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Dragon Sword Saga5『点と線』  作者: かがみ透
第 Ⅴ 話 黒い騎士団結成!
16/24

バトル4

遊んでます…

「やめろっ、近付くな! 俺は、女は嫌いだ! 」


 ダイが、ますます後退りし、顔も青ざめていく。


「あら、そんなつれないこと、言わないで」マリスが流し目を、ダイに送る。


「マリスさん、ダイは、本当に、女の子が嫌いなんですよ。可哀想だから、ここは

僕から、ということにしてみては、いかがです? 」


 クリスがマリスに微笑み、彼のヒヨコも、ピーピーと飛び跳ねている。


「えーっ、なんでよー」

「あっ、その目、傷付くなー」


 マリスに思い切り嫌な顔をされても、クリスは、ヘラヘラとしていた。


 ふと、ヒヨコの騒がしい声が聞こえ、皆が振り返ると、スーが笑顔でカイルを抱え

込み、髪を撫でていた。


 カイルは、だらしなくデレデレと、スーの豊満な胸に頭をうずめて、甘えている。

 聞こえていたのは、その彼のヒヨコが有頂天になって、大騒ぎしている声であった。


(ヤツめ、それがやりたかったのか! )

 ケインを始め、皆もそう思った。


「おーっと、さすがスーちゃん。早くも、審査員の票を一つゲットしたぁ~! この

まま、一気に逆転かぁ~? 」


 マリリンのセリフに、スーを一瞬キッと見たマリスは、にっこり笑顔に戻ると、

ダイに抱きついた。


「ひーっ! 」


 ダイが悲鳴を上げ、髪を逆立てていた。

 彼のヒヨコも、バタバタと頭の上で逃げ回っている。


「もう、ホント、往生際悪いわね」


 マリスがムッとした顔で言うが、すぐに気を取り直し、彼の頬に、軽く、ちゅっと

唇をあてた。


「おい、なにやってんだ! 」


 目尻をつり上げたケインは、ずかずか歩いて行くと、「ひーっ! 」とヒヨコとも

ども叫ぶダイの首根っこを掴み、マリスから引き離した。


 ケインのヒヨコまでもが、マリスに、ピーピー文句を言う。


「あっ、ずるいですよ、ケインさん。割り込まないでくださいよ。次は、僕の番なん

ですから」


「うるせー、知ったことか! 」


 クリスの前を横切り、ケインがマリスの腕を引っ掴む。


「なにするのよ、ケイン、邪魔しないでよ。あともうちょっとで落とせるんだから」


「あのなあ、こんなことまでして争う必要あるのか? だいたい、お前は、仮にも、

王……」


 言いかけて、我に返ったケインは、こそこそとマリスの耳元で言い直す。


「だから、きみは、王女なんだから、簡単にこんなことするもんじゃない」


「あら、そんなの、もう関係ないわ」


「関係なくないだろ? だいいち、まだ証書が受理されてないんだし」


「それも時間の問題だわ。もう王女の身分は捨てたも同然よ。あたしを縛っていた

ものは、もう何もないのよ。これで、やっと新しい恋に飛び込めるわ! 」


「へっ? 」


 マリスの言動に戸惑うケインの胸に、マリスがどんとぶつかるようにして、すがっ

た。


「好きよ、ケイン」


 甘い(ささや)きに、ケインの心臓が大きく鳴った。


 聞くことはかなわないと思われた言葉を語った、彼女の透き通るような声は、彼の

全身を駆け巡り、心地よくさせた。


 つい昨日にも彼女に揺さぶられた感情が、再び押し寄せそうになるのを、慌てて

(こら)える。


「な、なに言ってるんだよ。どうせ、俺を騙して、票を稼ごうっていうんだろ? 」


「そんなこというなんて、ひどいわ」


 悲しそうに言った彼女は、顔を上げて、ケインを見つめる。


 アメジストの美しい瞳は、潤んでいた。引き続き、ドキッとさせられる。


「こんなふうに、どさくさに紛れなければ、言えなかったの」


 せつなそうな表情にある、紫水晶の瞳が、ますます潤んでいく。


(明らかに、武浮遊術愛技だ! しかも、初級編! マリスは、あくまでも、票が

欲しいだけなんだ。つられるわけにはいかない! 騙されるものか、騙されるものか、

騙されるものか、騙されるものかー! )


 とは思いながらも、じっと見つめるマリスの瞳から逃れられないケインであったが、

よく見ると、彼女の目の焦点は、僅かにズレている。


 そう、彼女は、彼の頭のヒヨコを、見つめていたのだった! 


 ヒヨコは、ケインがあんなにも強く念じていたにもかかわらず、ぴよぴよぴよぴよ

ご機嫌に鳴きながら、ぱたぱたと旋回していたのだった。


 それを見届けたマリスが、にやーっと笑う。


「ああっ! 演技だってわかってたのに! 」


 ケインは、がくっと、地面に手を付いた。

 彼の脳裏には、ヤミ魔道士ビビの言葉が思い起こされる。『性悪小娘』と。


(なんで、俺は、こんな性悪小娘なんかに……! )


 ケインは、そのまま茫然としていた。


「マリスさ~ん、僕もお願いします」


 クリスがひょいっと顔を覗かせる。彼のヒヨコは、既に嬉しそうにぴよぴよ言って

いた。


「あなたは必要ないでしょ」


 ガーン! と、クリスのヒヨコは青ざめ、ぱたっと倒れてしまった。


 カイルは未だ、スーとベタベタしている。


「みんな、いったいなんなの、このありさまはー! 不謹慎よー! 」


 クレアの声がした途端、物凄い勢いの風が、彼ら全員を(あお)った。


「うわあああ! 」

 舞い上げられた戦士たちは、ばたばたと地面に落っこちた。


 同時に、頭上のヒヨコも、消えていた。


「それのどこが色気を競っているんです! だいいち、色気なんて、相手と競い合う

ものではありませんわ! 」


 クレアが、きっぱりと言い放つ。


「そうよ、まったく、その通りだわ! 」


 マリスが立ち上がった。


(お前、一番ノってたくせに)


 彼女の変わり身の早さを、ケインが恨めしく思う。


「戦士なら戦士らしく、剣で勝負よ! 」


 スーまでもが、何事もなかったかのように、すっとサーベルを引き抜く。誰かが

止めてくれるのを待っていたとでも言わんばかりに。


 結局、二人とも、それが一番性に合ってるように、一同にも見えた。


「よし、じゃあ、あたしも……」

 言いかけたマリスは、はっとして黙った。


「ケインのバスター・ブレードは、正義の戦いでしか使えないんだったわ」


 それ以外のことで使えば、たちまち、もとの剣の主である巨人族が、剣を回収して

しまうのだ。それを、マリスは思い出した。


 彼女は、ケインを振り返った。


「ケイン、マスター・ソード借りてもいい? 」


「やだ」


 ケインは、そう答えていた。


 普段であれば、すんなりと貸したであろうが、さきほどの出来事が、素直に貸す

気を起こさせない。


「さっきのこと、怒ってるの? だったら、ごめん。謝るわ。本当に、ごめんなさい」


 マリスは両手を組み合わせて謝った。


 謝られるほど、彼女が自分に気がないという証明になっているようで、ますます

惨めな想いのするケインだった。


 ヒヨコのせいで、彼の想いを知ってか知らずか、踏みにじる形となった彼女の行動

は、簡単には割り切ることは出来ず、彼は、恨めしそうな横目を、彼女に向けている

ばかりだった。


 マリスは意外そうな顔になった。


「そんなに怒ってたなんて、あたし知らなくて。だって、頭のヒヨコも喜んでたし」


 うっと、ケインがひるみそうになる。それが一番情けないと思っていた部分だ。


「そうだぞ、ケイン。なんで、そんなに怒ってるんだよ。お前だって、いい思いした

んだから、剣のひとつくらい貸してやれよ。心の狭いやつだなー」


 カイルがマリスの後ろから顔を覗かせる。


「そっ、そうかも知れないけど……そういう問題じゃないんだー! 」


「じゃあ、なんだよ? 」


 カイルとマリスのわけのわからなそうな顔に、ケインは言葉を詰まらせた。


「彼女のサーベルには、魔力がかかっている」


 いつの間にか、ケインの後ろにいたヴァルドリューズの静かな声に、ケインは驚い

た。


「ケイン以外の者がマスター・ソードを使用し、魔力のかかった剣と接触すると、

せっかくマスター・ソードに吸収した魔石の力が、逃げてしまう恐れがある」


 そのヴァルドリューズの言葉には、ケインには思い当たる節があった。


 二年前、マスター・ソードを手にした敵の魔道士に、ケインがバスター・ブレード

で対抗し、二つの剣の刃が重なった時、三つの魔石の力を備えた完全版ドラゴン・

マスター・ソードから、全部の石の威力が消し去ってしまったのだ。


「そんな事情があったのね」

「そっか。それじゃあ、貸せねえわけだ」

 マリスもカイルも納得する。


 ケインにとっては、ヴァルドリューズの発言が、思わぬ助け舟となった。


「だったら、マリス。私の剣を使って」


 クレアが普段練習で使っている、銀色の柄のロング・ソードを取り出す。

 アストーレの、腕のいい鍛冶屋に作らせた、クレア用の剣であった。


 マリスはクレアから剣を受け取り、軽く振ってみる。


「あたしにはちょっと軽いけど、ま、軽い分には問題ないでしょう。助かったわ。

ありがとう、クレア! 」


 マリスは剣をもう一振りしてみると、満足気に刃の輝きを見つめ、スーの前へと

歩いて行った。


「それじゃあ、れでぃーっ・ごぉーっ! 」


 マリリンの少々間の抜けた合図で、戦いの火蓋は切って落とされた。二人の女戦士

は剣を片手に、弧を描くようにして、間合いを詰めていった。


 スーのサーベルを、マリスが借りたクレアのロング・ソードが受け止める。

 サーベルの方が細く長いが、受けられて折れるようなことはない。硬化する魔力が

かけられてることも考えられる。


 様子を見るように繰り出されるスーの剣を、マリスは全部見切り、受け止めては、

突き返す。


「なかなかやるじゃないの」

「あなたもね」


 二人のそんな声も、時折聞こえる。


 剣を武器として使う男たちから見ても、スーは格好や口ばかりではなく、剣術は

確かなものがあった。女性で、そのようにスマートに剣を使える戦士というものは、

白い騎士団からすれば、マリスしか知らない。


 長身のスーならではの、細剣使いは、見事と言えた。


 剣を振り降ろす時、腰まであるストレートの黒髪が、ふわっと宙を舞う。すらっと

した脚線美には、男性でなくとも、目が行くことだろう。


 彼女は切れ長の目をした美人ではあり、露出度の高い甲冑を着てはいたが、剣を

振り回していても、充分に色気を感じさせ、美しくもあった。


 そして、マリスは、そのスーとはタイプは違うが、美しい女戦士と言えた。


 スーが妖艶な大人の女戦士とすると、マリスはそれよりは幼いが、整った中性的な

(おもて)に、その細くしなやかな身体付きもあり、どこか神秘的な、神の遣いを

思わせる少女戦士であった。


 この際、性格は考えないとして。


 その姿に、最初から剣で戦えば良かったのに、こうして戦っている姿の方が、

ずっと美しい。やはり、男の戦士とは違う、などと、素直に認めた者が多かった。


「そろそろいくわよーっ! 」


 マリスが、いつもの不敵な笑顔で、ロング・ソードをスー目がけてふりおろす。


 すかっ! 


「きゃっ! 」


 マリスの剣は空を切っていた。それどころか、勢い余った彼女の身体は、そのまま

一回転し、地面におちた。


 信じられないものを見た白い騎士団は、唖然とする。


「ほほほほ! 今のは、いったいなんのマネ? 」


 悔しそうに起き上がったマリスは、高笑いするスーに向かい、再度剣を繰り出して

いくが、またしても転ぶ。


「どうしたんだ? マリスのヤツ。剣が変わったくらいで、ああなるか? 」


 カイルがケインを振り返る。

 何かあったのかと、クレアも両手を揉み絞り、おろおろとしながら、ケインを見た。


「……剣が、マリスには軽過ぎるんだ。大振りしようとすると、勢い余って、転がっ

ちゃうみたいだ」


 ケインは、バトルから目を反らさずに答えた。


「マリスが旅で使ってたのは、男の戦士にだって重めのロング・ブレードだった。

俺のバスター・ブレードだって、更に重いのに使えたくらいだ。それと……」


 彼の頬を、冷や汗が一筋流れた。


「……武浮遊術だ。武浮遊術が裏目に出てるんだ……! 」


「マリスとお前が使えるっていう、相手の勢いを利用して、自分よりも重い物を投げ

飛ばせる、あれか? 」


 カイルに、ケインが頷いた。


「極めてしまったマリスは、無意識にでも使ってるはずだ。身に付いてしまった技は、

自然に操れるほど切り離すのが難しい。軽いロング・ソードでは、バランスがうまく

掴めないのか。俺は極めたわけじゃないから、ああなったことはないけど」


 ケインは、一歩前に進んだ。


「マリス、武浮遊術を使うな! 」


 咄嗟に意味を理解したマリスは、大振りをやめた。が、武浮遊術を使わないよう

意識すると、大胆な彼女の動きも小さくなってしまい、思うように、戦えないのが、

ケインたちにもわかる。


「ただいまっ! 」

 突然、一行の前に、ミュミュが姿を現した。


「わっ、びっくりしたー! なんなんだ、いったい」と、ケイン。


「みんな聞いて! ミュミュね、勝ったよ! 」


「はあ? なに言ってんだ、お前? 」


 カイルもケインも、眉を寄せて、彼女を改めて見る。ミュミュの髪はくしゃくしゃ

で、顔や身体に引っ掻き傷があり、泥だらけであった。


「どうしたんだ、ミュミュ。そんなに汚くなっちゃって。そーか、わかったぞ! 

お前、どろんこ遊びでもしてたんだろー? 」


 カイルが笑う。


「違うもん! ミュミュ、どろんこ遊びなんかしてないもん! 」


「じゃあ、あれか? どっかの家の畑で、果物でも盗み食いして、イヌに見つかって、

追いかけられてたとか? 」


 カイルがゲラゲラ笑った。


「違うよっ! ひどいよ、ミュミュのこと、なんだと思ってんのさー! 」


 ミュミュがぷんぷん怒って、ぐるぐる飛び回った。


「ミュミュ、悪いけど、今取り込み中なんだ。後で遊んでやるから、ちょっと静かに

しててくれないか? 」


 ケインはマリスのバトルから目を放さずに、柔らかく、ミュミュに断りを入れる。


「わーん、バカー! 」


 小さい妖精は、泣きわめきながら、ケインの髪を引っ張った。


「わあっ、何すんだよ」


「ミュミュだって頑張ってたのにーっ! みんな見てなかったのーっ!? 」


「なんだよ、お前、何かしてたのかよ? 」


 ミュミュは、そう言ったカイルに向かっても、泣きわめいた。


「ミュミュは、ずっと、黒い騎士団のイワコウモリと戦ってたんだもん! ヴァルの

お兄ちゃんの『ふせんぱい』を取り戻すために、ずっとずっと頑張って戦ってたんだ

もん! 」


「イワコウモリ……? 」

 彼らは顔を見合わせた。


「そうだよ! あのズィールとかいう魔道士の飼ってるコウモリだよー! 」


「…………………………………………………………………ああっ! 思い出した! 」


「そう言えば、お前、変なコウモリと戦ってたんだっけ? 」


 ケイン、カイルは手を叩き、クレアも思い出した。


「そーだよ! それで、やっと勝負がついたから、かえってきたんだよー」


「で、結果はどうだったんだ? 」ケインが声だけで聞く。


 ミュミュは、一変して嬉しそうに笑い、羽をぱたぱたっと、はばたかせた。


「ミュミュ、勝ったんだよ! イワコウモリに勝ったんだよ! コウモリがね、

『まいった』って言ったのー! 」


 ……し~ん……


 ミュミュは、褒めてくれるものだと思っていたらしく、期待に瞳をきらきらと輝か

せていたのだが、それに反して、彼らは疑わしい目を、彼女に向けていた。


「……ま、どうせ、ミュミュとコウモリの戦いなんて、ペット同士の争いってことで、

所詮余興に過ぎないから、勝ち負けは関係ないけどな。どーせ、カウントしないんだ

し」


 カイルのセリフに、ミュミュが驚いて飛び上がった。


「ミュミュが勝ったのは数えないの? お兄ちゃんの『ふせんぱい』のかたきを

うったのに、どうして数えないの? せっかく、ミュミュが勝ったのにぃー! 」


(だから、それが一番アヤシイんじゃないか)

 ケインは思った。


「イワコウモリなら、あの通り、ピンピンしてるぜ」


 敵方の魔道士の肩に、元通りとまっているコウモリを、カイルは指さした。


 コウモリは、最初に見た時と、何ら変わることなかった。


「どう見たって、ミュミュの方がダメージ大きそうだぞ」と、カイル。


「で、でも、ミュミュ、コウモリに勝ったんだもん。コウモリが『まいった』って、

言ったもん」


 ミュミュが、じわーっと涙目になった。


(だから、その、ミュミュがそう聞こえたところが、アテにならないんじゃないか)


 彼女は、自分では、あらゆる種族の言葉がわかると言うが、ドラゴン・マスター・

ソードの魔石を見つけた時も、オオハヤブサと意思の疎通がうまく行かず、ケンカに

なったことを思うと、イワコウモリとバトルの件も、彼女の都合のいいように

「まいった」と聞こえただけの気がしてならないケインである。


「わーん! ミュミュ頑張ったのにぃ! 一生懸命頑張ったのにぃー、みんなが褒め

てくれないーっ! 」


 ミュミュはわあわあ泣きながら、ヴァルドリューズの方へ飛んでいき、自分の

武勇伝を、彼に身振り手振りで語り、ケインたちを指さして、いかにも悪口を言って

いるようであったが、彼らはそれには構わず、マリスの戦況を見守っていた。


「どうしたのよ? さっきまでの勢いは、どこへいったの? 」


 スーが挑発するように、マリスに剣を突き出しながら、ふふんと笑う。


「白い騎士団は、受け身が多いのかしら? そんなことで魔物なんか倒せるの? 

倒せたにしたって、これじゃあ、たかが知れてるわね」


「その減らず口、二度と叩けないようにしてやるわ! 」


 スーに言い返すと、マリスは、彼女の突き出した腕をとり、そのまま大きく背負い

投げたのだった。


「きゃあっ! 」


 スーが、背から、どしんと地面に落ちる。


「なにするのよ! 剣のバトルだったはずよ! 」


 叫ぶスーに対し、マリスは剣を置き、手を組み合わせ、ぼきぼき鳴らす。


「剣がないと戦えない……とでも? 」


 今度は、マリスが挑発敵な笑みを送る。


「そっちがその気ならいいわ。受けて立ってやるわよ」


 スーも剣をマリリンに預けると、同じく、指を鳴らす。


 二人の女戦士は取っ組み合い、つかみ合いの、目も当てられないケンカをし始めた。


「ケイン……」


 クレアがおろおろしたまま、ケインを見る。


「あ、ああ。二人とも、なかなか勝負を諦めない粘り強さと、根性を感じさせる。

……俺に言えるのは、それだけだ」


 ケインは、精一杯彼女たちを持ち上げて見たつもりだった。


「う、美しくないっ! 」カイルは、うるうる泣いていた。


 黒い騎士団も、茫然と立ち尽くしている。


 突然、ヴァルドリューズと、コウモリを肩に乗せたズィールが、真剣な表情で空を

見上げた。


 その途端、そこには、黒い靄が寄り集まって、影ができていき、それは、いくつ

もの人の形へと変貌していった。


 ヴァルドリューズの姿が一瞬消え、再び現れた時には、マリスを連れ、白い騎士団

一行は、まとまった。


「見つけたぞ。ヤミ魔道士どもめ! 」


 いんいんと、空に響き渡る、低い声であった。


「『魔道士の塔』の、ドーサだ」ヴァルドリューズが呟いた。


 昨日の朝、町の集会に顔を出した、『魔道士の塔』の男ドーサであった。四〇代

くらいの、頬のこけた、鋭い目付きの悪役顔の男だ。


 ヴァルドリューズの上司であった魔道士の塔上層部員であるベーシル・ヘイドの

話が思い起こされる。魔道士の塔では、ヤミ魔道士を一掃する話が出ているのだと。


「久しぶりだな、ヴァルドリューズ。もっとも、貴様と口を利くのは初めてだが、

いろいろと噂は聞いている。我々ヤミ魔道士取り締まり班の間では、貴様は、要注意

人物としてあげられているのだ。上級魔道士である上、禁呪である魔神『グルーヌ・

ルー』を召喚出来る、最も危険な人物である、とな」


「魔神『グルーヌ・ルー』ですって~!? すっごぉ~い! 」


 マリリンが、ぴょんと飛び上がって驚き、ズィールも目を見開いて、ヴァルドリュ

ーズを見つめた。


「そういう貴様もだ、小娘」


 ドーサは、今度は上空から、マリリンを見下した。


「貴様のことは、先日知ったばかりだが、幼くして随分と魔道を極めている天才少女、

ということらしいな」


 ドーサは、分厚い書をめくりながら、重々しい声で言った。


「あれって、ブラック・リストかな? 」ケインとカイルは、こそこそと話す。


「えぇ~っ、天才少女だなんてぇ~。やっだぁ~! 」

 マリリンが、きゃっきゃ笑う。


「褒めてはおらん」


 ドーサが冷たく言い放ち、マリリンが転びかけた。


「貴様も、禁呪を破った魔法を編み出した上に、まだ一五歳であるにもかかわらず、

一八歳未満は、召喚魔法を使ってはならぬという規律までをも、犯している。しかも、

魔道士の塔に登録もしていない。よって、貴様も立派なヤミ魔道士であり、捕らえる

必要も充分にある」


「ええ~っ! そんな殺生なぁ~! マリリン、知らなかったんですぅ。許してくだ

さぁ~い! 」


「知らぬ存ぜぬは、魔道士の塔には通じぬ」


 懇願するマリリンに、ドーサは容赦なかった。


「そして、貴様だが、ズィール。お前は、もとからヤミ魔道士であったので、我々が

追うに充分値するというわけだ。そして、そこの娘」


 今度は、マリスに対してである。


「貴様が、どこの出身の、どのような身の上であることは、我々には関係のないこと

だが、貴様の周りに感じる不吉な黒い影、それについては、是非我々とともに、魔道

士の塔本部にまで、同行してもらいたい」


 ジュニアのことだと、白い騎士団にはわかった。

 彼が、魔界の王子だと知れば、魔道士の塔であれば、生かしておくわけはない。

魔力の完全に回復しない今のうちに消滅させようとするはずだった。


「以上の者以外には、用はない。ただし、ヤミ魔道士どもに助太刀するというのなら、

遠慮なく連行する」


 ドーサの後ろにも、黒マントの男たちが、数人控えている。


 ケインは、咄嗟にヴァルドリューズを見た。彼の無表情な碧眼も、ケインを見る。


「ここで魔道士の塔と争っては、後々面倒だ。ここはひとまず……」


 ヴァルドリューズとケインは、顔を見合わせ、小さく頷いた。


 白い騎士団の周りを、緑色の膜が取り囲むや否や、瞬時に、空間に溶け込んだ。


「ああっ! 白い騎士団が逃げた~! よぉ~し、こっちも逃げるよぉ~! 」


 マリリンとズィールの二人も結界を張り、高速で飛んでいってしまった。


「おのれ。逃がすものか! 」


 ドーサと数人の魔道士たちは、空中で二手に分かれると、片方は黒い騎士団を、

もう片方は、バラバラに消え、白い騎士団を追う。空間を渡って。


 黒い騎士団結成バトルは、思いも寄らない事態により、唐突な終わりを告げた。

 だが、誰も、一向に構わなかっただろう。


「どこだ。奴等、どこへ行った? 」

「空間の中に逃げ込んだに違いない」


 黒マントの魔道士たちの声が、方々から聞こえていたが、やがて消えた。


 ヴァルドリューズの張った特殊な結界は、白い騎士団の気配を完全に消すもので

あった。


 彼らには、結界の外の様子は見えてはいたが、魔道士たちからは見えていなかった。


「彼らの気配は、完全に消えた」ヴァルドリューズが結界を解く。


「ああ、びっくりしたわ。突然の来訪者に、しかも、戦ってはならない相手なんてね」


 魔力で気配を読ませないため、特に強力な魔力を持つマリスの身体を、念には念を

入れ、ヴァルドリューズがマントで包んでいた。彼のマントから出て来たマリスは、

皆を見回して言った。


「変なバトルもあいまいに終わっちゃったけど、ちょうどよかったわ。さ、今度こそ、

エルマに向かいましょ。ジュニアは、イヌに化けて先に情報集めをしているはず。

あたしたちは、最初決めたように、エルマ公国に近付いたら、歩いて入国よ。


 ただし、いくら鎧であたしの魔力を抑えているとは言っても、魔道士の塔支部には、

バレちゃうかも知れないから、魔力の高い職業……例えば、魔道士とかにでも、変装

した方がいいかしらね。でも、それだと、登録してないのバレバレで、ヤミ魔道士っ

てことで、かえってヤバいわね」


 マリスがう~んと首を捻る。


「巫女を装ってはどうだ? 私も神官になりすました方がよいだろう」


「そうね。じゃあ、道中、衣装を購入して、まずは、神官服を仕入れましょう」


 ヴァルドリューズとマリスの会話の側で、ケインとカイルは横目でマリスを見た。


「マリスが巫女だって? すぐにバレるんじゃないか? 」

 というカイルに、隣で相槌を打つケイン。


「何言ってるのよ、大丈夫よ」

 自分というものをわかっていないのか、自信たっぷりのマリスが返す。


 白い騎士団一行は、やっと目的地エルマ公国に向かい、出発したのだった。


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