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9

――――――――――


反射的に、言ってしまった。



小田嶋渉は、自分で言ったしまった言葉に驚いていた。


だってまさか、小日向しあが、あんな顔をするとは思わなかったのだ。



小日向しあの事は、入学当時から噂になっていたので、知っていた。

いい伴奏者はいないか、ピアノ科の実技試験を聞きに行って、小日向しあのピアノを聞いたこともある。


正直、みんなが言うほど、うまいとは思えなかった。

確かに技術のレベルは高い。

その点に関しては、ピアノ科の中でも抜きん出ていた。


その時しあが弾いたのは、リストの『ダンテを読んで』。

ダンテの『神曲』地獄編から受けた感銘をピアノで表現した曲だ。


地獄の恐怖も苦痛も、救済を求める魂の叫びも。

ただのテクニックを見せびらかすだけのエチュードに成り下がっていた。

こんなに、あっけらかんと弾く曲だったろうかと、落胆した。

中身が空っぽの、上っ面だけのリスト。

深みも何も感じなかった。

周りが小日向しあを絶賛する中で一人、違和感を感じていた。



結局去年一年間は大学院生に伴奏を頼んだ。

けれど、その院生が今年の4月からドイツに留学してしまって、あたらしい伴奏者を探す羽目になった。

小田嶋渉が師事している竹田教授は、伴奏者は大抵樋口門下の学生を勧める。

教授曰く、

「一番マシな伴奏するのは樋口門下」

らしい。


小田嶋渉は、樋口教授に相談に行った。

伴奏を頼む場合、普通は学生本人と直接交渉する。

だから、竹田教授に、今から樋口のところへ行けと言われたときから、なんとなく予感はしていた。


「小田嶋くん、ね。清志んとこの2年の」

「はい」

類は友を呼ぶ。

竹田教授を長年伴奏している樋口教授も、変わり者なのだろう。

「噂はかねがね聞いてるよ。『唯一俺に口答えするクソガキ』って、君のことだろ?」


一体うちの師匠は、どういう紹介をしたのだろう。

「そうです」

と答えると、樋口教授は豪快に笑った。

「清志はずいぶん君に期待してるみたいだね」


そして、にやりと笑って、

「伴奏ね。

小日向しあはどう?君と相性はいいと思うよ」

と言った。


気持ちが顔に出ていたのか、樋口教授は反論する前に言葉をつないだ。


「不服そうだね。

自動演奏装置の伴奏の方がマシだって顔してる」


「はい。失礼ですけど、俺、小日向さんのピアノはあまり好きではないです」


穏やかに見られがちだが、主張すべきところは一歩も引かないのが小田嶋渉という人間だった。

竹田から聞いていたのだろう、樋口は驚いた様子も無く、にやりと笑った。



「言うねー。ピアノ科のトップに。

まぁ正直、僕も小日向のピアノはつまんないと思ってたよ。

…ついこの前までね」


意味深なせりふ。

聞き返そうとする前に、樋口教授は言葉をつないだ。

「あと3分待って。小日向がもうすぐ来るから。レッスン聞いてからでも断るのは遅くないだろう?」



そして3分後。

小田嶋渉は、レッスン室のドア越しに小日向しあのピアノを聴いた。


鳥肌が立った。




今思えば、あの時だったのだろう、と思う。

しあのピアノに、全身を揺さぶられた、あの時。

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