[特別編]「叶恋物語(5)」
叶恋のバイク「アールさん」は新名神高速道路から名神高速道路を経由して中国自動車道。さらにそれを越えて播但連絡有料道路に入っていた。
ここまでの道のりで5時間以上かかっている。
朝の5時に出発したのだが、もう10時を過ぎていた。
間もなく播但連絡有料道路を降りて8号線。そののちに404号線から、峠としてはメインの39号線に入る。
裏の8号線がかなりキツイ峠道らしく、バイク乗りはそちらを楽しむパターンも有りなのだが、今回の目的はそういうことではないし、こんな長距離移動は叶恋も初めてで、どこまで体力が保つか分からない。
そんな状況で終着点前に厳しい峠などは、疲れた体と判断力では事故起こす可能性も高かったこともあり、叶恋は迷わず39号線のルートを選択していた。
それだけではない。
間もなく下道の8号線に入る段階で、叶恋は、今日は兵庫で一泊することを考え始めていた。
体力は尽きても気力で帰るという手もあったが、疲れた体で夜の高速は、他の無謀運転をする車も怖いが、自分の疲労からくる睡魔も最大の問題になるだろう。
今回のソロツーリングは思いつきではあったが、16歳の叶恋にとっては一大決心の長距離移動だった。
往復の高速代とガソリン代で往復で1万5000円前後かかっている。生活の苦しい叶恋には一大出費だ。
この上一泊となると、相当生活は厳しくなる。
それでも事故など起こして、バイクに乗れない体などになる確率は増やすべきではない。
無理をけしてしない。それが危険なバイクに乗るということの鉄則だと叶恋は思っていた。
逆にそう考えると気持ちが相当楽になる。
目的地にさえ着けば、あとはのんびりして、今日は寝れるのだ。
気分はずっと軽くなり、自然と運転にも余裕が生まれ、見知らぬ景色の中をバイクを運転しているのが楽しくなってくる。
バイクとは、車体のバランスを取るだけではなく、乗り手の心のバランスも取れていなければ、上手く走れない乗り物ということなのだ。
宿泊をほぼ決めた叶恋は、最後の39号線が少し楽しみになってきた。
正規の観光バスなども通る道とはいえ、目的地は標高1000mなのだ。
それなりの登道だろう。
叶恋の心はそのコースに少し心が踊った。
バイクは叶恋がそんなことを考えてる間に39号線に入った。
最初は緩やかなワインディングだったが、想像どおり次第にきつくなってくる。
それでも景色は綺麗だった。途中で真横を通る、長谷ダムの姿は迫力も有り、叶恋は思わず声を上げた。
空気も美味しい。
気分も爽やかだった。
だが、思ったより道は狭い。
観光バスが通るという情報で、しっかりとした車線があるかと予想していたのだが、実際は車線のない道路に変わった。
更に登るとわずかだが耳がツンとした。
しかし、叶恋が一番戸惑ったのは、相棒の「アールさん」のエンジン音が少しおかしくなったことだ。
こんな症状ははじめてだった。最初はこんなツーリングの真っ只中でエンジン不良かと、かなり不安になったが、そうではないことに叶恋は気がついた。
気圧と酸素濃度の差のせいだった。
たかが1000m。されど1000m。
機械は正直だった。
その状況の変化にバイクはいち早く、異常を知らせてきたのだ。
「もうすこしや。アールさん。がんっばってや。」
それでもエンジンはガンガン回る。この程度でどうこうなるようなバイクではない。
叶恋は一気に立て続けのコーナーを旋回して、目的地を目指した。
両親と歩いた、黄金のすすきの高原へ向けて。