聖剣持つおばあさん
命が尽きる、というよりは、蒸発すると言った方が正しいか。
少女が走り去って一分も経っていないであろう。
今度はとても腰の曲がったおばあさんが一人、甲冑の目の前に立っている。
先ほどの老夫婦より歳が行ってそうで、80歳くらいっぽい。
服装は柔らかな布が何枚も重なったような、民族衣装風なスカート。
その上にブラウンチェック柄のブランケットを羽織っている。
突如現れたおばあさんを目の前に、
何を言えばいいのかわからない無言の甲冑と、固唾をのんで見守る周囲の住民。
だがおばあさんは何かが違った。
目がまんまるに大きく開き、異様にキラキラしているのだ。
まるで欲しい物が目の前に現れて興奮している子どもの様に。
沈黙も数秒、間もなくおばあさんが、よぼよぼした覚束ない震え声で言った。
「そ、そそそそれはああ、先代の先々代、いや忘れてしまった。確か今から1000年の大昔、この町に現れた魔獣イスフェロウを一撃で倒した、私のおおおおじい様であり勇者ギティロの聖剣!!!!」
おばあさんは、甲冑が左手に持っている聖剣を指さしている。
凄く興奮しているようで全身がガクガクしている。
「は?」
「今あのばあちゃん“聖剣”って言わなかった?」
「魔獣とか勇者とかこんなご時世におるわけないよなあ」
「ちょっとお歳召してるし、仕方ないんじゃない」
さっきまで静かだった周囲の住民がざわざわとどよめき始めた。
そうこうしている内に、警察が2人来てしまったようだが、様子を監視しているようだ。
甲冑は何も喋らない。
続けておばあさんが言う。
「私はなあっ、本当に長い間…60年は経つかなあ、世界中その聖剣を探しては探しては…。
はああっ!やっと私の目の前に、おじい様の聖剣がああ…」
あああと大きな声を辺りに響かせながら
おばあさんは膝から崩れ落ちて泣きだしてしまった。
「もう、戻って来ないと思っていたから…」
何のことか事情はよく分からないが、どうやらこの聖剣を欲しいと願ったのは、このおばあさんのようだ。
甲冑は「ではこの聖剣を貴女に」
と言っておばあさんに渡した。
渡せずに3日で終わってしまう命より、7日は生きていてほしい。
鞘のないギラリと光る刃を持つ聖剣を、おばあさんは震え泣きながら抱きしめている。
だが表情は笑っていた。
このおばあさんも、今から168時間後に消える。
そして聖剣も共に行方が分からなくなるであろう。
一瞬、住民と警察の目が、大きな声で泣く異様と化したおばあさんに注がれていることに気付いた甲冑は、残った体力を振り絞り、ガシャガシャと人ごみの隙間を掻き分け、大きな音を立てて、大急ぎでその場から走り去った。
追いかけてくる者は途中までいた気がしたが、諦めたようで誰もいなくなった。難を逃れたようだ。
騒動から約15分後、甲冑は人通りの少ない裏通りに入って、とある小さなバーを探した。
目的地である。
この町に来てまだ1週間も経っておらず、道がはっきり覚わっていない。
脚もふらふら、喉も乾いて汗も流しすぎて、若干脱水症状気味になった甲冑は、やっと見つけたバーに入るなり、ガッシャアアンと盛大な音を立ててぶっ倒れてしまった。
「あ、マスター、フレンのやつ、やっと帰って来たよ!」
バタッと倒れた甲冑の傍に店員の女の子が駆け寄る。
「おうおう!道連れにおもいっきり椅子を一つ破壊して倒れやがって、…死んだか」
「いやいやフレンのやつ死んでないからっ」
女の子は持っていた床拭き様雑巾を思いっきりマスターにぶん投げる。
甲冑の中から寝息が聞こえてきた。