第一話
さて、俺はどれくらい眠ってしまっただろうか。
まぶたを開けると見覚えのある天井が目の前に広がっている。
硬いクッション性のベッドに俺は寝ていた。飛び起きる力も出ないほど頭は働いてない。
仰向けに寝たままタオルケット一枚。秋深くなった今時にこの仕打ちは寒すぎである。
だが横になったまま記憶を呼び覚ます。
50人くらいいそうな住民に取り囲まれて、毒消しの葉を少女に渡して、政権…いや違った聖剣をおばあさんに渡して、
なんか警察も来ちゃったから、甲冑を着た俺は明らかやばかった。
バーに着いたのは記憶にある。
ここはそのバーの2階にある小さな一室だからだ。俺は数日前からここに泊まらせてもらっているはず。
甲冑を着たまま無我夢中で必死に逃げ走って来たから、マスターとカルアの姿を見た瞬間もう安心しきって…
あ、しまった椅子を一つ破壊したかも…青ざめる顔。
ふと右側にある窓を見るとオレンジ色の空。夕方であろうか。
そこでハッとした。
今の俺の格好は長袖シャツにスウェット。
慌てて上半身を起こして室内を見渡すと、さっきまで着ていたはずの甲冑がない。
コンコンコンッ
閉まっているドアを誰かが外からノックする音。
「フレンー、起きたかー!?そろそろ起きないとやばいんじゃねー?」
カルアの声だ。
カルアとはこのバーで店員をやっている女の子の名前である。
ガチャッ
「開けるよ!!!」
入っていいよとか何の返事もしていないのにこいつは勝手に勢いよく入って来た。
手には水の入ったピッチャーとコップが乗ったおぼん。
「あれ、フレン起きてたか。じゃあ良かった良かった」
「いや何も良いことないですけど、勝手に入って来ないでくださいよ…」
「なによぅ。ほぼ宿泊料なしで泊まらせてあげてるのにそんなこと言うの?」
「はい、すいません…ごめんなさい」
「ま、お兄ちゃんが出来たみたいで私は嬉しいけどね。えへへ」
カルアが、壁際に無造作に置かれた背もたれの無い木で出来た椅子を取りに行った。
身長140㎝の小柄で、赤みがかった茶髪を後ろでポニーテールにしている。
俺の2歳下の14歳だ。
ベッド横に椅子を置いて座り、コップに水を入れて渡してくれた。少しだけそれを飲む。
「なあ、俺はどれだけ寝ていただろうか…甲冑が無いんだけどまさか」
「ん?二時間くらいだよ!」
大して寝てなかったようで安心した。
よくある話一週間とか言われたら死んでた。
甲冑はマスターがバーに展示しているそうだ。なるべく人目に付けた方が欲し人が見つかるんじゃないかって。
さっきの騒ぎもあったばかりだからこのお店に迷惑をかけないといいけど。
ただタイムリミットは明日の午前7時。
現時刻は10月9日午後16時30分。
あと約14時間でこの甲冑を欲している人に渡せないと、その甲冑が消えると同時にその欲し人が誰かに殺される。
渡すタイムリミットは72時間。渡してからその人の命は168時間。どちらにしろ選ばれし欲し人は運命が決まる。憶測だが。
そしてその誰かがわからない。
だから無謀にも、甲冑を着てついでに重い剣も持って街中を彷徨った。
俺が一人旅を初めてそろそろ3か月は経つだろうか。
それが可笑しな旅で、そもそも理由がこの変な現象のせいである。
毎朝起きると、何故か俺の横に見知らぬ物が置いてあるのだ。
このフィルクスタン国の隣の国、マスチルで母と二人で暮らしてた。
生活費を稼ぐだけの毎日が繰り返されていたある日の朝、朝6時に起床すると俺の横に水晶玉が置いてあった。
これはよく占い師が使う感じのやつだろうか。ずしっと重い。
俺は占いを信じてる性質ではないし、母もその信じるタイプではない。
だが一応その水晶玉を持って、キッチンで朝食を用意していた母に見せてもやはり知らないと言った。
若しかして何かの犯罪に巻き込まれたものかと二人焦ったが、生活に困窮していた俺たちは、それを売ることにした。明らかに高値が付きそうな水晶玉。
朝食後、取りあえず3件隣の仲の良いおじさんが運営している骨董屋に持って行ってみた。
それを見た瞬間のおじさんの目は今でも忘れない。やはり聖剣を目にした先ほどのおばあさんと同じくらいキラキラしていたのだ。
すぐにおじさんはその水晶玉を買い取った。
なんと額は俺と母が働かなくても一年は生活が出来る金額。
今となっては何故おじさんがそれを欲しがっていたのかはわからない。
いけないことだとは理解していたが俺と母はお金を受け取った。
翌朝、また知らない物が、俺の横にぽつんと置かれていた。その代わりに母は家を出ていた。
ついでに昨日のお金の8割ほども無くなっていた。
次の日も、その次の日も母は帰って来なかった。
俺は残されていた2割のお金を持って家を出た。
それから5日が経過した頃だろうか、骨董屋のおじさんが失踪したと街中で騒ぎになったことを知った。