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しあは、軽い興奮状態にあった。
自覚はないけれど、息が上がって、何かをしゃべりたくてたまらない、という自覚はあった。
自分以外の楽器と、人と、絡むことがこんなにも面白いなんて。
どうして今まで、知らずにいたのか不思議なくらいだ。
好きに弾いていいと言われたから、好きに弾いた。
『勝負』の意味が知りたくて、クラリネットをずっと聴きながら弾いた。
意味が、分かった。
…気がする。
クラリネットにからかわれたり、引っ張り出されたり。
その逆もある。
ピアノがクラリネットを連れ出したり、一緒に飛び出したり。
まるで、会話をしているみたいだ、としあは思った。
「俺、伴奏が、ただのソロの惹き立て役になってるの、あんまり好きじゃないから、とくにこの曲の場合。
伴奏とは、対等、というかスリリングな関係でいたいんですよ」
小田嶋渉も、軽く息が上がっていた。
「スリリング、ですか…」
「そう。お互いをものすごく意識しあってるのに平然と自己主張してて、でも隙あらばいただいちゃうぞ、みたいな。
まぁ、恋の駆け引きみたいなモンすかね」
「こい、ですか」
「え?」
「これって、恋なんですか」
しあなりに、真剣に聞いてみたつもりだった。
奇妙な沈黙。
小田嶋渉は、しあの顔をじっと見つめて、そして言った。
「小日向さん、俺と、付き合ってもらえませんか」