作戦会議
-2030年1月7日-《五字葵》
「遅れてすいませんっ!!」
校舎4階の隅っこの狭い特進科の教室に慌てて駆け込み、謝罪すると既に朝のSHRが終わりかけている時だった。
「五字さん、遅刻の理由は?」
担任の梅里先生の笑顔がなんだか今日は怖い。
「えっと、電車乗り過ごしちゃって…」
「はい、れっきとした遅刻ですね。」
「「「ハハハハッ(笑)」」」
先生のキレッキレのツッコミに数少ないクラスメイトが笑い出した。笑い者にしてくれるだけましだったかな。梅里先生は若くて見た目もかっこよくて人気の先生だが、超真面目で規則というものに違反する行為にはめちゃくちゃ怒る。実際怒られたことはないが、かなり怖いらしい…。梅里先生の機嫌がいい日で助かった。
「おはよ。なんでまた乗り過ごしちゃったの?寝てた?」
席につくと隣の席の親友である明石家美萌沙が声をかけてきた。うちの学校は中高一貫の私立女子学校であり、その中にある特進科は一学年に1クラスで、中学から特進科の私と美萌沙はもう5年間の付き合いである。
「んー、長くなるから放課後にまとめて話すわ。」
「なになにー!?気になるじゃん。」
「はいはい、体育館移動しないと始業式始まるよ。」
「えー、葵のケチ。」
「皆さんの冬休みはどうだっでしょうか?私は────」
こういう行事の時にしか見ない校長先生の話が耳を通り過ぎてゆく。
今朝出会ったイケメンサラリーマン、千日孝さんだっけ?本当にかっこよかったなあ。お洒落な黒縁メガネ、セットしすぎてない綺麗な黒髪、男の人には珍しい白い肌、顔なんて私よりちっちゃいんじゃないかぐらいだったし、さらに高身長!まさに私タイプそのものな男の人。私の頭の中からポンッて出てきたみたい。
『また会ったらもっと話がしたいな。』
そういえばそなこと言ってたっけ。じゃあ今度見かけたら声かけても大丈夫なのかな!?でも、大人の社交辞令だったのかも。だったら、あつかましく声とかかけずに会釈程度がいいのかな?…私はもっと話がしてみたい。あ、助けてもらったお礼とかするのはどうだろう?ちょっとした物だったら迷惑にならないだろうし、それにあの人感謝されるの嬉しいみたいなこと言ってた気がする。そうと決まれば今日の放課後、美萌沙にお礼選ぶの手伝ってもらろっと!
キーンコーンカーンコーン。
「起立。気をつけ。礼。」
「「「さよーならー」」」
寒い体育館での始業式が終わり、今日は早くも放課後になった。
「美萌沙!今日この後駅のマック行かん?朝の話の続き!」
「いいよ、行こー!」
「それで、朝何があったの?」
賑わう店内のふたり席でLサイズポテトを手に持つ美萌沙が聞いてくる。普段クールな美萌沙だけど、やっぱりこういう話は好きだよね。女子高だから滅多にないし。
「今日さ、電車に乗ってたら痴漢にあったの。」
「え!?だ、大丈夫だったわけ?」
「うん、結果としては大丈夫だったんだけど、やっぱり凄く怖くて隣にいた人に助けを求めの。」
「うんうん。」
「そしたら、隣にいた人がすっごいイケメンでもろ私のタイプだったの!色が白くて、高身長で黒縁メガネで…」
「ちょ、ちょっと待った!」
「ん?」
「痴漢は?」
「あぁ、そうだった(笑)で、そのイケメンが痴漢の手を掴んで威嚇してそれに怯えて痴漢は逃げちゃったんだー。」
「ちょっと、逃がしたらダメじゃん。」
「確かにそうだけどー、でも止めてくれただけましよ!」
「まぁ、そうか…」
「それでね!まだ話は続くんだけど!その後イケメンが大丈夫ですか?って声かけてきて、なんか流れで名前教えてもらっちゃたの!」
「おぉ!まじか!凄いじゃん!!」
「さらにね、また今度もっと話がしたいって言われたのーー!!」
「まじ!?やるねぇ〜〜」
ニヤニヤした表情で美萌沙が続けた。
「でも、正直こっからだよね〜」
「?…何が?」
ニヤニヤしたままの美萌沙がずいっと顔を近づけてくる。
「何とかしてその人付き合うにはこれからってこと!」
「はぁ!?別に助けてもらった人がかっこよくってただもっと話がしたいなってだけの話はだよ?」
「ホントに?ただ話したいだけ??私達もう高校生でしかも女子高!!華のJK時代はあと1年しかないんだよ?恋の一つや二つ共学より欲張ってしたいって思ってるでしょ?」
普段はクールでテンションも低めな美萌沙は色恋沙汰の話となると急に饒舌になる。よっぽどそういった話に飢えているのだろうか。
「うっ…と、とりあえず私がどう思っているかは別として!もっとその人と仲良くなれるようにする会議をしたい所存であります!」
「…ま、よろしい。」
ジィっと私の顔を睨んだ後、少しだけ不満気な表情でポテトを口にしている。
「で、葵が今思いついてるプランとかはあるの?」
「一応…なんか助けてもらったお礼でお菓子的なものを渡そうかなっと思ってます…どう?」
「う〜ん…いいとは思うけど、それはどう次に繋がる?」
「次ぃ!?…えっと、もしかしたら次会ったときにお菓子の感想とか言ってくれるかもしれない!」
「で、感想言われた後、葵はなんて応えるの?」
「えっ?え〜〜〜っと……」
「はいっ!会話終了〜!」
「えぇ〜〜!やっぱこのプランだめ?」
そんな…始業式の間校長の話を聞かずに考えた名案だったのに….。
「ううん。ただ、それだけじゃダメってこと。相手はイケメンサラリーマン!私達JKなんかよっぽどことがない限り恋愛対象としてみないよ!」
まだ、私も恋愛対象としてみてるかはわからないんだけど…
「だから!そのお礼に軽くメッセージとメアド書いときなよ。」
「えぇ!?いきなりすぎない!?」
「これぐらいぐいぐいいかなきゃソッコーで終わる関係だからね。あんたら。」
「えぇーー!でも〜……」
「でも、何?」
「……………………恥ずかしいじゃん。」
「バッカみたい。」
「ひど。」
「いい?葵はその人ともっと話がしたいんでしょ?もっとってもしかして二言三言のことだったわけ?」
「違う…」
「でしょ?じゃあ考えてみなさいよ。もし私達が会社員だとして痴漢だと間違われている男子高校生を助けたとする、その次の日葵はその男子高校生と会話の弾む仲になってる?」
「なって…ない。」
「ほらね。そんな程度よ、今のとこ。」
長めのポテトを一口かじり、美萌沙がずいっとこちらに顔を近づける。…うわ、美萌沙まつ毛長っ。
「別にメアドなんて入れなくてもいいよ。葵がそれでいいならね。」
ふいっと顔を遠ざけて、またポテトに手を伸ばす。
「その言い方は、ずるい。」
「ここまで言わないと葵が動かないって知ってるからね。」
サラッと言うあたり流石は親友と言ったところだろうか。
「うーーーーん、とりあえずこの後お菓子買うの付き合って?」
「りょーかい。」
そう言って私達は残りのポテトに手をかけた。