プロローグ
はじめての公道へのスタート。
心臓が・・・人生で体験したことのないような不安定な鼓動を、信じられないほど速い速度でうっていた。
二週間前に免許も獲得したし、この日の為に何度もイメージトレーニングもしてきていた。
いろんな動画も沢山みてきた。
初めてのバイクで道路に走り出すだけ。
それだけのこと。
だが、バイクに跨った瞬間に日菜乃の記憶から全ての前準備は消失していた。
(なにやるんだっけ。なにやるんだっけ。)
フルフェイスのヘルメットの中でハアハアと熱い息が充満していく。
最新のピンロックとかいう透明なバイザー部分が曇らないヘルメットでなければ、もう透明部分は真っ白に曇っていたかもしれない。
日菜乃の159センチの身長で、地面に着いている両足のつま先が、緊張でガクガクと震えていた。
秋の曇り空で汗をかくような陽気でもないのに、顔も背中もジトジトと汗が滲み出していた。
頭も視界も真っ白で、自分が何をしているのかもわからなくなっていた。
「大丈夫かい?ゆっくりでえ~よ。」
隣でその様子を見ていたおばーさんの声で、日菜乃は一気に現実に引き戻された。
視界がカラーになる。
入ってくる周囲の景色と雑音。
「だ、大丈夫です!行きますね。」
なんで「行きますね!」などと言ってしまったのか、自分でも意味がわからない。
頭はまだ真っ白だったのに。
(と、とりあえず、エンジンかけて・・・・・・)
キュキュキュブオン。
(ひっ)
ドッドッドッ。
180kgの車体から生み出されるエンジンの音と振動に、日菜乃は更に恐怖心が湧いた。
(エンストは絶対にしない。倒れたら起こせない。)
なにより
(絶対にこのバイクを私が傷つけたり出来ない。)
ギアを1速に入れて、回転数を高めにして、クラッチをゆっりと離して。その前に指示器出さないと。
「いっ、行きます。」
タイヤにそのエンジンの駆動力が繋がりかけ、バイクが前に出そう。
という瞬間に、日菜乃は叫んだ。
忘れていた左右確認を一瞬で行い、更にスロットルを上げた。
(ここでやめたらエンストしちゃう。もう行くしか無い!)
バイクは、偶然生まれた車のない瞬間の道路へ、一気に走り始めた。
(うひ~~~~。)
一気に視界が開けた。
広いどこまでも続く直線の道路。
「わ、私、バイクで・・・・・・・・・・・」
「走ってる!!」
17歳の秋。日菜乃は・・・・・ライダーになった。