Cavalieri santi Hospitalers 〜神聖ゲルニカ十騎団〜
3/18 総副団長・クリスティア→クリスティーナに変更しました。
ディバイン(以下D.B.と表記)歴1532年 Gennaio29、聖王都ゲルニカ。
まだ日も昇らぬ早朝に、数人の騎士達が、東宿舎へ集結しようとしていた。
数にすれば凡そ20名弱だが、緊迫した面持ちで宿舎へと入っていく。
その集団の中に、アレックスとレイナの姿があった。二人とも緊張と疲労でなのか、微かに窶れた表情が窺えた。
そんな二人の後方から、場違いなまでに元気のよい、高い声の挨拶が耳に届いた。
「おはよう!」
二人が振り抜くと、まだ10代前半の少年が、笑顔を浮かべ駆け寄ってきた。小さな顔には不釣り合いな大きさの黒縁眼鏡をかけており、背中にはリュックを背負っていた。
その少年の後ろからは、2メートル近い巨体の男が着いてきていた。顎に蓄えた白い髭を撫でながら、ゆったりとした足取りだった。
アレックスが二人を識別すると、苦笑混じりな挨拶を返した。
「おはよ。ダリル、カーティスさん」
「二人とも、無事で何よりだ」
カーティスと呼ばれた巨体の男は、鋭い目付きや外見の印象からは到底想像が出来ないほど、優しげな口調で労いの言葉をかけた。
ダリルは、大きな眼鏡越しに侮辱するような眼差しを向け、嫌みたらしく口角を上げて笑みを作った。
「まさか、聖十騎の十人団長が、三人がかりで巫女様奪還も出来ないなんてね~♪」
「ダリル!!」
嘲笑うような物言いに、カーティスが窘めるような声を上げた。
ダリルはムッとしたように唇を尖らせ、足早に宿舎へと歩いて行った。
「すまないな、二人とも」
「カーティスさんは悪くないですよ。それに、ダリルの境遇を考えたら、あれも仕方のないことです」
アレックスは苦笑混じりに答えると、隣で沈黙を続けるレイナへと視線を移した。
両目が眼帯で覆われているため表情は読み取りにくいが、付き合いの長いアレックスには大体の検討がついていた。
レイナは、任務に対して誰よりも熱心で、国を守ることに誇りを持っていた。その為、任務で生命の危機に陥ろうとも、遂行するためなら命も惜しまない。
なので、任務より仲間を優先したアレックスに、納得の出来ないところがあるのだ。
(俺とレイナは、正反対なんだよな......)
アレックスはレイナの肩を軽く叩くと、先に宿舎へと入って行った。
神聖ゲルニカ十騎団の東宿舎四階には、約300人は収容できる集会場が存在した。その一角に、団長会議室が別途に設置されていた。
アレックスが団長会議室に入ると、光の力が動力源となっている電子パネルが、正面の壁にかけられていた。パネルの向かいには、机を兼用できる椅子が綺麗に並べられていた。
最前列の席に座っていたダリルが、こちらへと振り向いて口角を上げる。嫌な笑みと視線が突き刺さり、足早に同列の右から5番目に着席した。
後続がそれぞれの席に座る中、遅れてレイナとカーティスが入ってきた。
同様に最前列へと着席する。レイナは7番目、カーティスは4番目だ。
これで、残る空席は6席となった。
「アレックスさん、アリスさんとリオさんは?」
9番目に着席しているダリルが、隣の空席を見ながら首を傾げる。
アレックスは、溜め息を吐いて答えた。
「たぶん、いつものやつだろ」
そんな会話をしているうちに、後方の席は着席が済み、細々と話し声が聞こえていた。
暫くして、後方の扉の開く音が聞こえ、二人分の足音が入ってくる。
二人はパネルの前まで歩いてくると、団員たちの前に立った。
一人は、小柄で凛々しい表情をした少女で、茶髪の髪をポニーテールで一つに束ねていた。もう一人は、長髪を一束の三編みにした精悍な顔立ちの青年だった。
全員が一斉に立ち上がり、カーティスの野太い声が木霊する。
「シリル総団長殿、クリスティーナ副総団長殿に敬礼!!」
息の合った敬礼に、精悍な顔立ちの青年――シリルが軽く手を上げる。
その合図を受け、全員が休めの体勢となる。
凛々しい少女――クリスティーナが、シリルに着席を促した。
「シリル、後は私が」
「ああ、任せた」
そう言うと、最前列の右端に着席をし、その動作に合わせて全員が着席する。
クリスティーナは電子パネルを起動させると、会議の進行を始めた。
「本日、各団の団長・副団長に緊急召集をかけたのは他でもない。昨日、巫女様を守護していた『結界の屋敷』が襲撃にあい、巫女様が誘拐された」
凛とした声が、会議室に響き渡る。
「知っての通り、この世界『ディバイン』では、創造主であり破滅の神とも崇められるディバイン神の封印を、四年に一度張り替えることで平和を保っている。その為の儀式には 、巫女様に生け贄になっていただき、内側から張り替えるしか方法はない」
クリスティーナの話を聞きながら、アレックスは腑に落ちない感情を抱いていた。
(だから16才の“未来読みの一族”、通称 《フトゥーロ》の少女を四年に一度、儀式のために生け贄にって......誰しもが知っている常識だが、やっぱり納得いかねぇな。自分達が生き残るために、いたいけな少女を犠牲にするなんて)
眉間に皺を寄せながら俯いていると、隣に座るレイナから脇を小突かれた。
『いっ!?』
『また、余計なこと考えてるでしょ......生き残るためには、仕方のないことよ』
まだ怒りが覚めないのか、僅かに荒っぽい口調で窘められた。
『分かってるけどよ……世界のために、犠牲にするなんて......』
『わからない人ねっ』
『つか、何で俺の考えてることが分かるん――』
「では、昨日の報告を頼む。アレックス、レイナ」
急に名を呼ばれ、慌てて立ち上がる。
その様子を感じたレイナは、呆れたように次いで席を立った。
アレックスは一呼吸置くと、昨晩のことを思い出しながら話し始めた。
「はっ。昨日、5番団長アレックス・フォレスター、6番団長アオイ・ナイト、7番団長レイナ・ハーゲンの3名は、『結界の屋敷』襲撃の緊急連絡を受け出動。誘拐犯らしき少年を追い詰めましたが、致命的な負傷を負い、取り逃がしてしまいました。神聖ゲルニカ十騎団の名誉を衰退させたこと、処罰を覚悟しております!」
悔しそうに声を振り絞り、深々と頭を下げた。レイナも苦渋の表情で頭を下げる。
だが、それを制したのは、静観していたシリルだった。席を立ち上がると、二人の前へと歩み寄って声をかける。
「二人とも、頭を上げろ」
「シリル総団長」
「意識を取り戻したアオイからも報告は受けている。相手は、あの伝説に名高い“双鎌使いの一族”、通称 《ファルチェ》の生き残りだったのだろう?」
その言葉に、会議室にどよめきが走った。
「まさか、あの伝説の――」
「神に親い存在ではないかっ」
「だが、マグナ王の手で殲滅したのでは――」
一同の口から次々と言葉が漏れ、次第にざわめきが大きくなっていく。
その時、クリスティーナの一喝が飛んだ。
「黙りなさい!!」
室内は一瞬にして静まり返り、皆が動揺や戸惑いの表情で彼女を見つめた。
クリスティーナが、苛ついた表情を浮かべ更に続けようとしたが、シリルが隣に歩み寄る。
肩に手をおいて、アメジストの瞳を見つめた。
「下がっていろ、私がやる」
「ごめんなさい、お願いします」
僅かに沈んだ表情をするクリスティーナの肩を軽く叩き、改めて団員たちへと向き直る。
「皆の気持ちは分かる。ファルチェは、この世界で神に近く、神に等しく、神に愛された最強の種族であり、神の生まれ変わりが存在すると言われていた種族だ。そんな種族が、王の殺害と国の転覆を図っていたことにより、マグナ王は殲滅を余儀なくされた」
シリルは淡々とした口調で、冷静な声音で続ける。
「殲滅により脅威は無くなった筈だが、こうして、残党という形で再び発芽してしまった。世界王でも在らせられるマグナ王は、脅威を摘み取るよう勅命を下される筈だ」
「我々は、世界を統べる王・マグナ王に絶対の忠誠を誓っている。それは、何者が前に立とうと同様である!」
シリルの言葉にクリスティーナが続く。
先程とは打って変わり、真剣な眼差しのクリスティーナに小さく笑みをこぼし、顔を引き締めてその言葉に続けた。
「ファルチェを畏れるな。我々にはマグナ王の加護があり、守り抜く力がある。必ずや巫女様を奪還し、ファルチェを根絶やしにする!!」
会議室は、一気に熱気の満ちた空間へと変わった。
奮い起たされた団員たちの気合いに満ちた掛け声に、会議室は完全に埋め尽くされた。
「しかし、任務には全員が選ばれるわけではない。勅命を授かる者はマグナ王が決定する。召還、命令が下るまでは通常任務につけ」
そう言うと、シリルは電子パネルの操作を促す。
クリスティーナが頷き、パネルを操作して、画面にあるものを映し出す。
そこには、絹濡れのような白銀の髪を持つ少年と、両手に大鎌を持ち、それを振り回す映像が映し出されていた。
「視界が悪いせいで見にくいが、蒼森に設置していた光道具が捕らえた映像だ。接触した3名の証言と合わせると、誘拐犯の特徴は、白銀の髪に血濡れの様な瞳、目元から頬にかけて鎌を連想させる紋様が刻まれている」
画面に映る姿を見て、アレックスは昨日の光景を思い出していた。
ファルチェの少年は、まるで脅迫するように問いかけてきた。仲間をとるのか、任務を遂行するのか。
そして、アレックスの選択に、少年は一言だけ残して去っていった。
『お前は、まだ救いようがあるな』
巫女との親しげな様子に、何故自分達の命を奪わず去ったのか、蟠りが心を渦巻く。
複雑な心境で画面を見つめながら、最後に残していった言葉を反芻していた。
「勅命を受ける者は、後程、私の方から通達する。任務外の者も誘拐犯を発見次第、拘束するように注意を払っていてくれ。巫女様の身柄が保護出来た場合は、殺傷しても構わない。ただし、一人での行動は禁止とする。二人以上での行動を厳守とし、緊急を要する場合は応援を呼ぶように」
シリルの言葉に、一同が敬礼にて意思を示す。
その光景を見て軽く頷くと、空席になっている椅子を一瞥し、アレックスへと視線を向けた。
「アレックス、リオとアリスを知らないか?」
アレックスは溜め息をつき、肩を竦めて答えた。
「たぶん、いつものあれですよ。総団長殿」
クリスティーナやレイナが、溜め息をついた。
「アレックス、会議内容を伝えておいて。シリル、王の元へ向かいましょう」
僅かに笑いを堪えながら促すクリスティーナに、ふぅと一息吐いてシリルが頷く。
「では、よろしく頼む。アレックス、レイナもだ」
レイナが文句のように「もぅ」と呟きながら、仕方ないと頷いた。