禁術遣いとの死闘と推理に狂気を添えて
「あっははははははははッ・・・・!!!!」
「っ・・・!!?」
私たちは禁術遣いの女の術により
操られた数々の死体に囲まれ、絶体絶命の危機に陥っていた。
が、そんな状況下にも関わらず“狂人”は大笑いしだした。
何この人、今度は何をする気ですか?
禁術遣いよりも厄介な味方に早速、頭痛がしてきました。
「嬉しい歓迎ねぇ・・・!」
「えっ、これのどこが歓迎なんですか・・・?」
「いきなり戦闘に持ち込むあたり
貴女は私たちが敵だと、すでに理解している
別に殺気でも出していたワケじゃないのに、どうして分かったのかしら?」
「何を言っているんですか、物々しく洞窟に入っていけば
敵だってくらいすぐに分かるでしょう・・・!」
「いいえ、そんな事は無いわ?
だってここ、色んな人が何度も出入りしたあとがあるんですもの」
「・・・え・・・?」
何を言いだしたかと思えば
狂人こと目隠しメイドのラルーは突然、推理しだした。
こんな状況で何を始める気ですか・・・!?
完全に戦う雰囲気だったじゃないですか・・・!!
「高級なメイドを引き連れて来るなんて・・・
私もずいぶんと舐められたものですね」
「ええ、私の御主人様にとって
貴様のちんけな術なんて些細を極めるわ
私たちはお前を“舐めて”いるんだよ、たわけが」
「・・・っ・・・・!!」
「な、何を挑発しているんですか!?
勝手な行動は止めて下さい!」
「いいえ! まずは話そうじゃないの
いきなり殺し合って、真相を闇の中に葬るのは好みじゃないわ
少しくらい“お喋り”したって許されるでしょう?」
目隠しメイドの大暴走が始まりました。
もう嫌です。
ラルー、私の従者を自称するなら
少しくらい大人しくしてくれませんか?
「ここには何人もの人が新しく出入りしたあとがある・・・
そして、新しい死体や戦闘の跡は見られない・・・
よってお前には生きた仲間がいると考えられる」
「ま、待ってください
生きた仲間がいるかなんて分からないじゃないですか
自分の身の回りの世話を死体たちにやらせているだけかも知れない
それに、新しい死体が無い? ありえない・・・
それが事実だとしたら、私たちを取り囲んでいるこの人たちは何?
どう見ても新しい死体じゃないですか・・・!」
「ん、ごもっともな論理ね
常識的には、だけど・・・」
「・・・では聞かせてください
ラルー、あなたのトンデモ推理を」
「許可をありがとうございます、御主人様?
えー、んじゃ・・・
まずここにいる死体共についてだけど
どう見ても、死後から数十年から数百年ほど経っているわ?」
「意味が分かりません
もしも死後から数十年も経っているのなら
死体は白骨化しているか、ミイラになっているか、です
この死体たちはガイコツやミイラに見えますか? 見えません!
死んで間もない、生前の姿を保った新鮮な遺体に違いはありません!」
「だーかーらー!
常識的にはって前置きしたでしょ!
その点については・・・アイキキちゃんが説明してくれる?」
「はい、受けたわまりました」
ラルーの話を一応に聞くが
理解し難いです・・・。
新鮮な遺体がない?
私たちを取り囲んでいる死体たち
大きく目を見開いているものがいるが、そこにはちゃんと眼球がある。
人が死んで最初に朽ちるのは眼球・・・。
それが残っているという事は何十年も経過した死体とは考えづらい。
肉が腐ったような匂いはしないし
死体たちは自分の足で立って、歩いているのだ・・・。
新鮮な遺体、そのものだ。
「ららみ様、ここ・・・ジプレー山脈には
数え切れない遺体が遺棄された過去がある事は覚えておいでですか?
かつての“怪物狩り”にて生じた死体は・・・何でしょうか?」
「・・・!
魔女や、吸血鬼に呪鬼・・・!」
「人間から生まれ、限られた命を生きる魔女の死体なら
とっくの昔に朽ち果てているでしょう
しかし、吸血鬼や呪鬼に限って・・・話は別になるのです
彼らは不老不死なのだから、その遺体が死後に朽ちるのは
不自然ではありませんか?」
「つまり、ここにいる死体は全部・・・吸血鬼や呪鬼のモノ・・・!?」
「はい、ただいま
死体をスキャン中・・・
・・・認証完了しました
18の吸血鬼の遺体と、9つの呪鬼の遺体と認識しました
話に聞いていたよりも数が少ない事から・・・
時間が経てば敵は増えると推測、話し合いは良いのですが
早めの決着が求められます、どうかお急ぎください」
「なっ・・・!!」
アイキキの話を聞いて思い出した。
馬車での会話を。
ただの人間の死体ではなく吸血鬼や呪鬼といった、
この世界ではトップクラスの力を誇るものの死体なのだ
死してもなお、その本質は変わらないはず・・・!
死体たちと戦うとなれば・・・一筋縄ではいかない・・・!
「そんでもって・・・
生きた仲間がいるという根拠は・・・
“噂”と、あの女が健康そうでいる事の2つよ」
「・・・説明してください」
「馬車で言ったでしょう?
あの女は別の存在に“成り変わろう”としている、と・・・
その為には“存在”を限界までに無くし
己を捨て去らねばならない・・・しかし、不完全な今の状態では
いつ“空”に溶け込んでもおかしくはない
だから、そうならないように“自分”を噂として流して
“自分”が無くならないように固定している・・・
でも、自分の噂を流すためには
誰かが人里に降りて、噂として流さなくてはならない
ここの死体たちを使って噂を流すのは不可能よねぇ?」
「どうしてそう思うんですか?」
「だぁって! 私の元いた所ではこんなことわざがあるのよ!
“死人に口無し”ってね!
いくらなんでも死人にペラペラと言葉を喋らすのは不可能よ
もし喋れたとしても、誰か違和感に気付くはず!
よって、噂を流したのは死人ではなく・・・
“生きた誰か”でなくてはならないわ?」
「本人が自分で噂を流したかも知れないじゃないですか!
まだ、生きた仲間がいるという証明にはなりません」
「ん・・・それもそうねぇ
そこは私の専門分野じゃないから
クイズ形式で行こっか!
問題!
自分を殺す魔法ってある?」
「・・・自分を殺す魔法は、理論上なら作れます
でも・・・それを使う事は不可能です」
「何故?」
「己の感情が大きく魔法に作用する魔術師にとって
怒りや喜びなどといった、前に進む“糧”に使える感情は最大の武器です
けれど・・・恐怖心や猜疑心などのネガティブな感情は
魔法の生成を妨害し、魔法を壊すものです
よって、ネガティブの塊も同然の行為を魔法で行おうにも
魔法として使う事は出来ません
その際に生まれた膨大な恐怖心や悲しみが、
むしろ魔法の才能を喰い尽くして魔術師としての生命が終わらせてしまう」
「なるほど、となると・・・
いくら優秀な魔術師でも、独りではこれだけの事は出来ないという事よね?」
ラルーは嬉しそうな笑顔を浮かべながら
推理を展開する。
・・・だいたい、ラルーが言いたい事が分かってきた。
一つ
相手は独りではない。
何故なら、本来なら“独り”で出来るはずのない事をしているから。
この事実は確かなもので間違いない。
だが、分からないのは相手が複数犯なのか単独犯なのか
今さら、問題にならないんじゃ・・・。
今ここであの“禁術遣い”を倒してしまえば万事解決だ。
ラルーが意地になって推理をする理由が分からない。
私に説明しようとしているとしても
だいたいの事は分かったし、今ここで知る必要はない・・・。
私はそう思っていた。
私は、そう・・・この事態を非常に甘く見ていたのだ。
その甘い夢は狂人の一言で、打ち砕かれた。
「貴様の共犯である
ジプレー山脈の魔女たち全員、今はどこにいるの?
お前たちを従えているボスは誰ェ?」
「・・・えっ・・・!!?」
初めて、ラルーの言いたかった事に気付いた。
私はてっきり、この禁術遣いの女こそ
全ての主犯格にして、悪の根源だと考えていた。
だが、違ったのだ
この女は、この恐ろしい“禁術遣い”は所詮
誰かの手駒でしか無かったのだ。
この女が主犯格ではなく、所詮は手駒でしかないとすれば
全ての話が変わってくるのだ。
私たちは国に宣戦布告をしてきたこの女を倒して
戦争の危機を脱するのが目的。
しかし、その根本から違ったのだ。
この女が手駒なら、宣戦布告してきたワケは・・・
「目的は・・・私たち・・・!?」
「だぁから、最初っから
あの女、言ってたじゃん! “待っていた”って」
「そうと気付いていたのなら、最初から言ってください!
私たちを誘い出すための罠だと!」
普通に考えて欲しい
宣戦布告されれば国はどうする?
まず、戦争にならないように
宣戦布告してきた敵を倒すために少数精鋭を送る。
この時、いきなり軍隊を動かすわけには行かないからだ
その少数精鋭は国にとって
何よりも信頼し、そして何よりも強い人
だから、この精鋭を返り打ちにされれば国は黙っていない
即刻、報復するだろう
・・・・・・戦争の始まりだ。
「だから、お前は私たちを逃さないように
死体共に周囲を囲わせ
更に、私たちの雑談にも黙って付き合ってくれてる!
本当に、凄い“歓迎”ですこと!」
ラルーの推理もとい“雑談”している最中
いくらでも襲うチャンスはあったはずなのに
一向に攻撃してこないのはそう言うこと・・・!
ここで私たちは殺されるのだ
戦争の引き金として、
または、私たちを生け捕りにして人質にしてもいい
直接的な戦争の引き金にならなくとも
人質がいれば、好きなように戦争へと誘導出来るだろう。
私たちという最強の盾があるのだから。
私たちを殺そうが、生かそうが
あの“禁術遣い”にはどうでもいいことなのだ。
「滅茶苦茶な話し口調・・・・
御主人様のはずの“紅眼の娘”へと態度・・・
お前は何者だ? 一見すれば高級なメイドだが・・・
メイドとは程遠い・・・!」
「あらぁ? 私と推理対決でもするつもり?
“ネクロマンサー”で“娼婦”で“探偵”って・・・
貴様、それ以上キャラ立てなくても良いのに~!」
「侮辱するな! 私を売女呼ばわりとは・・・!
お前たちを生かそうが殺そうが私の気分次第なのよ!」
「えー? ネクロマンサーである以上
生かす気があるとは思えないなぁ・・・」
「さすがは“探偵”だな
私はもっと配下を増やしたいのだ
生かしても殺しても良い、とは言うが殺した方が手っ取り早い」
「私は“探偵”じゃないわ
“大切な友人”を思い出せるから、推理が好きなだけ・・・
私は・・・ただの“旅行者”よ
それはそうと推理を続けても良い?
ダメと言っても、勝手に続けるけど。
ららみ~?
第2問! 自分の肉体を改造するような魔法をするとすれば
具体的にどうする?」
ラルーと禁術遣いの女が言い争う。
非常に意味深な会話が交わされたが
ラルーの問い掛けにより、それは中断される。
「自分の肉体を改造する魔術は
途方も無い時間と激痛を伴います
万が一、失敗してもまた挑戦出来るように
肉体が破壊されないよう結界を張り、一歩も動かないで・・・
あ・・・」
「気付いたわね? あの女の弱点に・・・」
「っ・・・!」
ラルーの問いに答えてやっと気付いた。
この洞窟の地面に深く刻み込まれた魔法陣が
一体、“何の魔法”なのか
これは結界だ。
あの女の肉体を守るための、結界。
ならばあの女を殺す方法など、単純だ。
「結界の外に、放り出してしまえばこちらのものよ・・・!」
「放り出せるのなら、放り出してみろ!!
お前たち! その不愉快な女共を始末してしまえ!!」
遂に戦いの火蓋は切られた。
禁術遣いの女の命令により
私たちを取り囲んでいた死体たちは一斉に動き始める。
一斉に飛びかかってくる死体たちに対して
沈黙していたアイキキが叫んだ。
「フォースフィールド 展開
防衛領域に設定!」
すると、飛びかかってきた死体たちは
目に見えない何かにはじき飛ばされる。
そしてそれを合図に、私たちの作戦は始まった。
ソノカははじき飛ばされていく死体たちに追い討ちをかける。
両手に持った双刀を巧みに操り
死体を切りつけていく
首を、足を、胴を、次々に切断していく
普通の生きている人間とは違い
操られている死体は完全に動きを封じなければならない。
そのためには心が痛むが
死体をバラバラにしなければいけない。
だから、一撃で切断が出来るソノカとラルーが死体の相手を。
攻撃手段が“射撃”しかないアイキキは
死体の相手をするには向いていないので
私の“役割”のサポートに付く
私の役目はただ一つ
禁術遣いの女の相手だ。
高位の魔術に精通しているだろう彼女の相手を出来るのは
同じく、高位の魔術に通じている私しかいないのだから。
ソノカとラルーが死体の相手をしている隙に
私とアイキキは共に禁術遣いの女の方へと駆ける。
推測するに、この洞窟全体があの女の結界だ。
結界から追い出すには
この洞窟の外まで出さなければならない。
非常に難しいけど、やるしかない・・・!
私は杖と魔道書を掲げて
呪文の演唱を始めた。
それに答えるように禁術遣いの女も呪文を唱えると
その周囲に赤い魔法陣が複数、姿を現し・・・
そこから高密度の衝撃波が発せられ、私を襲った。
目に見えない風の弾丸に突如、火が付く
宙で燃え上がると、それは人魂のように儚く一瞬で消え去る。
「ららみ様には・・・魔法一つ、当てさせません」
静かに佇んで
アイキキは言う。
握り締めた拳を真っ直ぐ突き出して、禁術遣いの女に向けていた。
アイキキが風の弾丸を撃ち落としたのだ。
次にアイキキは私の後ろに立ち
フォースフィールドの展開を始める。
私は魔杖を地面に突き立て
魔道書に書かれた呪文を読み上げ
禁術遣いの女に対して魔法を繰り出した。
真っ白な魔法陣が私の足元に現れ
そこからキラキラと光る粉が舞い散る。
その粉は一斉に禁術遣いの女の周囲を取り囲むと
集まり集まって、鋭い熱線として浴びせる。
凄まじい熱と光により煙が発生し、視界は光に眩む。
少しばかり待つと、肉が焼き焦げたような匂いが辺りに漂う
呆気なくあの女が倒れているといいのだが・・・。
やはり、そうもいかない。
煙の中からゆらりと幽霊のような影が揺れると同時に
拳が飛んで来た。
あの女の配下の死体だ・・・!
その拳は私に当たる前に、目に見えない壁によって阻まれるが
諦める事なく、必死にその拳をぶつけ続ける。
お願い、止めて。
手から血がほとばしるが、フォースフィールドを叩き続ける。
死体の顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
その顔がとても見れず、私は目を逸した。
早く止めて、お願い・・・。
指が折れて、薬指が落ちても殴り続ける。
・・・お願いだから、止めて・・・。
見れば、死体には新しい焦げ跡が付いており
その死体があの女の盾になった事が分かる・・・。
止めて・・・・!
手首までもがへし折れて手の甲が手首にくっついて、
やっとその死体は、殴るのをやめた。
それを見て、私は涙を流さずにはいられなかった。
痛いよ、どう考えても。
死体だからって、もともとは生きていたんだよ?
生きた人・・・例え、呪鬼だとしても吸血鬼だとしても
死後にまで、こんな・・・。
「驚いた、その障壁は魔術じゃないの・・・!」
「こっちだって驚きましたよ
死体を使って、自分は安全なところで何もせずに
都合よく解決させようとするなんて」
「都合よく解決させようとしている? 当然の事のはずよ?
誰だって自分の手を汚さずに目障りな問題を解決出来るのなら
そうするでしょう?」
「貴女って、自分にとってのハッピーエンドなら
深く考えずにその幸せに浸かるタイプなんですね・・・」
「一体、何が言いたいの」
「ハッキリ言って、失望しました!
こんな戦争を招くような事をするのだから
どうしても叶えたい望みを叶えるための強い信念を
持って“戦っている”のだとばかり・・・!
でも、違う
貴女は自分を高位のアンデットにするために
何十人、何百人もの死体を踏みにじって
死体の山の上に座って、死体を操っているだけ!
足元の死体たちが何という名前で
どんな人生を歩んで、そして何故死んでしまったかも知らずに!
貴女は死人を延々と、冒涜している! 辱めている!
そんな事は決して、あってはならないというのに・・・!
自分は何の犠牲も払わず、他人の命で永遠の命を得ようとしている!」
「それ以上に・・・私の魔法を侮辱するなぁ!!!」
アイキキが張ったフォースフィールドを破るために
一人の死体を使い捨ても同然に使わし
自分は何もせず、楽して情報を得る。
人間としては普通・・・?
他人を踏みにじって、自分だけは得して・・・
自分だけが高位の存在になるために、
戦争を引き起こそうとしているその女の考えが、猛烈に不愉快だった。
ここでやっとラルーの言っていたおとぎ話の事が分かった。
“完全なるハッピーエンドなんて存在しない”
その通りだ。
このまま、戦争が起きて
死体を大量に獲得し、そして高位のアンデットに転生出来れば
あの女にとっては紛れもない“ハッピーエンド”だ。
だが、私たちにとってそれは最悪のバットエンド。
一方の善は、もう一方の悪。
あの女の目論みをどうにかするためには
あの女を倒すしかない。
だから、最終的に私たちにとってのハッピーエンドになっても
あの女は犠牲になった後。
誰かの犠牲を伴って初めて実現するハッピーエンド・・・。
『都合の良いハッピーエンドなんて、偽物でしか無いわ?
人の一生も、怪物の一生も関係なく生々しく
善も悪も存在しないエゴの中にある
だから、皆が救われるハッピーエンドなんて私は認めないわ
無償で与えられる救いは存在しない、
そのハッピーエンドは必ず誰かが犠牲になって与えられたモノなのだから』
今になって初めて知った。
ラルーがいかに、人の命を重く見ていたのかを。
ラルーは一見、人の命を何とも思わない
むしろ命の価値を理解出来ない人間のように見えるが
実際は違ったのだ。
彼女にとって善も悪も存在しない。
“人の死が悪い事だというのなら
例え悪人であろうと死んでしまったのなら、それは悲劇だ。
誰かが犠牲になって得られるハッピーエンドなんて認めない。
むしろそれは都合の良い愚かな偽物だ。
しかし、誰かが死ななければ大勢が死ぬのだというのなら・・・
命の価値など、諦めろ。
諦めてしまえ。
この世に完全なるハッピーエンドは無い。
同じく、完全なるバットエンドも存在しない。
人の死が悪い事なんてまやかしだ。
誰かが死ねば誰かは嘆き悲しみ、誰かは喜ぶ。
事実はこうだ。
人間の命は なんて、偽善にまみれているのだろうか。
『おお、人の死とは偉大なり!』
お前たちはこう子供には説くが、私には『死ね』という
私は殺人者である前に、一人の人間
そんな私の死を求める訳とは?
子供の命に価値があって、人を殺めた命には価値は無い?
私の死が誰かを救うのか? 私の死にはいくらの値が付く?
お前たちの言葉など、偽善だ
誰も救いやしない死を求める飢えた獣だ
心の底では復讐、強奪、争いを求めているのに
口では争いは悪と唱える。
命の真の価値も答えられないのはそこにある。
本当に人間の命に価値があるのか?
死が悪い事なのか?
命に価値があるというのなら、私の行為は正しいはずだ”
人の命を深く重んじているからこそ
彼女は命を軽く扱うのだ。
こんな事を考えていても、彼女らしく思う。
これが殺戮を愛する理由だと聞かされれば納得すると思うが
同時に全力で軽蔑する。
「ららみ! 何、怒らせてんだよ!!
なんか死体の動きが変だぞ!」
「うわーお! ゾンビっぽい動き~
・・・銃とか出した方が良いの?」
「銃!? そんな高級なモン持ってんのかよ!」
「高級なんだ、この世界だと」
ソノカが声を荒げた。
その方を見てみると
ソノカとラルーがいるが、その足元には大量の腕や首が転がっている。
それでもなお、死体の数が減っているようには見えない・・・。
否、むしろ増えている。
その数を増やしていく死体たちはまるで獣のようにうねり、
より凶暴にソノカとラルーを襲っていた。
原因など明らかだ。
私があの女を怒らせたから
それで彼女の魔力が上がってしまったのだ。
・・・にしても、ラルーが銃を持っているとか言いだしました。
そんな貴重な品を持っているなんて、ラルーは意外と金持ち・・・?
一体、どこからそんな財を成しているのでしょうか・・・?
もっとも、死体相手に銃は相性が悪いので
間違っても使わないように指示しておきましょう。
「ラルー! 銃なんて貴重なモノを使わないでください!
死体相手には銃撃よりも、切断の方が有効に効くんですから!」
「ららみちゃんが、有名なゾンビ映画を全否定・・・
と、推理はまだ終わっていないわ!」
ワケの分からないツッコミをするラルーは不意に推理を続行する。
こんな大変な時にまだ何か・・・。
いや、冷静に考えてみれば一つだけ分からない事があった。
それに、今はあの女は怒り狂っているために力が強まっている・・・。
もしかしたらその怒りを鎮める事が出来るかも知れない。
ならば、話を合わせておこう・・・!
「ええ、その通りですね・・・!
どうして魔法の知識を持たない貴女が
禁術遣いの秘密に気付けたのですか・・・!?」
「状況証拠から推測してみたの
この山に入ってから
盗賊の襲撃はしょっちゅうあるものの
魔女からの襲撃は一切、無い
よってこの山には魔女たちは“いないんじゃないのか”と考えた
そんでもって、何故か同じ場所に留まって
一歩も動こうとしないターゲット・・・
最初はこの二つの事実は繋がらなかったけれど
この洞窟に入って分かったわ?
洞窟入り口には細かい砂が散らばっていた・・・
そこに大勢の人が出入りした痕が残っていて・・・
貴女たちは戦いの緊張から気付いていなかったようだけど
足跡を見て、魔女と禁術遣いの繋がりに気付けたってわけ」
「・・・っ・・・・」
「んでもってー
7日くらい掛けて私たちはこの山に来たのに
その間、一歩も動かなかった
けれど、7日間 飲まず食わずの人間とは思えないくらい
貴女は健康そうね~? よって、誰か第三者がここを訪れ
貴女に食料を提供していたのは明らか
だから真の黒幕の存在に気付けたってワケ!
物的証拠は最初から無かったけど
貴女の反応が、ハッキリと事実を証明してくれたわ
アリガト?」
「魔法の知識を持たない・・・!?
そんな人間が、存在するものか・・・!!」
「そういえば、ネクロマンサー
貴女はさっきから
私の御主人様である、ららみちゃんを
“紅眼の娘”と呼んで執着しているようだけれど・・・
一つ、ここで私に注目~!」
魔法に関する知識はほとんど有さないラルーが
即座に結界の事や、真の黒幕の存在に気付けた理由を
彼女自身が丁寧に説明する。
そして不意にラルーは死体たちに囲まれている中から
飛び出してきて、禁術遣いの目の前に着地した。
急に目の前にやって来たラルーを
警戒心剥き出しで睨み付ける禁術遣いは即座に呪文の演唱をする。
あんな至近距離で魔法を受けたらさすがのラルーだって危ない・・・!
私は慌てて、禁術遣いの魔法を相殺する呪文を唱えて
どうにかその魔法を無効化しようとしたが、
この行動は無意味だった。
ラルーは不敵な歪んだ笑みを浮かべながら
ゆっくりと金の刺繍が施された黒い目隠しを取ると
その“紅い瞳”を大きく見開かせ、嘲笑った。
「―――私の目の色は、なぁ~んだ?」
「っ・・・!? そんな、まさか・・・!
“紅眼の娘”が・・・2人・・・!!?」
「お前の運命は紡がれた
死の方向へと・・・それはもう捻じ曲げようの無い事実
さようなら、さようなら
私と、私の御主人様、どちらに運命を委ねるかくらいは選ばせてあげる
―――ケアリー・ブライング嬢」
「ッ・・・・!!」
禁術遣いの女・・・ケアリーは名前を当てられ
大きく動揺した。
何故、ラルーに彼女の名前が分かったのかなど
彼女にはまるで分からないだろう。
だからこそ、言い知れぬ恐怖を深く味わい
今までの自信に溢れた目には絶望の色が現れていた。
ラルーの目は何でも見通す力がある。
それで分かったのだろう。
ケアリーが私を見て
あたかも“私の紅い瞳には不思議な力があるかのような名前”で呼ぶが
そう呼ばれるべきは私ではなく、ラルーの方だと思う。
私のこの瞳の意味はせいぜい、ルビーヒルズ人である証しのみ。
・・・そもそも、どうして私の事をそう呼んだんだろう?
そういえば私の事を“大物”とも言っていたような・・・。
「さあ、御主人様
私も全力で応戦しますから
この愚かな禁術遣いを排除致しましょう?」
「・・・分かりました」
邪悪そのもの、としか呼べないラルーは恍惚の笑みを・・・
まさに、デルア君を殺したときのような笑顔で
私を惑わす。
全ては作戦通りに。
“私は地面に突き立てた魔杖に蓄積させていた魔法を解き放った”
ケアリーと戦いながら
私は別の魔法を編み、それを魔杖に蓄積させていた。
ある術を完成させるためにも、ケアリーの目を欺くためにも必要だった。
「憐れな死者よ!
死してもなお、土に還る事も許されず
禁術遣いに弄ばれる憐れな者らよ!
汝らは道具じゃない!
己の運命は己で選択出来る、生者であったはず!
だから聞かせて欲しい!
汝らの叫びを! 汝らの嘆きを! 汝らの選択を!
私が汝らの枷を解こう!
どうか、選んで決めて欲しい・・・! 自らの運命を・・・!」
言葉を重ねる度に
洞窟内には光が満ちていく。
この魔法は・・・“紅玉の死遊び”
ルビーヒルズの魔法の一つで
死体の呪縛を解く魔法だ。
すなわち、ケアリーの死霊術を解除する事が出来る魔法・・・。
正確に言えば、“死体の呪いを自然的な力に変換する魔法”
だから“死遊び”などと呼ばれる。
・・・見れば分かると思う。
ケアリーによって操られていた死体たちが不意に動きを止める。
手にしていた武器を落とし
耐え切れず、座り込む
中には見る見る内に、塵となって消えていく者もいた。
そもそも、死体が二足歩行するだけでも
大きすぎる負担なのだ。
それを無理に動かし、戦わせていたのだから
もう限界なんてとっくに超えていた。
私には彼らを救う事は出来ないけれど、
彼らを救えるのは彼ら自身だけ。
死体たちが自分の術から解放され、
慌てるケアリーは再び死霊術を唱えようとした。
そんな事は許すわけにはいかない・・・!
「ラルー! アイキキ!
援護をお願いします!
ソノカ! 当初の作戦通りに! お願い!」
私は地面に突き立てた魔杖を引き抜き、
魔導書の呪文を唱えた。
その間、ラルーとアイキキがすぐに行動した。
ケアリー目掛け、ラルーは大鎌を手に斬りかかる。
もちろん、呪文なんて唱える余裕を削がれ
ラルーの大鎌を避けるケアリーは後ろへと走る。
そこをアイキキがケアリーを洞窟の奥に逃がさないように
フォースフィールドを張り、その行く手を阻んだ。
「煌く炎よ! 光の力で邪悪なる禁術遣いを焼き尽くし
その愚かな魔力を根源より断て!」
「そうはさせるか!
我が主の御名によりて、
私の全ては祝福され、私の全ては守られている!
ヨホォーカ・ウィケ! 守護せよ!」
紅火の書 第5の節にある“炎による浄化魔法”と
術者の魔力を永遠に奪い去り一切の魔術行為を禁じる
妖精の呪い“ツヴァイ・カフカ”を応用して編み出した
“炎による魔力の凍結魔法”をケアリーに掛けようとすると
ケアリーはそれを察して、対抗魔法を繰り出す。
私の魔法とケアリーの魔法が正面からぶつかり合う。
根比べのつもり・・・?
それでこちらの魔力を削る考えなら、そうするわけにはいかない。
私は直ちに魔法を解いた。
「イフォールト・ブライング! 私の父よ!
どうかこの忌々しい“紅眼の娘”を呪い
息の根を止めて! あの世から、引きずり込むのだ!」
「守護魔法! リュシュカ記 第6章11節
“救いの霧”より、恐ろしい亡霊の呪いを跳ね除けよ!」
魔法の報復を繰り返す。
互いに攻めては守り、防いでは跳ね返し
決着は容易く付かない。
改めて思い知る禁術遣いの手強さ。
高位の魔法だけが戦いにおいて有効な魔法だと思っていたが
その考えはケアリーによって覆された。
彼女が先ほどから唱えている魔法は、愛する人の名を借りた“呪詛”だ。
呪いの魔法だけでこれだけの攻防戦を凌いでみせているのだ。
その執念たるや、驚愕するしかない。
そこまでして戦争がしたいなんて・・・。
「お前たち!
私が誰か、分かるか!?
私はシャブルス村のソノカ・・・!
“死の呪い”の称号を受けている・・・!」
ソノカが叫んだ。
黒い瞳には涙が浮かんでいた。
だが、その涙は決して落ちない。
同じ呪鬼として、奴隷のように扱われる同胞の死体を
見ていられないはず・・・。
ソノカの声に、僅かに力が残っている者たちが顔を上げる。
人と同じ姿をしているが、彼らこそが“全盛期”を生きた呪鬼。
彼らこそが悽惨な“怪物狩り”の被害者・・・。
「一体、どうしてそこまで落ちぶれた!
お前たちは誇り高き“呪鬼”!
こんな魔術師の術に囚われ、良いように利用されるなど
恥ずかしくないのか!?
我々、呪鬼とは何たるかも忘れたか!?」
ソノカは死体と化した同胞たちに語りかける。
作戦に従っているとはいえ、そこには強い感情が込められていた。
純粋に仲間を想うソノカの悲しみに満ちた感情が・・・。
「我らは“呪鬼”!
呪いに統べられる者ではなく! “呪い”そのものたる鬼だ!
あの女の“呪い”に我らが惑わされ、操られるなど断じてあってはならない!
我らが誰なのか、思い知らせる時ではないのか!?
“呪い”には“祟り”を返そうぞ!
今こそ“祟り返し”の時!
お前たち、何をどうするべきか! 分かるだろうな!?
―――さあ、立ち上がれ!」
ソノカは悲しいからこそ戦う。
悔しいから、なおさら涙を見せない。
同胞の無念を理解しているからこそ、彼らを率いる。
何故なら、ソノカはいずれ“呪鬼”を統べる長となる者だから。
「・・・ぅオ、あア・・・!
“呪い”・・・! “返す”・・・!」
「・・・呪い返しの・・・時じゃあ!!」
ソノカの叫びに
死してもなお、誇り高い“呪鬼”であり続けた人たちが立ち上がる。
ラルーの推測通り、操られた死体は喋る事だけは出来ないはずなのに
彼はソノカの叫びに負けない程の叫びを上げる。
無念を、恨みを、嘆きを訴えるように
大きな声で叫んだ。
これが“紅玉の死遊び”の真骨頂。
死体の呪いを解き、
静かに死体を土に還すも
強い念を抱いた死体は一人歩き出す。
紛れもない“自分の力”で死体に残された念を便りに
起き上がるのだ。
ルビーヒルズでは“死”の解釈が変わっている。
『死した人は“遊び”を求める。
だから魔法を掛けて遊ばせてあげよう』
この言葉が、“紅玉の死遊び”という魔法を編み出した
ルビーヒルズのことわざ。
その意味は
『その人が望んだ事はその人自身の“身体”でやらなければならない
求めるのなら、魔法はその身を分解する
求めるのなら、魔法はその身に有り余る力を与える
求めるのなら、魔法はその身の全てを生者に伝える
死んでしまった人は望み一つ、自分で叶えられないが
生きている人は魔法でそれを叶えよう、それが生きた人の役目だから』
これが今や滅んでしまった私の祖国の、死生観。
私の魔法で、呪鬼たち最後の望みを叶えましょう。
一番屈辱を受け、苦痛の中で死したのだから、その権利がある。
「なにをした・・・!?
小娘が・・・!」
「・・・私は何も?
むしろ、彼らにこうされる理由は
貴女自身がよく知っているんじゃないですか?」
「っ・・・!」
私と魔法の報復をしていたケアリーは
やっと呪鬼たちの異変に気付いた。
並々ならぬ雰囲気を醸し出して死体たちはケアリーに迫っていた。
それを見て、ラルーもアイキキも距離を取る。
「この、私の足を引っ張るな!
リーティリア・スカーレ!
私の・・・」
「小賢しい呪詛で私を殺せると思うなよ? 禁術遣い」
「はっ・・・!!」
ケアリーが呪詛を唱えようとしたところ
ソノカが双刀を手に突進する。
あまりの気迫に、ケアリーは完全に固まってしまった。
「私は“死の呪い”を冠する鬼なんだぞ?
呪詛を唱えたら、私を殺すどころか私に力を与えるだけだ
お前は私たち“呪鬼”をなんだと思っている・・・?」
鬼のソノカがケアリーを睨み付けた。
ソノカの身体には“呪い”の力がまとわっており
傍から見ればソノカの方がよっぽど恐ろしい怪物の姿をしている。
右手に握った剣をソノカは振るった。
ケアリーはゆっくりと座り込んだ。
見れば足の健を断ち切られたみたいだった。
切られたにも関わらず、ケアリーは叫び声一つ上げなかった。
ただ呆然とソノカを見上げていた。
きっとケアリーは初めて“生きた呪鬼”を見たのだろう。
美しくも呪わしいソノカの姿はもはや威厳ある神にも見える。
その正体が人喰いと知っていても、目を奪われてしまう。
「なあ? 聞いても良いか?
私の同胞を使い捨てに扱っていてどう思った?
扱いやすかったか? 強くて面白かった?
・・・何とも思わなかったか?」
「そ、そんな事は・・・初めて“呪鬼”の死体を見つけた時は・・・」
「どう思った?」
「・・・こんなにも美しい生き物が居たのかと、驚きました」
「吸血鬼の死体と“呪鬼”の死体を間違えてんじゃねぇぞ、禁術遣い?
私たちが美しいって?
美しかったら、私たちは今こんな風にはなってねぇよ・・・」
「っ・・・!!」
「でも良かったよ、てめぇが吸血鬼と呪鬼の見分けも付かない阿呆で。
これで盛大にてめぇを―――呪える」
冷酷な怒りに満ちた表情でソノカはケアリーと僅かな会話を交わした。
私と接していた時の自信に満ちたケアリーの姿はなく
ソノカを前に跪き、震える声でしおらしく同情を買おうとしている。
今の彼女の姿は“無様”としか呼びようが無かった。
そんなケアリーに対してソノカは情け無慈悲だった。
ソノカはゆっくりとケアリーから離れた。
そして・・・。
「お前たち、“祟り返し”だ」
簡単に宣言した。
そんな呆気ない一言を引き金に
死した呪鬼たちがケアリーに飛びかかった。
足を動かせないケアリーはされるがままになる。
ある者は容赦なく木の枝でケアリーの耳に引っ掻き回し
ある者はケアリーの切られた足を踏んで傷口を穿る
呪鬼たちによる復讐を一身に受けるケアリーはただただ呻き
じっと痛みに耐えていた。
が、痛みに耐えるケアリーに止めが刺されそうになる。
呪鬼たちがケアリーを抱え上げ
真っ直ぐ“洞窟の外”へと向かっていく。
遂にケアリーは悲鳴を上げた。
「それだけは、止めて!
止め・・・ヤメロっ・・・!!
私の悲願を、踏みにじるなぁっ・・・!!」
強い口調で抵抗するが、
今の今まで洞窟に閉じこもっていたケアリーが呪鬼の力に敵うはずもなく。
呪鬼たちは太陽の光射す外へとケアリーを放り投げた。
光に晒されたケアリーは立ちどころに炎に包まれる。
中途半端に“アンデット”に肉体が変質している結果だった。
「あああっ・・・!!
ぐっ、うぁあああああああああああ!!!」
最後はソノカの一言よりも呆気なかった。
結界の外に出ただけでケアリーも目論みは何もかも崩れた。
彼女が犯した禁忌の数を思えば
生きたまま焼かれてもなお、足りなく思う。
―――だけど
「かあっ・・・! さまぁ・・・!
いやぁ・・・いやぁ・・・」
ケアリー・ブライング
その名前には聞き覚えがあった。
名門貴族ブライング家の末娘。
魔術の才能と可憐な容姿から両親に溺愛されたというが
ブライング家は数年前に潰された。
というのも、ブライングの当主が“魔女”の愛人を作ってからというもの
ブライング家には不幸が立て続けに降りかかった。
子供たちが次々に不慮の事故や病により亡くなり
莫大な財産は賭け事に熱中していた執事によって横領され
一晩で金庫が空に。
あまりもの生活苦に陥ったブライング家の奥方は身売りを始め
ただ一人、生き残った末娘のケアリー嬢までもが
その魔術の才能を買われ高く売り飛ばされたという。
それでも、ブライング家は潰れてしまった。
ブライング家に降りかかった不幸の数々は
“魔女”の愛人がもたらしたと考えられるが
結局、ブライング家当主だったゴリアトの自殺により事実は闇の中。
ラルーは一目見るだけでその人の秘密を全て見抜く。
ケアリー・ブライングの名を見抜いた上に
彼女の事を“娼婦”呼ばわりした。
本人はそれを否定したが、ラルーが言う以上・・・事実だ。
この2つの事実から、彼女がブライング家の生き残り
ケアリー・ブライングには違いない。
・・・彼女の身に何があったのか私には分からない。
けれど、ただならぬ事が起きて
それこそ“人間”を心の底から恨む思いをしただろう事は、分かる。
完全なる悪人なんていない。
彼女にだって愛すべき母がいて、愛すべき父がいて・・・。
不思議と、彼女の事を思うと・・・
私の祖国を滅ぼした黒幕の仲間にも関わらず・・・
涙が溢れてくる。
止めて、この涙、止まって?
そう念じても目頭ばかりが熱くなってきた。
彼女は人を恨みもするし、愛しもする人間だ。
悪人として断罪したところで誰も救われない。
私だって彼女の事が憎らしいが、彼女の人間らしい一面が大好きにもなる。
むしろ、父や母の愛も思い出せない薄情な私に彼女を殺す権利があるの?
祖国の仇討ちと銘打って来たものの
その祖国の事を何一つ思い出せない私の何が正しいの?
そう、思うと私は自然に唱えていた。
「死したマモノを癒す雨よ
彼女を炎から救い出して、癒すのです・・・!」
ケアリー・ブライングという哀れな人間を救う呪文を・・・。
外の乾いた岩の上をのたうち回っていたケアリーに
一雫の水滴が落ちた。
ぱらぱらと、何も無い所から水が滴り落ちてケアリーを焼く火を鎮める。
やがて、雨のように僅かな水が噴水のように勢いを増すと
ケアリーを焼く炎は消し止められた。
すっかり、元の人間らしい姿は消え
焼きただれた、見るに耐えない醜い姿があったが
私には何の感情も無かった。
ケアリー・ブライングという人間を愛すが
ケアリー・ブライングという禁術遣いを憎む気持ちもあったからだ。
この助けはケアリー・ブライングに対する最初で最後の助けだ。
あとはソノカに任せよう。
「ららみ、この期に及んで無用な・・・!」
「ソノカちゃん、それぐらいにしてやってよ~
ららみちゃんはららみちゃんなりに考え抜いて行動したんだから
むしろ評価すべきだよ、この聖人君子を」
「ラルー・・・ちょっと前の喧嘩で掛けた私の呪いはまだ生きているよな?」
「・・・へ? え、何・・・!?」
「 命 令 だ 」
「は、はい! ソノカ様!」
「あの禁術遣いの始末はお前がしろ
こういう汚れ仕事は狂人に任せるものなんだよな?」
「い、Yes! その通りです・・・!」
どうやらソノカは呪いを用いてラルーに始末させるみたいだ。
・・・ラルー、これ以上
ひどい拷問とかはしないでください・・・。
ラルーは大鎌を引きずりながら
洞窟から出て、岩の上に横たわるケアリーを見下ろした。
「ねえ? 禁術遣いさん
Yesか、noで答えてもらえれば良いんだけど
このジプレー山脈の魔女たちはお前の仲間で間違いない?」
ラルーの問いに小さく頷くケアリーは弱々しい。
「・・・もう限界ね
良いわ、じゃあ最後に聞くけど
私の御主人様はお前を殺さないと決めたの
だから必然的にお前を殺すのは私になるのだけど・・・
痛めつけられながらもう少しだけ生き永らえるか
今ここで苦痛もなく、私に殺されるか どっちがいい?」
残酷な選択をラルーは迫った。
なのに、ケアリーは迷わずに答えた。
「こ・・・ろし・・・・で・・・・」
その返答にラルーは満面の笑みを浮かべた。
ラルーは大鎌をケアリーの喉元に当てる。
「大丈夫、痛くないようにしてあげる
ちょっと怖いかも知れないけど、そこんとこは勘弁して頂戴」
余計な事を話すラルーの顔は嬉しそう。
ゆっくりと、大鎌が振り上げられた。
ケアリーはそっと目を閉じた。
まぶたが閉じると同時に微かな涙が伝う。
「さようなら、さようなら
“死神”の名の元にお前の穏やかな死を保証してやろう
微睡え、人間」
そして遂に大鎌が振り下ろされた。
私は咄嗟に目を背けた。
カン、と果実の割るような音が、響く金属音の合間に聞こえた。
・・・終わった。
全部・・・。
「ひゅー! 仕事終わったー!
初仕事の割にはよく出来ていたよね!?
褒めて、褒めてー!」
無邪気なラルーの声が響いた。
その腕には大事そうにケアリーの首が抱かれていた。
もう片手はケアリーの身体を引きずっており
不意にラルーがソノカの発する意味不明な言語を叫ぶと
骸馬が一斉に集まってきた。
え・・・? なんで、ラルーは骸馬を呼び集めたの・・・?
そんな私の疑問はすぐに答えが導き出された。
ラルーの行動によって。
「ほーら、“骸馬”というほどなんだから
君らが恐れられるワケを教えなさい?」
ラルーはそう言うと、ケアリーの身体を骸馬たちに放り投げた。
骸馬たちはそれを見て、一斉にケアリーの身体に群がった。
ぶちぶち、と何かが引きちぎれる音がする。
嗚呼、よりにもよって私が一番、耐えられない事を・・・!!
私は耳を塞ぎ、涙が溢れる目を固く閉ざした。
「おい! 人の馬に何、喰わしているんだよ!
アンデットに成り変わろうなんてした人間の肉なんざ
馬の具合を悪くするだろが!」
耳を塞いでもなお、ぼんやりと聞こえるソノカの怒号。
ソノカのセリフで骸馬が何をしているかぐらい、分かるはず。
だから私は骸馬が恐ろしくて堪らなかった。
「ららみ様、大丈夫です
もうあの禁術遣いは死亡しております
もう、罪悪感に苛まれる必要はありません」
アイキキが私を心配して私を抱きしめてくれる。
アンドロイドとは思えないほど
人間らしい暖かさで、思わず私は涙を堪えきれず泣き声をあげてしまう。
怖かった、辛かった、悲しかった、嫌だった。
だけど死んだ。
なのに死んだ。
私はケアリー・ブライングのために泣かずにはいられなかった。
人として彼女の死を喜んではいけない。
むしろ嘆くべきだと思ったからこそ、なおさら・・・。
「アイキキっ・・・!
ひどいよ、ケアリーも・・・! 私も・・・!
私はっ・・・! 出来ればケアリーの事も助けたかった・・・!
死んでしまった皆も助けたかった・・・!」
「大丈夫です、ららみ様は十分
皆を御救い出来ました 誰にも出来ない偉大な事です」
「っう・・・!! うあぁっ・・・!!」
「・・・」
アイキキはそっと私の背中を撫でながら慰めてくれる。
その優しさに甘えずにはいられなかった。
私の嗚咽の中
ラルーもソノカもすっかり黙り込んでしまった。
そんな中、不意に誰かが私の肩を叩いた。
その方を涙で歪む目を向けると
そこにはとても悲しそうな顔をした“呪鬼”がいた。
「おま、え・・・いい子・・・
なぐな・・・」
死んだはずの呪鬼が、私の事を心配して
慰めてくれた。
あまりにも驚いて私は黙って呪鬼を見上げた。
「しん、だ・・・おれら、に・・・
や、さしく、して・・・し、んだ、ものを、かなしん、でる
いい子・・・いい子・・・」
ゆっくりと不自由な言葉を繋げて
私に話しかける呪鬼の言葉には深い重みがあった。
「ざんこ、く・・・だが・・・そ、れが
生ける、もの、のさが・・・
なぐな・・・なぐな・・・」
ゆっくりと私の頭を撫でて訴えた。
“生き物の性”を。
彼の言いたい事の意味を理解し、更に涙が溢れた。
「死の呪い、どの・・・よ
われら、のむね、ん・・・はらさ、れた・・・」
「お前たち・・・」
呪鬼たちは朽ちて消えた他の遺体とは違い
今も強い意思を持って居残っていた。
私の魔法のせいとはいえ、その意思の強さは並大抵ではない。
最後に、彼らはソノカに頼みがあるようだった。
「われ、らを・・・裁いて、く、ださい・・・
死の呪い、どのに・・・裁かれた、ならば・・・
や、っと・・・向こうの同胞、に顔向け・・・出来る・・・」
「っ・・・!?」
ソノカの手で、解放して欲しい。
という事らしい。
それにはさすがのソノカもびっくりした様子だったが
「・・・分かった
お前たち、すまなかった・・・」
ソノカは双刀をかざした。
呪鬼たちの顔には恐怖の色など無く
穏やかな表情だった。
双刀“呪い剣”が空を切ると、黒い血が飛び散った。
ソノカが空を切る音が何回か響いたあと
洞窟内に立っている者は私たちしかいなくなっていた。
「ららみ」
ソノカの冷たい声が掛けられた。
その表情はやるせなさに満ちている。
「・・・私も、誰ひとり救えなかったよ」
ソノカも私を後ろから抱きしめてそう言った。
すると、やはり涙が流れて・・・。
私たちのラルーを交えた最初の仕事は終わった。
無事に依頼そのものは完了したが
私としては辛い結果になった。
・・・・・・
洗礼された鎧に身を包んだ守護騎士が私と父を囲みながら
歩を共にしていた。
1日の激務を終え、父を寝室まで連れて
私も自分の寝室に戻れば1日は終わる。
だが、ルビーヒルズの壊滅とそれを滅ぼした者の宣戦布告により
こんな寝室に戻るだけの間も、守護騎士たちの警護は厳重だった。
嗚呼、ららみさんは無事なのでしょうか・・・?
この数日
ららみさん達の安否が気になって落ち着けなかった。
この国の王女として、もしもららみさん達が殺されでもしたら・・・。
私はどうすれば良いのだろう?
そんな不安を抱えて日々を過ごした。
もしも、ららみさん達が無事に帰ってきたのなら
その苦労を労いましょう。
そうだ、ららみさん達が帰ってきたのなら
また城を抜け出して、ららみさんのギルドに遊びに行きましょう。
ららみさんはとっても驚くでしょうね・・・!
あの不思議なメイドさん、ラルーの事もよく知りたいから
よく知る良い機会! 一石二鳥とはこの事!
「・・・ふふっ」
そう考えると不安は吹き飛んで
ららみさんと何をして遊ぼうかついつい考えてしまう。
にやける口を抑えられない・・・!
「・・・アメリス、また城を抜け出そうなどと
考えておるのではないのだろうなぁ・・・?」
「ぎくっ・・・」
父にそんな考えをあっさり見抜かれて
冷や汗をかいた。
父は相変わらず弱っていても鋭い・・・。
広い城内の廊下をずっと進んでいた。
大理石の床を踏む度に心地よい音が鳴り渡った。
規則的に響く音とは違う、ワンテンポ早い音が遠くから近づいていた。
そして本来なら起きてはならない異変は間もなく起きてしまった。
視界の奥から銀色に輝くモノが目の前を歩いていた父に振り下ろされた。
振り下ろされたと同時に、父はのけぞり
宙には真っ赤な霧が吹き上がっていた。
「・・・え」
父が目の前で倒れた。
磨かれた大理石の床には見た事の無い紅い水溜りが広がっていた。
これは何? 何が起きたというの?
私はそう思わずにはいられなかった。
見れば、司祭のローブを纏った男が無礼にも父を見下ろしており
その手にはどす黒い汚れたナイフが・・・。
ローブの男の顔はよく見れば、司祭には似つかわしくない大きな傷。
この男の正体は司祭ではない事は明らか。
にたり、と嫌な笑顔を浮かべた冷酷な男は再びナイフを振り上げた。
嗚呼、この男に、あの汚いナイフで
私は殺されるのか。
そう思うと、足に力が入らなくなり
私はへたり込んだ。
そしてまぶたを固く閉ざした。
かんっ、と木が折れるような音が耳を突き刺す。
思わずまぶたを開くとそこには
信じられない光景があった。
父の背が、そこにはあった。
横の方を見れば、影が全てを物語っていた。
ローブの男が繰り出すナイフを
起き上がった父がいつも手にしていた杖で防いでくれたのだ。
「我が愛娘を殺めようなど、許して成るものかッ・・・!
この我を殺さぬ限り、殺せぬモノを知れ!!」
いつになく、鋭い剣幕で父は怒っていた。
私はそれを泣きながら見上げるしかなく―――
ローブの男の舌打ちがしたかと思えば
また、ナイフを振りかざし 一度、二度、三度と父に斬りかかった。
「いや!! 止めて・・・!
父を傷付けないで!!」
耐え切れずそう叫んだ。
すると、気付いた守護騎士たちが一斉にローブの男を取り押さえた。
それを見届けた父がゆっくりとまた倒れた。
私は咄嗟にそれを抱きとめたけれど
父が受けた傷は深く・・・。
程なくして、父は息絶えた。
父は最後
何も話さなかった。
けれども強い眼差しでずっと私の事を見つめて離さず
優しい拳で私の手を握り締めていた。
偉大な父の命を、残忍にも奪った者らを決して許すものか・・・!
・・・・・
数日掛けて、城に帰還した私たちは
この時になって初めて国王が暗殺され、そして
―――開戦した事を知りました。
運命の歯車はとっくの昔に、狂ってしまっていたのでした。
かくして“千年戦争”は幕を開けたのです。
私たちはもちろんの事、“現魔力王国”、この世界の全て。
その命運が戦争に掛けられる事となりました。
この世界の魔法はおとぎ話や伝説をも
呪文に組み込む事で武器に出来るどころか
強力な力を持つので、魔術師は様々な事を深く研究して
伝説、言い伝え、おとぎ話、信仰などに詳しい事が多い。