由にはならないぞ。危険だし、お金もかかる。そもそも免許もないだろう。」
そこに母親が追従した。
「バイクなんかにかまけていたら、時間を盗られて成績も落ちるに決まってるわ。今でも志望大学の推薦がとれるギリギリで、3年は勉強をもっと頑張ってもらわないといけないのに。危ないオートバイなんか考えれないわよ。」
日菜乃はうつむいて黙り込んでしまった。
杏樹の表情も厳しかった。
当たり前といえば当たり前だが、当然の両親の反応だった。
叶恋の形見という点で、もう少しの理解は有るかと思ったのだが、自分の娘が危険なバイクを乗り回すという現実の前では、そんな感傷も排除されてしまうのだろう。それはそれで理解できない事ではない。
これ以上続けられてはと、杏樹が口を開いた。
「バイクの維持費、保険、免許費用は私が負担いたします。これに関してはご意見もお有りでしょうが、これは日菜乃さんにバイクに乗る気があって、費用面でのみ問題が有るなら、私が負担したいというワガママです。幸いにも、私の家は教習場を運営していまして、かなりの融通がきく状態です。」
杏樹は一気に話して、ここで一呼吸おいた。
「おそらく深くはご存知ではないと思いますが、私は叶恋さんの大変親しいバイク仲間でした。そのバイクに、叶恋さんの親友である日菜乃さんが乗っていたただければ、というのは私の願いでもあります。つまりは、日菜乃さんにお金を使うというのではなく、私の希望のために私が金銭を使うという訳です。ですので遠慮や、申し訳ないなども気持ちは、受け取るつもりもありません。」
すぐに父親が口を開いた。
「金銭の問題だけではない。バイクは危ないし、たとえこちらが安全運転しても、最近は危ない車も多い。事故となったら一生もとの身体には戻らない可能性だってある。まだ17歳の女の子がそんな危険を背負う必要はない。」
(危険なだけなら、歩行者でも自転車でも同じでしょう。)
そう言いたいが、杏樹は口を噤んだ。
そもそも現代の二輪事故の多くは、交通マナーを守らない全般的な原付きスクーターと、30歳以上の中高年のバイクだ。事故死亡率も5割以上が65歳以上。教習もいらない原付きが事故件数4万で自動二輪事故の2倍。年齢別では30歳以下と30歳以上の事故件数は半々である。若いから危ないというわけではない。
そんな正論をぶつけても「若者のバイクは危ない」と思い込んでいる一般の人々の鉄壁の盾を打ち壊すのは無理な話だ。杏樹は小さくため息をついた。
(二輪事故を起こすのは、すり抜け当たり前で半ヘルみたいなヘルメットを被った、アホガキと、おっさんと、おばさんスクーターが殆どで、事故や無謀運転を起こしてる二輪にしても、見た目は若い格好でヘルメットで勘違いされるが、おっさんが殆どなんですよ!そもそも今の「バイク=悪」みたいな印象を植え付けたのはあなた達40~70歳くらいの年代のせいでしょう。)
杏樹は本気で言いたくなったが、これを言ったところでどうにもならない。
「それでも・・・」
日菜乃が口を開いた。
「それでも、ちゃんと練習して、事故を起こさないように頑張ります。だから、叶恋のバイクに私が乗りたいです。」
日菜乃は小声ではあったがそう答えた。
「お前みたいな運動も音痴な子が、バイクなんて無理に決まっているだろう。危なくて乗せられん。」
「怪我でもしたらどうするの。一生棒にふることになるわよ。」
「そもそもお前はバイクなど興味なかっただろう。叶恋さんの事故のことは同情するが、だからって好きでもないバイクにのってどうするんだ。」
厳しい口調で両親は言った。
「それでも、私は叶恋の乗っていたバイクに乗りたいんです。」
今度ははっきりとした声で日菜乃は答えた。




