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Dragon Sword Saga5『点と線』  作者: かがみ透
第 Ⅰ 話 その後のトアフ・シティー
4/24

資金稼ぎ

「いつも、すまないねえ。そんなことまでしてもらっちゃって」

「いいえ」


 食後の器を、外のポンプの水で洗いながら、ケインは首を振った。


 三歳位の子供が、しゃがんでいる彼の背にぶつかると、そのままよじ上る。


「こら、キエル! お兄ちゃんの邪魔しちゃ、だめでしょう」


 大きく張り出したおなかをさすりながら、女性は、やんちゃ坊主を叱るが、彼の耳

には届いていない。


「そろそろ、子供達連れて、散歩に行ってきます」

「ああ、ありがとうね」


 洗い物が済んだケインは、よちよち歩きの子供を背負い、キエルの手を引いて、

その家を出た。


 出産を控えたまだ若い母親は、縫い物の内職をしていたので、ケインは、街で、

荷物を運ぶ仕事をした後、この女性の二人の子供たちの面倒を見たり、買い物をする

等して、女性の内職がはかどるよう、手伝いをしていた。


 背におぶった子の方は、特に泣きもせず、三歳児のキエルの方は、いくらかケイン

に懐いてきていた。


「ウマになれ! 」


 キエルは、ことのほか、おウマさんごっこが好きであった。

 街のすぐ側の草むらで、毛布を敷き、眠ってしまったキエルの妹を降ろして寝かせ

た後、ケインは、命令通り、四つん這いになって、彼を背に乗せて進む。


 そのうち、原っぱをひらひら飛んでいるムシを追いかけ回したり、穴を掘ったりと、

キエルは勝手に遊ぶようになっていく。


 ケインが以前、『バク転』や『空中三回ヒネリ(自称)』をやって見せると、

キエルが非常に喜んだまでは良かったが、「オレもやるー! 」と即座にひっくり

返り、頭を地面に打ち付けそうになったのを、ケインが慌てて止めたことがあった。


 間一髪で間に合ったため、後頭部を強打せずに済んだが、以来、真似されると危険

なことはしないよう、ケインも気を付けるようにした。


「おーい、キエル、そろそろ買い物行くぞー」

「やだーい! もっと遊ぶんだーい! 」


 三歳児は、ケインの言うことなど、聞きはしない。

 が、彼が、さっさと赤ん坊を背負い、移動しようとすると、慌ててやってくる。


 常に、このような調子であった。


 街に戻り、頼まれていた買い物を済ませたケインは、今度は、夕飯の支度をして

いた。その間は、母親が子供達の相手をし、それで、この日の仕事は終わりだった。


 翌日も、同じような予定である。



 仕事が終わり、皆で寝床として選んだ草原(資金が足りないので、まだ野宿で

あった)に戻ると、今度は、クレアとの特訓が待っている。


 ヴァルドリューズの提案で始めた、クレアの剣術とケインの魔法防御力を鍛える

訓練は、二週間余り続いていた。


 その間も、カイルとマリスは別の場所で野宿をしているのか、未だ、行動は別で

あったが、クレアとマリスが同じ食堂で働いていて、完全に行方が知れないわけでは

なかった。


 カイルは、マリスと、博打屋から、がっかりしたように出て来たり、時々、女の子

と楽し気に歩いていたりするのをケインも見かけていたので、()ねて出て行った

ように見えた彼ではあったが、久しく出来なかった自由な生活を、満喫しているよう

でもあった。




 数日後、いつものように、ケインが子守りの子供達を連れ、街を歩いていると、

広場には、大勢の人だかりが出来ていた。


「さあさあ、腕に覚えのある人は、こっちに並んだ、並んだ! 」


 聞き覚えのある声に、足を止め、ケインが、離れたところから覗いてみると、中心

にいたのは、カイルとマリスであった。


「よっ、お兄さんたち、いいガタイしてるねえ! どう? 彼女と勝負してみない? 」

 カイルが愛想笑いをし、たかっている体格のいい男たちに声をかける。


「おい、本当だろうな? 本当に、その娘に勝ったら、金貨一〇〇枚くれるんだろう

な? 」


 人相の悪い大柄な男が、脅すように、カイルに言った。


「もちろんだぜ! なんなら、彼女もつけましょうか? 」


 じろっと、男はマリスを睨むが、その視線は、上から下までを、何度も往復する。


「見た通り、彼女は、東方出身の謎の美少女だぜ! こう見えても、東洋が誇る数々

の極上の奥義で、天国にも昇る思いを、皆様にお届けすることを、約束するぜー! 」


 カイルのセリフに、マリスは横目で彼を見るが、「おおっ! 」と、周囲からは、

感嘆、驚嘆の声が湧く。


「参加費は、たったの銀貨一〇枚! 一〇リブル——安い短剣くらいだぜ! 今なら

お得! 勝てば、一〇〇リブに、美少女がついてくるぜー! 」


 わらわらと、人々の列が、それとなく出来て行く。


(あいつら、どうやら資金集めは忘れてないようだけど……)


 地道に稼ぐのとは、まるでかけ離れていた。


 ケインは呆れて、そこから立ち去ろうとしたのだが、既に、一人目と彼女のバトル

は始まっていた。


 背が高く、大柄ではあったが、野盗とは違う、腕に覚えのあるような一見普通の

町民の男が、マリスに向かい、右拳を突き出す。


 彼女は、ひらり、ひらりと、難なくよけると、男の隙をつき腕を取り、軽く背負い

投げた。


「はい、ごくろーさん」


 尻餅をついているその男は、何が起きたのかわかっていなさそうであったが、

さっさとカイルに追い払われ、納得がいかなかったのか、列の一番後ろに、また並び

直したのだった。


 ケインの見たところ、マリスは加減していて、圧倒的な強さを見せ付けてはいない。


 相手に、「なんとなく勝てそうだから、もう一回チャレンジしてみるか」と思わせ

る演出なのだろう、そして、それは、おそらく、カイルの入れ知恵だろう、と予測が

ついた。


「俺は、今までの奴等とは、わけが違うぞ! 」


 数人目の男が、ずいっと進み出る。


 筋肉隆々の自慢の腕を、ぶんぶん振り回し、マリスに襲いかかっていった。

 それを、さっとよけた彼女は、男の腹に、一発食い込ませた。


 明らかに加減しているのが、見ているケインにはわかったが、男は(うな)ると、

戦闘不能になった。


「なー、ケイン、いつまで見てるんだよー。揚げイモ買ってくれるって言ったじゃな

いかよー」


 やんちゃ坊主の声に、ケインは我に返った。


 遠目から見ていたつもりが、つい夢中になってしまい、赤ん坊を背負ったケインは、

迷子にならないよう、キエルの手を引きながら、徐々に、見やすい位置へと移動して

いたことに気付く。


「シッ、揚げイモなら、後で絶対買ってやるから、もうちょっと待ってろ」


 そのままケインが見入っていると、カイルが硬貨の入った革袋を持ち上げ、満足

そうに笑う。


 その向こう、人だかりの隅の方に、黒い人影が見えた。


 昨日も、どこかで見かけたようにケインには思えたが、ジュニアだろうと、特に

気にも留めないでいた。


「はい、次の方! おおっと、またしても素晴らしい体格の持ち主だー! 」


 カイルの声と同時に進み出てきたのは、確かに大柄で、茶褐色の皮膚をした、野盗

のような人相の悪い男だった。


「その前に、にいちゃん、この娘に勝った時の賞金、金貨一〇〇枚ってのは、本当に、

用意してあるんだろうな? 」


 顎の無精ヒゲをいじりながら、疑わしい顔を、カイルとマリスに向ける。


(金貨一〇〇枚なんて、絶対にあの二人が持っているわけはない。それがバレれば、

列を作って彼女に挑んだ奴等に、一斉にボコボコにされて……)


 ケインの心配をよそに、何の気なしに、マリスが、ジュニアを呼ぶと、魔界の王子

が、パッとその場に現れた。


 人々はざわめくが、魔道士か何かだと思ったようで、すぐに動揺は収まった。


 ジュニアが手にしていた革袋の中身を、マリスが開いて見せる。

 彼の術で、中には金貨が入っていた。

 その黄金色の光を認めると、野盗のような男は納得したのか、遠慮なくマリスに

攻撃を開始するが、案の定、すぐに負けてしまった。


(あれっ? )


 ケインは、先程の、観客に混じった黒い影を、もう一度、目で追った。


 やはり、それは、まだあった。


 ジュニアは、カイルの隣で、腕を組んで惚れ惚れしながら、マリスの戦闘を見守っ

ている。


(……てことは、あの影は、ジュニアじゃなかったのか? )


 黒い影は、そのうち、ひゅんと消えた。

 周りも騒いではいない。


 魔道士に慣れているこの街では、魔道士がいたところで珍しくもないか、とケイン

は思い直す。


「揚げイモー! 揚げイモー! 」


 服を掴んで引っ張り、騒ぎ立てるキエルを連れ、ケインはそこから離れた。




「よう」


 昼はクレアが、夕方はマリスが働く食堂に、ケインは夕飯を食べに来ていた。

 子守りの家の主人が、この日は珍しく早く帰ったので、早めに上がれたのだ。


 ケインはカウンターに腰掛けると、マリスに、ブタのスープ定食と木の実酒を注文

した。


 マリスは、木の実酒のツボを、ケインの前に置く。


「最近、ストリート・ファイトは、どうだ? 結構、稼いでるみたいだけど」

「見たの? 」

 マリスは、目を丸くした。


「俺の方も、荷物運びとか、子守りのバイトでちょこちょこ稼いでるから、少しは

貯まってきたよ。そろそろ、宿にも泊まれると思うんだけど、……お前たちも、

そろそろ戻って来て、一緒に泊まらないか? クレアも心配してるよ」


「……クレアの剣の方は、どうなの? 」

「ああ、頑張ってはいるが……まだまだかな」


 何かを考えているような彼女だったが、厨房で呼ばれて、奥へ行ってしまう。


「おお、ちょうどカウンターが二席空いているぞ」

 入って来た二人連れの客が、ケインの隣の席に着く。


「あっ! 貴様は……! 」


 その声に、ケインは、隣の客たちと目が合う。


「スープ定食、お待たせ。いらっしゃいませ。……あら? 」

 ケインに定食を運んだ、カウンターの中にいるマリスが、手を止めた。


「おっ、お前は、あの時の、小娘……! 」


 ケインの隣の客、黒い短髪の男が、動揺したように、マリスを指さす。

 ケインの記憶も、徐々に甦る。


「荒野でマリスとトカゲの肉を奪い合い、オアシスでも絡んで来た、ジャグ族の村

でも出会った傭兵の――」


「…………………………………………………………で、どちらさまでしたっけ? 」


 マリスが作り笑顔で、にっこり尋ねる。


「青いジャガーのダイだ! 何度行ったら覚えるのだ! 」


 ダイは、黒髪の生え際をピクピクとさせ、マリスを睨みつける。


「やあ、またお()いしましたね、美しいお嬢さん。その赤い装束、いつ見ても、

お似合いですよ」


 ダイの隣に座っている美青年傭兵が、金髪をかき上げ、マリスに、朗らかに笑い

かけるが、彼女は気が付かなかった。


「まあまあ、ダイさんとやら、落ち着いて。ここは、お店の中なんだし、あたしも

お仕事中。お話なら、後でゆっくり聞かせてもら――」

「何を悠長なことを言っている! お前が、俺にした仕打ちを、忘れたとは言わせん

ぞ! 」


 ダイがマリスのセリフを打ち切る。

 ケインは、またいつものことかと、構わず、ブタ肉の入ったスープを啜った。


「ねえ、ダイ、そんなことよりもさあ、まずは食べない? 僕、おなか減っちゃった

よ」


 クリスが、ぽんぽんとダイの肩を叩く。

 彼もケイン同様、彼らの争いに興味はないようだ。

 そのうち、注文したものが来ると、二人とも、ガツガツと食べ始めた。


 ケインは、木の実酒のツボを傾けながら、何気なく、店の中を見回した。


 なかなか好印象な食堂だった。


 壁にも絵が飾ってあり、テーブルの上にも、一輪ずつ、花が生けてある。


 客層も、柄の悪い者などはおらず、どこかの街の商人たちが、(くつろ)いでいる

様子も見られる。


 そのような小綺麗な店であったので、マリスやクレアが仕事をするのに賛成出来た

のだ。



 ふと、奥の方の席で、彼の視線が止まった。


 テーブルに、ひとりで腰掛けて、ツボを傾けている人物だ。


 男は、黒いフードを深く下げているので顔は見えないが、その身なりといい、陰湿

な雰囲気といい、一見して、魔道士であることがわかる。


(昼間見かけた黒い影は、こいつだ! )

 ケインの直感は、そう告げていた。


「貴様、聞いているのか! 」


 ケインが、隣からする声に気付いて振り向くと、ダイが真正面から見据えていた。


「なんだ? 何か用か? 」

「用か? ――ではないっ! 」


 ダイは、ケインの鼻先に、人差し指を向けた。


「その背中に背負っているものは、世にも珍しい伝説の剣だな? 貴様のような冴え

ないヤツが、そんなものを持っているとはな。面白いっ! その剣を賭けて、俺と

勝負しろ! 」


「はあ? 」


 ケインには、面白くもなんともなかった。


「ダイは格闘マニアだからね。きみ、彼は、一度決めたら、とことんやり抜くよ。

ほんと、シツコイんだから」


 クリスが、ケインにも見えるよう顔を覗かせて、あははと笑った。


「お前は、俺の悪口を言っとるのか!? 」


 ダイがクリスを振り向いても、クリスは笑っているだけだった。


「それなら、あたしと勝負しない? 」

 カウンターの中から、マリスが人差し指を立てた。


「ほほう、やっと、この俺と勝負する気になったか」

 ダイが、笑った。


「あたしのいい練習相手になるもの! もし、この人が、そこそこ強かったら、

これからも、あたしの特訓に付き合ってもらうことにしようかしら? 」


「えっ? 」


 ケインが目を見開いて、マリスとダイとを見る。


「なんで……? 」


「その方が、ケインだって、クレアにずっと付き合っていられるでしょ? 」


 それへは何か言いたげな顔をしただけで、何も言えないでいたケインであった。


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