「第七十一章」「空と大地と(8)」
「すまん。なんでもない。」
そう言って、涙を落としながら、楓は自分のバイクに振り返った。
楓の視界はぐるぐると回っていた。
もう俺には何もわからない。
「おっと、警察官として、そんな状態の君をバイクで走らせるわけにいかないな。」
うつむいてバイクに向かおうとする楓の前に、非番でツーリングに参加していた、白バイ隊員の西島健一郎が立ちふさがった。
「何も言わなくていいから、少し落ち着け。」
うつむいて足を止めたままの楓に、西島は静かに言った。
だが楓はそれを押しのけてバイクに向かおうとした。
「それで、高速を感情に任せてブッ飛ばして、事故でも起こして死ねば、少しは私たちへの贖罪になる。とかいう甘い考えでいらっしゃるのかしら。貴方は。」
杏樹が少し前に出て言った。
その言葉に楓の動きが止まった。
「貴方の命ごときで、「叶恋の命」のごく僅かな代償になるという考えすら、烏滸がましい事だと思いませんか。」
その言葉に楓は心を抉られた様な気がした。
(そのとおりだ・・・・そのとおりだよ・・・・)
楓は思わず口元で笑ってしまった。
「貴方がそんな責任の取り方をしても、満足するのは貴方の自尊心だけで、私たちには後味が悪いだけで何も残りませんもの。そんな責任の取り方で貴方は納得できるなら、自由にこの世界から逃げ出されるのがよろしいですわ。」
もう一歩、杏樹は進んだ。
「ただし、そんな死に方をしたら、叶恋は貴方を絶対に許さないでしょうけどね。」
「なら、どうすればいい!」
振り返って楓は叫んだ。
「俺には何もない。責任なんてとてもとれない。どうしていいのかもわかんねぇ。あんな良い奴をお前たちから奪った代償なんて俺には何一つないんだ。」
そこまで一気に叫んで、静かに続けた
「あいつは凄い奴だった。あんな太陽みたいな奴を失わせておいて、俺にできることなんて何もない。謝罪の言葉なんて軽々しくて思いつかない。俺には何もない・・・・何もできないんだ。」