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Dragon Sword Saga5『点と線』  作者: かがみ透
第 Ⅵ 話 勇者伝説
17/24

エルマに向けて

一応、仕事のようです…

 エルマ公国。そこには、魔界と人間界をつなぐ異次元の通路、通称『次元の穴』が

存在しているという。


 魔族の王復活の予兆からか、ここ数年の間、そのような次元の穴が、世界のあち

こちに現れ、そこから魔物たちが出現し、人々を苦しめているのだった。


 白い騎士団一行は、その次元の穴を塞ぎ、各地をまわる旅をしている。


 砂漠族の村で仲間に加わった、魔界の王子ジュニアは、一足先に、エルマに入国

している。そこの魔物たちから、この他の地にいる次元の穴の情報を聞き出すために。


 エルマは、中原の小さい国ではあるが、同時に、魔道士の塔支部のあるところでも

あり、入国者の監視の厳しいところであった。


 通常の入国審査であれば、偽の身分証明でも通ってしまうが、プラスして魔道士も

監視しているとなると、魔力の強さも見抜かれてしまうため、今回は、魔力の強い

マリスと、魔力を抑えることが出来るヴァルドリューズも、魔道士の塔からはお尋ね

者であるので、変装が必要だった。


 魔道士の塔取り締まり班による、ヤミ魔道士狩りも、始まっているせいで、これま

でのように、返り討ち可の魔道士たちや、蒼い大魔道士、その他の刺客と違い、戦い

を避けねばならない厄介な組織が加わってしまったことになる。


 そのため、マリスには巫女の、ヴァルドリューズには神官の衣装を手に入れようと、

目的地であるエルマの近隣である、小さな街に寄ることになった。


 マリスとヴァルドリューズは、魔法道具屋を訪れていた。


 それまでにも、トアフ・シティーで、白魔法のアイテムを購入したばかりなので、

今回は、衣装のみ購入すればいい。


「神官服って、こんなにするの? 」


 魔法道具は、ただでさえ高価なものであったが、相場よりも高く感じたマリスは、

思わず店の主人に訴えた。


「このあたりには、魔法アイテムは、うちでしか取り扱ってない上に、最近、魔道士

協会が、値段をつり上げちまったもんだからねぇ」


 丸いメガネをかけた店の老人が、腰をトントン叩きながら、すまなそうに言う。


 『魔道士の塔』公認の魔法道具を扱う組織が、魔道士協会である。


 巫女用の服はリブ金貨二〇枚で、神官服は金貨二五枚。ヴァルドリューズの額の

カシスルビーを隠すための神官用の帽子が金貨三枚であった。


「なんて金額! トアフで身体を張って、汗水流して働いたお金が、ここで一気に

吹き飛んでしまうなんて……! 」


 といって、勝利の目に見えたストリート・ファイトで、楽に儲けていたマリスの

その嘆きは、地道に働く者からすれば、あまり心に響かなかっただろう。


 今、無理をしてすべてを購入してしまうと、旅の資金は底をつき、生活費も賄えな

い。


 マリスとヴァルドリューズは、ひとまず店を出ると、街の通りから少し離れた、

林に入った。


「えーっ、また金がいるのかよー」素っ頓狂な声を上げたのは、カイルだった。


「トアフであんなに稼いだのに、この上また働かなくちゃならないのかよ」

「ちょっと、ちょっと、実際働いてたのは、あたし。あなたは呼び込みだけだってば」


 マリスがカイルを肘でつつく。


「エルマだけじゃなく、これから先も、魔道士の塔のある国を通らなくちゃいけない

かも知れないよな。後々のことを考えても、ここで、神官服を手に入れておいた方が

いいのかもな」


 ケインが現実的な意見を述べ、その隣にいるクレアも賛成する。


「あ〜あ、簡単に、早く、お金が儲かるラクな仕事、どっかにないかしら? また

ストリート・ファイトでもしようかしら」


「だけど、この街は、エルマに行く通過点だからな、どっちかっていうと、休憩した

いヤツが多いんじゃないかなぁ」


 マリスとカイルが腕を組み、考えている。


 クレアは、皆の顔を見回していて、ケインとヴァルドリューズは、林の入り口から

見える街の様子を伺う。


 その時、林の奥から、人の悲鳴が聞こえた。


「うわあああ! 」

「きゃあああ! 助けてえ! 」


 ケインが走って戻る前に、マリスとカイルは駆け出していた。


「チャンス! 人助けのお礼って手があるぜー! 」

「こら! 人助けは、金関係なく、するもんだろ! 」


 ケインが追いつき、クレアとヴァルドリューズも後から追った。


 樹々の間をくぐり抜け、細い小道を辿ると、視界が開けた。


 そこには、彼らの予想通り、人が襲われていた。あまり見かけない赤や青のマント

姿がまず目に入る。彼ら五人が、見るからに普通の町民に向かい、木の枝を振り翳し、

襲いかかっているところであった。


「たぁーっ! 」

「うぎゃあああ! 」


 マリスは走ってきたそのままの勢いで、赤マントの一人に飛び蹴りをくらわせた。

男は悲鳴を上げ、どたっと地面に倒れる。


「うわあっ! なっ、なんだ、きみたちは!? 」

 他のマントの男たちが驚く。野盗にしては、言葉遣いが丁寧であった。


「そこのアヤシイ奴ら! 罪もない町の人たちを、襲うんじゃない! 」


 ケインが、町民の前に立ちはだかり、目の前の、緑のマント姿男の腹を拳で突き、

腹を抱えた男が、簡単に倒れた。


 マリスはさらに一人を投げ飛ばし、クレアも風の魔法で、残り二人を巻き上げた。


「もうやめてくれえ! 」マントの男たちは、泣き叫んだ。


 襲われていたはずの町民たちも、呆気に取られたように、マリスとケイン、クレア

を見ている。


「……あんたたち、……いったいなんなんだ? 」


 町民の一人が、呆然と口を開いている。


 助けられた割には、感謝をしているというよりも、未知の生物でも見るような感じ

だ。


「……あのさあ、ちょっといいか? 」カイルが割って入る。


「この人たち、ちょっと様子が違うみたいなんだけど」


 カイルの後ろからは、ひとりの男が歩いてきた。口髭、頬髭、あご髭、すべての

髭を生やし、メガネにフードのような帽子を被った中年の男だ。


「いやあ、素晴らしい! 実に素晴らしかった! 」


 男は、髭に覆われた口をほころばせ、マリスたちに向かい、拍手を送った。


「なんなの、このおっさんは? 」

 マリスが、小声でケインとクレアに言い、二人もどうしたものかと顔を見合わせる。


「実は今、私たちは、この街に公演に来ていてな、その出し物の練習中だったのだよ。

私は、その監督なのだ」


「……ってことは、これは、お芝居!? じゃ、じゃあ、街の人が変な野盗に襲われて

たわけじゃ……!? 」


 ケインが慌てて一同を見直す。


「だから、何度もやめてくれって言ったじゃないか! 」


 気絶している赤いマント男を抱えながら、青いマントの男が、殴られて赤く腫れ

上がった頬を抑えながら言う。


「そ、そうだったの? あら、全然聞こえなかったわ。ごめんなさいね」


 マリスはごまかして笑うが、被害に遭った彼らは恨めしそうに見ている。


 ケインとクレアはぺこぺこ頭を下げて、謝り続けた。


「まだ稽古の段階だったから、衣装やメイクはせずに、やっていたのだよ。だから、

きみたちが助けた方が、本当は盗賊の役でな」


「……ってことは、町の人を襲っていたように見えていたのは……」


「そう、盗賊を退治する勇者一行だ」


 ケイン、クレアの顔は、「ひっ! 」と青ざめた。


 マリスなどは、「それにしては、さえない人たちね」と密かに思っていたが。


「ああ! 正義の使者であるこの俺としたことが、勇者役の人たちを攻撃してしまう

とは! 」


 ケインは嘆いた。


「私だって、人々を救う巫女であったのに、なんてひどいことを……! 」


 クレアも両手を頬にあて、おろおろとする。


「だが、私は思ったのだ。きみたちこそ、私の探し求めていた人材であると! 」


 監督という男が、いきなり大声を出し、ケイン、マリス、クレアの手をそれぞれ

ガシッと掴んでから続けた。


「観客にも覚えやすいよう、マントの色で識別された、レッド、ブルー、ピンク、

グリーン、イエローの五人の戦士たちによる『勇者伝説』を、今まで演じてきたのだ

が、なにしろ、人気の演目なもんでな、他の旅劇団でも取り上げられることが増えて

いるのだ。なので、ここらで、他の劇団とは違う演出でいこうと思っていたのだ」


 監督は、歩きながら、熱弁を振るう。


「リアルなバトルシーンによる『勇者伝説Ⅱ』! いかに本物らしいアクションに

するかと、試行錯誤していたのだ。そこで、きみたち、是非、我々の芝居に、出演

してみないかね? 」


 白い騎士団一同、すぐに口を利く者はいなかった。


「……『勇者伝説』? あの有名な……! それの、『Ⅱ』があるんですか!? 」


 ケインが、茫然とした口調で呟いた。


「そうなのだよ。『勇者伝説』の続編である『勇者伝説Ⅱ』! 私が考案したのだ! 」


「えーっ! すげえ! 」興奮するケイン。


「ケイン、知ってるの? 」と、クレア。


「ああ。昔、連れて行ってもらったことがあるんだ。お芝居だったり、曲芸だったり、

旅の一座が来るとな。庶民の間では、カードゲームと同じくらい人気のある娯楽

だったんだ」


 カイルも知ってはいたが、彼は博打の方に興味があったので、ケインほど芝居に

ハマってはいないようだった。


「『勇者伝説』は、俺も幼い頃から好きだったから、レオンの傭兵仲間たちと一緒に、

勇者ごっことかして遊んだもんだぜ。思えば、俺、子供だったから、ずっとイエロー

役で。一度でいいから、リーダーのレッドを、やってみたかったんだぁ」


 クレアも、マリス、カイルも、目を丸くした。


「そーかい、そーかい。わかった! その辺のことは、考慮してもいい。私も、きみ

が襲われている側を守るようにして戦う姿は、レッドにふさわしいと思ったのだ! 」


「本当ですか!? 」

「ああ、本当だとも! 」


 監督とケインは盛り上がっていた。


「なあ、どうする? 」

 ケインが、そわそわと落ち着かない様子で、マリスを振り向く。


 やりたくてしょうがないのを懸命に抑えているつもりでいる。誰から見ても、そう

見える。


 マリスは、くすっと笑ってから、進み出た。


「協力してあげてもいいわ。その代わり、ギャラは高いわよ」

「そんな、マリス、高いなんて……。俺、レッドが出来るだけで充分だし」

「それじゃ、エルマに行くための神官服が、買えないでしょう? 」


「う〜ん……といっても、ギャラは、当日の観客数にもよるしなぁ。約束まで出来る

かどうか……」


「ねえ、監督さん、急にリアルなアクションをするっていうのは、その辺の人に出来

ることではないわ。もちろん、あたしたちは、お芝居に関しては、どシロウトだけど、

武道に関しては、小さい頃からずっと鍛えてきたし、ケインとカイルは傭兵だから、

戦いのプロよ。常に、ちゃんと訓練してきたあたしたちだからこそ、リアルなバトル

シーンも可能なのよ」


 出演者、しかも、主役の勇者たちに怪我を負わせたことをもみ消すほどの、マリス

の恩着せがましい交渉術により、報酬は高めに設定された。


 ケガ人のケガは、クレアとヴァルドリューズにより、すべて治療された。


 ミュミュを除く白い騎士団五人は、旅の一座のテントに招かれ、監督の説明を受け

る。


 監督は、清楚な美少女であるクレアと、整った顔立ちのヴァルドリューズにも、

目を留めていた。


 報酬が絡めば、カイルは二つ返事で引き受けたが、クレアは、演技など出来ないと、

なかなか首を立てに振らない。


 だが、監督から泣きが入り(その辺は、演じ慣れていたようであった)、人助けに

加えて、勇者役に怪我を負わせた責任を取ることになるならと、最後には納得したの

だった。


 ヴァルドリューズの方は、座っているだけでいいということで、渋々承諾した。

出演する人数が多いほど、資金も貯まりやすいと、マリスが耳打ちしたので、彼も

割り切るしかなかった。


 全員の承諾を得てから、監督が、内容を話す。


「舞台は、ある国の荒野から始まる。国王のおふれにより、国中の勇者が集められ、

悪の盗賊団に連れ去られたお姫様を救うという内容だ。そのお姫様役を、お嬢さん、

あなたにやって頂きたい」


「えっ、私ですか? 」クレアは驚いた。


「きみのように美人で気品のある若い娘さんは、大変珍しいのでな。まさに、姫の

イメージにぴったりなのだ! 」


「そ、そんな。姫だなんて……」


 クレアが恥ずかしさと緊張で、顔を赤らめた。


 ケインがマリスにからかうような目をしてみせる。


 マリスには、彼の言いたいことはわかっていた。「ここにホンモノの王女がいるの

に、全然気付かれていないな」と。

 それには、マリスは別段、気に障るようでもなかった。


「勇者たちは、姫を助けようと悪者に向かっていくが、敵も強い。しかも、無敵の

ドラゴンまで連れているのだった。その悪のリーダー役は、きみにお願いしたい」


 監督が、カイルに言った。


「ドラゴンを飼ってる盗賊団のリーダーか。悪くねえな」


 カイルは、その役が気に入った。


「国中の勇者をかき集めても、そのドラゴンには勝てず、王様も、頭を悩ませていた

ところに、ひとりの強い旅の剣士が通りかかる」


 監督が、ケインを見て微笑む。


「主役といっていい。その役を、きみに頼みたい」


「それは、レッドなんですか? 」


(『そこ』かよ? こだわるのは)


 カイルとマリスは、目を丸くする。


 監督が、笑いながら頷くと、ケインは、うっとりと空中を見つめ、勝手に想像を

膨らませている。芝居自体が初体験にも関わらず、主役ということに、プレッシャー

も感じていない、というか、プレッシャーなどは思い付きもしない様子だ。



 ケイン演じる剣士が、苦戦しながらも、ドラゴンを倒すことに成功し、無事に王女

を救出する。二人は、一目会ったその瞬間から恋に落ちるが、王女に婚約者がいた

ことで、泣く泣く別れることに。王女は他国の王子のもとへ、剣士は、新たな旅へと

ひとり去る。


 マリスの役は、その隣国の王子役であった。男役であるのは構わない彼女であった

が、王子役というのが、あまり暴れられそうになく、少しだけ、つまらないと思った。


 ヴァルドリューズは、クレアの父親である王の役である。座っているだけで、

劇団員の一人が、吹き替えでセリフを言うことになっていた。


「ふ〜ん、ストーリー的には、ありきたりな感じね。アクションで見せるんだから、

まあ、いいか」


 マリスがそう言う側から、ケインが、身を乗り出す。


「いい話だーっ! 」


 その大きな群青色の瞳は、キラキラと輝いていた。


 マリスとカイルは、ひとりで乗り気になっているケインを、遠巻きに見ていた。


「命がけで、お姫様を救ったのは、旅の剣士さんだというのに、このお姫様は、何も

しないで、ボーッとしていた王子様なんかと結婚してしまうのですか? 愛し合って

いる二人を別れさせてしまうなんて、ひどいと思います」


 クレアまでが、感情移入していた。


「ありがとう、クレア。その気持ちだけで、俺は充分だ! 」


 ケインは、またうっとりと宙を見つめていた。


(……大丈夫かしら? この人)

 マリスは、ケインの夢見がちな様子に、ちょっとだけ呆れた。


「ところでさー、監督さんよぉ、俺の率いる盗賊団では、(さら)って来たお姫さん

を襲っちゃう場面てのはないの? その方が、リアルだと思うんだけどなー」


 カイルが監督に笑いながら言う。


「いやよっ! いくらお芝居でも、そんなの絶対いやっ! 」

「じょーだんだよ、じょーだん」


 カイルは、いやがるクレアの顔を見て、満足げである。


 巻物になっている台本を受け取り、翌日から、練習に入ることになった。



「ねえ、マリスは、お芝居って、見たことある? 貴族の間では、どんな感じだった

のかしら? 」


 夕食後、宿屋では、クレアとマリス、ヴァルドリューズが同室で、ケイン、カイル

は隣の部屋である。ヴァルドリューズは、インカの香を香炉にセットしていた。


 女性二人と彼だけが同室であることに、もう一行は慣れてきていた。


 ベッドに座って、台本を眺めていたクレアが、隣のベッドの上に、身体を投げ出す

ようにして、(うつぶ)せに寝そべっているマリスに、尋ねていた。


「そうねぇ、あたしも、伯爵家の両親に連れられて、特に母親に連れられて行った

ものだったわ。芝居小屋といっても、テントじゃなくて、綺麗な建物があったのよ。

または、そういうのが好きな貴族が、自宅を提供してたり、ほら、舞踏会が出来る

くらい、広い館に住んでるもんだから、そういうことも可能でね」


 クレアは、感心して、マリスを見た。


「貴族たちの舞踏会の余興で、伶人たちの演奏をバックに、いろんな役の人たちが

出て来て、物語を、歌ですすめていくものもあったわ。幼い頃は、おとなしくそれを

見ていることが出来ずに、親に怒られていたか、途中で眠ってしまってたから、どん

なものだったか全部は覚えてないけど。貴族に好まれていたものは、まずは美しく

なくてはならなかったし、子供向けのものは、あんまりなかったわね。


 妻がいるのに、他の女性との間に燃え上がってしまう恋の炎がどーのこーのっての

が、なぜかウケてたみたいだし、貴族の女の子たちの間で流行っていた恋歌なんかも、

美しい形容のものが多くて、単に現実離れした、淡い恋物語ばかりだったけど。


 あたしは、同じ年頃の女の子たちが憧れるような恋物語なんかには、あんまり興味

もなくて、幼馴染みのダンや、仲間たちと、野盗どもをやっつけて遊んでる方が楽し

かったから」


 マリスは苦笑しながら、思い起こす。


「ベアトリクスを出てから、ヴァルと旅してきたけど、お芝居なんかを見てる余裕は

なかったわ。だいたい、任務遂行しか頭にない、そこの朴念仁(ぼくねんじん)と、

お芝居を観たところで、デートのような気分に浸れるわけでもないしさ。サンダガー

を召喚する修行と、魔物を倒す戦闘ばっかりで」


 マリスが、からかうようにヴァルドリューズを見るが、聞こえているのかいないの

か、彼は何も反応していなかった。


「そ、そうなの? 」


 クレアはヴァルドリューズを気遣うように見てから、マリスに視線を戻した。


「私は、巫女だったから、一切娯楽は禁止されていたわ。それに、私のいた村は、

知っての通り、さびれてたから、旅芸人の公演なんかはなかったの」


 クレアは淋しそうに笑った。


 マリスは、その笑顔から、しばらく目を反らすことが出来ないでいた。


 それから、起き上がり、クレアの持つ台本に目を落とす。


「それにしても、監督さんたら、あたしを、最後にちょこっとだけしか出番のない

王子なんかにしちゃって。セリフだって、一言しかないし。ハデに暴れてた方の

あたしを、こんな目立たない役にして、ケインは主人公の旅の強い剣士だなんて、

ちょっと割が合わない気がするけど」


 冗談ぽく言い、それに対してクレアが笑うのを見てから、マリスは、微笑んだ。


「……クレア、せっかくだから、楽しみましょう」


「ええ、そうね」


 クレアも、嬉しそうに顔を上げた。


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