第三話 ※グロ注意
カルアがその場で返事をしてトタトタと部屋を出て行った。
部屋を出る直前に振り返って
「さっきマスターが冷蔵庫の肉をチェックしてたから、今日の夜ご飯はお肉だね。ラッキー!」
と言って右手でガッツポーズした。
俺も続いて部屋を出て左手にある洗面台に向かった。
鏡に映る俺。
短い茶色の髪はいつもボサボサだが寝癖が付いてさらにボサボサになっている。
蒼い目は、まあ自慢。
ちょっと肌荒れしてるかなーと思いつつ冷たい水で顔を洗って、ついでに髪も整える。
タオルで顔を拭いてると
何か下の階から聞こえてくるマスターとカルアの話し声がいつもと違う気がする。
二人の声とは違う声も複数聞こえる気がする。
まさか昼間の警察がここに来てしまったのだろうか。
ドクンと、心臓の鼓動が大きくなる。
二人にこれ以上迷惑を掛けることも出来ないので、恐る恐るだが階段を下りてバーに行く。
視界に入ったのはマスターとカルアだけだ。
明るめオレンジ色の電気。甲冑は部屋隅の机の上に並べてあった。まあ仕方ない。
マスターが忙しない。
仕込が遅れてる感じ?
「カルア、何かあった?」と聞いてみる。
「実はさあ」とカルアが答える。
「店の前の通りで、女の人と男の人2人かな。その人たちの争うような声が聞こえてさー。マスターも気が気じゃないみたい。」
今は静かになったようだが、俺が確認に行こうかと言いかけたその時、マスターがフレンに気づいて声をかける。
「お、下りて来たか。すまんなまだちょっと時間かかるわ。あと10分でopenするからカルアを手伝ってくれ」
そう言われて俺はカルアから台拭きをもらい机を拭くことにした。
ふとそこでキッチンで俯いて支度をしてたマスターが顔をあげて、
「フレン、お前を泊めてる部屋で、丸めたポスターっぽいのがあったがあれは何だ?お前を部屋まで担いださっき見つけた」
と聞いてきた。
そうだ、それは今朝、俺が起床した時横にあったものだ。
私物ではないため、誰かが“欲しい”と願った物だ。
甲冑と聖剣のインパクトが強すぎてちょっと忘れかけてた。やばい。
「あ、なんかあれ、航海図っぽかったです」
その俺の言葉にマスターが一瞬反応したような気がした。
気のせいだろうか。
カルアもこっちをチラチラ見てくる。
「なんなら取りに行って来ましょうか?」
俺がそういうとカルアの方が見たいと言ったので、宿泊部屋に取りに行った。
ちょっとボロボロっと酸化した紙。
机に広げると横1メートルの縦60センチくらいだろうか。世界の国と海が載った航海図だった。
カルアがヘー凄ーいという感じで覗き込む。
それを覆うように大きな影が航海図を黒くする。マスターだ。
身長190センチのスキンヘッドで筋骨隆々の色黒肌にタンクトップのマスター、迫力半端ない。
だが、ふとマスターの目を見ると、寒気がした。
あの時の骨董屋のおじさんの目、聖剣を前にしたおばあさんの目と同じだったから。
「マスター、若しかして…」
フレンの言葉にドキッとするマスター。
えっ?と視線を上にするカルア。
「…は?いやまさかオレの訳ねーだろ?そりゃあまあ海は好きだけどよ」
「あ、ああそういえばマスターって瓶の中によく船の模型作ってるよね、何て言うか、知らないけど…」
カルアがそう言って黙る。
違いない。これはマスターが欲しいと願った物だ。
だが、マスターは知ってる。受け取ると168時間後にどうなるかということを。
「まあ航海は幼い頃からの夢だけどよ、今はもういいんだ。このバーの経営で十分楽しい毎日だ。航海する資金もねーしよ!」
「マスター、これマスターが欲しいと願ったの?」カルアが聞く。
「オレはそれは要らないよ。あ、しまったopenの時間過ぎてるなあ。カルア開けてくれ!フレンはそれ、片づけとけ」
そういうとマスターはさっさとキッチンに戻って行ってしまった。
俺は言われるがまま広げた航海図を丸めた。
そしてカルアがドアを開け、看板のcloseをopenにしようとした時だった。
「ウウッ!」
呻き声だ。
声の発した方を見ると、マスター…?
キッチンに立っているマスターが両手で自分の首元を掴んでいる。
呻き声が更に激しくなる。カルアがマスターの元に走って来る。
ありとあらゆる箇所の血管が浮き出てくる。次第に口から泡。
「マスターどうしたの?ねえ、マスター!」
必死にマスターの腕を取って問いかけるカルア。
俺は茫然としか見れなかった。
どんどん状況は悪化する。
カルアが気づいてマスターから離れるように後ずさる。
頭や顔、腕、脚、全ての皮膚がただれ始めた。
赤い血も夥しい量だ。
「!」
カルアが無言のまま俺の元に駆け寄りしがみ付いてくる。
崩れていくマスター。
かつてのマスターの人間としての形はもうそこにはない。
あるのは異臭。
そして残った骨は、白く灰状となった。