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Dragon Sword Saga5『点と線』  作者: かがみ透
第 Ⅲ 話 点と線
9/24

魔道士の男

「ケイン、ケイン……! 」


 ゆっくりと、重い(まぶた)を押し上げたケインの顔の上には、心配そうな顔で、

はばたきながら、彼の頬を揺すっていたミュミュがいた。


「……あれ? ミュミュ、どうしたんだ? 」


 ケインは、野宿している寝袋から、ゆっくりと身体を起こし、伸びをした。


「何度起こしても起きないんだもん。それに、うなされてたよ」

「うなされてた? 俺が? 」


 ミュミュは、こくこくと何度も頷いた。


「こわい夢でも見たの? 」

「こわい夢? そんなの見たかなぁ? 」


 ケインは欠伸(あくび)をすると、いつも寝泊まりしているその野原に、自分たち

以外誰もいないことに気付く。


「クレアも、ヴァルのおにいちゃんも、いつもの食堂に食べに行っちゃったよ。

みんなも、もうそろってたけど、ケインがなかなか来ないから、ミュミュ迎えに来た

んだ」


「そっか。結構、眠ってたのか。そんなに疲れてた覚えはないんだけど……」


 どこか腑に落ちない様子で、ケインは寝袋をたたみ、ミュミュを肩に乗せ、朝食を

摂りに出かけた。



「よお! 珍しく寝坊か? 」


 食堂に着くと、ケインに気付いたカイルが、大テーブルの、自分の隣席に招いた。


もう片方の隣にはマリスが、その隣にはジュニア、ヴァルドリューズ、クレアの順に、

ぐるりと座っている。


「お前と昨夜話してた通り、今夜からは宿に泊まることになったぜ。俺も、いい加減、

柔らかいベッドで寝たいしさ」


 この数日、博打で勝ち続けているカイルは機嫌が良かった。


 隣でスープを啜っている手を止めたマリスも、口を開いた。


「昨日はインカの香をわざわざありがとう。おかげで、ここのところ、ちょこちょこ

見る悪夢からは、昨日は解放されて、よく眠れたわ」


 マリスは、ほっとしたような笑顔になった。


「悪夢だって……? 」


 ケインが怪訝そうにマリスを見直すと、マリスは、自分の隣で、拾って来た

黒カエルを手掴かみで食べている魔界の王子に、目だけを向けた。それで、ケインは、

それがジュニアの仕業らしいとわかった。


 何の気なしにカエルを頬張ったジュニアが、パンをかじって、ミルクのツボを傾け

るケインを、ふと見ると、テーブルに乗り出し、じーっと見入った。


「なんだよ、ジュニア。俺の顔に、なんか付いてるのかよ? 」


「……夢魔の匂いが微かにする」


 ジュニアが言った。


「夢魔!? 」


 ミュミュが、びっくりしたように、テーブルの上で、ぴょんと飛び上がる。


 ケインが不思議そうに、ジュニアとミュミュを見る。


「夢を食べる動物だよ。魔族の中でも、ちびエルフみたいに自然派のヤツでさ、魔界

でも、人間界に一番近いとこにいるから、きまぐれで、たま~に現れたりするのさ。

ああ、さては、ケイン、夢食べられちゃったんだろう? 」


 ジュニアが意地悪そうに、ヘテロクロミアの瞳を歪めてみせた。


「悪い夢を食べられちゃったんならいいけど、いい夢だったら大変だよ。いい夢が

減っちゃって、そのうち、悪い夢しか見れなくなっちゃうんだよ」


 ミュミュが心配そうな顔をして、ケインを見上げた。


「う~ん、昨日、夢なんか見たっけ? 」


 思い出そうとするケインであったが、何も思い出せそうにない。


「ほ~ら、やっぱり食われたんだ。だから、思い出せない」


 ジュニアが食べかけの黒カエルを、ぶんぶんとケインの目の前で振った。


「気色悪いなぁ。やめろよ」

 言いながら、ケインは、不思議な感覚に、一瞬捕らえられた気がした。


「……そう言えば、なにかしら夢を見たような気がする」

 と、宙を眺めながら、うすらぼんやりとした記憶を辿る。


「……なんか、不思議な、夢とも、そうでないようにも思えたんだ。……そうだ、

女の人がいた」


 それまで食事を続けていた者までが、手を止め、彼に注目した。


「色が白くて、切れ長の緑色の瞳に金色の髪……やたら赤い唇が印象的だった。

……そんな人が現れて、その後がよく思い出せないんだけど……」


「ケインが女の夢をねえ。……ああっ!? 」


 カイルが突然大声を上げたので、ケインも、一行も驚いた。


 ケインの襟元を掴んだカイルは、襟を開けた。


「何すんだよ! 」

「お前、これ……口紅(ルージュ)じゃねえの!? 」

「ええっ!? 」


 ケインが驚いて自分の胸元を見下ろすと、確かに、赤々と、はっきりとした

唇の形の赤い跡が、鎖骨と胸にいくつも付いていたのだった。


「こんなの、いつの間に……? 」


 一行も驚いて、彼の胸元を覗き込む。


 彼は、咄嗟に隣のマリスを見た。マリスも目を丸くしている。


「こいつぅ! さては、昨日、俺と酒飲んだ後、誰か女引っかけたんだろー? 

お前も、なかなか隅に置けないな! 」


 カイルが彼の首を抱え込み、じゃれ始めた。


「知らないよ! 俺は、あの後、普通に帰っただけだよ! 」


「珍しく寝坊したのは、そういうわけだったのかあ! 随分と情熱的な女だったんだ

なあ! やるじゃねーか! 」


「違うって! 」


 ケインが必死に言い訳するのは、マリスに当ててであった。彼女にだけは、誤解

されたくなかった。


 だが、必死の面持ちでマリスを見る彼には、彼女は、単に物珍しそうに自分を見て

いるだけで、少しでも不快に思っている様子は感じられない。


 それが、彼の言い訳を信じていないから、というようには見えなかったのは、

ケインにとっても救いであったが、かといって、妬いているようにも見えず、それに

対して、がっかりしている自分にも気付く。


 彼女に、ほんの少しでも希望を抱くのは、甘い考えだと、すぐさま、彼は悟った。


「これ、取れないよ。ヘンだよ」

 ミュミュが、ケインの鎖骨をぺたぺた触って言った。


「ほ〜らな、やっぱり、夢魔の仕業だぜ」


 得意気な笑みを浮かべたジュニアが、カエルを口に入れ、騒動に幕を降ろした。



 腑に落ちないままのケインであったが、一行は、そんなことなどすぐ忘れ、もう

話題にすることもなく、朝食後は、さっと宿を決め、荷物を運び入れた。


 その際に、宿屋の主人が言う。


「お客さん、もうすぐ朝礼が始まる。悪いけど、あんたがたも出てくれないかね? 」


「なんだよ、それ? 町の仕来(しきた)りだかなんだか知らねえが、よそモンの俺

たちには、関係ねえだろ? 」


 カイルが肩をすくめた。


「いや、今、この町にいる者全員に、お達しがあるそうなんだよ。だから、旅人にも

出てもらいたいんだと」


「……ったく、しょうがねえなあ」


 カイルは、皆にも、肩をすくめてみせた。皆も、不思議そうに、顔を見合わせて

いた。



「……ということでして、えー、我が町内での細かな行事その他のことは、引き続き、

町長であるこのワシが行い、あー、領主様に納めて頂いていた年貢は、祭司長様に

お願いすることとなりました。えー、つきましては――」


 街の広場には人々が集まり、正面には、小太りな初老の男が、木をくり抜いて

作った拡声器を手に、もたもたと喋り、一行は人混みの後ろから、要領の悪い、

長い話を聞いていた。


 町長が下がると、今度は、真っ白な法衣をまとった、祭司長と紹介された老人が、

進み出る。その横には、対照的な、黒いマントの、中背の痩せた男が立っている。


 祭司長は、いちいち言葉を区切り、語尾を強めて話す癖があった。そのため、

祭司長という物々しいイメージよりも、威勢のいい商売人の爺さん、といった方が

ふさわしいと、一行には思えた。


「……と、いうわけでぇ、領主様代行は、祭司長であるこのワシが行う。年貢を納め

る期日なぞは、今までと、一緒で、良い。そして、今日は、その記念として、祭日と

する。商人たちは、前もって知っとるので、準備は整っておるぞ。今日は、存分に

楽しもうぞ! 」


 町民たちの歓声が上がった。


「へー、そりゃあ、いいことだ」


 カイルが嬉しそうに、隣のケインに言った時であった。


「なお、その収益金の六十五%は、ワシが預かり、年貢と神殿の基金とする」


 町民たちがざわついている中、一行には、かすかに、その祭司長の声が聞き取れた。


「……あいつ、実はセコいな」

「職権乱用だよな。ほんとに、祭司長か? 」

 カイルとケインは、呆れた顔になっていた。


 周りの歓声でかき消されていたが、祭司長の紹介で、隣の黒いマントの男が進み

出る。祭司長は、拡声器を、男に手渡した。


 男は、冷たい目で町民たちを見回してから、拡声器を口元へ運んだ。


「お初にお目にかかる。諸君、私は、魔道士の塔本部から派遣された、ドーサという

者だ」


 男は、マントの中から、てのひらほどの、紫色をした平たい石を取り出し、皆に、

ゆっくりと見せた。


 魔道士たちの使う、ルーナ文字というものを、模様化した銀色の刻印が、されて

いる。


「『魔道士の塔』の印だわ」

 クレアが、マリスと頷き合ってから、ケインたちに耳打ちした。


 魔道士ドーサは、手にしていたものを懐に戻してから、先の平坦な口調のまま続け

た。


「今回、私がこの街へ来たのは、諸君への忠告のためだ。まず、諸君の領主であった

ものの敷地、あそこにある森は、妖魔が棲み着いている。火を放って、完全に燃やし

てしまった方が、良いだろう。その作業は、即刻やり給え」


 ドーサは、横柄な物の言い方であった。


 一見、中年くらいの年齢だが、眉間に刻まれた縦皺と、こけた頬に、鋭い目付きが、

一般的には悪人面に見えてしまう、損な外見であった。


 加えて、横柄な命令口調は、魔道士ではない他の普通の人間を、見下しているよう

にも取れてしまうため、祭日を喜んでいた時とは一変し、町民の間からは、口々に

文句が出ていた。


「なぜ、そんなこと、あんたに命令されなきゃ、なんないんだ! 偉そうに! 」

「そうだ、そうだ! 魔道士の塔が、この街に何の用だ!? 帰れ、帰れ! 」

「妖魔がいるというのがわかってるんなら、魔道士であるあんたが倒してくれたら、

いいじゃないか! 」


 そう(わめ)く声がした時、ドーサの口の端が、片方だけ、吊り上がった。


「この私が、自ら、妖魔に侵されたあの森を、焼き払ってやっても良い。だが、

……高くつくぞ」


 町民たちは、一瞬のうちに、静まり返った。


 そのドーサの表情を見れば、彼は、はったりなどではなく、確かな腕を自負して

いるのが、一目でわかったからであろう。


 そんな中で、ケインは、「ああ、魔道士の塔は、やっぱり、噂通りがめついのか

なあ」と、呑気に考えていた。


「すぐに優秀な戦士や魔道士を募り、領主の森に向かわせた方がよいだろう」


 ドーサに言われた町長の小太りな男が、ぺこぺこしながら、また前に出る。


「えー、というわけで、あー、今のお話にもあったように、うー、この街にいる勇敢

な者たちは、前に出て来てくれぬかのう。あー、町民でも、そうでない者でも構わぬ」


 再び、もたもたと、町長が喋り出した。


「あのドーサってヤツ、森を焼き払うのはついでで、実は、ヤミ魔道士を調べに来た

に違いないわ。あたしたちは、知らん顔してましょ」


 マリスが、一行をさっと見回して言い、彼らも頷いた。


「その話ぃ、あたしたちが乗りますぅ~」


 甲高く、可愛らしい、甘えた声に、そこにいた者は振り向いた。

 二人の女が抱き合い、ふーっと飛んで来て、舞い降りる。


 ひとりは背の高い、露出度の高い黒い衣装に、長い黒髪。腰には、細い剣を差して

いる。もうひとりは、セミロングの、ふわふわしたブロンドを、両側で真っ赤な

リボンで結っている小柄な少女。


「スーにマリリンだわ……! 」

 クレアが呟く。


 まさに、その二人であった。


「おお! あなたがたは、賞金稼ぎの常連でいらっしゃるな!? いやあ、あなた

がたであれば、安心して任せることができますな! 」


 町長の面は輝き、それまでとは打って変わって流暢な喋り方となった。


 一行には、例の二人は、この街の出身であるだけあり、町民の信頼を集めている

ことが受け取れた。


「その代わり、もらうモンは、もらうわよ」


 スーが豊満な胸の前で腕を組み、町長や祭司長を見下した。


 街の長からすると、魔道士の塔の男に頼もうが、彼女たちに頼もうが、どちらに

せよ、高くつくには変わりはなかっただろう。


「行きましょ。あたしたちには関係ないわ」


 マリスが呆れた声を出し、一行は、人混みをすり抜けていった。


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