「第十七章」「杏樹もバイクで走りたい。(1)」
杏樹はヘルメットを抱いて、教習所のベンチに座っていた。
ぼんやりと自分の予約時間の前の時間を走っているバイクたちを眺めていた。
時間は早朝である。
季節は3月だ。周囲はまだかなり寒い。
入学前の長い休み終わりのギリギリの時間を使って、今まで習っていたピアノやバレーを全てキャンセルしての受講だ。
そもそも他の習い事は母親の見栄で行われていた退屈なものだった。
「バイク免許を取る」
「そのために他の習い事は当分の間中止する」
という突然の杏樹の発言は、家庭内での大混乱をもたらした。
母親は激怒し、父親がバイク好きなせいだ。教習所などに連れて行くからだ。と捲し立て、半狂乱気味だった。それを黙って眺めながら杏樹は、母親と杏樹の間に立って苦しい表情の父親には、申し訳ないな。と思っていた。
危険だ、危ない、事故や怪我にあったらどうするんだ。
母親は3時間に渡って、杏樹がほぼ予想していた内容をぶちまけると、すこし落ち着いた。
そこまで黙って待ち続けた杏樹は、この段階ではっきりと言った。
「わたくし、免許を取らせて頂けないなら、高校へは進学しませんわ。」
この予想外の強烈な一撃で、身内全員が撃沈した。
末っ子で我儘というわけではないが、言い出したら聞かないところがあり、もしかすると本当に高校にいかなくなる可能性はありえないことではない。
そんなことにでもなったら、バイクがどうこういうレベルの話ではなく、人生が狂ってしまう。という恐怖に、だれも真っ向からバイクのことを否定できなくなってしまった。
二歳上の姉は、この騒ぎが収まると部屋から出てきて呆れた風に言った。
「あんた、無茶苦茶するわね。」
少しニヤッとして部屋に戻った。




