66話「王定裁判 初日が終わって……」
結局、今日1日では裁判は終わらなかった。
その辺りは最初から分かっていたみたいで、参加していた貴族さん達は特に文句をいうでも無く解散。
僕はそのまま監禁部屋に戻されて、代わり映えの無い夕食を頂いている。
……あ、スープの中に肉の欠片みっけ。今日は付いてるなぁ。
パンはちょっと古いみたいで、表面が少しカビてた。
スプーンでその部分を削り落として、スープに浸して食べる。
ふんふんと鼻歌を歌いながらご飯を食べていたら、ごとりと頭の上で音がした。
何? と思って見上げると、天窓から顔を覗かせているスワジク2号と目が合った。
「ええと……いらっしゃい?」
「……失礼するわ」
会話が成り立ったのかどうかは置いて、スワジク2号は3mはあろうかという高さから飛び降り音も無く着地した。
なんだろう、一昔前の女3人組の怪盗を思い出してしまったよ。
スワジク2号は僕の向かい側に座ろうと思ったみたいだけど、生憎と椅子が無い。
仕方が無いので、ベッドの上に腰を掛けてこちらを見る。
「えっと……、ご飯食べてからでも大丈夫かな?」
「好きにしたらいい」
「あ、はい。アリガトウゴザイマス?」
人を待たせているので、僕は手早く残りのパンとスープを流し込み、最後に水で口の中を濯いで食事を終えた。
食器をドアに付いている小窓から外に出すと、控えていた侍女が器を下げてくれる。
僕はドア越しに遠ざかる足音を確認してから、スワジク2号の側まで戻ってきた。
「あとは就寝だけだから、もう誰も来ないよ」
「見回りは来ないのか?」
「最初の頃は頻繁に来てたけど、最近は全然。毎日規則正しく生活してるし、逃げようともしてないしね」
僕がにぱっと笑って質問に答えると、スワジク2号は呆れて大きなため息をつく。
何順応してんだって突っ込みたいんだろうけど、僕だけの力じゃこんなところから脱走はもちろん、一発逆転の秘策すら思いつけるわけも無いので仕方ないのです。
「このまま裁判の結果を受け入れるつもり?」
「うぅん、身に覚えの無い事だし、出来れば穏やかな結末に落ち着いてくれたら嬉しいんですけど……」
「そんな未来が実現すると本気で思っているの?」
「フェイ兄がなんか秘策があるっぽいんですけど、どんな内容なのか分からないのでなんとも言えないです」
「秘策……か」
沈痛な面持ちで一言呟くスワジク2号。
どうやら秘策とやらに心当たりがある模様。
僕の収まらない悪寒の為にも、フェイ兄が何をどうするつもりなのか聞き出す必要がある気がする。
僕は恐る恐るスワジク2号に問いただしてみる。
「秘策の内容、分かるんですか?」
「分かるというか、今日の裁判の行方を見ていたから、おおそよ見当は付く」
「おぉ! ……って裁判の部屋に居ましたっけ?」
「隠し部屋があるの、あの部屋にはね。そこからずっと話を聞いていた」
ロマン溢れる隠し部屋について詳しく聞きたかったけど、スワジク2号はそのまま話をつづける。
「恐らく、反体制派というか、反王族派と親王族派に二分して、更に反王族派を切り崩していくつもり。今頃は反王族派に種を仕込みに行ってる頃合いだと思う?」
「なるほど。多数決でしたもんね、今日の決議も」
「そう。だから寝返りそうな貴族達に揺さぶりをかけに行っているはず」
「なるほどぉ。そうすれば数が多い方が勝てますもんね」
感心しながら頷いていると、またまたスワジク2号が大きなため息をつく。
しかもあれは馬鹿を見る目だ。
素直にフェイ兄を褒めたのに、何故蔑まれなければならないのか。
解せぬ。
スワジク2号は僕が不満たらたらな様子に、まるで駄々をこねる子を諭すように語りかけてきた。
「この裁判には勝てるかもしれないけれど、後々しこりが残るような解決になるんじゃないかしら。お互いが疑い合い、信頼出来ない国なんて、潰れるしか無いじゃない」
「あぁ、そう言われてみればギスギスしそうですね。その解決策じゃ」
今日の裁判でのあのドロドロ感のままで国の運営なんてした日にゃ、僕なら1日と経たずに逃げ出すね、間違いなく。
「とは言うものの、僕が助かる道って裁判に勝つしかないんだからやむを得ない?」
「貴方に国を滅ぼしてまで救う価値があるの?」
「うはっ、そう言われると返す言葉も無いなぁ」
「ごめんなさい。言い過ぎたわ。貴方に価値が無いんじゃない。スワジクという人物に価値が無いの」
自嘲するような口調でスワジク2号はそう言い放つ。
そして、僕の方に身体ごと向き直ると、しっかりと僕の目を見て言葉を紡ぐ。
「国も壊さず、貴方も助かる方法があるとしたら、貴方はどうする?」
「あるんですか? そんな方法が」
「ええ、あるわ。劇的に何かが変わる訳では無いけれど、この国の未来もフェイ兄様の未来も貴方の未来も必ず守れるわ。ただ、貴方がこの国に残るという選択肢だけはなくなっちゃうけれど」
「その程度で皆が不幸にならずに済むなら、僕は全然かまいませんけど。あ、ボーマンやミーシャ達とも会えなくなる?」
ふと頭の中を過ぎる仲間達の顔。……仲間って思ってて良いよね?
あー、そう考えるとフェイ兄とも会えなくなるのか。
それはそれで寂しくなるな。むしろ、フェイ兄が寂しがるかもしれないけど。
「彼らは、そうね。貴方と彼らが望むのであれば、これからも一緒に居続けられるようお願いは出来ると思う」
「フェイ兄とは?」
「諦めなさい。相手は一国の王子。どうあれいずれは会えなくなるのは決定事項ね」
「それじゃ、君は? こうやって色々助けてくれようとしてるのに、助かった後お礼の一つも出来ないってのは無しね」
「私も……諦めなさい。貴方とはとてもじゃないけれど釣り合わない」
目をそらして、そっけない態度でそう言い放つスワジク2号。
そう言われてはいそうですかと引き下がるのはどうにも性に合わない。
さらに言うなら、どうにも胡散臭い。
彼女の言う事を鵜呑みにしたら、どうにも駄目な気がする。
僕は内心を隠しつつ、お気楽に今後の方策を質問してみた。
「で、具体的にはどんな解決方法になるの?」
「それを説明する前に、これを見てちょうだい」
そういってスワジク2号が腰に下げていた袋を僕に差し出す。
何の変哲もなさそう革袋の口を開けて、中を覗き込んでみる。
すると中から甘ったるい香りが立ち上り、思わず咽せてしまった。
「うわっ、こほっ、こほっ。な、何これ」
「悪いけど、貴方の意思は無視させてもらうわ。ごめんなさい」
「な、何を言ってってあひゃ? ひ、ひたがひひれて、あ、あれ?」
凄い勢いで舌がしびれてきたと思ったら、手先足先も徐々に痺れてきた。
手にしていた袋が持ちきれなくなって床に落としてしまい、更に甘い匂いが充満する。
そのせいで、もう身体を支えているのも難しくなり、ベッドの上に倒れ込んでしまう。
辛うじて動く視線をスワジク2号に向けると、とても優しそうな目で僕を見下ろしていた。
「お疲れ様。貴方の舞台はここまでだから。後は心配しないで。次に目が覚めたら、貴方は自由の身になっているわ」
彼女の手が僕の頭をやさしくひと撫でると、僕の意識は暗闇のそこへと沈んでいった。