その終。
202号室の扉が突然! とてつもない勢いで開き、螢太を思いっ切り突き飛ばした! 飛ばされた螢太は背中から柵にぶつかって倒れる。その衝撃で螢太は狼狽え動けなくなてしまった。
俺は螢太を助けようと急いで走り寄ろうとした。しかし、202号室の中から、昨日俺の腕を掴んできた謎の右手が現れ、そいつが俺を凄い強さ殴り、後方へふっ飛ばした!
そして、その恐ろしい右手は、俺に立ち上がる隙を与える暇もなく、なんと、無防備な螢太の首を鷲掴みにし、とんでもない速さで202号室の中へ連れ去った!
バタン! と202号室の扉が閉まった。
そうして静寂が訪れる。
一言も声を出せなかった……。言葉も叫びも、何もかも俺は発することができなかった。俺が奴に腕を掴まれたときはすぐに声を出せた。烏に道を妨げられたときも大きな声を出せた。……なのに、どうして、螢太のときは声を出せなかったんだ! あまりにも一瞬だった……。
俺は自分の力不足を後悔した。そして、俺は頭を抱えながら立ち上がり、悔いを怒りに変えた。なんとしても螢太を助けるのだと!
俺はすぐに202号室の扉の前に立ち、ドアノブを回した。しかし、またしても鍵がかけられてしまっている。それならば、扉を壊すまでだ! と俺は扉をバンバンと強い蹴り扉に与え始めた。
この裏野ハイツは木造建築のため、ちょっとの力を込めて壁などを蹴ったりしてみれば、すぐに壊れてしまう。この扉も非常に壊れやすいもので、数回蹴ったら破壊できた。
「螢太!」と俺は202号室の中へ入り、螢太を呼びかけた。そのとき、何かが腐敗したような臭いが俺の鼻を刺激した。
俺がキッチンを見ると、長い間放置されていたような生ごみが溜まりに溜まっていた。周りには蝿の他、ナメクジなのが大量に発生していた。
窓際には烏や鼠の死骸がいくつか転がっていた。蛆虫がこれでもかといわんばかりに死骸に纏わり付いていた。
しかし、部屋の中には腐ったものばかりで螢太の姿はない。俺は奥の洋室へ入った。そしてそこにあったのは――
――自分自身の爪先を噛みながら動かない螢太だった。
頸動脈を掻っ切られて死んでいた。そして螢太の格好は、昨日トミさんが話してくれた幾雄君の死に格好とそっくりだった。白目を向いて、ついさっき殺されたとは思えないほど頭に大量の埃を被っていた。
息は、間違いなくしていなかった。
それから俺はその場に立ち尽くしていた。どうしようもなかった。警察を呼ぶ気も起きなかった。ただただ死んだ螢太を眺めていた。自分の中にあった熱が完全に冷め切ってしまったかのように、俺は感情をなくした。
しばらくして警察がやって来た。俺が扉を蹴る音を聞いたハイツの住人が通報してくれたらしかった。数分間俺は警察に事情聴取された。警察は俺が螢太殺しの犯人だと思い込んだらしく、俺を警察署へ連行した。しかし、簡単に俺の容疑は晴れて、開放された。
翌日、螢太殺しの事件の捜査が開始された。
一方で、俺は毎日同じ夢を見るようになった。それは、螢太が幾雄君の爪先を噛み、幾雄君が螢太の爪先を噛んでおり、まるで∞のような形を作っているものである。そしてその光景をしばらく眺めていると、二人は二頭の竜へと変化する。一頭がもう一頭の尾を噛み、噛まれている竜が噛んでいる竜の尾を噛んでいる。そして∞の形はより整ったものになった。
結局、螢太を殺した犯人は見つからなかった。しかし俺はその理由を知っている。それは――
螢太を殺したのは、幾雄君の悪霊だったからだ。