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「第五章」「今日はバイクを洗いたい(3)」



「まずは満遍なく、シャワーをかけて、バイク表面のホコリやゴミを落とすんや~。やってみ~。」

と言って、ホースの繋がったシャワー口を渡してきた。

「え?どのくらいの勢いで?何処にかければいいの?」

いきなりの出番登場で日菜乃は戸惑った。


「こんな程度のシャワーならガンガンどこでもかけてえーで。濡れたらあかんとこはテープで覆ってるから大丈夫や。女らしくドカンとかけんかいな。」

「女らしくドカンとと言われても・・・・・」


友人の大切なものに、大量の水をかけるなど、人生で何度も体験することではないし、したくもない緊張感だ。

綺麗にするという大義名分がないと、とても無理だろう。


ドキドキする緊張の中、シャバシャバと水をかけ始めた。



いざ水をかけ始めると、日菜乃はすぐに慣れて、ザバザバと容赦なくいろんなところにシャワーを浴びせ始めた。

「このへんもかけていいの?」

「むしろかかってないとこがないように、ジャバジャバやってええよ。」


そう言われて、更にいろんな角度から日菜乃は水をかけ始めた。


元々そんなに汚れたりしていたわけではないが、気分的にアールさんのホコリが落ちていくような気がして、なんとなく日菜乃のテンションも上がってきた。


「次は拭き取るで~~。そっちの新しいタオルで優し~く、水分だけ取るつもりで撫でてやって~な。」

「わかった。」


作業ツナギと上下ジャージの女子高生二人が、バイクの周りをぐるぐると回って作業する様は、日菜乃が見たアニメの女子ライダーの洗車シーンからは、程遠い色気のなさだった。


「そこはタオル変えて綺麗なので。」とか「そのへんはオイルベタベタになるから私がやるわ。」とか、叶恋の指示がわかりやすく丁寧だったので、テンポもよくさくさくと拭き取りは終わった。


「ここは何?」「ここ拭いていいの?」とか、質問しているうちに、日菜乃はどうでもいいバイクの知識をかなり身に着けてしまった。


(脳細胞の限られた容量を、無駄な知識に使っている。)

と気が付いたときは既に手遅れで、もしかすると日菜乃を洗車に誘った理由は、これが目的だったのかと思い始めた。


今まで日菜乃は、叶恋がバイクのパーツや仕組みの話をしても、ちんぷんかんぷんで無関心だ。

それが多少なりとも名称や働きが解ってしまうとそうは行かない。

叶恋は、それを憶えさせ、バイクの話の、話し相手として日菜乃を育成し始めたのではないか。


(もしそうなら完全に術中にハマってしまっている。)

恐ろしい奴め・・・・・・・・・・・・・・。


「そこのラジエーターの部分はほんま弱いから、優しくぽんぽんして、できるだけ水分とっといてな。でないとエンジンかけた時、むっちゃ水蒸気出てそのへん濡れ濡れになってまうんや。」

「へ~そうなんだ。」

ぽんぽんぽん・・・・・・。

「なんで、こんな弱そうな部分がバイクにあるの?」

「あ~それはやな、このエンジンは水冷エンジンていうてな、水でエンジン冷やしながら走ってるねん。その分、水の温度がすぐ上がってしまうから、そこのうっすいひらひらのむっちゃ付いたラジエーターて部分で風を受けて冷やすんや。それでまたエンジン冷やしに行くて感じで、水を循環しとるんや~。」


「なるほどね。」

(やばい・・・・・いらない知識が、無意識のうちにどんどん入ってくるわ・・・)


しかし、未知のものを目の前にして、好奇心がわかないなどありえない。

(もう黙っていよう。気にしなければいいのよ。)

と、思ってはみたものの、なかなかに難しい。


「このタイヤの横についてる円盤みたいの何?って思ったけど答えなくていいわ。」

「どういうことやねん。」

すこしズッコケ気味に叶恋が言った。


「興味があるけど、知りたくはないの。」

「なんやそれ。あたらしいツンデレ要素でも身に着けたんかいな。」

「別にそんなんじゃないけど。」

「それは、ディスクブレーキって言ってブレーキの一部分なんや。その円盤をそこのキャリパーっていう部分でギュ~~て挟んで、タイヤの回転を止めるんや。」

「へ~すごいね。5分で忘れることにするわ。」

「なんでやねん。新しい反抗期の形かいな。」


(聞かないのもストレス。聞いてもストレス。どうしたらいいの。)

「ちょっと休憩する。」

気分転換がしたくて、日菜乃はそこから逃げることにした。


おそらくここ数時間で、普通の女子高生が知らなくていい知識を大量に身に着けてしまっただろう。

(バイクのパーツが夢でまで出てきたらどうしよう。ホラーだわ。)

ブツブツ言いながら、日菜乃は縁側に座った。


「じゃーうちワックスかけるわ。休んどき~。」

「はーい。」


縁側は廊下に面していて、そこに叶恋のおばあさんが歩いてきた。

「日菜乃ちゃん。ほんまに付き合わせてごめんやで。楽しくともなんともないやろ。これでも食べて休んどってな。」

そういってお茶菓子と冷たいジュースを持ってきてくれた。

「大丈夫です。ありがとうございます。」

横に座って、おばあさんはお盆ごと日菜乃のそばに置いた。


「ほんまにバイク触ってるときのあの子は、天国おるみたいに幸せそうやな。」

「そうですね。多分本気で幸せなんだと思います。」

「日頃もあの子はバイクの話ばっかりしかせんやろ。日菜乃ちゃんにも訳わからへん話しして迷惑かけてる気がするわ。ほんまにごめんやで。」


「本音を言うと困る時も多いですけど、幸せそうに話す友人を見られるのは、それは幸せなことだと思います。」


おばあさんはその言葉に関心したように言った。

「日菜乃ちゃんは大人やな~。あの子にも分けて欲しいくらいやわ。」

「いいんですよ。あんな叶恋が好きですから。」

日菜乃は笑顔で答えた。


おばあさんはニコニコした。

「ほんまにあの子はいい友達に恵まれたわ。」


自分でも少し良いこと言い過ぎたと思って、日菜乃はすこし赤くなった。

でも嘘ではない。


生活も楽ではない。両親も早くに亡くして寂しい思いも何度もしただろう。バイトだって楽でもないし嫌なこともあるだろう。


そんなことを一切口にせずに、好きなバイクのことだけ笑顔で話す、彼女の強さは、本当に日菜乃を成長させてくれている。と自覚していた。


大好きなものに真っ直ぐなその強さと優しさは、多くの人が真似も出来ないだろう。

そんな彼女の笑顔をみると、こっちも頑張らないと、と思うと同時に、心がぽかぽかする。


それが随分、日菜乃を成長させてきたのだ。


もっと頑張れる。もっと優しくなれる。もっと真っ直ぐに生きていける。



そして、弱い自分はもっと強くなれる。




「あんな叶恋に居てほしんです。」

もう一度、日菜乃は呟いた。



「ワックス終ったで~~。」

叶恋がこっちに手を振った。


「うわ~~。綺麗。」

日菜乃は思わずそう叫んだ。


カウルの部分が深みのある輝きで、まるで新品のようだ。

思わず日菜乃はバイクに近寄った。


「どや~~。」


「うむ。なかなかの出来であるぞ。」


「そやろ~~~。」


ピカピカになったアールさんを前に、叶恋は最高のキラキラした笑顔を見せた。




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