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第三話 名探偵被害者

『始まりの三女神の内、光と闇、どちらが先に生まれたのかについては、我々宗教学者の間でも長年、議論されてきた。しかしながら、一つ、確かな事がある。現存しているどの文献を見ても、始まりの三女神の内、三番目に生まのれたのは影の女神である、という事だ。そもそも、三番目の女神に関しては記述された文献が少ない。影の女神は影が薄い…などと言われるのは、このためであろう…』


【中央国家ディアホーン所属歴史学者 アルバート・バッフエル】




「いっやー!悪かったねェ。あんたらパッと見た感じ全身黒一色じゃん?うっかりアタシを浚った馬鹿野郎が帰ってきたのかと思ったんだよねェ!」


 目が覚めたローリエは、思った以上に元気だった。あの死にそうな姿を見ていたフォルとアッシャーとしては肩透かしを食らった気分だ。

 異様な格好の二人の姿を見ても、恩人として接しているのだから、意外と大物な少女なのかもしれない。


 ローリエの折れていた右手は、いまやしっかりと固定されている。

 左手に野菜の入ったスープを持ち、器から直接ガツガツとカッ食らうその姿は、領主の娘というよりも場末の悪ガキだ。ボサボサの髪の毛は、あっちこっちにピョンピョンと飛び出し、暴発している。


 ローリエの元気な姿に、共に入って来たルザスもほっと笑みを浮かべた。


「それで、一体何があったんだね?」


 最初に訊ねたのはフォルだった。真面目ぶった表情をしているが、その口元はピクピクと震えている。あれは『面白くなってきたなー!』という顔だ。付き合いの長いアッシャーは、本日何度目かも分からない溜息をこっそりついた。


 ぱんぱんに張った頬袋の中の食べ物を飲み込んだあと、ローリエは神妙に口を開く。


「…今回の事件を引き起こしたのは、教区副司祭ニーヴァだ」

「んおぉ!?」

「しー!声が大きい!!」


 ローリエはキッと大きな緑の眼を吊り上げる。

 フォルは首をアッシャーの方へと向けた。その顔には(え、犯人、もう分かっちゃってるの?)という不満がありありと浮かんでいた。


「ニーヴァってのはね、五年前に中央教会から赴任して来た、いけすかないオヤジさ。ウチの地区の寄進やら教会の諸経費やらの帳簿を任せていたんだが…調べてみたら二年前から数字が合わなくなっていたンだ… ばあちゃん、スープ、おかわり!」


 此処でローリエはずずっと音を立ててスープを飲み干すと、空の皿を村長の奥方、マルレーゼ夫人へ突き出す。老婦人は、はいはいと笑顔で部屋から出て行った。


「んで。調査するうちに、教会の金をこっそり使いこんでる事が分かった。原因はこれだよ…お、ん、な」


 ニヤリと下卑た顔をする少女は、どこからどう見てもませた悪ガキだった。


「えっと…君がたびたび脱走してたのは、その調査をするためっすか?」


 アッシャーが尋ねると、よくぞ聞いてくれましたとばかりにローリエはぴしゃりと自分の膝を叩く。どうやらローリエは、アッシャーの中にある「領主の娘像」とはかなりかけ離れた人物のようだ。


「そうだよ。証拠が無けりゃ、あの狸爺をとっちめられないからね…。あたしが油断したのは、ニーヴァの女がメイドのエランダだって知らなかったからさ。あいつら、あたしを誘拐して、それを盾に国外に逃げるつもりだったんだ!」


 そこで、ローリエはフフンと得意そうに鼻を鳴らしてみせた。アッシャーはそっとフォルへ耳打ちする。


(凄いっすね、ローリエ様。本物の名探偵みたいっすよ!)


 フォルは真面目な顔をして首を横に振った。


(くっ…ロリで、領主の娘で、お忍びで悪を見つけ、名推理で、誘拐され、おまけに暴れん坊ロリだと?他に何を望む事がある?ともかく!盛り込み過ぎだろう、私には処理しきれん!)

(フォル様落ち着いて下さいっす。ロリって二回言ってます)


「ま、このあたしが逃げるとは思ってもみなかったんだろうね!」

「走る馬車から転がり落ちた、か。…無茶をするな、君も」


 やれやれとフォルが肩をすくめれば、ローリエは大きな目を見開く。


「な、何で分かったンだい!?」


 ここに来てようやく思い通りの反応を得られたことに気分をよくしたのか、フォルもまた、ふふん、と鼻を鳴らした。


「人買いの噂を広めたのは、きっとその二人だろう。見慣れない馬車を見かけても、人買いだと思った村人達が近寄らないようにするための策さ。無事に国外へ逃げ切るためにね」


 恐らくはそうでしょうなぁ、と村長ルザスが頷く。


「…君のその右腕は、馬車から落ちた時にクッションになって折れたんだろう。そのまま草原に逃げ込んで隠れてやり過ごしていたが、遂に力尽きた、といったところか。安心するといいよ。アッシャーが馬車の轍を見つけてしばらく辿ったが、止まった形跡はなかった。あいつら、君が逃げた事に気が付いてないだろうさ」


 今はどうか知らないけどね、と付け加えてフォルは綺麗に笑みを浮かべてみせた。だが、ローリエは沈んだ顔だ。


「今頃あいつらは、国境を越えただろうな」


 国境を越えれば、イーストメドウ領の騎士達にはニーヴァとエランダの二人を捕まえることができない。武装した状態での他国への越境は準戦闘行為とみなされるからだ。

 あの二人が国境間際で捕まるか、逃げた先の国で逃亡犯とみなされない限り、身柄はイーストメドウ領へ引き渡されることがない。

 

「まぁ、君が無事に戻っただけでも、良しとしなければな!それに、」

「それに?」


「悪い事をした者は、それなりに天罰が下るさ」


 腕組みをして立ち上がったフォルの姿は自信に溢れていて、そうかもしれない、と思わせるのには十分な迫力だ。納得はしていないものの、ローリエはそれに苦笑で応えるのだった。


 

 五日が過ぎた頃、マクシーズの街に知らせを受けたイーストメドウ領直轄の騎士団、三名が現れた。


「ローリエ様、ご無事でしたか!」

「うむ、まあ元気にやってるぜ!」

「おおお、お怪我をされているではありませんか!」

「これくらい、すぐ治るから心配すんなって!!」

「爺は、ローリエ様がいなくなったと知って気が気ではありませんで…」

「大げさだなァ」


 先頭で馬を率いていた老騎士は、ローリエの姿を見つけるなり馬を飛び下り駆け寄った。残りの二人も顔見知りの騎士であったらしく、ローリエは破顔して村長の家へと迎え入れた。


「じゃあ、ローリーはお父さんの所に帰れるんすね?」

「うん! ンで、あの二人の事を報告しないとねェ!それに、アッシャーとフォル様も父様に紹介しなくちゃあなァ」


 アッシャーが祝いの言葉をのべると、ローリエはひっひっひと笑った。


「あたしの身代金を請求すんなら、其の時がチャンスだぜィ?」


 パチリと愛らしくウィンクするローリエに、この五日間で相当フォルの影響が出ている、とアッシャーは思った。確実に、悪い方で。





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