少年は少女Aの事を知る! (旗立てイベント大量発生)
「はぁ……」
――一人帰る帰り道、誰に聞かれるともない溜息をこぼした。最近、なぜだか溜息ばっかりしてるような気がするのはなぜだろうか?
フィリと茜の会合から二日が経った今でも、茜は機嫌を直してくれなかった。話しかけてもずっと仏頂面のままだし、取りつく島もない。龍平は龍平で、
「リアルの喧嘩を俺に持ち込むな! そんな日常茶飯事の事、いちいち報告してくんな。お前らはそうやってずっと乳繰り合ってればいいのだ!!」
なんて言われる始末。今日も今日とて災難な日だった。いろいろ考えていたら、もう家の前だ。
「ただいま……って、靴増えてる!?」
玄関にフィリの靴以外の、見覚えのあるヒールの靴が増えていた。それが意味することは一つ――
「そーうちゃ~ん」
廊下の奥にある物置の方から、人の声がする……無視したら後々大変なんだよなぁ、あれ。嘆息交じりに俺は物置に顔を出す。
「おっかえり~っ!」
――扉を開けた瞬間、抱き着いてくる女性が一名。特徴は腰ほどにまで伸ばした黒髪、小柄な体型、人懐っこい顔……全く、いい加減ハグはやめてほしい。
「小百合叔母さん、おかえりなさい」
「あら~、聡ちゃんお疲れなの? 二か月ぶりの叔母さんですよ~? もっと、こう、嬉しがってもいいのよ~」
「……毎回こんな熱烈歓迎は勘弁してください」
「つれないわね~。フィリスちゃんとは上手くいってるのに~」
――全く、この人はいつ会っても元気だな。その元気を少しでいいから分けてほしいものだ。
「聡ちゃん、フィリスちゃんとは上手くいってる?」
「ええ。たまに突飛な行動に驚かされますけど、基本的には上手くやってます」
「そっか~、聡ちゃんが抱え込んでないか心配だったけど、杞憂だったわ」
――敵わないな、叔母さんには。この人は、他人の世話を焼くのが大好きで、いつも誰かの為に頑張ってる。でも、人を見る目は確かで、間違えがあった事がない。
「叔母さん、フィリを拾ってきてすぐに仕事に戻ってましたけど、大丈夫なんですか?」
「いいのよ。仕事を片付けて、有給もらったから~」
叔母さんの仕事はフリーのデザイナー。忙しい時との落差が大きい上に、休みの大半を人助けに使ってる。これで体が休まってるのが不思議なくらいだ。
「ちょっと茜に関して問題が起きてしまったので、家族会議をしたいんですが」
「あ~、やっぱりバレちゃったか~。ま、しょうがないわね。フィリスちゃんを呼んできて」
「はい」
――これで、少しはフィリの事が分かればいいな。やっぱり大切な家族だから。そんな事を考えながら、俺はフィリを呼びに行った。
――「さぁ、お見合いといきましょ~!」
ーー始まって早々盛大に椅子から転げ落ちた。さ、小百合叔母さん、何言い出してんですか! フィリはフィリでまったく気にしてないし。……この家もう駄目かも。
「冗談よ。あらためて紹介するわね~! フィリス・アルティシア・ディライトちゃんよ~! 私が仕事から帰る途中に、行き倒れてたフィリスちゃんをお持ち帰りしてきたの~!」
「……あらためて聞くとすごいですね」
「近頃は、迷子の少女なんて滅多にいないしね~」
……まあ、携帯の普及のおかげで、ほとんどの子供が親から離れてもすぐ探せるご時世だしな。
「それにしても、家の事はそんなに嫌だったのか? 茜との会話から察するに、虐待でもされてたのか?」
「……そんな事は、ない」
ためらいがちの言葉からして、少なくとも家族円満という訳ではないようだ。
「ただ、ただ、私は何もできなくて、二人の事を全然助けてあげれなくて、みんなに迷惑をかけるのが嫌だったから、だから家を出たの。別に両親が嫌いになったわけじゃない」
なるほど。つまり、両親のことを大切に思うが故に、フィリは家出を決行したわけだ。なかなか出来る事ではない。少なくとも、俺にはできないことだろう。俺はフィリをそっと胸に抱き寄せる。
「わかったよ。これからは俺や叔母さんが手伝うから、お前の両親に成長したフィリを見せてやろう!」
「そうよ、私はあんまり家にいないかもしれないけど、聡ちゃんは頼りになる子よ。何て言ったって、私の息子だから~!」
キッパリと言い切った俺と小百合叔母さん。フィリは泣き崩れて、俺の胸でずっと「私、頑張るから……頑張るから」と言い続けた。
――結局、俺はただの高校生だけど、この可愛くて、しっかりしてる様で壊れやすい、フィリの事を支えあっていきたい。そう強く願った。
――「お、聡太朗。なんか昨日より明るいな、いい事あったのか?」
「ああ、分かるか龍平。どうやらここ最近の悩みの種は解消されそうだぜ」
茜には小百合叔母さんが話をうまく進めてくれるらしい。フィリとの生活も慣れてきた。願ったり叶ったりなこの状況、喜ばずにはいられない。昨日まで悩んでいたのが嘘みたいだ。
「そういえば聡太朗。どうやら俺たちのクラスに転校生が来るとの噂が立っているが、知っていたか?」
「いいや、何も。東城にでも聞いてみるか」
――9月なんて中途半端な時期によく転校生なんて来たなぁ。まあ、せっかくうちのクラスなんだし、仲よくやっていきたいもんだ。
「おーい、東城いるかー?」
「何かしら?」
「……へ?」
――一瞬、俺に前にいる女子、東城が分からなかった。なぜなら、眼鏡を外すのを嫌がっていた東城が、その眼鏡を外していたから。
「な、何かしら、そ……藤原君。……やっぱり私、変かしら? いきなりこんな事したりして、おかしいわよね……でも、私もみんなと一緒に笑ってみたいんです。だから、目を背けない様にコンタクトにしてみまようと思いまして」
「いいんじゃないかな。いきなり全部変えるのなんて無理なんだし、少しずつ変わっていけば。……それに東城、その方が可愛いし」
「か、かか、可愛い、って……まったく、どうしてあなたはいつも私を困らせるのですか……」
ぶつぶつと独り言を言う癖は治ってないものの、東城は変わるために一歩踏み出したのだ。喜ばしい限りだ。
「ところで東城、龍平に聞いたんだけど、明日このクラスに転校生が来るんだって?」
「ええ、そうです。担任の西山先生がそうおっしゃってましたから。ただ、名前まではわかりません」
どうやら委員長には担任から声をかけていたらしい……龍平、お前盗み聞きしたな。
「こんな中途半端な時期に転向してくるなんてよっぽどの事情があるんだろうな。上手くやっていきたいものだな」
「ええ、私もそう思います。学級委員長を担っている以上、出来る限りの努力はするつもりです……できれば、あなたに手伝ってもらいたいんですが、よろしいですか?」
「ああ。任せとけ!」
――次の日、俺は珍しく胸の高鳴りが抑えられなかった。東城も明るくなったし、今日からクラスメイトが増える。しかも席は俺の後ろらしい。10月の終わりには文化祭。楽しいことばかりだ。一体どんな人なのだろうか。
西山先生がSHRを終わらせ、遂に転校生の紹介となった。
「それでは、入ってきなさい」
「はい」
――その声を聞いた時、俺の顔の筋肉が硬直した。聞こえるはずのない声がした気がして、自分の耳が信じられなくなった。
転校生がドアを開けて教室に入って来た時、俺はもう絶句しかなく、ただただ黒板に書かれていく名前を見つめていた。
「フィリス・アルティシア・ディライト。……よろしく」