少女B(幼馴染)が現れた! (旗折りイベント其の1)
フィリとは金曜日に出会ったから、月曜日の今は同居4日目となる。
……正直ここまで学校が恋しくなる日が来るとは思ってもいなかった。
「じゃ、言って来るから。留守番してろよ。必要な事はメモに書いておいたから。よく読んでおいてくれ」
「分かった。いってらっしゃい」
フィリに見送られて俺は学校を目指す。うちの学校は徒歩だと二十分はかかるが、坂道のため自転車は使えない。正直面倒だが、俺に通えそうなレベルの進学校はここしかなかった。
しかし、家での仕事が増えた今、この通学時間が唯一の安息の時だ。
――この週末。まったく休めなかった。原因は主にフィリだ。
まず第一に、フィリは料理が出来ない、という訳ではなかった。フィリは家事全般が全く出来ないのだ。
洗濯機の使い方ぐらい分かるだろう、そう考えていた時期が俺にもありました。二階から降りてくるや否や、泡にすべってこけた。地面にはこれでもかというほどの泡。生まれてこの方、洗濯機が泡を吹くなんてこと俺は初めて経験した。おかげで床がピカピカになったが、泡が消えるまでの2時間弱の戦いの後では何のありがたみがなかった。
第二に、フィリは創造を絶する程の高燃費だということだ。食べ方はとても綺麗なんだけど、俺の倍近く食べている。三日で食糧二週間分がなくなるとは思ってもいなかった。というか、毎日俺より食べていて、よく眠るのにもかかわらず、全く体型が変わらない。むしろ痩せているというのはどういう魔法なんだろうか。
極め付けに、常識が壊滅的だ。会談の前で立ち尽くしたり(階段が動くハイテク家屋は日本には少ないはずだ。ちなみにうちは庶民である)、バスタオル一枚で廊下を歩いたり(着替えを叔母さんに請求しよう。俺の理性が持ちそうにない)、朝寝ぼけて隣で添い寝してたり(本人はまったく気にしていないのが最大の問題点)、嵐の週末を過ごした。
学校には学校で、問題がある。さしあたっては――
「聡~」
――笑顔でこちらに向かってくる幼馴染(危険人物)一名。正直あいつの相手は疲れるから、勘弁してもらたい。しかしそんな事はお構いなしに向かって来る。よって俺が取るべき選択肢は一つ。全速力で逃げるのみっ!
「ちょっと! なんで逃げるのよ!?」
後ろで何かやかましい声が聞こえるが無視して走り続けた。
――十分後、教室に着いた頃には息も切れ切れな状態で、来て早々にサボりたくなってきた。
「おっす、聡太郎。朝からなにしけた顔してんだよ?」
「なんだよ、沖田か」
朝からうるさい悪友に、俺は嘆息しながら席に座る。
――沖田 龍平。我がクラスで最も騒がしい(頭の中が)お祭り男。
なぜか高校に入るや否や親友という事にされて以来、否定するのもめんどくさかったのでつるんでいる。悪い奴ではないのだが、どうにもうるさすぎる。
「いきなり溜息とかやめろ。傷つくだろうが」
「そんな繊細な心なんてないだろうに。おまえの脳中は、点と線だけの世界だろが」
龍平は三次元には興味がないオタクである。こいつの家にはフィギュアと同人誌で埋め尽くされている。床に散らばっていたゲームのパッケージについては……思い出したくもない。
「なにを言うかっ! メイドは文化だ、そしてコスプレの批判は許さんぞ!」
「……その元気を勉強に使えよ」
残念ながら、龍平は毎週補習を受けてる。成績は下から数えたら10番以内だ。そのくせ、まったく態度を変えない。ある意味尊敬できる人間だが、ああはなりたくないものだ。
「それで、藤原夫人はなんで一緒じゃないんだ?」
「夫婦じゃねぇ! 何度言えば分んだよ!?」
「ふーん、そんな噂があるんだ」
後ろから聞こえてきた声に、俺は顔から血の気が引いた。ぎこちなく後ろを振り返ると完璧な作り笑いをしている幼馴染――篠宮 茜がいた。
「じゃ、ごゆっくり~」
「龍平! 親友を見捨てるな!」
「リアルの痴話喧嘩に興味はない」
さっさと席に戻る龍平。頼りない親友めっ!
「さて、なんで私から逃げたのかしら、総?」
「ヤンデレは間に合ってる。お休み……」
正直、家事が二倍になったので、体力が回復してない。
「誰がヤンデレよっ! 人が話しかけてるのに寝ないでよ!」
「……お前さぁ、友達いんだろ。そっち行けよ」
茜はいつも俺に付きまとってくる。空手部のエース様が、なんで俺と一緒にいたがるんだろうか。
「だれといようが私の勝手でしょ、ところで、聡。聞きたい事が――」
”キーンコーンカーンコーン”
「ほら予冷鳴ったぞ。さっさと教室戻れ」
「ぐ……わかったわよ」
こういうことには茜は厳しい。根が真面目だから、昔はいつも面倒事を押し付けられていた。
それを見かねた俺が茜を手伝いをしてたら、いつの間にか一緒に過ごすことが多くなっていた。今はだいぶ改善されたけど、いまだにフォローに走らされることもしばしばあるから疲れる。
「お前は、どうして旗を折り続けるのかねぇ」
――なんか龍平のこえが聞こえたけど、全力疾走で疲れた俺は気にせずに眠った。
――「まったく、なによ総ったら。」
「通い妻おつかれー」
「べ、べつに、そんなんじゃないわよっ! け、恵子も変な事言わないで」
否定はしてるけど、顔は少し熱い。
「あんた達、関係が変わらないわねー。ごちそうさま。ツンデレもいいけど、いつまでも変わんないわよ。ガンガン攻めなきゃ」
ガンガンって……
「お弁当作ったり?」
「それは却下で」
「即答!?」
総は喜んでくれたのに。どうしてだろうか?
「喜ぶどころか、犠牲者が増えるわ……まあ料理は置いておいて、男の子はおとなしい子が好きだったりするわよ。彼、沖田君とかに振り回されてるから、落ち着いた雰囲気の方が好感度は上がるんじゃない?」
「おとなしく、ねぇ」
最初の部分は聞こえなかったけど一理ある気がする。
――確かに、このままじゃ何も変わらない。総に振り向いてもらうには、それぐらいしなきゃだめかな。けっこう
総に想いをよせて数年になるけど、いまだに一歩踏み出せない私が悪いんだ。誰かに取られる前に手に入れなきゃ。
隣の教室で寝ているであろう幼馴染を思い、私は授業の準備を始めた。