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オダジマワタルです、と言われ、相手が無言で待っていることを不思議に思い始めて10秒。
自分の自己紹介をしなくちゃいけないことに、気がついた。
「小日向しあです。昨日はごめんなさい、はじめまして…」
そう言うと、オダジマワタルは笑って手を差し出した。
「?」
「握手」
「…あくしゅ、」
握り返した手は、骨の感じ。
一郎さんより小さくて、叶さんより細い、とおもう。
ひんやり、つめたい。
「よろしく。
俺、この前小日向さんのピアノ聞いて感動しました。伴奏してもらえてすげぇ嬉しいです」
「はぁ」
しあの覇気の無い返事にも気にした様子は無く、小田嶋渉はクラリネットをスタンドから取り上げた。
リードの位置を指で撫でるようにして確かめると、珍しそうな顔でクラリネットを見つめるしあに向き直った。
「音、くれますか。もっかいチューニングしたい」
「おと?」
短い沈黙の後、小田嶋渉は言葉を選ぶように,ゆっくりと言った。
「小日向さん、楽器の伴奏、今までしたことありますか」
「ないです」
「歌も?」
「はい」
まいったな、と呟いて、そして小田嶋渉は笑った。
よく笑う人だ、と思う。
「じゃあ、俺が小日向さんの初めての伴奏なんだ。すげぇ」
なにが、すげぇ、なのかよく分からないけど、
「はぁ」
とこたえてみた。
「クラはチューニングの時はBであわせるんだ、シのフラットね。これB管だから。それから、」
言葉を切って、小田嶋渉は今までと少し違う笑い方をしあに見せた。
楽しみで仕方ない、という気持ちと、挑戦的な気持ちの混じった笑みだ。
「俺、一番最初の合わせは、ピアノと勝負するつもりで吹きたいから。
まずは、小日向さんの好きに弾いてもらっていいです」
勝負、の意味が分からなかったが、自分の思うイメージで弾いていいと言われ、しあはなんだか安心した。
チューニングを済ませ、小田嶋渉はしあにジェスチャーでタイミングを伝える。
クラリネットの挑発に、しあは自然と、ピアノで応えた。