第二話
「それにしても、フレンのその現象はなんなんだろうね?」
カルアが俺に聞いてきた。
カルアとマスターは俺のこの奇怪な現象を知っている。
知っていながら俺をここに泊めてくれている。
毎朝起きると必ずと言っていいほど一つ、俺の寝ていた横に俺の持ち物ではない物が置いてある。
無かった時もあるが。
例えば万年筆や鳥かご、辞書だったり。
それは俺が予め持っていた物でなければ、寝る前に買って用意したとかそんなこともない。
ただその現象が始まったころから、悪夢を見ることが多くなった気がする。
誰が置いてるのかは知らない。
「誰かがフレンが寝ている間に部屋に忍び込んで横にそっと置いてるってことかなあ…。あ、ねえねえ、故人とか出たことある?」
カルアが恐ろしいことを言い出した。
「そんなことあったら俺心臓発作で即死してるわ!目覚めたら死人が見下ろしてるとかどんなホラーだよ」
実際考えたことがなかったわけでもない。
それが有り得るかもしれないという気持ちも薄らある。
寝るのも勇気がいる。
「人間やお金が出たことは今までないかな」
そう俺が言うと
「なーんだー」
と、カルアはがっかりした。
俺の身にもなってくれ。この現象だけでも十分怖い。
「ワニとかライオンは?」
「だからそんな恐ろしいことやめてください。欲しいとか願わないでください」
「でさ、その“物”を欲している人に渡せないと、その人、72時間以内に死ぬんだよね」
カルアが言った。
一度しか体験していないが、過去にそう思わせる奇怪なことがあった。
カルアが一緒に寝てあげようかとか何だかウキウキしながら提案してきてるが俺はそれを流した。
今でもはっきり覚えてる。
ある朝俺の横には乳児用の小さい靴下が片方だけあった。
家を出た後、俺は16歳だが彼女とかそんな者はいないので赤ちゃんがいるなんてことも当然有り得ない。
その靴下には名前が刺繍してあった“ミンク”。
聞き覚えのある名前。
それは一年前に俺の母の知り合いの女性が出産しており、その子の名前がミンクだった。
出産祝いで一度会ったことがあるが、それから会わずに一年近い年月が経っている。
俺と同じように父は事情があって家を出たようで、女手一つで子育て鬱になってしまい、母子共々行方知れずになっている。
探しようにも居場所が分からない。俺も一人で当てがない。
一日目、二日目と当てもなく靴下を持って街中を歩き回ったが、さすがに都合よく見つからない。
もう違う国にいるかも知れないし。
そして、その靴下が現れてから72時間近くに迫ろうとした頃、
俺は泊まっていた宿から大通りに出て左手にある急こう配な上り坂を見つめた。
距離は2,30メートルはあっただろうか。その上の方に、朝日が眩しくてよく見えなかったが、目を細めるとそれは人影だった。
ベビーカーらしきものも持っているように見える。
まさか
その途端母親らしき人物がベビーカーを手放し、勢いよく俺のいる下の方に滑らせた。
赤ちゃんが乗っている。
気づいた時には手遅れだった。
靴下を片方だけ履いていたミンク。
1歳になりちょっとだけ成長していた。
72時間以内に渡せないと、誰か近い人に殺されるのかもしれない。
渡せたとしてもその時点から168時間経つとその人は跡形もなく消息不明になっている。
「俺は若しかして死神なのだろうか」
俺が言った言葉に対してカルアが何か言おうとしたが、その時だった。
階下のバーからマスターの声が聞こえた。
「おーいカルア!もうそろそろ店オープンするから手伝え!フレンも起きてるなら顔洗って下降りて来い。飯食わせてやる」
窓の外は陽が沈んで星が見え始めていた。






