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Comando imperiale~勅命~

 午前8時、団員達の訓練が始まった。

 この神聖ゲルニカ十騎団では、一日の殆どを訓練場で過ごし訓練・鍛練に費やす。何故なら、世界の中心とも呼べる聖王都ゲルニカにおいて、騎士団は最強の守護団であり、同時に最後の砦でもある絶対的存在でなければならないのだ。

 講師は週によって変更され、基本的に十人団長が務める。

 今週は熱血で有名なアレックスが講師だった。召集を受けて訪れているレイナは補佐のようだ。

 団員達が訓練に励む姿を上階で見下ろしながら、リオは眠そうに目を細め大きな欠伸をしていた。叩き起こされたせいで眠いと胸中で文句を垂れていると、廊下の向かい側から人影が歩いてきた。見覚えがある。


「お探し致しましたよ、リオ様」


 前髪を全て上げたオールバックの少年が、無感動な表情で無感動な声を発した。

 まるで感情が抜け落ちているような少年だが、彼は列記とした執事であり、唯一無二のマグナ王側近である。


「ディープじゃねぇかよ、どうした?」


 リオは高さをもろともせず、軽く飛んで窓枠に腰掛けると首を傾げた。

 マグナ王の側近である彼が騎士団に訪れる理由など一つしかないのだが、リオはわざとらしく尋ねた。


「シリル様の代理で訪れました。リオ・クロムウェル、マグナ王からの勅命です。至急、ゲルニカ城に召還します」


 リオは「何で俺なんだよ......」とぼやきながらも、軽い身のこなしで窓枠から飛び降りた。


「了解した。直ちに、ゲルニカ城へ向かう」


 そう言うと、ディープは軽く頭を下げて去っていった。

 リオは何かを考え込みながら、寝癖頭をボリボリ掻いて歩き出した。






 *






 ゲルニカ城は国の北端にあった。山腹の山肌に面するこの国を正面から見ると左端に位置している。要塞の意味合いも兼ねる城を中央に建設していないのは、この世界ではゲルニカのみであった。様々な理由や憶測が飛び交ったが、未だにその真実を知るものは亡き先祖()のみである。ただ、有力な情報を一つ述べるとするならば、光道具の結界と蜃気楼装置に守られているため城がどこに建とうと問題がなかったという説である。

 リオは東宿舎に存在する光道具の一つ『瞬間転移装置』を使い一瞬にして城へと辿り着いた。

 この光道具は国の至る所に設置されており、三つの色で種類が分けられている。一つは青色で、基本的には住宅区・商業区・各門など、主に一般国民が利用する場所に設置されている。二つ目は赤色で、貴族区と城門を繋ぐものである。貴族達が城へと訪問する際に使用するもので、一般国民は使用ができない。そして最後が黄色であり、この国で唯一、城内と聖十騎の各宿舎を繋ぐものである。これについての使用は、十人団長のみが使用を許可されており、他の者は団長からの許可がない限り使用できない。

 リオは、控え室に着いたことを確認すると、先客がいることに気がついた。

 よく見ると、つい数時間前に分かれたアリスとアレックスであった。


「よぉ、遅かったじゃねぇか。リオ」

「アレックス、何でお前が? 今日、講師だったろう?」

「どうも、レイナ達が召集かかったのはこれが原因らしいな」


 アレックスが苦笑気味に呟いてアリスへと視線を移す。

 アリスは優雅に紅茶を啜り、テーブルに置かれた茶菓子を一摘みしながらリオへと視線を向ける。


「どうも、私たち三人が勅命を受けたみたいだ」


リオは「まじかよ」とボヤキながら、椅子ではなく机上にどかっと腰かけた。

 アリスが横目で睨み付けたが、本人は気にも留めずに茶菓子を摘む。


「とりあえず、アリスは総団長から直接、俺はレイナから間接的に知らされた。お前は?」

「側近。ディープがきて召還しますってさ」


 茶菓子をぼりぼり(かじ)りながら言うリオに、アリスの目つきが更に鋭さを増した。


「とりあえず、そろそろ来るだろうよ」


 アレックスがそう言うと、タイミングを計っていたかのように金属製の扉が開いた。

 そこに立っていたのは、先ほどリオの元にやってきたディープであった。


「アリス様、アレックス様、リオ様、マグナ王がお待ちです。こちらへどうぞ」


 ディープは扉を背で受け止めるように立つと、三人を外へと招くように手を示した。

 それに従い三人が廊下へ出ると、ディープの先導により謁見の間へと向かった。

 きらびやかな装飾の施された大扉を抜けると、赤い絨毯の敷かれた奥行きのある長方形の部屋が飛び込んできた。約140平方メートルの広さで、王への謁見が許された者のみが踏みいることのできる神聖な部屋だ。サイドにはステンドグラスの窓が並び、さながら協会のような雰囲気を漂わせていた。一つの乱れもなく並べられた調度品は、光道具の結界により守られている。

 部屋の正面奧には大きな肖像画が飾られていた。前髪を七三分けにして軽くあげている鼻筋の通った青年が描かれている。

 そして、その下には全く同じ顔の人物が、柔らかな笑みを浮かべて座っていた。


「マグナ王、お連れしました」


 ディープが王座の段差元まで行くと、深々と一礼をしてそう言った。


「ご苦労だった、ディープ。下がって準備をしておいてくれ」


 再度、深々と一礼すると、大扉を抜けて部屋を出て行った。

 三人は段差元まで歩み寄ると、片膝をついて頭を下げた。

 アレックスが言葉を切り出す。


「神聖ゲルニカ十騎団五番団長アレックス・フォレスター、三番団長アリス、十番団長リオ・クロムウェル、勅命を頂戴しに参りました」


 マグナは立ち上がると段差を下り、三人に頭を上げるよう促した。


「呼んだのは他でもない。巫女様の奪還と誘拐犯の捕獲に向かってほしい」


 その言葉に驚きの声をあげたのはリオだった。


「もう犯人が見つかったのですか!?」

「驚くのも無理はないが、目立つ特徴のある者だったせいか目撃情報が多数あってね。しかしながら、不確定要素が多すぎると言うのもある。だから、捕獲とは言ったが、調査だと思ってくれ」


 マグナが申し訳なさそうに顔を歪めた。


「私達にお任せください。必ず巫女様を無事にお連れします!!」


 アレックスが遺憾の表情を浮かべながら、力強く宣言した。

 マグナは、深々と頭を下げるアレックスの肩に手を置き、軽く叩くと押し上げた。

 その反動で頭を強制的に上げたアレックスは、驚いたように目を丸くした。


「君だけが負う責務ではない。アレックス、私達は古くからの友人ではないか......友人だからこそ、またこの任務に君を抜擢したんだ」

「マグナ......」


 二人のやり取りを遠目で見ていたリオとアリスは、お互いに顔を見合わせてから小さく笑った。


「さて、大切な情報を君達に託さなくてはならないな」


 マグナは立ち上がると、一つ手を叩いた。

 扉の外から「失礼致します」と声が聞こえ、ディープが部屋へと入ってくる。手には小さな箱と紙の束を持っていた。

 それらを手近な机へ置くと、壁に設置されていた超薄型電子パネルを引き下ろした。

 迷いのない手付きで操作をすると、一つの映像画面と複数の人相書きが表示された。


「シリルからの報告で、二人が映像を見ていないと聞いたので用意した。十分に注意して見てくれたまえ」


 見慣れた三人が、一人の少年に次々と倒されていく様を直視できずに、アリスは僅かに顔を反らした。

 アレックスが苦い表情で横を向くと、リオの横顔が視界に入った。

 食い入るように見ているその顔には、僅かに目を見開いて驚嘆したような表情が浮かんでいた。

 本当に長い付き合いの彼だからこそ気付いた、些細な表情の変化だった。


(何に、驚いてる?)


 声をかけようとしたところで映像が終わり、画面一杯に人相書きが表示された。

 線の細い髪と顔付きに、肩まで流された絹のような髪。目尻がつり気味の瞳は、あの場所で見た少年と瓜二つだとアレックスは思った。


「この男を見つけ次第、捕獲してほしい。巫女様の保護が完了した場合には殺害しても構わない」


 マグナは目を細め、画面に写る少年を見つめながら言った。


「この者は世界の平和を脅かす存在だ」


 三人は再び王の前に膝間付くと、深々と頭を下げて「はっ!」と短い掛け声を上げた。


「では、詳細はディープがまとめてくれている資料を見てくれ」


 マグナの言葉にディープが一歩前に出ると、先程机上に置いた紙束を持って「こちらです」と配り始めた。

 アリスが資料を受け取る姿を確認したマグナは、傍まで歩み寄ると微笑を浮かべて優しげな声を発した。


「アリス、君を危険な任務に選抜してすまないね」


 アリスは唐突な言葉に「いえ......」と答えながら、僅かに戸惑いの表情を浮かべた。

 リオが二人のやり取りを遠目で窺う。


「だが、私の大切な人だからこそ、何よりも信頼を寄せている。君には大いに期待しているよ」


 肩に乗せられた手に驚いて、僅かに跳ね上がる。

 そのまま引き寄せられ、マグナの低音が鼓膜を震わせた。


『私の妃への返事は、まだかな?』


 その瞬間、アリスは後ろへと引き寄せられ、リオの胸にすっぽりと埋まってしまった。

 それを理解したアリスは、一気に顔が赤く染まる。


「王よ。俺は貴方に忠誠を誓う身だが、家族を守ることが第一なんだ」


 リオの強気な発言にマグナは目を細めたが、苦笑を浮かべて謝罪の言葉を述べた。


「すまない、私が早急すぎた。無礼を許してくれ、アリス」

「め、滅相もございません!こちらこそ、お返事が滞っていて申し訳ありません。結論は、必ず出しますので」


 アリスがリオの腕をほどき慌てて頭を下げると、「良い返事を期待しているよ」と冗談めいた声音でそう言った。

 マグナが部屋を出るため歩み始める。

 入り口に背を向けていたリオの横を通る。

 視線が交錯し、僅かに身を屈めたマグナは小さな声で、しかしはっきりと宣言した。


『彼女は私のものだ』


 リオの目が見開かれ眉間に皺が寄る。怒りの形相で振り替えるが、マグナは振り替えることなく去っていった。

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