ファーストコンタクト
実際に私がみた夢を元に作ったお話です。
-2030年1月7日-《五字葵》
気持ち悪い。
高校二年生最後の学期が始まる今日の朝。仕事始めの時期と重なっているためか、電車の中はいつもより混み合っている。なんとか吊革を死守した私の背後に先程からピタリとくっついているおっさんがいる。耳元にわざとかけているような荒い息。電車の揺れに合わせて私の下半身にちょいちょい触ってくる。
学校がある駅まであと3駅。気持ち悪いけど、声出したりする勇気もないし、我慢しよう。
「…っ!?」
急におっさんがスカートの中に手を入れてきた。流石にこれはまずい…。てゆうか、異性にこんな風に触られたことなんて初めてだ。いや、同性にもないけど。って、初めてがこんな見知らぬおっさんなんて死んでも嫌だ。逃げ出したいけど、密集と恐怖で身体が動かない。誰か助けて…。そうだ、誰か、誰でもいい、助けを求めよう。
「あ、あの…たすけて……。」
隣にいたスーツの裾を引っ張り、声とともに顔を上げる。そこに居たのは二十代前半のイケメンサラリーマン。めちゃくちゃタイプ。いやいや、今はそんなことよりこの状況。なんとかこの人に助けてもらいたい。
私をみたイケメンサラリーマンはすぐにイヤホンとスマフォをしまい、私を触るおっさんの手を取った。
「おっさん、何やってんの?」
低くて響く声。声までイケメンなんだ。その声は車内によくとおり、多くの乗客の視線がこちらに向いた。
プシュー。
ちょうど駅に止まり、おっさんは慌てて降りていった。
「あっ!待て!!」
イケメンサラリーマンはおっさんを捕まえようとするが、すぐに乗ってくる乗客の波に逆らうことは出来なかった。元の私の隣に押し戻されたイケメンサラリーマンが心配そうに私に声をかけてきた。
「大丈夫?ごめんね、逃がしちゃった…。」
「えっ、あっ、いいんですいいんです!すいません!助けてくださってありがとうございます!!」
ここにきて女子学校5年間が足を引っ張り、私の声は見事に裏返った。さっきまで痴漢に死ぬほど怯えてたくせにイケメンに声をかけるだけてこれとは…我ながら女子高生って馬鹿だなと思う。
「でも、もっと早くに気づいてあげられなくてごめんね。隣で女の子が痴漢に会ってたのに気づかないとか…ホント俺って…。」
「いえいえいえ!ホントに痴漢を止めてくれただけで感謝してますから!それに、友達とか痴漢されて助け求めても無視されたことがあるって聞いたこともありますし、十分お優しい方かと…」
助けてもらったのに、イケメンサラリーマンが謎に凹んでいて頭がさらにパニックになる。
「ホント…?俺、役に立てた?」
ぎゃぁぁぁ!!!イケメンサラリーマンがうなだれて上目遣いでコッチを見てる!
「もちろんです!私は隣にあなたがいて下さってホントに感謝していますから!!!」
つい大きな声になってしまい、他の乗客の視線が刺さる。
「すいません…。」
「フフッ(笑)よかったぁ。」
笑ってもイケメンだわ。心臓もたない。
「俺ね、今ちょっと仕事で行き詰まってて…。俺は誰かのためになってるのかなーとか、ちょうど悩んでた時だったからさ。ほんのちょっとだけ、君に感謝されて嬉しかった。あっ、なんか君が痴漢されてよかったみたいなことに聞こえちゃうかな!?違うからね!」
「わかってますよ(笑)お仕事大変なんですね。…でも、少なくとも私のためにはなりましたよ。あっ、お仕事じゃないですけど…。」
やば、こんなガキに仕事のこととか言われるのムカつくかな?まずいこと言っちゃったかも。
「んーん、ありがと。なんか、すっごいこっちが助けてもらった気分になっちゃった。」
「え?」
「名前、聞いてもいい?また会ったらもっと話がしたいな。」
「五字葵…です。えっと、」
「俺は千日孝。よろしくね。」
「はい…。」
プシュー。
「それじゃあ、またね。」
気がつけば私が降りる駅。千日さんが去るのに見とれて私はその日、遅刻した。