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68話「さぁ、反撃だ!」

 ふかふかなお布団は気持ちが良い。

 枕も柔らかすぎず硬すぎず、丁度良い感じ。

 牢屋にあった板の上に薄い毛布1枚の日々から比べたら、この感触はまさに天国にいるような錯覚さえ起こしそう。

 窓の外から聞こえてくる小鳥たちの鳴き声すらも、天使の歌声のようだ。



「って、おかしいよね!!」



 一気に目が覚めた僕は掛け布団を蹴り上げて一気に起き上がる。

 さっさっと周りを見回すと、見慣れない洋室と僕が寝ていたベッドの側で椅子に腰掛けていた見たこともないメイドさん。

 最初こそ凄い驚いた顔をしていたけど、僕が無言で彼女を見つめていたら凄くいい笑顔で微笑まれた。



「おはようございます、お嬢様」

「あ、はい。おはようございます」



 とりあえず挨拶を取り交わす僕とメイドさん。

 挨拶は全ての基本だから大事だよね。



「ご気分はよろしいでしょうか?」

「あ、はい。凄く気分爽快な感じです」

「マスターが昨晩、体調を整える施法をされていましたからね」

「せほう?」

「はい。治癒魔法を掛けることですね」

「へぇ、魔法を掛けることを施法っていうんだ……ってそんなこと聞いてる場合じゃない!! ここはどこ? 君は誰?」

「はい、私はアイン。マスターに仕える24の戦乙女の長女です。そしてここはゴーディン国王都の外れにあるマスターの私邸」

「マスターって?」



 僕の問いかけにアインが答えようとしたところで、部屋のドアが軽い音を立てて開いた。

 扉の向こうには王城にいたころお世話になったドクター・グェロが静に佇んでいる。



「へ? もしかしてマスターって、先生のこと?」

「はい。我らを統べるマスター、ドクター・グェロとは仮の名で本当の名は――」

「控えよ、アイン」

「は、出過ぎた真似を」



 先生がアインさんを窘めると、彼女はすぐさま謝罪し深々と頭を垂れて壁際へと下がって行く。

 それと入れ替わりに先生が僕の側までやってくる。

 僕がベッドの上に立ち上がっている分、先生を見下ろす感じになっているのをみて、後ろに控える2人の少女からなにやら不穏な空気が漂ってくる。

 なにやら僕の生存本能が凄い勢いで警報を鳴らしている気がしてきた。

 いそいそとベッドの上から降りて、先生に勧められるままにベッドの端に腰掛ける。



「さて、気分はいかがかな?」

「最近ずっと固い板の上で寝てたので身体の節々が痛かったんですけど、今はすっきり気分爽快です」

「そうか、それはよかった。で、君のこれからの予定だが……」

「あのっ!」



 淡々と話を進めようとする先生を遮って、僕は今一番聞きたいことを訪ねる。

 何を聞くより、まずこれを確認しないと落ち着かない。



「先におトイレ行ってきていいですか?」

「……アイン」

「はい。それではお嬢様、ご案内いたします」





 お手洗を終えて、僕は再び先生の前に用意された椅子に腰掛けた。

 仕切り直しのためか、軽く咳払いをしてから先生が話を始める。



「君の今後の身の振り方なのだが、この王都にいることは非常に難しい状況となった。故に君は私の孫娘として帝都へと一緒に帰還してもらおうかと思っている」

「あの、今行われている裁判とかはどうなるんです?」

「代理の者……いや、本来あの場に居なければいけない当人が行っておる。君が気にするほどのこともない」

「気にするほどもないって、いやいや、やっぱり気になります。あの裁判、なんか魔女裁判みたいで結論ありきだったし、碌な結果にならないと思うし」

「それも含めて、本来他人である君が関わるべきものではないと言っているんだよ」



 表情を変えずたんたんと説明してくれるドクター・グェロに、どうしてか違和感を感じる。

 先生とスワジク2号てか本人との関係ってなんだろう。

 どうして僕をつれて帝国へと帰るとか言い出しているのだろうか。



「もしかしてっていうか、多分そうなんだろうけど、先生が本当のスワジクさんを助けたんですよね?」

「……あぁ、彼女の魂の欠片を集めたのは、確かに私だ」

「確かレイチェルさんもですよね?」

「……うむ」

「ミーシャを改造したのも先生?」

「あれは、あの者がそう有りたいと欲したからだがな」



 ふむふむと頷いて、しばらく無言で頭の中を整理する。

 あ、まだ分からない事があった。



「最後に一つ、先生が僕を助けるのは何故です?」

「……お前の無事を祈る者がいたからだ。不思議なことにお前は多くの者から慕われているようだしな。願う者からの依頼だ」

「なるほどなるほど……」

「質問は以上か? ならばここを出立して帝都に行く準備を――」

「行きませんよ?」

「……なんと?」



 驚いた顔で僕を見つめる先生ににっこり微笑み返す。

 大体、先生が助けたいのは僕じゃないのに、僕がほいほいと好意に甘えて良いはずがない。

 なによりも皆を見捨てて、僕だけ逃げ出すなんてありえない。



「僕は帝都にいきませんよ? だってまだ王都でやらなきゃいけない事があるし、いろいろ皆に言いたいこともあるし」

「捕まったら最後、殺されるかも知れぬのだぞ?」

「それは、嫌だけど……本物のスワジクさんだって殺されるかもしれないじゃないですか。先生が本当に助けたい人はスワジクさん本人なんでしょ? その思いは僕も一緒です」

「……徒手空拳のお主に何が出来ると?」

「徒手空拳かもしれないけれど、僕には皆が居てくれる。裁判している所にもフェイ兄やレオさん、スワジクさん本人達が頑張ってくれている」



 僕は徐に立ち上がり、先生に向かって右の手のひらを上にして差し出す。

 先生は差し出された右手を不思議そうにみつめ、そして僕の顔へと視線を上げる。



「もちろん、その皆の中には先生もいるんです。先生も一緒に皆を助けにいきませんか?」



 そういって僕はいたずらっぽく笑って見せた。







 王城内にある収監所。

 アニスが閉じ込められていた地下牢とは違って、貴族やそれに近い人達が一時的に身柄を拘束されるときに使われる場所。

 そこに今、ミーシャ、ボーマン、アニス、ニーナの4人は捕らわれているはず。

 騒動がなにも起きていないところを見ると、ミーシャもボーマンも大人しくしているみたいだ。

 


「ねぇねぇ、キミ? あそこを襲撃すれば良いの?」

「襲撃ってそんな物騒……でもないか。まぁ、そういう感じかな?」



 ドクター・グェロが貸してくれた2人の侍女、ノインとツェーン。

 二人ともガーゴイルとかいう魔法の力で動く人形らしい。

 もっとも人形と言われても、普通の人と見た目は変わらない。

 だけどその力はミーシャみたいに常人の何倍にもなる。

 ボーマン達を救出するまでだけど心強い味方だ。



「皆出払ってくれてたら一番楽なんだけどなぁ」

「無理なんじゃないデースカ?」

「誰が居ても、ノインならやっつけられるよ」



 僕達は物陰から収監所の入り口をのぞき見る。

 案の定、守衛っぽい衛士さんが1人立っていた。

 建物自体もそれなりの大きさだから、中にもまだまだ人が居そうな感じ。

 どうにか入り口の人をおびき出せないかと思案していたら、いつの間にかノインが収監所の入り口へと無防備に近寄っていた。



「んな! 何してんの、あの娘!?」

「へーきデース。直ぐに無力化出来るデース」

「へ?」



 自信満々にそう言い切るツェーンの言葉に、僕は半信半疑でナインの行動を目で追った。

 何やら守衛さんに話しかけ、小さい体躯のナインの目線に合わせようと彼が屈んだ瞬間、両手で頭を軽く挟み込んだ。

 すると守衛さんは小さいうめき声を上げたかと思うと、静に崩れ落ちた。



「え? 何? どうやったの?」

「頭の中身を揺らしたデース。当分起きられないと思いマスよ?」

「ふぇぇぇ」



 びっくりしすぎて変な声を上げる僕を尻目に、ナインとツェーンは意気揚々と収監所に殴り込む。

 もっと静に、大泥棒の様に皆を救出しようと思っていたのに、いつのまにか正面突破というごり押しになってる。

 なのに大きな騒動にもならなかったのは、ひとえにその鎮圧ペースの異常な早さだろう。

 僕が彼女達の後を慌てて追いかけたら、廊下や部屋の至る所に衛士さんが死屍累々といった感じで崩れ落ちている。

 もしや死んでいるのでは? と思って脈を取ってみると、みんな一応生きてた。



「見つけたよー!」



 ノインの可愛らしい声が、凄惨な現場に不釣り合いに響き渡る。

 僕は気を取り直して、ノイン達が居るであろう場所に向かって走り出す。

 鉄格子の入り口を2度ほどくぐり抜けたところで、ノインとツェーンが僕を待っていてくれた。

 ツェーンが鍵の束を弄びながら、黙って通路の奥を指さす。

 きっと皆そっちに居るってことだろう。

 僕ははやる心を抑えつつ、通路の奥に見える扉へと向かった。



「皆、大丈夫?」



 扉ののぞき窓から中を覗きつつ、声を掛けてみる。

 見える範囲に居たのは、アニスとニーナとボーマンだけ。

 ミーシャが見当たらない。

 一瞬心がざわっとなる。

 僕の頭の中で最大級の警報が鳴り響く。

 慌てて後ろへ一歩下がろうとしたら、分厚いはずの木の扉から破壊音と共に2本の腕が伸びてくる。

 その手は逃げようとする僕の背中に回って、がっちりと抱きしめられた。



「姫様、ご無事でなによりです!」

「怖い怖い怖い! それに破片が突き刺さって痛い! 全然無事じゃないぃぃぃぃ」

「あぁ、姫様がこんな板のように固い身体になってしまって……」

「間違いなく板だよね! てかなんでその手は下に降りようとしてるの!!」



 ぎゃーすぎゃーすと悲鳴?を上げながら、ミーシャの魔手から何とか逃れる。

 ほんとに何考えてるんだよ、この堕メイドはっ!



「鍵、やっぱ要らなかったデースネ?」



 ツェーンが手にしていた鍵の束を床に放り出し、ノインは呆れたように首を横に振っている。

 で、ミーシャといえば、突き抜けていた手を引き抜いて、木戸を力ずくで取り外していた。

 まぁ、先生からミーシャの改造の事は聞いていたので、びっくりするよりその馬鹿力に呆れる。



「ミーシャ、先生から聞いたよ?」

「何を……でしょうか?」

「ドクター・グェロからミーシャの怪我の話とか聞いたんだ。死ぬ一歩手前だったこと。あと、その身体が生身じゃないって事も」

「……まぁ、天然な姫様のことだから、気付かないで居てくれたらそれはそれで良いと思っていたんですが」



 僕はそっとミーシャの背中に額をくっつける。

 偽物の身体ってドクターは言っていたけど、その言葉が嘘に思えるくらい彼女の身体は温かかった。

 こみ上げてくる色んな感情をぐっとこらえて、ミーシャに自分の気持ちを伝える。



「ごめんなさい……と今は言わないよ?」

「はい」

「でもきっとこの騒動が終わったら……ちゃんとお礼させてほしいんだ」

「はい」

「だから今は、ボクに力を貸して欲しい」

「元よりそのつもりです」

「……ありがとう」



 牢屋の奥から、ボーマン、アニス、ニーナが出てくる。

 僕はミーシャの背中から離れて、皆を見回していく。

 照れくさそうにそっぽを向くボーマン。

 こんな僕を守ると言ってくれた少年剣士。

 優しく微笑むアニス。

 ミーシャの親友で、とても心優しいドジっ娘だ。

 照れくさそうにしているボーマンをジド目で睨んでいるニーナ。

 本音で話し合える友達のような、しっかり者さん。



 こんな騒動に巻き込まれなかったら、きっと繋がらなかった。

 こんな情けない僕なのに見捨てないで力になってくれた。

 何をどうしていいのか分からない僕を、助けてくれた。

 だから言わなくてはいけない。

 僕が何者で、何を成さなければいけないのか。



「皆、聞いて欲しいんだ」



 僕の真剣な声に、決意を秘めた表情に、皆の顔が引き締まる。

 


「ボクは本当のスワジク姫じゃないんだ。お姫様の身体を借りているだけの、なんの取り柄もない異世界から飛ばされてきた、ただの人間なんだ」



 ミーシャにしか打ち明けていなかった事実。

 


「だから正直、皆がこれ以降ボクに付き従う必要なんてこれっぽっちもない。命を賭ける必要も理由もない。」



 声が震えそうになる。

 見捨てられるかも知れない恐怖。

 騙していたと罵られるかも知れない恐れ。

 それらを下腹にぎゅっと押し込める。



「これからボクは本当のお姫様を助けに行こうと思う。蛮行姫と呼ばれた、あの娘を。そりゃ、いっぱい色んな人に迷惑を掛けたんだと思う。いっぱい間違った事をやったんだと思う。でも、それはちゃんと皆が叱ってあげなかったから。間違いを間違いだと教えてあげなかったから」



 これは僕の勝手な主張だろう。

 被害にあった人達にはきっと通用しない戯れ言かもしれない。



「父親から見捨てられ、母親を失って、親友を失って……教え導く人もなく、助けてくれる人も居ない。近づいてくる人は自分を利用しようとする狼ばかり。こんなのボクでもおかしくなる。てか、ミーシャが暴漢に襲われたって聞いた時にそれを体感した」



 あの絶望感。

 あの無力感。



「だからっていう訳じゃないけど、せめてボクだけでも彼女の味方になりたいんだ。絶望に塗り固められた世界にも、きっと救いがあるんだって教えてあげたいんだ。キミの周りにはこんなにもいい友人達がいるよってことを、彼女に教えてあげたいんだ!」

「なぜ……なぜそこまで蛮行姫の肩を持ちたいんですか?」



 ニーナが不思議そうに訊ねる。

 その質問が日本に居た頃の僕の記憶を呼び起こす。



「ボクの家は母子家庭だったんだ。お父さんは事故で死んで、継母と義理の妹とボクの3人住まい。元が他人っていうこともあって、どうしても継母に心を開くことが出来なかったんだ。まぁ、あとは規模は違うかも知れないけれど、お姫様と同じような感じだったんだろうと思う。だから他人事じゃないって感じかな」



 家庭内暴力まではしなかったけれど、言葉も交わさず視線も合わせない。

 義理の妹の春奈とは、継母が居ないときだけ仲良くしてた。



「多分、ボクは後悔しているんだと思う。もっと継母と会話をして本音を言い合っていれば、もっと違う未来もあったんじゃないかなって。この世界の今のボクのように、友達や兄妹ともわかり合えたんじゃないかなって。だから、ボクはスワジク本人を叱ってあげたい。そしてスワジクやボクから目を逸らしていた王様を殴ってやりたい。彼女を食い物にしようとしていた貴族達をぶっ飛ばしたい!」

「ぷはっ」



 力強い僕の宣言に、ボーマンが吹き出す。

 そんなに面白いことを言ったつもりはないんだけど。

 ボーマンは僕の視線に気付いて、慌てて侮辱した訳ではないと否定する。



「王様や貴族達を殴るか。そんなこと考える人間がいるなんて夢にも思わなかった。面白いな、それ。押しつけられたとはいえ、自分の娘を躾けられなかったんだ。殴られても文句は言えないよな」

「ちょっと乱暴な気もしますけど、確かに姫様のお世話を押しつけられていた文句はいいたい気がします」

「王宮の人間って大体が理不尽よね。首になった恨み、晴らして良いのかな?」



 ボーマンの意見に追従するアニス。

 ニーナは、首になった件を今も根に持っている様子。

 ミーシャは……何を言うでもなく僕の後ろに控えていた。

 それだけで彼女の意思が伝わってくる。

 


「私は、別に本来のスワジク姫がどうとか関係ありません。これも惚れてしまった弱みというやつでしょうか? 貴女がやるというのなら、私もご一緒します」

「一応、ボクは女の子なんだけどね?」

「そこに何か問題が?」

「……イエナニモ」



 馬鹿なやりとりを聞いて、皆が馬鹿笑いする。

 ほんと、馬鹿ばっかりだ。



「それじゃ、いっちょこの5人でクーデターと参りますか!」



 怪気炎をあげる僕。



「この国乗っ取るの?」



 と、ニーナ。



「事後も考えたら、それが一番安全じゃないか?」



 冷静な分析ありがとう、ボーマン。



「お、お父様に怒られないかしら……」



 多分めっちゃ怒られると思うよ、アニス。



「ようやくこの身体の本領発揮ですか」

「流血沙汰は極力避けてくださいね、ミーシャ」



 と堕メイドに突っ込みを入れる僕。

 自然と僕の周りに皆が集まってきた。

 僕が無言で右手を前に出すと、その上にミーシャが手を載せる。

 ボーマンが手を載せた。

 アニスはびくびくしながらも手を重ねる。

 最後にニーナが両手で皆の手を挟み込む。



「皆で悪い大人をやっつけに行くよ!!」

「おうっ!!!!」



 全員の声が収監所中に響き渡った。


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