「第二十九章」「終わりと始まりと(2)」
「あ、貴方になにが解るっていうんですか。」
日菜乃が叫んだ。
その言葉には明らかに強い感情があった。
「貴方の状況や気持ちなんて知らないわ。でも解ることはありますわ。」
杏樹は一呼吸置いてから話し始めた。
「叶恋のおばあさまは処分するとおっしゃいました。おそらく中古業者に販売するか委託して廃車でしょう。もともと叶恋があれだけ綺麗にしていたバイクです。業者は大喜びで安値で買い叩いて、すぐにでも店頭に並ぶでしょう。でも、それでもすぐに売れるとは限らない。何ヶ月も埃を被って、どんな人間が買うかもわからない。」
杏樹は日菜乃の目を強く見つめて、続けた。
「大切に乗ってくれるかも知れません。ですが、その確率は低いでしょう。大事にしてくれるのは最初だけ。気軽に「俺の愛車」など言われてパーツを交換したりステッカーを貼られたり、そしてそのうち飽きるでしょう。次は大型かな。みたいにね。そしてまた安い値段で売られていく。」
杏樹は、その様が目に浮かぶようで、言っていて目頭が熱くなりそうだった。
あんなに叶恋が愛したバイクなのに・・・・
「あのバイクはここから送り出された瞬間から、叶恋のバイクでは無くなります。彼女がどれだけあのバイクを大切にしていたか。どれだけ愛していたか。誰も知らないただの何処にでもあるバイクに成り下がるのです。」
杏樹は更に一歩近づいた。
「貴方は本当にそれで良いんですか。あの子があのバイクをどれだけ大切にしていたか。同じような愛情を持ってあのバイクに乗れるのは、それを一番近くで見ていた貴方しか居ないんです。あなたの手元に有り続けるしか、あのバイクが叶恋のバイクで有り続ける方法はないんです。」
次から次に言葉が出てきた。
一言一言告げるたびに、杏樹の脳裏に、叶恋のバイクの横で笑う笑顔が思い出された。
苦しみと悲しみと、体力の限界で、杏樹はクラクラしていた。
それでも、最後に踏ん張って拳を握りしめた。
「免許がない?取ればいいでしょう。運転が下手?壊すなら貴方の手で壊しなさい。その方が叶恋も本望でしょう。埃を被るかもしれない?バイクは月に一度でも愛してくれる人間が乗ってくれたほうが嬉しいと思います。親が反対する?あのバイクは叶恋そのものなんですよ。貴方は叶恋の為に親とも戦え無いのですか?」
杏樹は自分でも無茶なことを言っているのは解っていた。
わがままな子供の意見だった。
それでも、このままでは、叶恋も日菜乃も、不憫すぎる気がしていた。
親友を失い、バイクも何処かに売られ、叶恋のお婆様とも日菜乃は会うことがなくなり、友人になれたかも知れない私とももう会うこともないだろう。すべての糸が切れてしまう。
日菜乃は一人になってしまうだろう。それを見て叶恋は悲しむだろう。
すべてが失われていくのが、余りにも救われ無さ過ぎて、辛かった。
(ああ・・・そうだ。きっと私も救われたいのだ・・・・・)
杏樹はそう感じた。
親友も、これからの楽しみも、多くを失ってしまったけれど、せめて最後に何かの希望で私が救われたいのだ。
でないと余りにも悲しすぎて・・・・叶恋が駆け抜けたこの世界そのものが嫌いになってしまいそうだった。今の日菜乃のように。




