「第十章」「バイクはもっと走りたい。(1)」
日菜乃がひとしきり泣いた後、落ち着いてからおばあさんはゆっくりと話し始めた。
「突然来てもらって悪かったな~。実はな。叶恋のオートバイのことなんよ。」
(アールさん?)
「日菜乃ちゃんも知っていると思うけど、わたしではあんなモノには乗れんのよ。あのオートバイは叶恋の一番の宝物で一番の思い出の品や。あれがお人形や他のものなら私やって墓まで持っていきたいくらいや。」
おばあさんはまだ少し迷いがあるようで、少し言葉に詰まったが、話を続けた。
「そやけどあれは動くもんや。置いておけば朽ちて動かなくなる。このまま家に置いてても錆びるか駄目になってしまうだけや。毎日私が眺めて生きている叶恋を思い出すためにこのままっていうんも考えたわ。けどな、あのオートバイは叶恋の全てやし叶恋の友達なんや。このままカバーを被ったまま、一度も走らんていうのは、オートバイも寂しいやろうし、それを見たら叶恋もきっと悲しむわ。」
しっかりとした目でおばあさんは日菜乃の目を見つめた。
「日菜乃ちゃん。あんたに貰ってほしいんや。」
その言葉に日菜乃は息が止まった。
「日菜乃ちゃんも、こないな話をされても困るやろうし言いたいことはわかる。日菜乃ちゃんはバイクにそんなに興味があるわけでもないし、免許も持ってはらへん。オートバイなんて乗るだけでも危険やし、わたしが叶恋のオートバイをあんたに託したせいで、いつか大きな事故でも起こしても、わたしでは責任なんてとられへん。叶恋の話やと持ってるだけでも色々お金のかかるもんらしいし。」
おばあさんは一呼吸おいて、穏やかに言った。
「でもな、それでもな、あんたに貰ってほしいんや。」
自分が叶恋のアールさんを引き取って自分のものにしてしまう。
そんな事を考えたことも無かった日菜乃は、言葉が出なかった。
「わたしも叶恋が居なくなったことで気持ちが手一杯でな、オートバイどころじゃなかったんやけど、昨日買取業者とかが押しかけてきてな「もう乗る人間は居ないんでしょう。5万払ってもらえばうちで処分します。」とか「亡くなった人が乗ってたバイクというのは縁起が悪いから、引き取る人なんていませんよ。今ならなんとか3万でうちが買い取りますよ」とか言うてきて、むりやり持って帰ろうとして大変だったんよ。」
「アールさんがたった3万円?5万払って廃車?なんで!」
(中学から頑張って頑張って、遊んでるみんなを横目にお金を貯めて、叶恋が買ったバイクが。)
そんな価値だと言われたことだけでも、日菜乃はショックだった。
「なんとか追い返したんやけど、またすぐに同じような連中が来るかもしれん。そこで考えたんや。あのオートバイをこのまま走らせないのは可愛そうや。そやけど、あんな人の心ない業者に売るのも嫌やし、どこかで知らない誰かに阿呆な運転をさせるのも嫌や。」
おばあさんは仏壇の叶恋の写真を眺めた。
「日菜乃ちゃんは、叶恋の大親友や。あんたが乗るなら、こかしてもええ。壊したってええ。叶恋が集めたオートバイ用の服や道具だってなんだって使ってええ。きっとあの子は、あんたが貰ってくれるのが一番本望だと思うんや。」
おばあさんは、少し前に出て、日菜乃の手を優しく握った。
「無茶な話なのはわかる。断ってくれてもええ。こんな老いぼれの最後の頼みや。ちょっとだけ考えてくれへんかのう。」




