第四話 そこそこ感動の再会
「ローリエ!」
「父様!母様!」
「ああ、無事で良かった…!」
ひしと固く抱きしめ会うローリエ親子。その光景を見た者は、神に感謝しながら目尻に涙を浮かべたと言う。
「良かった…!感動的っすね…!」
「私は今すぐこの場から逃げ出したい。こういうの、キャラに合わない」
どこから取り出したのか…そっとハンカチで目元を拭うアッシャーと、サングラスの下で苦虫を噛み潰したような顔をしているフォルもその光景を見守っていた。
ローリエが是非、二人を両親に紹介したいと言うので、彼女に着いてイーストメドウの街までやって来たのだ。
犯罪を突き止め、誘拐されつつも逃げ出したのはローリエの功績。手当をしたのはマクシーズ村の村長夫人。…てな訳で、フォルとアッシャーのやった事と言えば、道端に落ちているローリエを拾っただけである。正直、感謝されるほどの事ををやっていないのだ。
「あっちに居るのが、私を助けてくれた御仁さ!」
「おお…、この度はローリエを助けて頂き、本当にありがとうございました」
「感謝の言葉もありません」
話の矛先を向けられ、ひそひそと話し合っていた二人は背筋を伸ばした。
娘が助かった喜びに満ちているイーストメドウ領主、カールは大茶熊と見間違えるような大男であった。背は180cmを超えるアッシャーよりも、まだ高い。大股で部屋の隅で気配を消していたフォルに近づくと、力強く両の手を握った。
その傍らにはローリエを連れた領主夫人、ローリエの母であるケイリ―が微笑んでいる。風が吹けば飛んでしまいそうなほど華奢な女性で、笑った時に出来るえくぼが可愛らしい。髪の色以外、ローリーはお母さん似だな…と二人は思った。
「いえ、私達は特に何もしていなくて…殆どローリーの活躍なんだががが…」
「何と美しく、謙虚な言葉であろうか…!麗しいのは見目だけではなく、中身も、なのですな!」
「フォルのねーさんは、滅多にお目にかかれない美人さんなんだぜ!」
迫力に圧倒され、声を震わせつつも、フォルは何とか領主に笑顔で答えた。皮肉屋でいつも斜な事ばかり言っているフォルは、人から直接感謝の言葉を言われたことが少ない。美人だとは言われ慣れているが、表裏のない言葉で褒められると鳥肌が立つ。口元に僅かばかりの愛想笑いを張り付けて、だらだらと冷や汗をかいている。
中性であるが故に、上にも下にも付いているものが何も無いフォルだが、見た目だけで言えば「超美人の女性(ただし胸はまな板)」である。ローリエの中でフォルは「大人のおねーさん(ただし胸は同じくらい)」なのだ。
アッシャーは、やはりというか、にーさん扱いだった。顔は中性的だが前髪で隠れているし、身の丈は180を優に越えている。初見で「男」と見なされた。
「御礼はまた何れさせて頂きとうございますわ。ああ。今夜、夕食を共に食べませんこと?」
「あ、いや。私達は、その」
「それは良い!ぜひ、そうしましょう!」
「ア、ハイ、ヨロコンデー」
どこか少女らしい素朴さを漂わせたケイリ―が提案すると、カールが破顔して頷く。完全に流される形で、フォルは申し出を受け入れるはめになった。
後は家族水入らずで、どうぞー。
気を利かせたアッシャーは、フォルを連れて執務室を後にした。精神的に削られたのか、ローリエ親子の姿が見えなくなった瞬間、フォルは肩で息をしはじめる。
「良かったっすね!ローリーもお父さんとお母さんに会えて嬉しそうでしたし!」
「アッシャー、てめぇ。さっき私が困ってるのを見て、内心笑ってたろ。一発殴らせろ」
「とんだ誤解っす!」
「歯ぁ食いしばれーー!!」
廊下で吹っ飛ぶ長身の見慣れぬ男性の姿に、屋敷の者は度肝を抜かれた。しかし、それがローリエの恩人だと知ると、どう接して良いのか迷い…結局。新たな客人の不思議なやりとりは無視することに決めたのだった。
△△
盛り付けられた豪華な食べ物の数々に、二人は目を丸くした。田舎町でも、流石に対応は領主の館と言うところだろうか。
鶏か、あひるか、それとも未知なる家禽か。巨大な鳥が丸々一羽、テーブルの上に盛られている。その周囲を飾るのは、これまた見た事もない野菜たち。横長いテーブルの上には、隙間さえあれば皿がのせられ、ここにいる人間すべての胃袋どころか、全員の体重を足してもこのテーブルの上の食材には届かないかもしれない。
絶句するフォルの姿を見たローリエが思わず苦笑した。
「厨房メンバーが張りきっちゃってさ」
「それにしたって張り切り過ぎだろ…」
イーストメドウ領は食料の輸出で財源を賄っていると聞いていた。見た目は田舎町でも、実は結構な収入があるのかもしれない。フォルはこの領地の土地算定額を改めて計算し直そうと決めた。
「わあ、これ、なんっすか? こっちは?」
一方でアッシャーは、見た事もない食材に目を輝かせていた。留守にしていた数百年だか数千年の間に、野菜も様々な形に進化を遂げていたようだ。
そこはかとなく、皿の上に見覚えのある料理が混じっているのは自分達の影響だろうか…。ふとフォルは心配になった。地球かぶれになったから、ユーリス大陸にも若干地球の影響が出ちゃったとか?
フォルが横目で見れば、アッシャーが「カボチャ」なる野菜について説明を受けているところだった。かつてのユーリスでは見た事もない植物だ。オレンジ色で糖度が高いそれは、ある日突然発見されたのだという。そうして品種改良が繰り返され、今では煮物料理によく使われるらしい。
(…私は何も、聞かなかった。そういうことにしよう)
フォルは気付かなかった事にした。訊ねたアッシャーも、少しばかり顔が引きつりながら説明を聞いている。いやー、この地に悪い影響をもたらしている訳ではないのだから、別に良いのではないのかなー? 恐らく…生真面目なメイディ辺りがカンカンに怒っているだろう。そう思いながら、フォルは供されたワインに口をつける。わー、久しぶりのワインだ、美味しいなー!
「ほう、フォル殿は旅をされているのですか」
「ええ。何せ、世間知らずな物なので。見た事のないものばかりで驚かされますね」
フォルが微笑むと、食卓を囲んでいた空気がざわりと揺れた。サングラスをかけていても分かるその美貌に、殆どの人間が眼を奪われた。…もくもくと食べ続けるアッシャーとローリエを除いて。あの二人の食事にかける必死さは、ある意味桁違いである。
「次は、大きな街に行ってみたいと思います。…この近くに人の集う場所はありますか?」
「ああ、それなら国境をまたいだ、アルバートの街に行くといい。あそこは新興国だが物流も盛んだし、ギルドの規模も巨大だ」
上等な酒で、ほんのり頬を赤らめたカールがそう言った。その中に含まれた単語に、フォルの目がキラリと光る。
「ギルド?その街には、ギルドが存在すると?」
「ええ、冒険者ギルドを初めとした、商業ギルド、聖職ギルド、学術ギルドに魔術森林海洋ギルドと様々で…。この辺りでは一番大きな人の集まりですわ。イーストメドウの街はハルフォードの首都からは随分と離れていますが、アルバートの街に隣接するから、そこそこの暮らしができているんです」
カールの言葉にケイリ―が続ける。
しかし、フォルは半分以上聞いていなかった。それもその筈。憧れの…ギルドである!商業互助組合としての意味もあるが、ケイリ―は確かに「冒険者ギルド」と言った。それはつまり、
(「おい、オヤジ。何か俺向きの仕事は入ってないか?」
「ふっ…、そろそろお前さんが来る頃だと思っていたぜ。ほらよ、おあつらえむきの仕事だ」
「ドラゴン退治…分かってるじゃねえか」)
…という夢にまでみた会話が実現する可能性がでてきた、という意味である。苦節2万年、ついに巡り会ったビッグウェーブである。
フォルの最終目標は「職業:名探偵」になることだが、その前に入り物…特に知名度とか知名度とか知名度とか…を上げるにはどこか大きなギルドに登録して功績を上げるのが手っ取り早い。少なくとも「オンライン」の時はそうしていた。
「ならば、アルバートに行ってみるとしましょう」
「ふむ。国を越える許可証は私が発行しておこう」
「感謝いたします、カール殿」
アルバートまでの旅費も荷物も、カールが負担するという形で話はとんとん拍子にすすんで行った。褒賞はいらないから支援が欲しい、という申し出を、イーストメドウ領として受け入れた形になる。
料理の山もあらかた片付いたところで…主に平らげたのはアッシャーとローリエの二人である…、席に並んでいたアレクサンダ老がフォルへと声をかけた。
彼はローリエを迎えに来た騎士の一人で、高齢だがイーストメドウの騎士長として現役で働いている。
アッシャーが「まるで高齢化地域…」と評したのは、あながち間違いでも無く、テーブルのあちこちに白髪の混じった人の姿が見える。その中でもダントツで最高齢であるフォルは、無言で隣を殴った。
通常であれば、領主とその従者が同じ席で食事をすることはない。しかし、ローリエが帰って来たという喜びと、尽力してくれた一同をねぎらうため、この場には大勢の騎士や従者が座っている。
もっとも、フォルの人離れした美貌と威圧感に負けて、誰も話しかけてくることはなかったが。
「ところで、フォル様はご自分の属性をご存知ですかな?」
「…いや、知らないな」
苺を齧りながら、フォルは首を横に振った。知っているも何も、人間に与えている闇の属性はフォルが管轄している。だが、無知で世間知らずな旅人を装っているので、口に出すことはない。
「属性、と言うのは人が誰でも生まれた時から持っている特性の一つ。それによって、自分の得意とする道が或る程度見えるとも言われています。自分の属性が、どうやって決まるのかはまだ、解明されておりません。ある程度の年齢になると、突如として芽生えるのです。『自分を気に入った神様が加護をあたえてくれる』とも言われておりますな」
ほっほ、と和やかにアレクサンダが笑う。そしてこほんと咳払いして、どこか得意げなアレクサンダ老は、自分の指にはまっていた指輪をフォルに差し出した。金色の台座に、琥珀色に光る石が付いている。それはフォルが手にすると一瞬で漆黒に染まった。
「これは『映し身の指輪』と言って、自分の属性を知るためのマジック・アイテムです。フォル様は手に下だけで石の色が変わるほど…とても強い闇属性のようですな」
「そのようだね」
こんばんは、闇属性(本体)です。と言いたい気持ちを押し止めながら、フォルは頷いた。
「闇属性持ちには変…天才が生まれる傾向があります。スタイルは超攻撃型が一般ですな。闇と光の属性持ちはとにかく発見される事が少ないので、国家によっては、どちらかの属性を持っているだけで貴族階級付与などの特別待遇が行われているそうです」
「つまり、フォルのねーさんはやっぱりスゲー人って事か」
「あぁ、分かります…変人が多いんですよね…分かります」
まだもぐもぐと何かを口に詰め込んでいるアッシャーとローリエが話に入って来た。アッシャーは「最近ローリーがフォル様の悪影響を受けてる気がするっす…」と嘆いていたが、フォルからしてみたら、ローリエはアッシャーの影響を受けている気がする。
「フォル様がキャラメイクすると、ATK全振りとか無茶するんですもん」
「あたっく…?」
「おい、アッシャー。お前もやってみろ」
無理矢理アッシャーの手の中に押し込まれた指輪の石が変色していく。灰色に染まった石を見たローリエが、あ、と声を出した。
「これは、何だ?」
「アッシャー様は…無属性のようですな。ここユーリス大陸では、無属性人口が一番多いのです。どんな方面にでも…ある程度の活躍が期待されます」
「器用貧乏なんだよな。ステータス均等に振る派だもんな」
「ニ…ニヤニヤしながら言わないで欲しいっすー!」
先ほどの鬱憤を晴らすかのように良い笑顔を浮かべるフォルの隣で、ローリエは首を傾げた。
「無属性って、神様の加護が無いんじゃないの?」
「いいえ。無属性と言われておりますが、正確には誰かの加護を受けた状態にあります。ただ…何の加護を受けているのかは未だに謎に包まれているのですよ」
「へぇー、ロマンだねェ」
「もしかしたら、歴史書から抹消されるくらいすぅ~っごい影の薄い神様が居て『お前さぁ、やる事少ないんだから加護人数ぐらい死ぬ気で負担しろよ。あ?何か文句でもあんのか?』とか神様連中に脅されているのかもしれないっす」
「へぇー、ロマンが無いねェ」
イーストメドウの住人には土や木属性が多く、ローリエはアレキサンダと同じく石の色が琥珀色に変わった。もしかすると、馬車から地面に落ちても無事だったのは土の加護があったからかもしれない。
アッシャーが落ち込んでる以外は何事もなく、晩餐は和やかに終了した。
「ねーさぁーーーん!にィーさぁーーーん!!また遊びに来てねー!」
城門で手を振るローリエに、アッシャーは大きく手を振りかえした。フォルが手を振ることは無かったが、ニヤリといつもの笑みを浮かべているのが彼女なりの挨拶だとローリエは知っている。
二人の黒い旅人が完全に見えなくなるまで、小さな探偵は城門に張り付いていた。
カラカラガラガラ…
二人と入れ違いに、イーストメドウの街に荷馬車が入る。罪人を乗せているという意味を持つ、結ばれた縄のマークが描かれたそれは、鎧姿のいかめしい騎士達に付き添われてゆっくりと広場へと進んでいく。
「あれ、なんですかね」
「どうせ、どこかに逃亡予定だった脱税聖職者と誘拐メイドが、ヘマして捕まったんだろ」
淡々と言うフォルの顔は涼しいものだ。
「ああ、それなら仕方ないっすねー。何せこの街には既に名探偵が一人いますからねー。何か物語的な超常現象が起こって、犯人が捕まったとしても仕方ないっすねー」
ふふふ、とアッシャーは含み笑いを見せる。
「ローリーは、きっと良い女探偵になるっすね!」
「そういう事ばかり言っているから貴様は女心が分からないとか、モテないとか言われるんだ。主に私に」
「酷い!!」
こうして彼らはハルフォードの国をあっさりと後にし、隣国であるディアホーンの地に足を踏み入れたのだった。




