狂人の約束の誓い
とても遅くなり申し訳ありません!
遅筆をどうかお許し下さい・・・
王宮、と称されるその建造物は宮殿でもありお城でもある。
この建物の呼び名は個人個人で変わります。
“魔法城”
“魔力王国宮殿”
“蒼白城”
特に決められた名がない
“自由”を象徴するその立派な塔が連なる城は全体的に真っ白な色合いで、
壁には青白い魔法陣が浮かび上がっていて、城の周りを取り囲むように
巨大な魔法陣が浮かんでいる。
・・・いつでも応撃可能、という事だ。
この城の主は国王。
初代国王にして“源魔力王国”建国者“クル・リャシュカ”の直系の子孫。
私はかつて、その愛娘である王女の試練を目撃して
その試練に込められた深い意味を読み解き、
王女の試練を滅茶苦茶にしてしまった・・・・。
皮肉にもこの事件の後、私は王女様に気に入られ
個人的な友人としてよく宮殿に呼ばれる事もあった。
しかし、今回は違う。
私を呼んでいるのは国王である。
よって極秘にしたい問題を私に解決して欲しい・・・。
という事なのだろう。
私は必死にそう思考を巡らせ、現実逃避をした。
・・・私達はその門の前に到着した途端、
門の裏にある秘密の階段に通され
長い石造りの廊下をずっと進んでいた。
暗い廊下を適度な間隔でロウソクが壁のくぼみの奥から火が暗闇を照らす。
それでも廊下は薄暗く、気味の悪さが強く私の感情を揺さぶる。
・・・この廊下はとても嫌・・・。
それは・・・何故?
「着きました」
軍隊長の言葉を聞き、
私はハッとして、現実に帰る。
・・・私は今まで何を恐れていたのだろう・・・?
それが解らなかった・・・。
そこは廊下の最奥。
木の扉の前だった・・・。
その奥に何か部屋がある事が伺える。
軍隊長は腰からぶら下げた鍵を扉の鍵穴に差し込み、
何の躊躇いもなく開け放った。
「ららみさん、ごきげんよう」
そう上品な口調で暖かな言葉が、その部屋の中からかけられた。
・・・王女様だ。
私はその言葉に心底、安心した。
「んー、ららみちゃん
大丈夫?」
「ラルーさんのキャラの濃さには負けます」
「何を突然、仰るのかなぁ~?」
「今まで私が辛そうにしていても
あえて何も言わず、ようやく安心出来たタイミングで声をかけるなんて
本当に不思議な人ですね」
「まさか、ららみちゃんからイヤミが聞けるとは
私、メチャびっくりー!」
へんてこりんな目隠しをしたメイド姿のラルーは下らない雑談をふっかけてきた。
・・・そこが何故かラルーらしいと感じます。
安心した私は王女様がいる部屋に入る。
その部屋はとても質素な部屋。
冷たい石がゴツゴツとせり出した壁の部屋は
家具のような家具はなく、床には青白い魔法陣が光を放っている。
壁には立派なタペストリーがかけられているが、
それを除くと、部屋としての機能が皆無のようだった。
「お久しぶりです、王女様、国王様」
「そんなにかしこまらなくても良いのですよ?」
「相変わらずの調子で安心しました、アメリス」
私は王女の名前を呼ぶと、
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
滅多に名前で呼んでもらえる事はないからなのだろう。
透き通るような青白い瞳は優しい眼差しを浮かべ、
白金色の髪は背中ほどの長さ
薄い紫色を基調としたドレスは動きやすさを追求しているので
王女様の召し物としてはかなり質素だが、それがアメリスには良いらしい。
王女様は部屋の中央に佇み、国王様は部屋の奥にある椅子に座っていた。
国王様は白い髪とヒゲを伸ばしたままにして、しわくちゃの手で
弱々しく杖を握り締めている・・・。
それでも、力強い光を宿した眼差しで私を見据え微かに微笑んだ・・・。
国王陛下は今年で御年73を迎えられる御方。
昔は国民の意見にも耳を傾け、人々の願う正義を振りかざして国を一つにまとめ
内乱続きの自国を平和にすると、次は他の国にも手を差し伸べ
それぞれの国と国にある亀裂を修復して世界を一つにしてみせた。
戦争も起こさずに平和を実現して見せた正真正銘の“誇り高き正義王”
彼ほどの英雄なら、きっと未来永劫まで伝説として語り継がれるでしょう・・・。
そんな彼でも今では
ほとんど、玉座は愛娘であるアメリス様に明け渡しているような状態で
最近は国の行事にも顔を出さなくなっていた・・・。
やはり年をお取りになられてしまっているから・・・。
それはとても悲しい事で胸が痛みます・・・。
今回の詳しい事情はどうやら王女様が説明をするらしい。
「・・・今日は・・・とても大事なお話があります
あなたにとても深く関わる問題です」
「はい、そのようですね・・・」
深刻そうに王女、アメリスはうつむいた。
非常に言いづらそうだ。
アメリスは父である“正義王”に負けぬように
日々の激務も必死にこなしつつ、暇があれば城を抜け出し
直に国民の言葉を聞きに行く、ちょっとおてんばなお姫様です。
でも、父から曇りなき正義心と国民を想う優しさを受け継いでおり
理不尽な事件が起これば迷わず一刀両断!
その犯人には心に響く雷の説教が待ち受けています・・・。
そんな彼女が、私に何が起きたのか
真実を伝える事を躊躇うなんて・・・私にどう関わる問題なの・・・?
床の魔法陣に照らされた王女様の顔には影が写り
沈黙が質量すら持っているように錯覚してしまう・・・。
緊張から、お腹の奥が締め付けられるような痛みを感じて
私は生唾を飲み込んだ。
その時・・・。
「・・・・・・ルビーヒルズが、滅んだのです」
「・・・え・・・?
どう、いう意味・・・?」
「っ・・・
そのままの意味です・・・」
唐突にも重々しい沈黙を破るように王女様は告げた。
あの大国“ルビーヒルズ”の滅亡を・・・。
「んー? ららみちゃんにどう関係しているのかなー?
というか、ルビーヒルズが滅んだ程度、どう問題なの?」
「っ・・・!! テメーは黙っていやがれ!
ルビーヒルズは・・・ららみの故郷なんだよ!」
「へぇー、そうなんだー」
ラルーはのんびりと、さほど興味が無いように言うと
ソノカが怒って感情的に叫びながらラルーの胸倉を掴む。
・・・王女様の前で失礼ですよ・・・?
「あのー、アイキキさんやー?
私、ルビーヒルズについてはそれほど詳しくないから~?
説明してくれないかなぁー?」
わざとらしく、ラルーはアイキキに質問を投げかけた。
ラルーは本当に相変わらずケタケタと笑っている。
「ルビーヒルズとは、
この世界で最初に誕生した国で
膨大な資源と古き魔法と伝説を今に伝える
特殊な人種で形成された国・・・
ルビーヒルズ人の特徴は非力な事と紅い瞳を持つ事です
しかし、今から一年前
突如ルビーヒルズは鎖国を宣言し
一切の干渉を拒む結界を張ったのを最後に詳しい情報は途絶えました」
アイキキは丁寧に私の故郷であるルビーヒルズについて説明をする。
・・・私の記憶にはない 大切な故郷・・・。
「ふむふむ・・・ありがとうねぇ~?
確か・・・ららみちゃんは記憶を失った時には森にいたのだから、
既にルビーヒルズを出た後って事よねぇ~?
ルビーヒルズ人かどうかは瞳の色で分かるから、
国に戻ろうとは思わなかったの?」
ラルーはソノカに掴まれたまま、動じる様子はなく
そのまま私達と会話をする気らしい。
王女様の目前でみっともない・・・!
「国に戻ろうとしたのですが・・・
結界が張られた後だったから、戻れなかったんです・・・」
「へぇ~・・・?
そう・・・? あぁ、王女サマ?
ルビーヒルズが滅んだ状況を詳しく教えてくれなぁい?」
「ちょっと・・・!
ラルー、失礼にも程がありますよ・・・!?」
私の言葉を聞いたラルーは緊張感の無い口調で
王女様に声をかける。
当の王女様は非常にびっくりして唖然としている。
ラルーが元いた世界には王様みたいな人がいなかったのかな・・・!?
ソノカもあまりにも驚きすぎてラルーの胸倉を掴む手を離してしまった。
その隙に、ラルーはずけずけと王女様の前に立とうとしたので
私は慌ててその肩を引っ張って私の後ろの方に押し込む。
「・・・まぁ、いいですわ? ららみさん?
しかし、私はこの御方を存じ上げていないので
紹介して頂けないかしら?」
「んー、私はラルーというの
ららみのギルドに新しく入ったのであります!
わたしは独自の魔法を使うから、お役に立てると思います!」
「それはそれは・・・
とても頼もしいですわね・・・?」
王女様は私にラルーの紹介を求めるも
私が返答を返す前にラルーが勝手に自己紹介を始める。
・・・しかもバリバリ嘘を吐いているし
それより、私の肩にもたれかかるの・・・止めてくれません?
異様に軽すぎる体重を意識すると
ちょっとメスなどで裁いて肉体構造を・・・あ、なんでもありません。
「ルビーヒルズが滅んだのを確認したのは昨日の事
鎖国状態を解除してもらう為に
定期的に送る使者がそれを発見しました
ルビーヒルズにかけられていたはずの結界は解かれ
中は焼け落ちた城下街と・・・死体が・・・
ルビーヒルズ城には更なる強大な封印がかけられていたので
城そのものは綺麗に残っていましたが
城内に入る事すら叶いませんでした・・・」
ラルーの頼み通りにルビーヒルズの様子を説明する王女様。
・・・王女様はこのラルーが変に思わないのかな・・・?
あからさまにその狂気を晒すワケではないとは言え、
その言動の節々に奇妙さがあるというのに。
・・・・・・記憶に無い、故郷が滅んだ。
記憶が無いせいなのか、イマイチ感情が湧かない・・・。
なんだか、ふわふわとしていてまるで夢のような感覚だ・・・。
「ふむふむ~!
立ち入る事の出来ぬ城だけが残っている、
なんて不可解な状況ねー?
そして、ルビーヒルズを滅ぼす存在の正体が問題になりそうね?」
「ええ、まさにその通りです
着眼点がとても良いですね・・・?
そのルビーヒルズを滅ぼした存在が、
日が昇る頃に宣戦布告をしてきたのです・・・」
ラルーは淡々と話をどんどん進めていく・・・。
・・・ルビーヒルズが滅んだ、なんてとても信じられない・・・。
世界三大王国に数えられるルビーヒルズは強力な魔法を伝えているため
絶対に滅びる事など有り得ないと言っても過言ではない大国だ。
それが、滅んだなんて・・・。
しかもよりにもよって、ルビーヒルズを滅ぼした存在が
宣戦布告をするなど・・・! 勝ち目なんて無いではないか・・・!
「・・・それで・・・私達を呼んだのは・・・?」
恐る恐る私は切り出した。
王女様は緊張感に満ちた様子で重いその口を開いた。
「・・・ルビーヒルズが滅んだ事だけでも
十分に全世界を混乱に陥れる事だというのに、
国を滅ぼした存在と戦争を起こしてしまえば何が起こる事か・・・
だから、まだ混乱が本格的に広まる前に・・・滅ぼした存在を
捕獲して欲しいのです」
質素な暗い部屋の中、重い空気が微かに止まったように
錯覚してしまうほど私は驚愕してしまった。
しかし、そんな中でも空気の読めない呑気な声が響く
「へぇー? 捕獲して直談判でもしたいのかな?
まぁ、一国の考える事なんて分からないけど・・・
納得できないわね? 何故“私達”なのかしら?
お抱えの騎士団でも駆使すれば話が早いでしょうに・・・」
目隠しを自ら解き、
物事の本質を見抜くような紅い瞳を輝かせ
ラルーは冷たく言い放つ。
王女様に何という口を聞くのか・・・!?
もう、この人を止められません・・・!
責任は取りませんからね・・・!?
「・・・お恥ずかしい話
裏切り者が出たのです・・・」
「ぷっ・・・!
何それ、つまり誰もロクに信用出来ないってワケぇ!?
アハッ! くくく・・・! ヤダ、可笑しいったらありゃしないわ・・・!」
王女様は落ち込んだように顔を俯かせ
深刻そうにため息をついた。
・・・相当な疲労が募っているのだろう・・・。
だと言うのにラルーはそれもお構いなしに
お腹を抱え大笑いをし始める。
「ラルー! もう黙っていなさい!
貴女の失礼な態度にもさすがに限度というものがあります!
王女様、是非その依頼をお受けさせて頂きます・・・!」
ラルーに飛びかかり押さえ込もうとしたが
私が飛び乗っても平気そうにケタケタと笑って動じない・・・。
・・・別に私の体重は過度に重いわけではないのですが
人一人が乗りかかっても平気でいるなんて
一体どういう体の作りをしているのでしょうか?
異様にやせ細っているのに・・・どこからそんな力が湧くのか
・・・いよいよ、無理やりにでも解剖させてもらいましょうか
王女様に対する無礼の数々
その詫びと罪悪感から、私は即決して依頼を受理してしまった。
嗚呼、何もかもラルーのせいです・・・!
この狂人のせいなのです・・・!
「依頼受理、感謝します・・・!
こちらで全面協力をしますので、必要な事があれば
教えてください」
「うんうん、それくらいの協力は無きゃねぇ!」
「・・・それにしても・・・貴女は斬新な人ですね・・・?
その格好と言い、その態度と言い・・・とても楽しい人」
「た、楽しい? えーと・・・
うん・・・私はただのピエロっぽいメイドですよ」
「ふふっ・・・それはそれは・・・!
なら、私の大切な友人である、ららみさんに変な迷惑を掛けないよう
気をつけてくださいね? 愉快に明るく、ららみさんを支えてあげてください」
「・・・・・・ほ、ほあぁぁぁ!!?」
揚げ足を取るようにラルーは王女様の言葉に
偉そうな返答を返すが、不意に王女様がラルーの不思議な様子を
細かく分析して“楽しい人”と評価すると
ラルーは珍しく動揺した。
そして、動揺したラルーは自分の事を“ピエロのようなメイド”と評価すると
王女様はそれを揚げ足に反撃。
遂に、
あのラルーが、
叫び声とは名ばかりの奇声を上げて、膝を崩し、倒れ込んだ。
・・・やった・・・!
王女様が見事、邪悪なラルーを打ち負かした・・・!
倒れ込んで何かブツブツと呟いているラルーをアイキキは黙々と回収。
ラルーを打ち負かした王女様の手を勢いのままに掴み
唖然とする王女様を無視して私はとにかくぴょんぴょん飛んで
喜びを表現する。
やった! やった!
あのラルーが、倒れた!
何故か嬉しい!
「それで? ルビーヒルズを滅ぼした何者かの正体は分かっている?
その居場所とかは?」
ソノカはラルーの頬をつねりながら王女様に敵の情報を聞く
王女様は何がなんだか・・・といった御様子で困惑していましたが
ソノカの問いかけに優しく答えます。
「分かりません」
王女様の一言にソノカは“はあぁぁ?”と言って
口をポカンと開けたまま固まってしまった。
・・・ふむ・・・さて、どうやってルビーヒルズを滅ぼした何者かを
見つけ出しましょうか
方法なら何通りでも思い浮かびますが、どれも成功確率は不確かなモノです。
・・・もう少し、情報が必要ですね
「王女様・・・」
「はい? なんでしょうか?」
「・・・その、敵はどのような手段を用いて
宣戦布告をしてきたのですか・・・?」
「・・・・それは・・・“遠距離反映魔法”で直接・・・」
「・・・!!」
犯人像を少しでもハッキリさせる為に
王女様にどのようにして宣戦布告をされたのか、聞いてみれば
犯人は“遠距離反映魔法”を使ったというではありませんか!
・・・その魔法は、遠くの場所に自らの姿を立体的に映し出させ
直接、会話などが出来る高位の魔法です。
自分の姿、音声、映し出す空間、
全てを明確にイメージして魔力を複雑に練り出さなければならない
非常に難易度の高い魔法である。
そして、この魔法は“想像力”で全体像を作り上げるため
自分とは全く異なる姿でも反映させる事が出来るので
他人を惑わす“幻影魔法”にも応用されています。
だから、この魔法によって見たモノが全て正しいとは限らず
例え犯人の姿を完全にあらわにしていても信憑性に欠けてしまうのです・・・。
でも、これで一つ重大な事は明らかになりました。
「・・・相手は・・・強力な魔法の使い手で、間違いはありません・・・!
それが、単独でも複数人で協力しているにせよ、只者じゃない・・・!」
「ららみさん、勝てそう・・・ですか?」
「・・・分かりません、でも、ソノカやアイキキ・・・
癪に障りますが一応、ラルーだっています・・・!
勝てる望みはあると思います!」
「・・・ららみさんにそう言ってもらえて助かりました・・・!」
私は王女様を不安にさせまいと、
元気付けるように精一杯に言葉を紡いだ。
すると、王女様は今までの不安と疲労に満ちた表情とは打って変わって
眩しい太陽のような柔らかな笑顔を浮かべ
真っ直ぐな感謝の言葉を伝えてきた。
・・・王女様は本当に・・・いい人です。
始めて出会った時、私が彼女に抱いた印象は
とにかく天真爛漫で清らかな優しさを持った人、というモノでした。
後に、彼女が王女様だと分かったときは非常に驚きましたね・・・。
それと同時に、この人なら素晴らしい女王になれると確信しました。
この御方の親友である事に私は誇りを持っています。
私は、この人の親友である事に、最大の幸福を感じているのですから
悲しませたくはない・・・!
今回の依頼、全力で遂行して見せましょう!
それに、これは一種の仇討ちでもあります。
私の帰るべき故郷を奪った犯人を、断じて許しません・・・!
ルビーヒルズで、待っていたかも知れない両親を殺し
多くの尊い命を奪ったその罪を、決して逃しません・・・!
「それでは・・・! 早速、行動を開始します!
・・・アメリス・・・! 待っていてください」
「・・・ありがとうございます、ららみさん・・・!
どうか、ご無事で・・・!」
「はい! 必ず・・・!」
私は強い決意と共に
その秘密の地下室から、地上へと帰ったのでした・・・。
・・・・
「はぁッ・・・!!
・・・ってアレ?」
「随分、うなされていたようですが目覚めましたね
ラルー」
「・・・最近、優しいはずのららみちゃんの一言一言に
刺を感じるのは気のせいかな?」
「え? 刺があるのは当然だと思いますが?」
「・・・気のせいじゃなかったー!
私はもう、ららみちゃんの言いなりだって言うのに!
未だに信用されていないのは何だか悲しいのです!」
噴水広場にあるベンチにラルーを横たわらせ
私はラルーが目覚めるのを待っていました。
倒れたと思ったらいつの間にか寝ているとは本当にラルーは奇人です。
ソノカとアイキキは今回の依頼遂行に必要になる物を集めに
街中の店を見て回っています。
と言っても、必要な物というのは大体、携帯食や水
武器に、魔法に使う生贄と“魔物”などなど・・・。
犯人の居場所特定はギルド本部で行うとして
その捕獲に行く際、犯人がこの近くにいる可能性は限りなく薄いので
遠征をするのは確実。
だから、その準備を整えなくてはなりません。
王女様からの支援で、ある程度の供物や“魔物”を受け取ってあるので
いつもの遠征とは違って幾分かは手間が省けて助かっているのですが
その前にこのラルーに色んな事を約束させなくてはなりません。
「ラルー? 様々な事を約束して欲しいのですが・・・」
「ん? 約束事? 内容にもよるけど聞くよー?」
ベンチに横たわったままラルーは気の抜けた口調で返答を返す。
さて、この狂人さんをどこまで制御出来るか・・・試しましょう
「・・・一つ、私の命令は絶対に聞いてください」
「ラジャ! でも、その時の状況や、
ららみちゃんの判断自体が間違っている時は
独断で動かさせてもらうわ?」
「なんでそんな事が分かるんですか?」
「様々な事情が絡んでいるので説明、出来ないわ?」
「・・・分かりました、そこまで言うのならご自由に・・・
でも、極力は私に従ってください・・・?」
「了解!」
まず一つ、ラルーがどこまで私に従うか
その範囲が分かりました。
実を言うと、この狂人を従属させたとしても
命令を絶対的に聞き入れてくれる人だとは最初から思っていませんでした。
なので、彼女が私の命令に反して動く原因を確かめたかったのです。
ラルーはその時々の状況や、私の命令の内容次第で
その忠誠度を変えるもよう・・・。
それでも、私の考えを察して正しい方向へと導いてくれるようなので
ここのところは心配無いでしょう。
むしろ、私の思考を読んでくれるとは凄く助かります。
「二つ、これはソノカやアイキキにも約束させている事なんですが・・・」
「お! なんか、ぽくなってきた!
仲間って感じ! いいね、こういうの!」
「人を、殺さないでくださいね?」
「………………what?」
「どういう意味の言語かは知りませんけど、異論は認めませんよ?」
「ま、待って! なんで人を殺しちゃダメなの!?」
「いや、当然の道徳でしょう?
何なんですか、ひょっとして人を殺さなきゃ
生きていけないとでも言うのですか? 殺人鬼なんですか?」
「・・・そ、そうなんです・・・」
「・・・・・・」
ソノカは“死の呪いの鬼”
人の“死”を餌に悠久の時を生きていく“負”の存在。
ゆえに、ソノカは本能的に人を殺す。
だから・・・私はソノカに約束をさせた。
人を殺さないように、と・・・。
今は自分を完全に制御出来るようになったため
ずっとソノカは人を殺していない。
アイキキは“アンドロイド”
彼女に心は無い。
主である私を守るためなら、人を殺す事もいとわない。
でも自分なんかのために人が殺されるのは許せないから
私はアイキキにも、人を殺さない事を約束させた。
二人に同じ誓いをさせた以上、この狂人にもその約束を守ってもらう。
デルア君を何の躊躇もなしに殺した人なので
恐らく、人を日常的に殺す人なんだろうなぁ・・・とは思っていましたが
まさか、“人を殺すのを止めたら生きていけない”とまで言う人だったとは・・・。
そこをどうにかしないと・・・。
「別に人は殺さなくてもいいでしょう・・・?
それで生きていけない、と言うのは言い過ぎ・・・」
「言い過ぎじゃないです、真面目に狂い死にます」
「・・・・・・なら、それを克服したくはありませんか?」
「したく無いです」
「しましょうよ?」
「嫌です」
「嫌とは言わせません、命令です
人を殺すのを即刻、止めなさい」
「嫌ぁじゃぁぁぁぁぁあああ!!」
「子供のように駄々をこねないでください!
みっともない!」
ラルーを説得しようとするも
意地でも人を殺したいらしい・・・。
うわぁ、本気の人だ。
本当に人殺しに快楽を得ている殺人鬼だ・・・。
今まさに私はドン引きしています。
「もしも、私が人を殺すのを止めると大変な事が起きますよ!」
「へぇ? 例えば、どんな大変な事が起きるんですか?」
「・・・無意識に殺戮を繰り広げるようになります」
「・・・え? ウソでしょう?」
「ウソじゃありません、
無意識に殺戮を始めたら、私でも制御出来ないんで
定期的に人を殺し続けてないと・・・」
「・・・貴女が狂い死ぬより、最悪じゃないですか
疑わしいですけど・・・最低限に被害を抑える事を約束するのなら・・・」
「え、さりげにひどいよ・・・ららみちゃん・・・
私が死ぬって言っても納得しなかったのに、
他の有象無象に被害が出ると知った途端に折れるなんて・・・」
「他の人々を有象無象、などと呼んでいる時点で
今の貴女に価値は無いと思います」
「・・・っ・・・!」
「自分に価値を持ちたいのなら、徐々に、で良いですから
人を殺す事を止めてください? 出来なくはないはずですよね?」
ほとんど、脅迫されたように私は降参しました。
彼女自身でも己を制御出来なくなるほどの殺戮衝動・・・。
ラルーは、人間に強烈な怨みでもあるのでしょうか?
少しでも彼女を救うためにも、私は心を鬼にして
己の罪深さを思い知らせましょう
今のままでは 彼女は人に理解されず、
ただ一方的に怪物と認識されてしまう
そうなれば、彼女がどうなるか・・・
それは、この世界の歴史を振り返れば明らかです。
・・・かの“吸血鬼狩り”“魔女狩り”“鬼狩り”よろしく
人に害を成す怪物として狩られるだけ・・・。
それだけは阻止しなくてはならない。
「かなりキツイ言い方をしてしまいましたけど・・・
許してくださいね?」
「・・・別にいいよ、逆に、私なんかの為に
そこまでハッキリ言ってくれた人って貴女が始めてだったわ・・・
愛ゆえに鞭を振るう、という事ね! 嬉しいわ!」
「私と貴女の関係に“愛”は存在しませんけどね」
「ちょ、グサリと来る言葉、ヤメテー!」
よほど恐れられてきたのか、
はたまたは彼女にそこまでを思った人がいなかったのか、
・・・どちらにしても、彼女が憐れだ。
ラルーは確かに、悪い側面を持ち
絶大な影響力を持って大きな被害をもたらす存在だけれど
彼女もまた、被害者なのだ。
彼女に悪人とさせる何かが在って、彼女は己の首を絞めて
生きてきたに違いない。
改めて、彼女の被害者として
味わった計り知れない苦痛の具合を思い知り
彼女を何が何でも救って見せよう、と決意しました。
・・・本人は自分が被害者である自覚は一切、無さそうですけど。
なんで、ひどい目に遭ったはずなのに
そう楽しそうに笑っていられるのでしょうか?
それこそが、嘘でも笑えるラルーの真の強さ・・・。
でも、それはとても悲しい強さだと、私は思います
「最後に約束して欲しい三つ目の事ですが・・・」
「うんうん、最後の誓いは一体、何かしらー?」
「私が死んだら
あとに残されたソノカとアイキキをお願いします」
「・・・!?
・・・・・・っ・・・嬉しくないわ、その誓い」
「確かに、私としても極力避けるべき事態ですから
この約束事が行使されないように私自身、努力します
けれども、私は人間です
必ず来るんですよ、“死”の瞬間が」
「・・・そう、ね」
「どうせなら、私の“死”も美味しくソノカに食べて欲しいところですが
その話は置いておきましょう・・・
私が死んだあと、きっとソノカとアイキキは私との約束を忘れ
大変な事になるでしょう、そこを抑えて欲しいんです
ラルーがもっとも適任だと思うから・・・」
最後の約束・・・仲間として、重大な役割を持たせる事で
互いの団結力を高めようという私なりの計らいなのですが・・・。
今回は少し、私情が色濃く反映される形になってしまいました。
私はデルア君の死を目の当たりにして
“死”が身近である事を肌に感じました。
私は生きて、老いて、そして死にゆく人間。
でも、ソノカは悠久の時を生きる“呪鬼”で
アイキキは無限のエネルギーで動き続ける“アンドロイド”
彼女たちは今、“私”を支えに光の道を順調に進んでいる・・・。
そんな支えである私が突然に死ねば・・・
彼女たちは平気でいるはずはありません
彼女たちを新たに支える事が出来る者がいるとすれば
それは・・・ラルー
ラルーはきっと、他人の苦痛を理解出来る人なんです。
デルア君の苦痛を理解したからこそ、
手段を間違っていたとはいえ、救おうとした。
痛みを理解して、救おうとする意思の強さ
それだけで十分です。
人も、鬼も、機械でも、心があるのならば
それだけの事でも十分に救われるのです。
私は・・・この狂人に、
誰よりも純粋でそれゆえに狂ってしまった彼女に、
賭けてみようと思うのです。
「・・・引き受けて・・・くれますか?」
「・・・・・・分かった」
「ありがとう、ありがとうございます
だから、そんなに拗ねないでください」
「・・・うるへぇわい・・・」
「え? 今、なんて?」
「・・・う・る・へぇ・わ・い・!」
「・・・どういう意味ですか?」
「うるさいって意味よ!
何よ、ちょっと訛ってみただけで!
この偏屈なご主人様め!」
ラルーは渋々、私と約束を交わすと
さぞかし不機嫌な様子で、そっぽを向いて黙り込む。
拗ねたラルーを少し、からかってみると
これまた愉快にも、
横たわっていたところを飛び起きてムキになる。
可愛らしい子供と会話をしていると、錯覚してしまいそうになります。
何故、ラルーはこんなにも美人な成人女性の見た目をしているのでしょう
これが小さな子供だったら、ほっこりして平和に収まるのに
「あ、あの・・・」
「はぁい? なぁんですかぁ~?
ご主人様~!」
「そうとう怒っているのは分かりますが・・・
ラルーってどこまでの事を出来るんですか?」
「どこまでって、どういう意味?」
「ラルーの超常的な能力を駆使したら
どんな事が可能なんですか?」
「ああ・・・そういう事・・・」
ふと、ラルーの限界というモノが気になったので
怒っているラルーに聞いてみます。
すると、聞き飽きた質問だったのか
つまらなさそうにため息を吐くと拍子抜けしたように
語りだしました。
・・・そんなに聞き飽きた質問だったんですか
何だか・・・ごめんなさい。
「私の力って・・・限界が無いのが、能力みたいな感じで
貴女達の使う魔法と違って明白な属性固定があるワケでもないし・・・
その事から元の世界では“無ナル者”なんて呼ばれちゃってさ?
それほどにまで、言葉にするのはとても難しいの
ただ、言える事は・・・
今のところこの能力で出来なかった事は無かったとしか・・・」
「はぁ・・・なら、子供みたいになれますか?」
「うん、まぁ出来るわよ・・・って、なんで子供に化けろと!?」
ラルーは元の世界では“無ナル者”と呼ばれていた。
そのままの意味を受け取ると、何も無い者、という事ですが・・・。
つまり、何も無いがゆえに何でも出来る、“無”の存在だと?
・・・大いに皮肉なネーミングですね。
一体、誰ですか“無ナル者”なんて呼び始めた人は
ラルーは不満げに目隠しのされた見えない眼差しを向けてくるが
私がそれにも動じないと、観念したようにベンチから立ち上がり
手を頭のてっぺんから徐々に下へと、かざしてゆく。
すると、かざした手が過ぎて見えるはずラルーの姿が見えなくなる
私が呆然としている間もラルーは足元まで手をかざすと
そこにいたのは・・・何とも愛らしい子供の姿のラルー
私が知る大人のラルーがそのまま子供になったようで
容姿や服装にさほどの変化はない。
ただ、背丈が縮んで大人の女性らしい肉付きは無くなり
洗練されたスマートな体つきになっている・・・。
可愛らしくもあり、無垢な美しさを持つ子供の姿に
驚愕を隠せなかった。
「ご主人様~ ご満足ですか~?
じゃ、戻りますねー・・・」
「戻らないで!?」
「なんでそんな必死になって止めるの・・・」
「ラルー・・・なんだよね?」
「そうだよ~ ラルーだよ~
縮んで、ちょっとどっかの名探偵みたいな状態だけど
正真正銘、ラルーで間違い無いよ~・・・ちっ・・・」
飽き飽きした様子ですぐ元の姿に戻ろうとするラルーを止め
じっくりと可愛らしい幼女と化したラルーを目に焼き付ける。
か、か、可愛い・・・! 可愛い可愛い可愛い可愛い・・・
なんで、ラルーは子供の姿になれるのに大人の姿をしていたんでしょうか
ラルーの大人の姿は不自然ですよ、完全に中身が子供だから
奇妙さだけが浮き彫りになって・・・。
もう、ずっとこの姿でいてください・・・!
真っ白な顔はこの世の者と思えぬ美しさを持ち、
純粋な美しさは神々しささえ有している。
艶やかな白い髪はきっちり結い上げられているため
うなじが晒されており、うなじから背中のラインに目を奪われる。
鎖骨も良いですね!
それから、腰の・・・
「ら、ららみ・・・・この生物はなんだ・・・!?」
「あ、ソノカ」
「ラルー、とは言わないでくれ」
「残念ながら、ラルーですよ」
「ぎゃあああああああああああ」
ソノカとアイキキがいつの間にか帰ってきていました。
アイキキは両腕に一杯の荷物を持っているせいで
ラルーの姿が見えないようです。
可哀想に。
ソノカは肩から鞄を背負って、背丈以上の木の板を背負って
両手にそれぞれ大きな袋を持っている。
その顔は驚愕、というよりはおぞましい何かを見て
恐怖に染まっているような・・・。
ラルーさんの姿に驚きすぎて、恐れているのかな?
可愛いのに。
「ねぇえええ!!
元の姿に戻って良い!?」
「ダメ!!」
「ヤダー!」
何故か、子供の姿を嫌がるラルーは元に戻ろうとする。
私が全力で止めると
ラルーは叫ぶ。
なおも可愛い・・・!
しかし、私の願いと裏腹に
ラルーは私の手を振り払うと、あっという間に元の姿に戻ってしまった。
そんなぁ~・・・。
「ラルー・・・今、私は思い知ったぞ・・・」
「んー? なあに~? ソノカ~」
「お前はそのままのお前でいるべきだって事・・・
急に真人間になったり、急に子供になったりしたら気持ちが悪いって事!!」
「ひどい!?」
「当然の拒絶反応だと思ってくれ!」
ソノカは悟ったような表情でラルーに語りかける。
ラルーの子供姿は可愛かったんだけどなぁ・・・。
まぁ、何はともあれ準備は完了しました。
早く屋敷に帰りましょう。
アイキキが持っている荷物を持てる分だけ持ち、
屋敷への道を進む・・・。
・・・・・
「アイキキ! 書斎の赤い本を持ってきて!
ソノカ! ちょっとラルーを黙らせて!」
屋敷に到着して、慌ただしくなりました。
敵の正体を突き止めるために
魔法を使う必要がある。
より正確で、より早急な、確固たる魔法が・・・。
私は古い魔道書や記録書、様々な情報を用意し
魔法術式を細長い紙に書き記し、室内の至る場所に敷いた。
少しばかり大げさに準備しているものだから
“え? ららみちゃんの大魔法が見れるの!?”
とラルーが騒いでいる。
ラルーをソノカに任せ、
アイキキが持ってきてくれた本を開いて
私は自分の魔杖を掲げ、歌うように演唱する。
「我らが正義王に宣戦布告せし敵の居所を示せ
星々と、月と、太陽の光がこの世界に差し込む限り
汝は逃れられん
闇夜を彷徨う魔法の使い手よ、
願わくば、汝の心を私に映し出せ」
書物に記された文字が光り輝き
この場にある、ありとあらゆる情報が頭に流れ込んでくる。
私はその情報を魔杖へ通じて、ドーム状の天井に転写し
分かった事を全て、そのまま映し出す。
とても便利な魔法だ。
しかし、その反面で難しい魔法でもある・・・。
情報や魔物を多く揃えなくてはならないし
探し出したい相手の情報が少なければ、特定にも手間取る。
今回は敵が遠距離反映魔法で姿を現した場所に残された
残留魔力だけが唯一の手がかり
これだけで、特定しきれるかどうか・・・。
「己の脳を媒体として、外に映像を反映・・・
私の世界ではまだ確立出来ていない技術だわ」
興味深そうにラルーは天井を見上げる。
ドーム状の天井には魔法で情報を映像化して
そのまま反映させているので、不思議な影と光が入り乱れている。
ラルーの世界にも無い技術とは・・・。
少しだけ、優越感。
「・・・ららみちゃ~ん
私の世界を見くびったら後悔するよ~?
ただ映像を映し出すだけなら人を使わずとも出来るわ!
“映画”とか“テレビ”とか、たくさんあるんだから」
「映画・・・? て、れび・・・?
・・・じゃあ、ラルーは一体 何に関心していたの・・・」
「脳内で想像した映像を映し出している事に」
「・・・難しく無さそうで、ラルーの世界では難しいんですね・・・」
「そうそう!
脳ミソは電気信号で動いているから、
電気信号を記録して解析すればそのまま映像化出来るはずが
何故か出来なかったんだよねぇ~!
ホンット! 人間の脳ミソはミステリーよ!」
「で、電気信号・・・?
え、脳は電気で動いていたんですか・・・?」
「あれ、電気って分かるんだ?」
「今、この世界はその“電気”についての研究に着手したばかりなんです
でも・・・やっぱり分からない事だらけで・・・」
「ふむふむ、思うように研究は進まないと・・・」
ラルーの圧倒的な知識に降参です。
はぁ・・・憂鬱になってきました。
いっそのこと、ラルーの頭をメスで開けて脳ミソを弄りたい気分です。
・・・もちろん、冗談です。
「ららみ、情報が収束し始めたぞ
狂人に構うな」
「あ、ごめん!
引き続きラルーをお願いね、ソノカ」
「ちょ、扱いがひどくありませんかね!?」
「黙れ、狂人」
「人食い鬼に言われたくないですね!」
「それは、馬に“草食っているから頭オカシイ”
って言っているようなもんだぞ」
「・・・はっ!」
「今さら気付いた、って顔しても許さん
少しでも悪いと思うなら黙れ」
魔法が完成しようとし始めている。
ここからが正念場・・・最も集中しなくてはならない。
私は天井に映る光景を見据え、
より意識を凝らす。
視界の片隅で目隠しメイドが椅子の背もたれに頭を載せ
拗ねているのが可笑しくて仕方がない。
・・・子供の姿をしていた方が良いのに・・・。
「・・・光と、影と、実と、理の元
示し、現せ
地の痕を、心の色を、欲の正体を・・・」
更に演唱を重ねる。
天井に映し出される光が形を成してゆく、
それは北の大地の地形を表している。
敵は北の・・・ジプレー山脈にいるようだ。
「ジプレー山脈とは・・・厄介な場所ですね」
「うん・・・馬車の準備をした方が良いね・・・
よりにもよって、ジプレー山脈だなんて・・・」
アイキキは天井に映し出された地形を読み取り
即座にジプレー山脈だと割り出す。
さすがはアイキキ
今回の旅のルートはアイキキに決めてもらおう。
「んー・・・ジプレー山脈と分かって嫌そうな顔をしているけど?
何が嫌なの~?」
この世界についてはそれほど分かっていないラルーは質問を投げかけてくる。
ただの山でも大変だとは思わないのかな?
「ジプレー山脈は切り立った岩肌が数百キロにも及び
登山するだけでも、一週間以上は掛かります
更に、ジプレー山脈付近に人が住む村や集落が存在しないため
完全なる無法地帯です
よって、罪を逃れた犯罪者や
人と関わり合いを持ちたがらない魔女たちの巣窟
出来れば近寄りたくはない忌まわしい場所・・・」
「その“忌まわしい”と言い回しが付く理由は何かしら?
山脈なら、金や宝石が採れるから そこまで言う必要は無いでしょう?」
「・・・ええ、全くその通りです
しかし、かつての“魔女狩り”や“吸血鬼狩り”において出来上がった
山のような死体は全て、この山脈に遺棄されていたのです
ゆえに、この山々は忌まわしい場所・・・
数え切れない怨念が渦巻く、汚らわしい山と化しました」
「ふむ、丁寧な説明をありがとうねぇ~!
アイキキ~! 君とは親友になれる気がする!」
「奇遇ですね、
ワタクシも貴女様からは不思議な縁を感じます
是非ともよろしくお願い致します」
アイキキはジプレー山脈について詳しい解説をする。
・・・あの山には悪龍が住んでいるという噂があるので
出来れば近寄りたくはありません。
龍はもう、懲り懲りです。
ソノカの大無双も、見たくないです。
あの山には様々な噂があり、
信憑性に関しては疑わしいものばかり。
でも、それだけ
人々から恐れられている事だけは明らかでした。
それは私も例外なく、あの山は恐ろしい。
天使ですら逃げ出すような場所なんですよ!?
・・・あえてそんな山にいる今回の敵は
肝が座っているのか、馬鹿なのか・・・。
「はぁ・・・」
ため息が思わず漏れる。
何はともあれ、戦わなくては
いくら嫌な場所でも、相手は私の故郷を滅ぼした宿敵。
頑張るのみ・・・!
・・・未だに実感が湧かないけれど。
「で?
敵の事は分かったか?」
「・・・ごめん・・・分かるのは相当な力を持っている事だけ
最初から詳しい情報が得られるとは思っていなかったけど
まさか、ここまで全滅だなんて・・・
おかしいな・・・普通なら、最低でも
相手が人間か、それ以外の何かぐらいは分かるのに・・・」
「・・・妙だな、魔法でそういう情報を遮断したり
誤魔化したりとか出来るのか?」
「ううん・・・出来るはずはない、
自分の情報を遮断だなんて、とんでもない・・・!
それは自分を否定する事になるから、精神力が鍵の魔術師には
最悪の組み合わせだよ・・・」
「・・・いよいよを持って、敵が胡散臭くなってきたな」
ソノカは早速、イラついた様子です。
・・・そういえば、ルビーヒルズが滅んだ
と聞いてからずっと落ち着けないみたい。
ソノカは唯一の“私”を知る生き証人。
だからこそ、きっと鎖国前のルビーヒルズをよく知っているはず。
それなら彼女のイラついた心境は理解出来る・・・。
・・・彼女に私が記憶を失う前の事を聞けば話は早いが、
私に聞く勇気が無い。
何か嫌な事があったから、彼女は何も言わないのだろう。
ならば、あえて聞く理由はなんとする?
人の傷を抉ってまで、自分の変えられない過去など知りたくはない。
過去をいちいち気にするなんて馬鹿馬鹿しい・・・。
せめて私に出来る事があるとすれば
仇討ちだけ
何が何でも、負けません・・・!
「で・・・そのジプレー山脈に行くにあたって
馬車を使うのでしょう?
馬車を使うという事はよほど遠い事・・・
じゃあ、さっさと移動を開始した方が良いわ
考える時間は移動時間に当てれば問題無いし?
さってっと!
私が馬車屋に頼んでくるわねぇ~」
「ラルー・・・何を言っているんですか?」
「へ?」
ラルーはご自慢の推理力でこれからの大雑把な行動を察し
馬車屋に行こうと席を立つ。
しかし、その必要は無い。
私はラルーの頭を杖で叩いて、制止する。
変テコな目隠しメイドは首を傾げて、不思議そうな顔をこちらに向けてくる。
ラルーが幼い少女の姿をしていれば可愛かったのに・・・。
もったいない。
「そんじょそこらの馬車よりも早く
お金で裏切られる心配の無い自分の馬車を私たちは持っているんですから!」
「・・・ららみちゃんはもしかして、金を握った馬車屋に騙されたの?」
「ええ、アイキキに出会う前に一回
その時は盗賊集団に襲われて奴隷として売り飛ばされるところでした」
「・・・なかなか恐ろしい目にあっているんだね
ご愁傷様です」
「ご親切にどうも」
「そのとびっきりの笑顔、止めてくれないかな?
なんだかイヤミじみた何かを感じる・・・」
「そりゃ、ラルーも彼らと同じような存在ですし
イヤミですから」
「やはりそうかい・・・」
ラルーに自分たちの馬車がある事を伝えると
すぐにその理由を暴かれてしまう。
本当に、どうしてそこまで分かるんでしょうか・・・・。
今後 猫探しの依頼など推理力が必要となる依頼が来たら
ラルーに丸投げしましょう。
・・・あ、ラルーじゃ発見した猫を勢いのまま惨殺しかねない。
やっぱり丸投げはいけません、見張りが必要ですね。
「ららみ、私は先に馬車の準備をしてくるよ」
「分かった
ありがとう、ソノカ」
馬車の所有者であるソノカがあらかじめ外に馬車を用意してくれるようだ。
ラルーから逃げたのか、ストレスをどこかで発散しに行くのか。
目的は問いません。
バタンと乱暴に扉を閉じて、姿を消すソノカ。
ラルーは呑気に“イライラモードだねぇ~ 誰かを思い出すわ・・・”
と、意味深に呟いた。
その後ろ姿はまるで、“話しかけてくるな”“私に深入りしてくるな”
と言っているようで詳細はとても聞けそうにありません。
ラルーは私に全面服従しているようで
全く、心を開いていない・・・。
その心内にある闇がどれだけ深いモノなのか、想像なんて出来やしない。
「アイキキ、今回のルートを考えておいて?
ラルー、何か聞きたい事はある? 分からない事だらけじゃない?」
「ん、雰囲気でだいたい分かるから心配しないで良いわ
でも一つだけ質問させて頂戴」
荷物をまとめるアイキキに指示を送り
あとはラルーの様子を再確認。
情緒不安定で、いつ不機嫌になってもおかしくはないので
頻繁に彼女の機嫌を確認してしまうのは
きっと、“恐れ”から確かめるのだろう・・・。
ラルーが一つだけの質問を要求してきた事で
私は息が止まりそうになる。
どこか、嫌な雰囲気を纏ったラルーは言葉を重ねた。
「正体の分からない敵は・・・もしかしたら本当に
正体が無いのかも知れないわ?
だから、注意しましょう・・・我が主よ」
曖昧な言葉遣いで私を惑わすラルーは・・・まるで悪魔のようです。
そんなに優れた洞察眼があるのなら
探偵になればいいのに。
私が彼女の主のはずなのに、
逆に私がラルーの操り人形のように感じるのは・・・何故?
意味不明な目隠しメイドが見据える先は何処なのでしょう・・・?
「だから、ジプレー山脈にまつわる噂を全部
教えて頂戴―――?」
彼女の考える事は私には理解できません。
気味の悪い狂人。
人にも、鬼にも、機械にも、決して理解の出来ない領域で
彼女は生きているのだと、思わざるを得ないのでした。
ラルー、目隠しメイドの格好で貫くつもりです。
道行く人たちはそんなラルーを目撃し、隣で“主”と呼ばれる
ららみを見て思います。
(あんな高そうなメイドに目隠しをさせて、放置するなんて
一体、あの少女は何者なんだ・・・!?)
か弱そうな少女と目隠しメイドを見て
人々は戦慄するのでした・・・。