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それから彼女は朝昼晩きっちり三回家にきてご飯を食べ、そのまま俺の部屋で過ごすようになっていった。

転校してきた当初からは考えられなかった事だった。

何をするかと言えばだらだらと本を読んだりゲームをしたりだけれど。

「謙吾さん、この本の続きを取ってください」

「ん、もう読み終わったの?」

まだ本を貸してから三十分ぐらいしか経っていない。

いくら文庫本だからと言っても早い。

「はい、とてもおもしろいので続きが気になってしまってページをめくる手が止まらないんです」

「そうか、確かにこのシリーズは割と気に入ってるんだよな。共感してくれる人が出来て俺もうれしいよ」

傍観者だったはずの俺が当事者になっている。

それでも今はそんなことを考えずに楽しんでいたかった。

何より彼女との話は楽しかった。

彼女を部屋に入れた時彼女は部屋のいろんな物に興味を持った。

特にゲーム機に興味を持ったようでかってにいじくり回していた。

そのとき入っていたソフトがあまり他人に見せびらかすような物ではなかったので、何とか電源を入れられる前に奪取した。

そうするうちに夏休みはどんどん過ぎていった。

終盤になって今年はオリンピックをやっていたことも思い出して、少しだけ見た。

もう夏休みも終わる頃、彼女は課題の存在を丸ごと忘れていたようで少しだけ俺が手伝った。

といっても○付けぐらいの物だったが。

夏休みが終わる前になんとか課題は終わり俺と彼女は一安心した。

そして、夏休みが終わり新学期が始まる。




新学期は何かと問題が起きそうだと予感していたがその問題は学校に入った時点ですでに起きていた。

問題の原因は俺たちだった。

なぜかというと夏休み中に彼女のことを綾と呼び捨てするようになったことや彼女と俺が一緒に登校したこと、仲よさげに話していたからだ。

誰が何を聞いても答えず、ただ「あなたに教える意味はありません」と頑なだった彼女がなぜあの問題児もどきと一緒に、しかも仲良く二人で登校しているのか。

俺たちのクラスを中心に先生、情報通、野次馬などをとおしいろんな尾ひれをつけてその日のうちに学校の半分にその話が広がった。

朝の集会は特にひどく、俺の見える範囲でもこちをちらちらと見てくる人が多く、前に立った先生の「今年のオリンピックはすごかったですね」という話は殆どの人が聞いていなかったに違いない。

俺は終盤しか見ていなかったためどこがどうすごかったのかよくわからないと思いつつ、周りの視線を気にしないように過ごしていた。

俺はともかく綾は「小さくてなかなかかわいい女子が転校してきた」と一時期有名になったので学校全体の知名度が高かったのも原因と言える。

というわけで、新学期からは綾への質問攻めが再開しただけでなく俺も質問攻めを受けてしまった。

家が近いだとか親が仲が良いからだとか適当なことを言いつつ(嘘は言っていない)しのいでいると初日が終わる頃には質問をしてくる人も少なくなり、次の日には殆どいなくなった。

しばらくすると中学時代からの友人の竹岡信也が俺に質問をしてきた。

「ねぇねぇ謙ちゃん。三十七番さんとはどういう関係なのさ」

この呼び名は何とかしてほしいのだが

「どういう関係って、どうせおまえはもう知ってるんだろ?」

「ぼくが聞いたことあるのは家が隣で親が仲良くて朝一緒に学校へ来て仲良さげに話してる。これぐらいだけど?」

「それ以上言うことはねぇよ」

「そうはいかないんだよなぁ。俺の予想が正しければもっと何かあるはずだよ。なんせ、あんなだった彼女がほら、女子と仲よさげ話をしている」

信也の指さす方を見る。

そこでは綾が数人の女子に囲まれて話をしていた。

綾の顔には笑顔が浮かんでいる。

「ま、俺はまだあきらめていないからね。とりあえず、それだけは覚えててよ」

そういってどこかへ走り去ってしまった。

友達としての彼は良いやつなのだけど、あの好奇心の強さと執着力はどうにかして欲しい。

そんなことを嘆いていると、目の前に誰かが立った。

顔を上げるとプリントの束を持った女子。

短い髪、平均ぐらいの身長、めがね。

いかにも委員長風で実際、俺のクラスの委員長な風城真名さんだった。

「あの、安仁屋くんだけ家庭科のプリントが出てないんだけど」

どうやらプリントの催促らしい。

家庭科のプリントは持ってきているはずだ。

確かファイルに突っ込んで…あった。

「はい、これでいいんだよね?」

「え?あるの?」

「あるの?ってこれ課題なんでしょ?」

何を当たり前なことを。

どうしたんだろうか。

夏休みボケかな?

「安仁屋くんいつもプリントとか出さないから。今回はどんな言い訳が出てくるのかと思って」

あー、そうか。

「ほら、さすがにそろそろ不味いかなって思って。」

「そうなの。じゃあ次も持ってくるかどうかちょっとたのしみかな」

そういって俺のプリントを受け取って風城さんは教室を出ていった。

すっかり忘れていた。

夏休み前は面倒だからとほとんどのプリントやら提出物を出していなかった。

しかし出してみるとなかなか気分がいい。

毎回こんな気持ちになれるのならもう少し提出物にも気を配ってみようかと思えた。

「というわけでこれから提出物を出すことも頑張っていこうかと」

「謙吾さん今まで全く出してなかったんですか?」

「うん。面倒だったし」

「ダメですよそんなのは。」

晩ごはんを食べつつ今日あったことを話し合う。

綾がご飯を食べに来るようになってからはよくあることだ。

最初は全くだった料理もなんとか下ごしらえを手伝える程度には上達した。

ご飯を食べ終われば俺の部屋まで来て本を読み漁る。

俺が四年ほどかけて買った本を端から読み始めてもう少し4分の1は読み終わっている。

そこでもう片方の今日の出来事について話を降ってみる。

「それでさ、信也がしつこいのなんの。あれさえなければただの良いやつなのに」

「それは災難ですね。私は友達って読んでも良いような人が出来ましたよ」

「へぇ、誰?」

「あの風城さんっていう委員長さんです。なかなかいい人でしたよ」

綾が俺以外の人と話をする。

俺が夏休みの時に一番気にしていたことだ。

例え俺とはなしが出きるようになっても学校で他のだれとも話が出来なければ意味がない。

今のようにとても学校で話しづらい時などのことを考えてどうしたものかと考えていたが、どうやら心配ないようだ。

この調子でどんどんクラスに馴染んでいけばきっともっと楽しくなるだろう。

だけど少しだけそうなるのが嫌だと心のどこかで思っている。

独占欲とでも言えばいいのだろうか。

綾が学校で女子に笑顔を見せていた時、あれは昨日まで俺だけの物だったのにと思ってしまったのだ。

彼女が帰ると余計にその気持ちが強くなる。

この気持ちはなんだろうか。

宿題を片付け、ベットに横になる。

このまま寝てしまおうか。

最近はそこまでゲームや本を読みたいと思わなくなった。

読まないわけではないが読む量が確実に減ったしゲームも一時間以上やれば多いぐらいだ。

原因は綾だ。

何をしていても窓の外に見える隣の家が気になる。

なぜ気になるのかはわからない。

きっと今考えてもわからないだろう。

とりあえず今日はもう寝てしまおう。




次の日は特になにもなく過ぎていった。

信也も何を聞いてくることなく普通に俺と雑談をしていた。

「そうそう、今学年総選挙をやってるんだけど、謙吾も参加するかい?」

「学年総選挙?なんだそれは。アイドルグループのまねか?」

「まさにその通り。この学年の男子全員から一人一票で集めてるんだ。といっても、第二回なんだけどね」

第二回、と言うことは第一回があったのだろう。

しかし、俺はそれを知らない。

「第一回はいつだったんだ」

「五月の頭さ。謙吾は誰にもいれなさそうだからあえて外してたんだけど、今なら票を入れてくれるだろう?」

今でも興味はないのだけど、面倒だからそういうことにしておこう。

「と言うわけで、この紙に女子の名前を書いてくれよ」

一枚の紙を渡される。

ルーズリーフか何かを切り取った物だろう。

こんな事のために時間を費やすなんて、物好きなやつだ。

受け取った紙には「美山綾」と書いた。

他の誰かを書いてやろうかと思ったが、信也が目の前で見ていたので辞めた。

「やっぱり、その人だよね。彼女は今一番人気なんだよ。これは女王様陥落かな?」

わかってたんならわざわざ書かせるなよ。

「女王ってのは誰だ?」

「中山さん以外に誰もいないと思うけど?」

女王、か。

あながち間違ってはいない。

その後信也は他のクラスの方へと紙を回収しに行っているらしく、休み時間のたびに教室を出て行った。

次の日の昼休み、綾の方を見れば風城とはなしているようだ。

どうせだから信也も誘って四人で弁当を一緒に食べてみるのも良いだろう。

信也とならきっと綾もすぐに仲が良くなれるはずだ。

声をかけようとして腰を上げたところ、ガラッと勢いよくドアが開いた。

何事かとクラス全体がドアの方を向く。

「安仁屋謙吾ってこのクラスにいる?」

綾が転校してくるまでは一年で一番話題になっていた女王様こと中島里奈が立っていた。

美人で金持ちで告白して五十人がふられたという噂を聞いたことがある。

それに、あいつに従う下僕のような人間がいるとも。

俺は正直嫌いだ。

告白したやつや、従うやつは目がおかしいか何か変な趣味でも持っているのだろう。

おれは名指しで呼ばれてとっさにしらを切ろうと思った。

違うクラスからわざわざここまで来て、しかも名指し。

良いことであるわけがない。

どうせあいつは俺の顔を知らない。

このまま知らんぷりしていればきっと立ち去るに違いない。

都合が良いことにここは向こうからの死角だから気づかないだろう。

そんなことを考えていたら

「こいつですよ、安仁屋」

信也が俺を指さして答えやがった。

その顔にはにやついた笑みが浮かんでいた。

おもしろそうなことが起きたとでも考えているのだろう。

ちょうど俺の前にいたクラスメイトもそこをどき、中島から丸見えになってしまった。

「ちょっと話があるんだけど、屋上前まで来て」

それだけいって中島は行ってしまった。

少し意味を考え呼び出しだと気づきため息をつく。

嫌なやつに呼び出しを食らったのと、昼休みの時間がなくなるからだ。

屋上前は人気がなく内緒話や告白などするのに便利だが、特にこの教室からだとかなり遠い。

行き帰りで五分、話が五分だとするとじつに実に十分もの時間を中島に奪われることになる。

かといって、行かないとそれはそれで面倒なことになりそうなので仕方なく屋上前まで行く。

屋上前に着くと中島がもうそこにいた。

「来るのが遅いんだけど?」

「ここと教室がどれだけ離れてるか考えろよ。」

「走ればいいじゃない。そんな事もわからないの?」

同学年のはずなのにまるで自分の立場が上であるかのような態度がむかつく。

「それより、聞きたいことがあるの。貴方は私の質問の答えだけしゃべればいいわ」

聞いてあきれた。

俺が自分の言いなりになるとでも思っているのだろうか。

「美山綾っているでしょ?彼女のことが知りたいの」

またこれか。

いい加減にしてくれよ。

「貴方、何か知ってるんでしょ?それを私に教えなさい」

「美山綾、多分十六歳。性別は女、目算で身長は百五十前後」

当然答えもなげやりになる。

それを聞いて中島はイラついたような顔をしたが、すぐに戻る。

「そんな事は言われなくてもわかってるわ。他の誰も知らない、貴方だけが知っている彼女のことが知りたいの」

ここでさらにげんなりする。

わざわざここまで呼び出してこの話題。

こいつは俺が質問攻めにあったことを知っていてこんな事をするのだろうか。

だとすると相当性格が悪い。

もう話すことなどないと言うのに。

「誰も知らない事なんて無いとしたら?」

「そう言われるとあるような気がしてならないわ」

「そう言われてもね。実際無いんだ、他を当たってくれよ」

背を向け、歩き出す。

腕の時計を見ればもう掃除が始まる五分前だった。

教室に帰ってから掃除場所に行く余裕はない。

教室掃除の連中には悪いが俺の机は運んでもらうことにしよう。




掃除の間も、終わった後も考えていたのは綾のことだった。

授業が開始されてもほとんど頭に入らない。

ノートも教科書も開くことさえ忘れるほど綾のことで頭が一杯だった。

俺は、誰の質問にも答えられないほどに綾のことを知らないのだ。

確かに夏休みのあの日、俺と綾は話をした。

しかし、そんな話の内容は表面上の浅い部分に過ぎなくて、もっと深いところまでは達していない。

あのとき俺は、綾の内側へと踏み込む気はなかった。

だから、彼女についての詳しい諸々のことについて俺は何も知らないのだ。


家に帰っても本を読む気もゲームをやる気もなく、机の上には教科書とノートを広げただけ。

だらだらと無駄に時間を過ごし、晩御飯を作っているといつもの時間に綾が入ってきて少し安心する。

「こんばんはです。謙吾さん。今日はなんですか?」

「青椒肉絲。もちろんピーマン入り」

「うっ」

綾は高校生になってもまだピーマンが苦手なようで、おかずなどに入っていると少し嫌な顔をする。

それでも残さず食べるのは偉いと思う。

だが今日は違った。

俺の方が早く食べ終わって食器を洗い、部屋に戻ろうとすると

「ごちそうさまです」

と声が聞こえた

何となく見てみると皿の端にピーマンがどけられていた。

「今日は残すの?」

「気分じゃないので」

なんとも理解不能な理由だ。

もったいないので指でつまんで食べてしまう。

「あっ」

突然指が出てきてピーマンを持っていたから驚いたのか綾がこちらを見る。

しかし目が合うとそらされてしまう。

なんだかなと思いつつも部屋に戻る。

それに綾もついてきて、本棚のまんがを漁る。

しばらくそのまま俺は課題をやり、綾はまんがを読む。

一時間ぐらいたった頃だろうか。

綾が急に話しかけてきた。

「中島さんとはどんな話をしたんですか?」

「だいたいみんなと同じ事」

「迷惑をおかけしてるみたいで。すみません」

「いや、それは良いんだけどね。そう言えば、俺しか知らない綾のことを教えろとか何とか」

「謙吾さんしか知らない私の事…?何か言ったんですか?」

「いや、何も。そう言われて考えるとさ、俺って綾のことあんまり知らないなって思って」

綾が目を伏せた。

「そうですね。私はあまり、自分の事を謙吾さんに話していません」

「今じゃなくても良い。いつか教えてくれないか?」

「はい。いつか、話します」

どこか後ろめたさそうに綾はそういった。

しばらく気まずい空気が流れた。

「今日のお昼は、謙吾さんも一緒にご飯を食べようと思ったのですが」

「うん。また今度時間があったら誘ってよ。俺も友達に紹介したい」

そう言うと綾が微妙な顔をしてこちらを向いた。

「友達ってあのおちゃらけた人のことですか?」

「そうだけど?」

どうやら考えているらしい。

さすがにまだ無理だっただろうか。

無理なら良い。

「いいですよ」

「え?」

「いい、って言ったんです」

「わかった…」

なんだか今日は全体的に声がむすっとしているようだ。

特に怒っているようではないし、いつものように部屋でまんがを読んでいるけれども、いつもと声が少し違う。

何だかんだで綾と話すようになってもう一ヶ月が過ぎようとしているのだ。

それぐらいのことはわかるようになってきた。

なにが原因だろうか。

もしかして昼のことだろうか。

明日もきっと中島は俺を呼びに来るだろう。

いつになったら終わるだろうか。

俺のことも考えて呼び出してもらいたいものだ。

そもそも呼び出しがないのが一番だけど。

それから綾は適当な時間に帰っていた。

相変わらず声はむすっとしたままだった。

果たして俺が何かしたのだろうか?



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