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Dragon Sword Saga5『点と線』  作者: かがみ透
第 Ⅶ 話 異次元バトル
23/24

脱出

「う、うう……」


 呻き声に近付いたところで、ケインとマリスは立ち止まった。

 どうやら、目の前の、岩の下から聞こえてきている。


「……う、う……うりゃーっ! 」


(うりゃー……? )

 二人はまたしても、顔を見合わせる。


 ヒトほどもある大きな岩は、ずごごごと動いた。けほけほ咳き込みながら、岩を

どかせたひとりの男が立ち上がる。


 男は三〇代後半ほどの、一見、普通の青年であるが、誇りだらけの黒マントを着て

いることから、どうやら魔道士らしいことがわかる。


 まだ見習いなのか、普通の魔道士がまとっている冷酷な雰囲気もなく、どちらかと

いうと、人の良さそうな感じさえ与える。


「今日は、なんて魔道士と縁があるのかしら」

 マリスが、うんざりしたように呟いた。


「大丈夫ですかー? 」

 ケインが声をかける。


「ああ、私の他にも、人がいらしたんですか。ご親切に、どうも! 私は大丈夫で

す! 」


 男は、にっこり笑って答えるが、


「ややっ!? 貴様は……ケイン・ランドール! 」


「えっ? 誰だ? 」


 ケインは怪訝そうな顔をしているだけだ。


「なんだ、また忘れているのか」


 魔道士は、がっかりした表情になったが、すぐに思い直し、身振り手振りで話し

出した。


「ほら、私だ。二年前にローダンの山で会い、ついこの間、砂漠でも会っただろう? 

蒼い大魔道士様の弟子の……」


「……ああっ! 」

 ポンと、ケインが手を叩く。


「あの新米魔道士の……! 」


「そうだ! 思い出してくれたか!? 我が名は……まだ大魔道士様からは許されては

おらぬが、『名なしのプー』だ! 」


 誰だかさっぱりわからなかったマリスは、ケインに耳打ちした。

「『名なしのプー』だなんて、随分変な名前ね」


「あのー、きみが付けたんだけど? ほら、砂漠でゴーレムと戦った時の……」


「……ああ! あの時の魔道士? 」

 マリスの記憶も繋がった。


「ところで、お前、こんなところで、今度は何をやってるんだ? 」


 ケインの問いかけに、プーは、よくぞ聞いてくれたという顔になった。


「貴様が砂漠にいたことを、大魔道士様にご報告した後、ゴーレム造りから解放され

た私は、筋力を鍛えるよう命じられ、この洞窟へ、案内されたのだ」


「魔道士なのに、筋力トレーニング……? 」

 ケインが呟いた。


「……ねえ、確か、前に会った時は左遷っぽかったけど、今度のは……破門なんじゃ

ないのかしら? 」


「……だよな? 」


 マリスとケインがこそこそと話すのには気付かない魔道士は、勝手に喋り続けて

いた。


「洞窟内の岩を、一日数回持ち上げるだけでよかったので、ついでに横穴を掘り続け、

迷路を作ってみたのだ。光苔のない道がそうだ」


「……てことは、……この数ある横穴は、お前の仕業……? 」


「そうなのだ! 」


 プーは、誇らし気に威張ってみせた。


「先ほど大きな地震が起こり、岩が落ちて来た時も、急いで穴を掘り、逃げ込めた。

穴を掘る修行が、こんなところで活かされるとは! これは、大魔道士様が『備え

あれば憂いなし』を、私に教えるために、一見関係ないと見える修行を命じて下さっ

たに違いない! しかも、貴様がここへ現れることすら予想なさっておられたようだ。

やはり、大魔道士様は、すごいお方なのだ! 」


 プーは、瞳をきらきらと輝かせ、宙を見上げていた。

 ケインとマリスは、黙って、それを眺めていた。


(おいおい、お前の本来の修行は、筋力トレーニングであって、穴掘りは、あくまで

も、退屈しのぎ)


 ゴーレム造りといい、今回といい、またしても、彼は、ちゃんと言いつけ通りに

出来ていないのだった。


「それにしても、ケイン・ランドール、関係ないが、この間の砂漠といい、今といい、

貴様は、いつも女連れだな。デートか? こいつぅ、うらやましいぞ! 」


 にやにや笑うプーの言うことに、ボッと頬を赤らめたケインだが、それが知られる

ほど辺りは明るくない。


 プーの師である蒼い大魔道士ビシャム・アジズとは、獣神の召喚魔法を編み出した

大魔道士ゴールダヌスとも敵対し、マリスやベアトリクス王子セルフィスの高い魔力

にまで目を付けているという。


 しかし、プーは、そのことを知らされてもおらず、マリスの顔も覚えていないよう

である。


「ねえ、彼って、ホントに敵なの? 」

 マリスがささやくと、ケインも曖昧(あいまい)に頷いてみせた。


「砂漠では、赤い服を着た『ナゾの踊り子』を連れていたと思えば、今度は清楚な

巫女さんを連れている。次から次へと恋人を取り替えるなど、まったく、剣士という

ものは、気楽で良いな」


 肩を竦めて苦笑いするプーに、「俺よりお気楽なお前には、言われたくないけど」

と、ケインが呟いた。


「この子は、『ただのナゾの巫女』だ。かかってくるなら、俺だけにしろ。彼女には、

手を出すんじゃないぞ」


 呆れた声で言うケインの言葉を聞くや否や、プーは、さっとマリスを捕らえ、また

もとの位置に戻った。


「はっはっはっ! どーだ! 恋人を人質に取られれば、これで貴様は、手も足も

出まい! 」


 彼は、完全に勝ち誇っていた。


「はあ……。お前って、やっぱ敵だったんだな」

 ケインが溜め息をつき、マリスも頷いた。


「……で? 」


 ケインの短い問いに、しーんと、その場の空気が静まった。


「お前は、マスター・ソードの件からは、とっくに手を引いているんだろ? 彼女を

人質に取って、俺をどうする気なんだ? 」


「決まっておろう! この洞窟の出口に、案内してもらうのだ! 」


 ケインもマリスも、足を滑らせた。


「ちょっと待て。この洞窟の迷路は、お前が造ったんじゃなかったのか? 」


「いかにもそうだが、造っているうちに、自分でもわけがわからなくなってしまった

のだ」


 けろっと、彼は答えていた。


「お前たち、入ってきたということは、外への道がわかるのだろう? だったら、

おとなしく、私を案内しろ。そうすれば、命くらいは助けてやってもいいぞ」


 ケインのこめかみが、引き()る。


「マリス、やってよし」

「えっ? いいの? 」

「構わん」


 どかっ! 


「うわああっ! 」


 プーが後ろに吹っ飛んだ。彼女のエルボーを、直に腹に受けて。


「そっ、その女は、『ただのナゾの巫女』ではなかったのか!? 」

 よろよろと起き上がりながら、プーは動揺した。


生憎(あいにく)、あたしは、格闘が専門でね」


「なんだ、そうだったのかあ! またしても、貴様らに、してやられたわあ! 」


 プーは頭を抱え込み、喚いた。


「ついでに、もっと残念なことを言っておくが、俺たちは、空間移動で時空を越えて、

この場所まで連れて来てもらったクチなんだ。だから、この洞窟本来の出口は、

わからないんだ」


 ケインの声に、プーは、ピタッと、止まった。


「なっ、なんだと? それは、本当なのかっ! ケイン・ランドール! 」

「ああ、本当だ」


 一瞬の間が出来ると、


「わあああ! もう終わりだあ! 」

 プーが再び喚く。


「いや、まだ可能性はある」


 ケインは屈むと、しゃがみ込んでわあわあ喚くプーに向かい、笑ってみせた。


「プー、お前、空間移動が出来たよな? それで、地上へ出られるじゃないか」


「そうよ、確かにそうだわ! 」と、マリス。


 ゴーレムもろくに造れない劣等魔道士が、なぜ空間移動という高等技術が使える

のか、というのが、ケインもマリスも、プーの不思議なところだと思っていたが、

だからこそ、蒼い大魔道士も、彼のことを、完全には見捨てられないのかも知れない

と思い返した。


「まったく、素人(シロウト)は、何もわかっちゃいないんだから。私だって、そう

したくとも出来ない理由があったのだ。ここへ来た時は、上級の魔道士様が連れて

きて下さったから良かったものの、私程度の魔道士が、空間を渡ろうとすると、必ず

大量のモンスターどもが襲いかかってきたのだ。さらに、ここの洞窟の次元の狭間に

は、巨大クロウラーが、大勢のモンスターと共に、棲息しているのだぞ! 」


「そのクロウラーなら、俺たちが倒した。だから、もう空間を移動しても、大丈夫な

はずだぜ」


 プーは、目をパチクリさせ、次第に笑顔になっていった。


「ケイン・ランドール! 貴様は、やはり、そこまで強かったのだな! あの恐ろ

しいクロウラーを倒すことが出来たとは! さすがに、マスター・ソードの使者だけ

ある! 」


 敵であるはずの彼は、ケインの実力と剣を絶賛していた。


「わかったんだったら、俺たちも一緒に運んでくれるか? 俺たちがクロウラーを

倒したから、お前だって空間を渡れるようになったんだぜ」


 ケインの提案には、プーは笑って答えた。


「はーっはっは! 私は、お前のような正義の味方とは違うのだー! 誰が、やす

やすと貴様らを地上になど、連れていってやるものかー! 貴様らなど、永遠に、

この洞窟(なか)彷徨(さまよ)うがいい! 」


 言い終わると、プーは、ケインたちに背を向け、両手を広げた。


(今だっ! )


 ケインとマリスは目配せし合うと、プーのマントの端を掴む。


 途端に、目の前の景色は、時空を渡る時特有の、混ざり合った景色へと、移り変わ

っていったのだった。




 ふわふわと浮いたような感覚から、一瞬で、地に足がつく。


 そこは、洞窟の外であった。


「はー、シャバの空気は良いなー」


 プーは、深々と深呼吸した。

 マントに掴まり、同時にここへ辿り着いた二人には、気が付いていない。


 そして、プーの見ている方向には、カイル、クレア、ジュニアの姿があったのだっ

た。


「おお! あんなところに、ヒトが! 一般庶民を見かけたのは、実に久しぶりの

ことだ! 」


 プーは感慨深気に、独り()ちた。


「あっ! ケイン! マリス! 」


 カイルが逸早(いちはや)く気付き、駆け出す。

 座っていたクレア、ジュニアも、喜び勇んで続く。


「なに? ケインだと……? 」


 プーが振り向くや否や、


「サンキュー、プー、助かったぜー! 」


 ケインが後ろから、彼を飛び越えがてら、ウィンクした。

 マリスもプーを踏ん付けて、ケインに続く。


「なっ、なっ、なぜだ!? 貴様、なぜ、どうやって、ここへ……!? 」


 混乱しているプーをよそに、彼らは抱き合って飛び跳ねた。


 ただし、ジュニアだけは、例の如く、白のパワーに弾かれていた。



〜 エピローグ 〜



 ヴァルドリューズが現れたのは、プーが去って間もなくであった。


「おのれ、よくもハカッたな、ケイン・ランドール! 覚えていろ、次は、こうは

いかないからな! 」


 次があるのか、ケインからすれば疑わしかったのだが、そのような捨て台詞を吐い

て、彼は飛んでいったのだった。


「こんなに早くヴァルが戻ってきてくれるんだったら、プーがいなくても、あたし

たちは、洞窟から脱出出来たってことよね。だから、あいつには、特に感謝する必要

もないわね」


「ああ、まったくだな」


 マリスが意地悪く笑い、ケインと顔を見合わせた。


「ヴァル、あなたも無事で良かったわ」

「ミュミュはどうしたんだ? 」


 マリスとケインに尋ねられたヴァルドリューズの表情は、普段と変わらなかったが、


「まだダグトに捕まったままだ」

「えっ! 」


 仲間たちの間には、緊迫した空気が流れた。


「奴には、途中で()かれてしまった。お前たちのことも気になってはいたので、

とりあえずここに戻った」


 一同、静まり返った。


 彼でも撒かれてしまうのであれば、相手の実力を軽んじられないと、誰もがショッ

クを受けていた。


 その空気を察したマリスが、明るく言った。


「だからといって、あの男がヴァルより(まさ)っているとは言い切れないのよ。

魔道士というものは、それぞれ得意分野があるもので。あのダグトって男は、召喚

魔法も器用にこなしてきたと言っていたけど、きっと逃げ足も早かったに違いないわ。

ヴァルが追いつけなかったからと言って、その実力まで、ダグトが彼を上回っている

とは言えないわ」


 マリスに続いて、ヴァルドリューズが続けた。


「だが、彼のことで、少し気になることがある」


 マリスも、皆も、彼に注目した。


「何か特殊な能力(ちから)のようなものを、手に入れたような振る舞いだった。

私が追いつけなかったのも、そのためのような気がする……」


 ケインも大いに頷いた。


「俺も不思議に思ってたんだ。ミュミュには、魔道士の結界は関係ない。あの蒼い

大魔道士の結界ですら、行き来は自由だったんだ。それなのに、ダグトの結界からは

出られなかった。あいつは、ただの魔道ではない何かを、……使ってるのかも知れな

い」


 ヴァルドリューズは顔を上げ、遠くを見た。


「奴の行き場はわかっている。おそらく、魔道士の塔本部だろう」


 一同、緊張した顔を見合わせた。


「そんなところに、ミュミュも一緒に……? 」

 ケインが、いつになく心配な顔になる。


 ヴァルドリューズは無言で視線を戻す。少しだけ遣る瀬ない思いが、その碧い瞳に

浮かぶ。


「殴り込みなら、手伝うわよ」


 マリスは微笑み、指を組み、ぼきぼき鳴らした。が、ヴァルドリューズは首を横に

振った。


「これは、私の過去の因縁が引き起こしたものだ。それに、ミュミュを巻き込んで

しまった。ダグトの言っていたように、過去に決着をつけねばならぬ時が来たようだ」


 彼は、僅かに、なんとも言えない瞳を、ケインに向けてから、マリスを見下ろした。

 マリスも、その碧眼を、見つめ返す。


「わかってるわ、ヴァル。あたしなら大丈夫。みんながいるし、例え、ヤミ魔道士と

接触したって、奴等に天敵の、伝説の剣保持者が二人もいるんですもの」


 マリスはにっこり微笑んで、ケインとカイルにウィンクしてみせた。


「ええっ、俺も? 」

 思わず、嫌そうな声を、カイルが上げた。


「ね? 伝説の剣を持った頼りになるお二人の男性に、治療魔法、防御結界のできる

元巫女さんもいることだし、あなたは、安心して、思う存分、あいつを叩きのめしに

行っていいのよ」


 マリスは明るく言い、ヴァルドリューズにもウィンクした。


「……すまぬ、マリス。本来ならば、ゴールダヌス殿のご命令通り、お前を護らねば

ならぬ身なのだが……」


 言葉に詰まってしまったヴァルドリューズを、マリスは見つめた。


 (はた)からは、彼の感情は読み取りにくいが、一年以上も同行している彼女には、

それとなく感じ取れた。


 初めのうちは、大魔道士ゴールダヌスの言いつけで彼女を護っていただけに過ぎな

かったのが、徐々に、単に義理だけで護っているというわけでもなくなってきたこと

が、彼女にはわかっていた。


 冷血漢という印象の強かった彼にも、普通の人間らしい感情が表れるようになって

きたのは、この一行が結成されてから、さらに増したと、彼女は思う。


「わかってるわ、ヴァル。ミュミュを助けたいんでしょ? 行ってらっしゃい、魔道

士の塔に」


 彼は僅かに瞳を和ませて彼女を見てから、言う。


「それだけではない。私が思うに……ミュミュは、魔物の言葉がわかるだけではなく、

特にケインにとっても、重要な存在なのだ」


「ケインに……? 」


 皆には意外に思えた彼のセリフで、一斉にケインに注目が集まる。ケインは、彼に

頷いてみせた。


「ひとつ目のマスター・ソードの魔石、あれは、ミュミュが発見したのだ」


「ミュミュが!? 」


 ヴァルドリューズの言葉に、ケイン以外は再び驚かされる。


「魔石は、我々魔道士にも見つけることが困難だ。多大な魔力を封じ込められては

いても、魔石の周りに、それを外部に漏らさぬよう結界のようなものが張られている

のだろう。


 だが、魔石そのものの物質が放つ独自の波動を、ごくたまに、妖精やその他の自然

界の生き物たちは、見分けがつくらしい。ミュミュの説明では、おおよそそのような

ことだった。だから、ケインの魔石を探すのも、ミュミュの能力(ちから)が必要なの

だ」


「へー、あいつ、知らないところで、意外と役に立ってたんだなー。てっきり、

好奇心旺盛な、食い意地の張った妖精くらいにしか思わなかったけどなー」


 カイルが、ちょっとだけ感心した。


「だったら、ヴァル、早くミュミュを助けに行ってやれよ。今頃あいつ、きっと

怖がって泣いてるぜ。マリスのことなら、心配すんな。ケインが、しっかり護って

くれるってさ。ついでに俺のことも」


 カイルが、ヘラヘラとケインの肩を叩く。


「なんで、俺が、お前まで? 」


「まあ、細かいことは気にすんな。とにかく、ヴァルに安心してもらわなくちゃ

ならねえんだからさ」


 傭兵二人の気楽なやり取りとは正反対に、クレアは両手を組み合わせ、不安な面持

ちで、彼女の師匠を見つめていた。


 ヴァルドリューズが再びマリスを見る。

 マリスは、わかってると言わんばかりに微笑む。


「ミュミュがいなければ、ジュニアの調べた次元の『通路』の場所すらわからないし、

さっきのクロウラーみたいな強敵は、あたしだけではムリ。だから、あなたが戻って

きてくれるまでは、あたしも無茶はしないわ。その代わり、なるべく早く決着つけて

戻って来てね」


 ヴァルドリューズは、マリスの、膝の辺りでスカートの裾を結んだ、活動的になっ

た神官服に加え、ほどけた長い髪にも、頬にも、泥と光苔を付けた姿を、改めて

見直してから、静かに笑った。


「そうか。『おいた』はしないか」

「なによ、ヒトをコドモみたいに」


 思わず、二人の会話に吹き出すケインを、マリスは横目で見た。


 ヴァルドリューズの視線が、クレアに移る。


「クレア、白魔法を使えるのは、お前だけだ。私の留守中、皆を支え、黒魔法の時は、

よく周りの状況を判断して、術を使用するのだ」


 そう言って、彼は、マントの中から、一冊の黒い本を取り出した。


「これは、返しておく」


 フェルディナンド皇国で見つけたチャール・ダパゴの魔道書だ。


「ヴァルドリューズさんが、お帰りになるまで、しっかりと修行しておきます」


 クレアの黒い瞳が、少し潤んで、彼を見上げ、魔道書を受け取ると、大事そうに

胸に抱えた。


「あ、そうだわ、ヴァル。あたしも、自分の魔力を抑える修行をしたいんだけど。

そうしたら、重い甲冑をいちいちつけなくても、よくなるでしょう? 」


 ヴァルドリューズが一言、

「イメージ・トレーニングが有効だ」


「あっそ。またあの地味なトレーニングね……」


 身体を動かすトレーニングの方が性に合っているマリスは、気のない言い方をした。


 マリスがいつもの皮の少年服と、白い甲冑に着替えてから、ヴァルドリューズは、

何も言わずに、空間に姿を消した。


(ヴァル、ミュミュを頼んだぞ)


 ケインはなんとも言えない表情で、ヴァルドリューズのいたところを、しばらく

見つめていた。


「あーあ、頼りになるヴァルがいないんじゃ、不安だなぁ。さらに、残念なことに、

またこの騎士団から、色気がなくなったぜ。マリス、砂漠の赤い衣装が似合ってた

のになぁ」


「だよなー」


 カイルのがっかりした声に、ジュニアが相槌を打った。


「あの東洋の赤い衣装も、巫女さんも似合うと思うけど、……やっぱり、俺は、その

甲冑姿が、一番マリスらしいと思うよ」


 ケインが柔らかく微笑んで、彼女を見る。

 ふと思い出したように、マリスが言った。


「そう言えば、プーのヤツ、前から、あたしとケインのこと、デート中だとか、恋人

同士に間違えてるけど、ケインは否定しないのね」


「なんだと? 」

 逸早(いちはや)く、ジュニアの目尻がつり上がった。


「えっ!? そ、そうだっけ? ……そ、その方が、ヤツも油断すると思ってさ」


 焦って、とっさにごまかしたケインだったが、洞窟の中で、光苔(ひかりごけ)

見ながら、マリスと二人で歩いたのを、思い浮かべた。


 もしも、あれが、本当にデートだったら……


 と、想像した彼は、自然と穏やかな瞳になって、マリスを見つめる。


「ああ、でも、マリスには迷惑だよな。じゃあ、……妹ってことにしとくか」


「全然似てないのに? 」


「だ、だよな。う〜ん、どうしたら……」


 考え込むケインを見ながら、マリスが、おかしそうに笑った。


「気を遣ってくれてるの? ケインたら、結構、紳士なのね。いいわよ、恋人同士に

見せかけても」


「えっ……」


「あいつ、からかうと面白いし」


 二人のやり取りを、面白くなさそうに見ていたジュニアが、割り込んだ。


「なんだよ、ケイン、一人で紳士ぶるなよなー。お前だって、時々、マリーちゃんの

色香に惑わされてるくせに」


 ケインが、カーッと赤くなる。


「ヒワイなこと言うなよ! 」

「あー、赤くなった! やーい、やーい! 図星だろー? 」

「お前は、コドモかっ! 」


「それよりも、これから、どこに向かいましょうか? 」


 不安そうなクレアの問いかけが、とりとめもないやり取りを打ち切った。

 それには、ジュニアが、自信たっぷりに握りこぶしを振り上げて応える。


「エルマを出たら、俺様が、空間移動で、どこでも連れてってやるぜ! 」


「おお、それはラクでいいな! じゃあ、まずは、美女の多い、南方の国なんか

どうだ? 」


「オーケー! 合点だー! 」


 ジュニアとカイルは、二人で勝手に盛り上がっていた。


「言い忘れたが……」


 そこへ、突然、ヴァルドリューズが現れた。


「わあっ! なんだよ、ヴァル、脅かすなよ! 魔道士の塔に行ったんじゃなかった

のかよ!? 」


 びっくりしたカイルとジュニアは、思わず、抱き合うように腕をつかみ合っていた。


 ヴァルドリューズが、マリスの方に、てのひらを向けると、彼女の(ふところ)

から、黒い宝石が浮かび上がる。


「俺のダーク・ストーンが……! 」ジュニアが、はっとする。


 ヴァルドリューズの瞳は、何の感情も表してはいない。


「これは、私が預かっておく。私の留守中、皆になにかあっては心配なのでな」


「ええっ!? そっ、そんなあ! 俺、なんにも悪いことはしないよー! あんた、

そんなにまで、俺を信用してないのか!? 」


 ヴァルドリューズは、片手をかかげたまま、ジュニアを見下ろす。

 いつもと変わらない瞳であったが、ジュニアにとっては、彼を(さげす)むような、

哀れみも、後悔も、一切ない瞳に見えた。


「当たり前だ」


 ヴァルドリューズが言うと同時に、黒い石は、宙から消えた。


「わーん! 」

 総毛立って叫びながら、ジュニアの姿は、空間の中に、溶け込んでいく。


「では、行ってくる」


 ヴァルドリューズは、またしても一瞬で、素っ気なく、消えていったのだった。


「ああ……、せっかく、いろんなところに、遊びに行けると思ったのに……」


 カイルが、がっくりと肩を落とす。


 静まり返る中で、マリスが口を開いた。


「とりあえず、エルマを出ましょうか? 」

「ああ、そうだな」と、ケイン。


「しかし、こんな状況なんだし、わざわざ動き回らなくても、いいんじゃねぇ? 

ヴァルが帰ってくるまで、どっかで遊んでようぜ! 」


 カイルが、わくわくを隠せない顔で言うと、隣のクレアが、決心したように、

大きく頷いた。


「行きましょう! 正義の旅へ! ヴァルドリューズさんたちが戻られるまで、

みんなで修行して、少しでも腕を上げておきましょう! 」


「なにっ!? 」


 予想していなかった言葉に、カイルが非常に驚いた。


「待っていてください、ヴァルドリューズさん。私たち、頑張ります! 」


 祈るように、空を見上げて、クレアが呟いている。

 カイルは、あんぐりと口を開けて、それを見ていた。


「なあ、なんかクレア、張り切ってないか? 」

「ああ。元気だな……」と、カイルに答えるケイン。


「よしっ! それじゃあ、適当に、どこかへ出発ー! 」


「この世にはびこる悪を、私たちだけでも、立派に倒して行きましょう! 」


 少年兵を装った白い甲冑姿の少女戦士と、清楚な神官服を着た魔道士見習いの少女

の後に、よくわからなそうな表情の傭兵二人が、よくわからなそうな足取りで、付い

て行くのだった。


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