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「なによ、ゴキゲンじゃない?」
透子が煙草に火をつける前に言った。
「そう?いつもと変わらないわよ」
山崎はそう言いながらも鼻歌を歌い続けている。
モーツァルトの、オペラの中の曲だ。
確か、
『恋とはどんなものかしら』
「なるほど」
「え?」
「山崎、アンタあたしに何か隠してるでしょ。
あたしが休んでる間に、しあに何があった?」
マドラーを山崎につきつけて、透子は言った。
さすがに鋭い。
山崎は別に隠す気も無かったので、もったいぶらずに小田嶋渉のことを話した。
「俺はね透子。いとおしいのよ」
「何が」
「しあちゃんが一生懸命なのが」
いつもと違う、穏やかな口調で山崎は言った。
「バカだからあいつ」
分かっているくせに、時々透子はこうやって茶化す。
透子なりの照れ隠しだと、山崎は知っている。
「俺ね、しあちゃんには幸せになって欲しいのよ」
穏やかな沈黙。
透子は煙草の煙をそっと吐き出した。
「ありきたりの台詞だわね」
口調に、いつものとげとげしさは無かった。