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そして。
『これって、恋なんですか』
上気した頬。
熱っぽい眼差し。
揺るがない、まっすぐな視線。
気がついたら、言葉になっていた。
まさか、小日向しあが、こんなキャラだとは思わなかったのだ。
大学内に友達がいる風でもなく、いつもふらりとやってきては、ふらりと練習室に消えていく。
いつもアンニュイな顔をしているから、冷めた奴なんだろうと思い込んでいた。
だからせめて、こちらは笑顔でいようと思っていたが。
あんなキャラだとは思わなかった。
天然ボケなのだろうか。
アンニュイだと思っていたのは、ただのぼんやりだったのだろうか。
それなのに、ピアノを前にすると顔が変わる。
小日向しあを、誤解していた。
しかも、嬉しい誤解。
こんなにも、熱心にピアノを弾いてくれるなんて思いもしなかった。
まるで、クラリネットだけじゃなく、自分自身にも熱心でいてくれるのじゃないのかと、期待するほど。
ピアノを弾いている時のしあは、ひどく色っぽい。
穏やかで紳士的だといわれているが、小田嶋渉は実はかなり熱い男だ。
好きになると、止まらなくなるタイプだ。
自分でも自覚がある。
だからこそ、そんな自分をあまり見せないようにしてきた。
しあは、何事も無かったかのように、いつものようにぼんやりとした顔で練習室に入ってきて。
何もなかったことにしたいのだろうか。
それならば、自分もなかったことにしようと、思っていたけれど。
竹田教授に言われた言葉を、思い出した。
「お前はカッコつけすぎなんだよ。
だからいつまでたっても俺には勝てねぇ」
本性見せろや。
「本性、かぁ」
「?」
楽譜を広げていた手を止めて、しあが振り返った。
本性。
「オダジマさん、?」
小日向しあが、欲しい。
ピアノも、声も、気持ちごと全部。
まっすぐな目で、ずっと見ていて欲しい。
気持ちがひるむ前に、しあの手を引いて体ごと全部、抱きしめた。