「第三章」「はじめてのバイク屋(2)」
一歩中に入ると、不思議な匂いが充満していた。
金属のような革のようなゴムのような油のような。
いろいろな匂いが混ざった匂い。
狭い空間に押し込められたバイクの金属の照り返しを見てると、SF映画のロボット軍隊の待機場のようだった。
中から妄想の中の、鬼の整備工場長が姿を表して、日菜乃はすこし後ずさった。
「よお。叶恋ちゃん。できてるよ。」
細身だけどがっしりした、おじいちゃんではないけれど、おじさんではない感じの年齢の男性だった。
「なんか問題有りました?ないといいな~。」
かなり親しい感じで叶恋は話しかけていた。
元々人見知りなどはしない子だけれど、その声のトーンで、かなり話しなれていて「悪い人ではない」というのが長い付き合いの日菜乃にはすぐに解った。
叶恋の人を嗅ぎ分ける嗅覚は鋭くて、相手が普通だったり微妙だったりする場合は、彼女はこんな風には話さない事を、日菜乃は知っていた。
「叶恋ちゃんのアールさんは全然問題ないよ。」
「ぷっ。」
日菜乃は急に吹き出した。
バイク屋の人と叶恋が驚いたように日菜乃を見た。
(え?なにか面白いところあった??)という感じである。
「あっ!ごめんなさい!」
日菜乃は真っ赤になって、小さくなった。
結構真面目そうな大人のバイク屋の人が、叶恋が自分のバイクにつけた「アール」という名前にしっかりと「さん」の敬称をつけて呼んだのが面白すぎたのだ。
もしかすると叶恋がここに来るたびに「アールさん」「アールさん」と連呼して、それがバイク屋さんにも映ったのかもしれない。と、想像した。
「あ、店長。この子が何時も話してた、日菜乃だよ。私の大親友。」
「ほう。」
店長は日菜乃に少し近寄った。
「はじめまして。店長の露草です。」
「は・・・はじめまして。」
日菜乃はこんな大人の男性と自己紹介などあまりしたことがないのでドギマギしていた。
店長は軽くこちらを覗き込んで、柔らかい笑顔で言った。
「こんなバイク馬鹿の叶恋ちゃんが親友だと、話し合わせるの大変でしょう。」
「ちょっ、ひど!てんちょ~~~う!」
叶恋がふくれっ面になった。
なんだかそれが面白くて、乗っかりたいような、調子に乗ってはいけないような。
日菜乃は迷っているうちについこう言ってしまっていた。
「持って生まれた持病ですから、諦めています!」
「ぶほっ!あははははは。」
店長は普通の真面目な顔とは裏腹に、大きく表情を崩して笑っていた。
「日菜乃!なんだよそれ!」
叶恋がジタバタして怒った。
その姿が子供みたいで、日菜乃も笑ってしまった。
「持病か。確かに持病だよ。バイク好きなんていうのは。」
店長が笑いながら言った。
叶恋はムスッとして「連れてくるんじゃなかった」みたいに膨れていたが、その後、バイクの話になると店長とかなり真面目に話しこんでした。
二人が話し込んでいる間、日菜乃は色んなバイクを眺めた。
正直、日菜乃にはどれも同じに見えるか、集団で暴走する人たちが乗りそうなバイクとしか見分けがつかなくてすぐに飽きてしまった。
どちらかと言えば、アールさんの側でニコニコ話をする二人の姿が、何故か暖かく感じて、そちらばかり見てしまっていた。
(なんで二人を眺めているとこんな心がポカポカするんだろう。)
不意に日菜乃はそう思った。
(ああ・・・それはきっと、叶恋の大好きな居場所がここにあるからなんだ。)
店長さんに挨拶をして店を出ると叶恋が聞いてきた。
「初めてのバイク屋どうだった?」
その質問に少し頭を悩ませて日菜乃は答えた。
「アールさんが一番イケメンだったよ。」
その答えに叶恋は一瞬ポカンとした。それから。
「うおおおお。わかってるやん!!きたこれ。」
いきなり多弁になりアールさんの自慢を話し始めた叶恋を見て(ああ、この答えは失敗した。)と日菜乃は思った
(この話一時間は続くよ。)と感じてげんなりもしたが、「持病だからしかたないよね。」と大人しく叶恋が満足するまで、日菜乃は叶恋の話を聞き流すことにした。