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透子にも叶にも、しあにも言っていないが、山崎は、透子がしあに出会うよりもずっと早く、しあのことを知っていた。
祖父の経営する施設の前に、しあは棄てられていた。
今から20年近く前だ。
まだ肌寒い、3月の半ばだった。
夜明け前から、季節外れの雪が降った。
その日の事はよく覚えている。
生まれて間もない赤ん坊が、泣きもせず喚きもせず、動くこともできず、粗末なタオルにくるまれて寝かされていた。
死んでいるのかと、思った。
抱き上げた時、赤ん坊は大きな目で一郎を見つめていた。
あのときの目。
今も変わらない。
「あいつはさ」
透子はできるだけぶっきらぼうに言った。
「バカだから。典型的な不幸の道を歩んでるくせに、自覚が無いバカだからさ」
うん、と山崎は頷いた。
「バカには、バカがお似合いだと思ってるのよあたし」
誰のことを言っているのかは山崎にも分かる。
山崎も同じだから。
「あたしもあんたも、しあの事知りすぎてるのよ」
初めて叶に会った時。
こいつしかいない、と思った。
鈍感で、不器用で無愛想で。
けれど彼のそばはひどく居心地がいい。
揺るがない安定感。
しあには、こいつしかいないと、確信した。
透子の言うとおり、自分はしあの事を知りすぎている。
自分では、しあを幸せにする事は、できない。