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その二  美咲と由利

「で、そろそろ吐く気になった?」


帰り際、そのまま引っ張られて寄ったドトールで、お気に入りのブレンドをブラックのまま飲みながら美咲があたしをねめつける。


「…穏やかじゃないな… 何を吐かせる気なんだ?」

「しらばっくれんじゃないの! あんたと橋本の関係よ!」


ごふっ!

ごくっと一口、こっちはしっかり砂糖まで入れたアメリカンを口に入れようとしていた瞬間だから、思いっきり熱いままのコーヒーが喉を這う。


「あれ?どした?」

「…のど、焼いた…」

「あらら、お気の毒 ―――――― そんなに動揺するあんたも珍しいから、尚更これは聞いてみたくなるわねぇ~~」

「~~~~~~!!!」


コロコロコロ…

まるで鈴が転がる様に優雅に笑うふりをしているが、


「…目が笑ってない…」

「相変わらず、鋭い事。だから、あんたと付き合うのって好き」


―――――― これだから、敵わない…


コクリ…

手に持ったカップから、コーヒーが啜り込むことでほてりかけた顔を隠す。


「前から、不思議だったんだよね~ なんで、あの橋本だけがあんたにそんな風に甘える事が許されるのか」


既に呼び捨てですかお嬢さん…

にこにこにこ…

その顔にあたしが逆らえないの、しっかりわかってやってますよね、美咲さん!


そう、あたしは、こんな美咲に逆らえない。

ううん、違う。逆らいたくないって思ってる。


これほどまでに、あたしに近付いた人間は、両親以外では美咲が初めてだ。


あたしと美咲が通う工学部は、男女共有が叫ばれる様になってからでもほかの分野に比べ格段に女性のの比率が低い。

数少ない女子同士は固まるか、独立独歩を歩むかのどっちかしかないように思う。少なくとも、高校時代、あたしのクラスはそうだった。


たった一つしかない理系専用のクラスの中で、女子生徒はあたしも入れてたったの五人。決して仲間外れにされた事は無かったが、こんなにも間近で喋り合う事も無かったように思う。

その最たる原因が、『恋愛』

どうしたってあたしには、その年齢の女の子に付き物の、『恋愛』の話題に付いて行くことだ出来なかったのだ。


『1組の、誰それ君が好き!』

『あたしは同じクラスのあの子!』


聞いている分には決して彼女らの話は楽しくない訳では無かったが、女子と言うものは、お互いにお互いのちょっとした秘密を分け合う事でその関係を成り立たせるようなところがある。

あたしは何時も聞くばっかりで、その場に何か提供できる知識もましてや経験なんて、これっぽっちもありはしなかった。生々しい、実際の恋愛を目の当たりにするくらいなら、小説や漫画の世界に浸っている方がましだった。

三年間、他の四人とは当たり障りのない関係は続けて来れたように思う――――― 卒業の時、一緒に写真を取ろうとも思わないくらい。


だから、びっくりした。

美咲に出会った事に。

何時の間にか、あたしの近くに何の違和感も無く美咲が居た事に。


あたしと美咲は信じられないぐらいの短期間のうちに友人としての関係を確立していた。

思いのほかさっぱりとした美咲の気性によるのだろうが、ここまで、あたしの気持ちを逆なでせず、迎合げいごうせず、自分の意見をきっぱりと言ってのける癖に、傍に居るだけで気持ちを宥めて支えてくれる女の子をあたしは他に知らない。


べったりと甘え、寄り掛かり、共倒れになりかねない女同士の付き合いの中で、お互いを尊重し、お互いのプライバシーに必要以上に踏み込まないで居られる友情は、無理を言って地元を出てきたあたしにとって本当に心地の良いもので。


美咲に会えただけで、この大学に、そして、この学部に入れたことにあたしはいつも心の底から感謝している――――― たとえ、おまけの様に、あいつの存在が、付いてきていたとしても。


「…で、なんで?」

「は?」

「由利、質問に応えてない。なんで、橋本だけにそんなに甘いのよ」

「…だから、自覚は無いと…」

「自覚なしの甘やかしなんて、かえって絶対許せない! 却下よ却下! 今後一切のノートの貸し借り禁止!」

「…美咲に迷惑をかけてないないと思うが…」

「掛けてます! 由利のノートの占有権はあたしのものよ! あんなチャラチャラしたのに渡してたまるもんですか!」

「なんなんだ、それは…」


正直あたしたちの友情とも言える関係が長続きしてるのは、きっと一重に、この美咲の、あたしへの並はずれた好意に寄る所が大なのだろうと思うのだが。


「一度、聞いてみたかったんだがな、美咲…」

「なぁ~に?」

「あたしの何処がそんなに良かったんだ?」

「全部!!」


――――――― 男だったら、さぞかし嬉しくて、舞い上がっちゃうような言葉だな…


残念ながら、あたしは女だ。


「だって、由利のノートってば、わかりやすいしまとめやすいし、字が綺麗だから読みやすいんだよね~」

「…だから、ノートの話じゃなくて…」

「もっちろん! ぜ~んぶ、愛しちゃってるわよゆ~り!」


――――― だめだ、これは…


こんな事を言いながらも、美咲の言う『愛してる』があくまで友人としての範囲内だと解るくらいには付きあってるから、この軽口も、もう平然とスルーしてやる。


「だから、今日こそ聞かせてよね。あんたと橋本の関係を」


あたしのノートがかかってるんだから。


…そんなモノ掛けないで欲しい…


「別に、関係も何もただの同級生で…」

「はいはい。中学高校と腐れ縁で同じクラスだった、それだけの同郷人だって言うんでしょ?」


それってば耳にタコ。


「――――― あたしが聞きたいのは、その先なの。…いい?あんた、自分で解ってるだろうけど、本当は例え同じクラスだからって、ホイホイ自分のノート貸したりなんかするタイプじゃない」


相変わらず、鋭い…


「だ~から、変! 絶対に変!」

「…え~と…」

「さあ、吐け! 今日は聞くまで帰らせないからね!」


……だから、そんなに、勢い込んで聞かれるほどのモノは本当に無いんだが…



――――― そう言えば、何時からだろう。


美咲に問い詰められて、ふと考える。


昔は違った。

少なくとも、高校の時まではあたしと奴はこんなに話したことも、ましてやノートの貸し借りなんてする様な間柄じゃなかったんだ。


「…何時から、ねぇ…」


本当に、いったい何時からだったのか…


『…浜口さん…だよね?』


大学の入学式で、声を掛けられた事をふと思い出す。


遡って行く記憶を後押しする様に、あたしはもう一口、コーヒーの苦さを味わった。









遅々として更新が進みませんが… お気に入り登録を早速して下さった方、ありがとうございます。どうか、気をなが~くして、お付き合いください。宜しくお願いいたします。

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