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休み時間にトイレに行くと、階段の踊り場に中島がいるのが見えた。
その周りには数人の男。
あれが彼女に従う変な奴らなのだろう。
しかし、聞いていたのと数か違う。
いつも四五人いると聞いていたのだけど、今は二人だけだ。
「哀れだね、彼女」
「うおっ、驚かせんなよ」
後ろに信也が立っていた。
「この前の総選挙、彼女は票を殆ど綾さんに奪われて見事に首位陥落。その腹いせにいつもいる人たちを問い詰めて、自分に票を入れなかった人に『金輪際近寄るな』って言ったそうだよ」
だから少ないのか。
彼女は今、とても不機嫌そうな表情をしている。
あまりじろじろと見るのもあれなので、教室へと戻る。
「他人事、っておもってるだろ」
「当たり前だ。俺には関係ない」
「バカだね、謙吾は。そもそもの原因は謙吾なんだよ?」
俺が?
「俺は何もしてない」
「いや、とても大きな事をしたよ。謙吾は、綾さんを変えてしまった。その結果、綾さんの人気が急上昇し、それと引き替えに彼女の人気は大暴落さ」
「それがどうしたって言うんだ。彼女のそばにはまだ人がいる。それのどこが不満なんだ」
「女王様っていうあだ名のことを忘れたのかい?彼女は、実際女王様だったんだよ。自分に尽くすたくさんの男。言うことを聞く便利な下僕。それが夏休み後の数日でかなり減ってしまった。謙吾、従えてたはずの人が別の人の所に行ったら、わがままな女王様はどう思うだろうね」
教師が教室に入ってきた。
時計を見るとすぐに授業が始まる時間だった。
信也が自分の席へと戻る。
女王様がどうしたって言うんだ。
俺にとって、そんな事はどうでも良い。
今は綾のことで頭がいっぱいなんだ。
今日は呼び出されてすぐ屋上前に向かう。
「何かわかったかしら?」
「なにもわからねーよ」
「やる気あるの?」
「ない」
なんでそんな人を売るようなまねをしなきゃいけないんだ。
しかもタダで。
「もうさ、呼び出しも辞めてくれないか。正直お前にかまってられるほど暇じゃないんだ」
「あなたの事情は関係ないわ。貴方を呼び出すというそのことに意味があるの。これからしばらく昼休みはここに来てもらうわ」
「面倒臭い。断る」
「貴方に拒否権はないわ」
「お前、ウザいな。友達いないんじゃねーの?」
みるみると中島の顔が赤くなっていく。
図星だったか?
「友達なんて、たくさんいるわよ。私の周りにいつもいるわ」
こいつ、下僕か何かと友達を勘違いしてるな。
「その友達も最近減ってるみたいだな。そろそろお前のウザさに我慢できなくなったんじゃないのか?」
「貴方のせいでしょ」
「俺は関係ないな」
「いいえ、貴方のせいよ。貴方があの女を変えたって聞いたわ。あの女のせいで私の友達が減ったんだもの。貴方のせいよ」
信也と同じことを言いやがる。
本当に、腹が立つ。
「そうね、こうしましょう。あなた、私の物になりなさい。そうしたら、友達が減ったことを許してあげるわ」
私の物になれ、だって?
バカじゃないのか、こいつ。
「お前の物になって、俺は何をしたら良いんだ?」
「私のそばにいればいいのよ。休み時間も、昼休みも、放課後も。何だったら、私の家に住まわせてあげても良いわ。それにほら、あの女は私と比べて貧相な体つきをしているわ。私の方が良いに決まっているわ」
「断る」
はっきりと、言い切った。
一瞬も考えずに即答した。
何の魅力も感じない。
むしろ嫌悪感を感じた。
「お前のそばにいるだなんて絶対に嫌だね。それなら、綾のそばにいた方がましだ。いや、ましとかそう言うのじゃない。俺は綾のそばにいたい」
綾、というその名前に中島が顔を歪める。
「あなたも、あの女を選ぶのね」
「誰もがお前の思い通りになるでも思ってたのか?」
それだけ言って、入れは中島に背を向けた。
もうこいつにつきあう必要はない。
階段を下り、曲がる前に一言。
「俺は、貧乳の方が好きだ。胸なんて、ただの脂肪だろ」
次の日は俺と綾、信也、風城さんの四人で昼飯を食べた。
中島が来ることは無かった。
来ても、俺は無視する気だった。
綾は最初信也を警戒していたようだが昼休みが終わる頃には警戒を解いていたし帰りは四人で帰った。
その日はピーマンを出しても一日綾が上機嫌だったのでとても安心した。
今俺の部屋に綾がいる。
俺は課題をやって綾は本を読んでいる。
この時間がとても好きだ。
綾の分を余分にご飯を作るのだって苦にならない。
何より彼女のそばにいられるのがとても幸せだと感じる。
綾のそばにいられるなら、他の物よりもそっちを優先するだろう。
ひとつだけ中島に感謝することがある。
あいつのお陰で俺はこの気持ちに気がついた。
そう。
俺は綾のことが好きだ。
これ以上ないほど、どうしようもないほどに、綾が好きだ。
自分の気持ちに気がついてから時間が過ぎた。
休みのほとんどを四人で過ごすようになった。
ファストフード店で一日を過ごしたり、映画を見に行ったり、ゲームセンターにいったり。
楽しかった。
綾もクラスに馴染み始めた。
何もかもがいい思い出になった。
すべてがうまくいっている気がした。
そんな中たった一つの、けれどけして見逃せない変化があった。
簡単に言うと綾の元気がない。
他の女子と話しているときやもちろん俺たちといるときに笑ってはいる。
それがどこか無理をしたような笑いなのだ。
風城さんに
「最近綾無理してるように見えるんだけどどう?」
ときいてみたが
「どうだろう。私にはよくわからないけど」
といまいちな反応だった。
それでも俺には無理をしているように見える。
夏休みに初めて話して以来三ヶ月ぐらいが経っている。
それぐらいのことはわかるようになった。
何か隠し事でもしているのだろうか。
どうしても気になった俺は、その日俺の部屋でゲームをやっている綾に。
「何か隠し事してない?」
とさらりと聞いてみた。
それを聞いた綾はゲームを落としかけるが
「っと」
危ないところで俺が下から支えて、顔を上げると目があった。
しばらくそのままでいると綾の方から目をそらされてしまった。
しばらくそのままお互いに何も話すこともなかったが、綾がいつもよりも早く立ち上がった。
ドアを開け部屋を出て行こうとするときに
「謙吾さん、明日暇ですか?」
ぼそっとぎりぎり聞き取れるような声で言った。
明日は土曜日。
特に何があるわけでもなく何をしようか考えていたところだった。
「暇だよ」
「何時間でも良い?」
「暇だって言ったろ?一時間でも午前か午後一杯でも一日全部だって良いぞ」
「わかった。また明日ね」
それだけ言って今度こそ部屋を出て行った。
綾はとても悲しそうな顔をしていた。
次の日珍しく早起きした母さんも一緒に朝ご飯を食べた。
「お母さん、今日一日謙吾さんをお借りしても良いですか?」
「何々デート?デートなら借りてっても良いわよ。デートじゃなくても借りてって良いけどね」
「ありがとうございます」
「人を物みたいに言わないでくれ」
どうやらある町まで行きたいらしい。
そこに行くまでに二時間半はかかる。
あまり多くない残金を削り電車代をだす。
昼は母さんが二人分で二千円出してくれたので問題ない。
それほど人の乗ってない電車に揺られながら少し話をした。
その後は駅の前でバスに乗った。
どうやら山の方にあるらしいのだが、ケータイで調べても特にそれらしき物は見当たらない。
あるのは商店街、動物園、病院、学校、墓地。
いったいどこに連れて行くつもりなのだろうか。
バス停に着き、少し痛む尻を気にしながらも歩き出す。
病院の横を通り過ぎて、坂を上がった先にあったのは、墓地だった。
タダでさえ気味の悪い墓地は知っている町の墓地よりも気味が悪かった。
曇り空がその雰囲気を増大させる。
坂を上ってほてった体がすぐに冷めた。
綾はどこに何があるのかわかっているように次々と角を曲がり、一つの墓石の前で止まった。
その墓石に彫られていた名前は
『美山綾』
「私の事、いつか話すって言いましたよね」
たしかに、そんな話もした。
けど、これは…。
「これ私のお墓なんです。私、一度死んでるんです」
風が吹いた。
綾の黒髪がなびき、視界のはしにうつる木が揺れた。
「私は生まれたときから病弱でした。入退院を繰り返して学校にもまともにいけず、病室と自分の部屋に交代ですんでいるような日々でした。できる事は読書と勉強ぐらい。あとは何もせずにぼーっとしていました。」
頭が真っ白になる俺を背に、綾は自分の墓石に向かいながら話を続ける。
そんな私の楽しみがクリスマスでした。
一年に一度だけほしいものがもらえる。
私は一年をかけてその年のクリスマスに何をもらうか考えていました。
ある年はシリーズものの本を、ある年は服を。
もらうのも嬉しかったし、何をもらおうか考えるのも楽しみでした。
それだけが楽しみだったんです。
もちろんお母さんとお父さんが私のわがままを聞いて、サンタのふりをしているのは知っていました。
それでも私は満足でした。
本物のサンタさんじゃなくてもよかったんです。
14才のクリスマス、つまり去年のクリスマスも何をもらおうか考えていました。
15才になったらクリスマスプレゼントはもらえない。
お母さんはそういっていました。
だから最後のプレゼントだから何を頼もうか今まで以上に悩みました。
そんななかクリスマスイブになって私の体調は急に悪くなりました。
元々ボロボロでギリギリ生きていたような私です。
医者もあきらめて、私も死を確信しました。
日付が変わりそうになって意識が遠のき始めて、その時思ったんです。
『もっと生きたい。もっといろんなことをやりたい。もう少しで良い、命が欲しい』
その時鈴の音が聞こえた気がしました。
気づけば今の家に居ました。
目の前に一通の手紙があって私が1年間、つまり来年のクリスマスまで生きていることができると教えられました。
私が生き返ったのは、サンタさんからのクリスマスプレゼントなんだそうです。
ただし『美山綾』とは別人としてです。
私は美山綾であって美山綾でないんです。
私は今ここに私と言う概念として存在していて、美山綾と名乗っているだけです。
実際、家に電話したら私は死んでいることがわかりました。
そのあとこのお墓も確認しました。
私は確かに死んでいました。
それでも今ここにいるんです。
ここに生きています。
それからはやりたいことをやって過ごしました。
死んでいると言うことを忘れるためだけにはしゃいで騒ぎました。
高校にも行きました。
始めはみんな仲良くしてくれました。
しばらくすると手のひらを返したようにみんなが私に『ウザイ』といい始めました。
当たり前ですよね。
自分のやりたいことしかやらないんですから。
始めて仲良くなった子も私を友達だとは思ってくれなくなっていました。
それで心が折れてしまいました。
もう一度死んでいるので自殺もできません。
高校にいかず、ただ町を歩き続けました。
なにもせず、人の流れにのってただ流され続けました。
そんなときです。
雨のなか、傘もささずにしゃがんでいる男の人を見ました。
その人は捨てられて段ボールに入れられた子猫に傘をさしてあげていました。
自分が濡れるのに構わずに、です。
それを見たときこの人は優しい人なんだと思いました。
そのせいかふらふらとその人のあとをつけていました。
その人が入った家を見てビックリしました。
だって、私のすんでいる家の隣だったんですから。
そう、私が見たのは謙吾くんだったんですよ。
その次の日私はその人の高校を調べて転校手続きをしました。
ちょうどいい具合に転校できてクラスも同じになりました。
謙吾くんと話すことだけを考えていました。
他の人はみんな怖かったです。
笑いながら回りに何人も集まって私に質問してくるんです。
まえの高校でもにたようなことがありました。
それを思い出してどうしたらみんな私に話しかけてこなくなるか必死に考えました。
そしていつになったら謙吾くんが話しかけてくるのか待っていました。
夏休みになっても話しかけてこないので思いきって話しかけようとしたけれど話しかけようとすると緊張してしまいました。
謙吾くんが私と話をしてくれたときはとても嬉しかったです。
久しぶりに人と話ができたんですから。
それからはもっと楽しかったです。
謙吾くん以外にも友達ができました。
みんな私に優しくしてくれます。
うわべだけじゃなくて、本心から私に接してくれます。
転校したとき私はみんなに冷たく当たっていたのに。
綾はそこで一度話を切った。
俺はなにも言うことができない。
何を言えばいいのかわからなかった。
「だから今それが辛いんです。だって私、クリスマスに消えるから。今楽しくてもきっとあとで辛くなる。無駄になっちゃうから」
そこまで聞いてからだが勝手に動いた。
前に出て、そっと綾を抱き締める。
「えっ」
「大丈夫だから。」
「え…?」
「無駄になんかならないから」
驚いてこちらを向く綾。
その目から涙が流れ始めた。
「無理です。無駄になっちゃいます。だって私は消えるから。消えたらみんな私のこと忘れちゃうんです」
綾は涙を隠そうと下を向いてしまう。
「だから大丈夫。無駄じゃない。みんな忘れない。もちろん俺も。例え忘れたとしても心のどこかで覚えてる」
「何でそんなこと言いきれるんですか」
声を大きくしてこちらを向く。
綾には笑っていてもらいたい。
そう思った。
「綾が好きだから」
「っ…」
「今言うことじゃないかもしれない。それでも俺は綾が好き。綾を知ってる誰よりも好き。だから忘れない。みんなも同じだよ」
綾は驚いた顔をして俺を見ている。
「わ…私はその…」
「今は答えはいらない。きっと今は迷ってるだろうから。あとで気持ちの整理ができてから答えを聞かせて。だから今は笑って。綾が泣いてるのは見たくないよ」
「はい…わかりました。」
その目からもう涙は流れていなかった。
俺はゆっくりと綾から離れる。
「えと…聞いてくれてありがとうございます」
「そういうのやめよう」
「え…?」
俺はこの際だからまえから言いたかったことを口にする。
「俺たちどんな仲?毎日一緒にご飯食べるような仲でしょ?だから友達以上。悩みとか話を聞くのは当たり前。ありがとうとかは言う必要ない。それとなんか言葉がよそよそしい。同い年なんだからもっと砕けた感じにいこうよ」
「うん…わかった」
まだぎこちない。
でもそれでいい。
これからそうしていけばいいんだ。
「じゃあほら」
手を差し出す
綾はわからないといったように俺の手と顔を交互に見る。
「ご飯食べにいこう。おれもう腹へったよ」
綾はが俺の手をとり、俺たちは歩き出す。
墓地から出るとき綾はもう悲しそうな顔をしていなかった。
「えへへ」
むしろ楽しそうな、うれしそうな顔をしていた。
そう。
そうでなくちゃいけない。
これからはたくさん楽しいことをするんだ。
信也と風城さんも巻き込んでたくさん楽しいことをして、忘れても忘れきれないほどたくさんの思い出を作るのだ。
帰ってから母さんにも綾の話をした
そしたら
「よし!綾ちゃん。今日からあなたは私の娘よ!いっそのことこの家にすんじゃいなさい!」
綾も断りきれず言うことにしたがった。
幸い部屋はいくつも余っていたし、綾と母さんはそんなに体型も変わらないから新しく服を買う必要もない。
綾はまんざらではない顔をしていた。
綾がうちに来てから数週間。
休みがあればどこかへ出掛けた。
ある日は動物園へ。
ある日はショッピングセンターへ。
四人で思い出を作った。
写真もたくさんとった。
これでもかと綾がいた痕跡を残そうとした。
信也と風城さんも巻き込んで。
二人に綾のことをを話したらすぐに信じてくれた。
本当は信じていないかもしれないけれど俺の願いを聞いてくれている。
本当にいい人たちだ。
それでも時間は過ぎていく。
安心するほどの思い出を作るには時間が少なすぎた。
あっという間にクリスマスが近づいてくる。
もうクリスマスまで二日。
「謙吾、起きて。朝だよ」
「ん、おはよう」
綾が住み始めて、毎日綾に起こされるようになってしまった。
綾の口調もずいぶんと変わった。
あの日以来俺のことは呼び捨て。
母さんとも本当の家族のように話をしている。
朝ごはんも綾が作る。
朝ぐらいの簡単なご飯なら作れるようになってきた。
昼と夜は俺と一緒に二人で作る。
始めて会った頃とは比べ物にならないほどに成長している。
今日はご飯に目玉焼きと味噌汁。
俺は朝はそんなに多く食べれないのでこれぐらいがちょうどいい。
目玉焼きの黄身のところを潰しながら今日の予定を訪ねると
「今日は謙吾と町を歩きたいな。前の日だからもう一度だけよく見ておきたい。それで、明日は二人で家でゆっくりしよう」
それなら二人も呼んで、と提案したら綾も賛成してそのあとすぐに二人を呼んで四人で町を巡ることになった。
さっさとご飯を平らげて支度をしたら手を繋いで外へ出た。
後ろから母さんの冷やかしが飛んできたがもう慣れた。
町はクリスマス一色。
とても楽しい気分にさせると同時に、綾がもうすぐ居なくなることを告げていた。
特別何をするわけでもなく、俺を含めた三人は綾につれられるまま町を歩く。
店の前で止まってはショーウインドウに飾られている商品を見る。
それを何回か繰り返したあと道に止まっていたクレープ屋でクレープを買って食べた。
今この瞬間がとても幸せでそれだけで満足できてしまう。
この事を覚えていられれば綾が消えても、と思ってしまう。
そんなことも知らずに綾はほっぺたにクリームをつけながらせっせとクレープを頬張っている。
全く、小動物みたいだ。
腕を伸ばして綾のほっぺたについているクリームをとってやる。
いきなりのことに驚いて顔をあげる綾に
「付いてた」
と指のクリームを見せてなめる。
信也はこれだからバカップルは、とあきれ、風城さんは顔を赤くして笑っていた。
ゆでダコになっている綾に次はどこへいくのか訪ねる。
これから町を全部見て回るには時間があんまりない。
「とっておきの場所だよ」
それだけ言って、どこにいくか教えてくれない彼女のあとをついていく。
ついたところは少し高いところにある公園だった。
奥に展望スペースのようなものがあって、この町一帯を見ることができる場所だった。
「こんなところがあるなんてな」
「謙吾に会う前に見つけたところだよ。ここで夕日を見たときはなんとも思わなかったけど今思うととってもきれいだったんだよ」
しかし今日はあいにくの曇り。
「けど、もう見れないね。最後に見ておきたいなって思ったんだけど。」
少しだけ寂しそうな顔になる。
そんな顔をしてほしくはなかった。
笑っていてほしい。
「なぁ綾、つれていきたい場所があるんだけど」
連れて行ったのは教室だ。
「やっぱり、ここは外せないよな」
それぞれが思い思いの場所に座る。
しばらく思い出話に花を咲かせていると
「転校してきたときのことをやり直そう」
と信也がいいだした。
「最初は『意味がない』っていってたけで今はあのときとは違うし。しっかりとした形でやっておこうよ」
その意見に皆が賛成し綾は教室の外、俺たちは綾が転校してきたときの場所へと座る。
「じゃあ俺が先生の代わりをしようかな」
信也が先生のまねをしつつ
「転入生を紹介する、はいってきなさい」
といったはいいが、全然似ていない。
「はい」
あのときとは打って変わって元気な声で返事をする綾。
段に上がり黒板へと名前を書く。
『美山綾』
「初めまして、美山綾です。保久進高校から転校してきました。よろしくお願いします」
「質問です!趣味は何ですか」
いきなり質問をしてみる。
きっと彼女はそうしてもらいたかったのだろう。
「趣味は読書です。最近は料理も始めました」
「何が作れますか?」
「簡単なものだけです…って何で謙吾がそれを質問するの」
「じゃあ次は俺が。好きな人はいますか?」
「それは今関係ないでしょ、信也くん」
関係ない質問とそれへのツッコミにみんなで笑う。
ただ、答えを聞いてみたいと思ったのは三人には内緒だ。
「まったく、二人ともふざけすぎ」
「良いじゃないか」
「風城さんも質問しなよ」
「そうね、じゃあ今まで楽しかったか聞きたいな」
それも関係ないのでは、と思ったが綾が答えたそうだったので言わなかった。
「楽しかったよ。みんなで授業を受けて、休み時間に話をして、お昼休みはご飯を食べて、休みの日には動物園に行ったり、遊園地に行ったり、町を歩いたり、買い物に行ったり」
綾が言葉を重ねるたびに思い出が蘇っていく。
そして綾の声が涙声になり、やがて本当に鳴きながらも話をやめない。
「私、最初みんなに冷たくしてたのに優しくしてくれるし、最後だからってわざわざ集まってくれて」
「おっと綾ちゃんそこまでだ」
信也が珍しく真剣な顔をして綾の話を止めた。
「俺ら友達でしょ?俺は親友だとも思ってる。その親友が明日で消えるって言うのに会わない奴はいないって。それは友達ですらないよ」
「そうだよ。私だって綾ちゃんと友達なんだから最後ぐらい会いたいもん。なにも言えずにお別れは嫌だよ」
二人が俺の言いたかったことをみんないってしまった。
綾はそれを聞いてもまだ泣き止まなかったが、少し落ち着いたようだ。
泣き止むまでは少し時間がかかった。
それから少し話をし、さて帰ろうと言うとき。
多分見回りだったのだろう。
廊下で先生に見つかってしまった。
普通校内へ入るには制服の着用が義務づけられている。
が、今の俺たちは私服。
「こらぁ、お前達!私服で何をしているか!」
「やばいぞ、逃げろ!」
俺は思わずそう言い、みんながそれに釣られて走り出す。
下駄箱に行くまでになんとか振り切れたようで学校の外まで行ってから一息つく。
「はぁ、はぁ。いやーびっくりした」
「まさかあのタイミングで先生が来るなんて。思わず私も逃げちゃったけど大丈夫かな」
「大丈夫さ」
「うん、それに楽しかった」
綾が楽しかったのならよかった。
それじゃあ俺らは、とふたりは帰って行く。
別れる前に二人にそれぞれ二枚ずつ紙を渡した。
あれがあれば綾を忘れることはないだろう。
もし、忘れたとしても思い出す鍵になるはずだ。
「帰ろうか」
もうすぐ夜になる。
それに今日は珍しく母さんが料理をするらしい。
家を出るまえの冷やかしに、早く帰ってこいというものが混じっていたからそんなに遅くまでそとにでているわけにはいかない。
振り返って、二人の手がつながっているのは見なかったことにしよう。
「あらお帰り。ちょうどできたとこよ」
机の上には昔に見た母さんの料理が並んでいた。
「わぁすごい」
「なんか懐かしいな」
父さんが単身赴任で遠くに行って以来、母さんの料理を全く見なくなっていたので今日は昔に戻ったようだった。
違うところは父さんの席に綾が座っていることだけだ。
久しぶりの母さんの料理は懐かしく美味しかった。
「謙吾の料理より美味しいんじゃない?」
という綾に
「謙吾のは私の見よう見まねだから」
と自慢げに答える母さん。
きっと、本当の親子で会話しているつもりなのだろう。
二人ともとても楽しそうだった。
もちろん俺も。
ご飯のあとは俺の部屋でまんがを読んでいた。
消える前に全部読みきるといって読み始めたはいいがあと一日で十二冊ならきっと出来るだろう。
だが、どうやらそうは行かないようだ。
綾の体が消えかかっている。
少しずつ、しかし確実に綾が消えつつあった。
「おい綾!」
俺は大きな声で呼んだ。
彼女は気づいていないのだろうか。
「どうしたの謙吾。いきなり大きな声あげて」
「どうしたのじゃない!消えてるじゃないか」
そう言ってやっと気がついたようだった。
しかし特に驚いた様子はなかった。
「そうだね」
「そうだね、じゃないよ!なんで!?どうして!?今日はクリスマスイブの前日だ。消えるのは明日じゃないか!」
俺は混乱していた。
しかし綾はそんな事なかった。
「落ち着いて謙吾。よく考えてみてよ」
「わからない。わからないよ。」
「今年はオリンピックがあったよね」
「今はそんな事関係ない。どうして一日早くなったんだ」
「関係あるよ。オリンピックがあったって事は今年は閏年。去年の十二月十五日午前零時零分から一年、つまり三百六十五日先なのは明日の午前零時零分なんだよ」
「じゃあ…綾は今日消えるのか…」
「そういうことになるね」
残り一時間。
ただ時計の音だけが部屋に響く。
こんなことをしていていいのか?
何か他にするべき事があるんじゃないのか?
他にもっとやりたいことは?
そう自分に問いかけて、こう言った。
「一緒に寝るか」
突然の俺の言葉に驚き半分困惑半分の中途半端な顔を見せた綾はすぐに
「いいよ」
といってくれた。
一人用の狭いベットに二人で向かい合って寝る。
電気を消しているがなんとも恥ずかしい
綾も同じようで顔が紅くなっている。
「何で急に?」
「わからない」
「手握ってもいい?」
綾に聞かれた。
もちろん断る理由がない。
お互いの胸の間で両手をしっかりと握り合う。
「えへへ。謙吾の手あったかい」
そう言って笑う綾。
あと何分だろうか。
ベットにはいる前に見たらあた二十分程度だった。
それから何分がたった?
あと何分綾はここにいる?
焦る。
やり残したことはないだろうか。
あと少しの時間でなにかできることは。
そうしてふと綾を見ると、少しだけ輪郭が薄くなっている気がした。
「もうあんまり時間がないみたい」
「綾…」
見ていると確かにだんだん輪郭が薄くなっていく。
「なにも言わずに聞いてね?言い切れなくなっちゃわないように」
うなずく。
「この前お墓で私のことはなしたでしょ?」
そう話す間にもどんどん綾は薄くなっていく。
「その時謙吾は私のことが好きだっていってくれたよね」
薄くなる綾を少しでも放すまいと手を強く握る。
思いっきり、あらんかぎりの力で。
「私ね、それを聞いてとっても嬉しかったの」
それでも綾は薄くなっていく。
俺が強く手を握っていることにも気づいていないだろう。
「だから今さらかもしれないけど答えをいうね」
後ろの壁が少しだけ透けて見えてきた。
「私もね…謙吾が…好き…だ…よ」
「綾!」
綾はもうほとんど残っていない。
それでも俺は叫んだ。
目が涙で霞んでいた。
「待てよ!行くなよ!いかないでくれよ!俺はまだ!俺はもっとおまえと」
しゃらん
鈴の音が聞こえた。
俺はなにかを叫ぼうとした。
目が霞んでいた。
「あれ…俺…なんで泣いてんだろ」
時計を見れば日付が変わっていた。