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64話「王定裁判 その1」

 さて、軟禁生活が始まった訳だけど……、やることが何も無い。

 いや、やれる事が何も無いと言う方が正確だよね。

 だって部屋の中にはベッドと机、食事用の丸テーブルと椅子くらいしかないんだもの。

 本の一冊でもあればそれでも読んで時間が潰せるのに。

 がさごそと机を漁っていたら、引き出しから何やら宗教めいた分厚い本が出てきた。

 多分聖書的な何かだと思うけど、これを読めと?

 ため息をついて本を机の上に放り出し、すごすごとベッドへ向かう。

 PCの1つもあればいつまでも引きこもれるのに、と益体も無いことを思いながらベッドの上でごろごろする。

 昼くらいになった頃に見かけない顔の侍女さんがやって来て、手早く食事を並べてゆく。

 といってもパンの入ったバスケットと水、それに野菜を煮込んだスープが一皿だけだけどね。

 味はというと、パンはフランスパンのように固く、スープは冷めていてちょっと味気ない感じ。

 不味くは無いけど美味いという程のものでもない。

 多分侍女さんとか下女さん達が食べているような一般的な食事なんだろうなぁと思う。

 貴族からしたらこんな不味い食べ物はストレスにしかならないんだろうけど、僕からしたらこれが割りと普通レベルの味付けなんだけどね。

 量も体がちっちゃいので丁度いい感じだし。

 文句も言わず平らげたら侍女さんが目を丸くしていたのには笑ったけど。

 お風呂も1週間で2回ほどに制限され、楽しみといったら食べることと窓から外を眺めることくらい。

 時折取調べと称して別室へ連れて行かれて延々嫌味を聞かされ続ける事もあったけど、生活の変化という点から見れば鬱々とした毎日に刺激をくれるイベントではあったかな。


 そんな日々が1ヶ月ほど続いたころ……。

 僕が自室で質素な朝食を食べていると、ノックもなしにどやどやと5、6名の兵士達が乱入してきた。

 あまりに唐突な出来事だったので、スープに浸した固いパンに噛り付こうとあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。

 監視していた侍女さんもびっくりして固まっているから、本当に唐突な来訪だったんだなと分かる。

 だが何故このタイミングなのか。

 まだ半分も食べてないので、正直このパンを降ろすか食べるか凄く迷った。

 多分パンを置けばこのままどこかへ連行される事は明白で、またすぐに食べに戻れる保証は無い。

 ならばいっその事……、



「はむっ! はむっ! もきゅっ、もきゅっ!」

「食うなっ!!」



 早食い王もかくやという勢いで口にパンを詰め込む僕に、間髪入れずに突っ込みをくれる兵士さん。

 だが断る!

 先日、取調べだと言うから大人しく付いていったら、ご飯抜きで夕方まで開放してくれなかったじゃないか。

 今度もそんな感じになるかも知れないんだから、食べれる時に食べないとね。



「ええい、何をしているそこの侍女! 早くこやつから食事を取り上げろ!」

「は、はいっ!」

「ふんぐっ! はむっ! ずずずずっ!」

「こいつ、スープまで飲み干す心算か!?」



 食膳に覆いかぶさるようにしてスープ皿とパンを死守する。

 といってもこの2品だけだけどね。

 最終的には兵士2人と侍女さんの3人がかりで食事を取り上げられたわけだけど、それまでになんとか腹6分目と頬袋にいっぱいのパンを確保できた。

 さすがに腹パンまでして食べたものを吐き出させるようなことはされなかったけど、抵抗したおかげで服はスープでベトベトだ。

 そんな僕の格好を見て、調査官っぽい人が眉間に皺を寄せながら侍女に着替えを命じる。

 侍女さんは直ぐに替えの服を持ってくると、ベッドの上に置いてくれた。

 お姫様だった頃は嫌だといってもミーシャ達が無理やり手伝ってくれたけど、今は単なる囚人だから侍女さんは手伝ってはくれない。

 僕的にはなんの問題もないんだけれど、身分の高い婦女子になるとこれが結構屈辱的な仕打ちになるらしいんだけどね。

 ましてや今は大勢の男の視線に晒されながらの更衣なのだから、普通の女性なら堪ったもんじゃないんだろう。

 でも僕はまぁ元男だからあまり気にならない。

 着替え終わって振り返ると、面白くなさそうな調査官の顔と好色そうな笑みを浮かべる兵士たちが雁首を並べていた。

 


「売女が」



 吐き捨てるような台詞を僕に浴びせてくる調査官を意識的に無視して、僕はドアの前へと歩いてゆく。

 兵士が手枷を出してきて僕に嵌めると、前後を挟まれるようにして部屋の外へと連れ出された。

 今日もまた堂々巡りの取調べ(という名の苛め)だろうか。

 殴られるとかセクハラされるとかは無いので危機感は薄いけど、こうも毎回毎回食事抜きで説教聴かされ続けるのはきついものがある。

 とはいっても耐えるしかないんだけれどね。

 ぼんやりと歩いているといつもの取調室(?)を越え、さらに先へと進んでゆく。

 おかしいなと思いつつも付いていくと、政務館の大会議場の前までやってきた。

 調査官の人が扉の前に控えていた兵士に何やら合図すると、すぐさま彼らは会議場の扉を押し開いてくれる。

 ギギギという木の軋む音をさせながら大扉が内側に観音開きに開いた。

 

 会議場の奥には玉座が置かれていて、左右に分かれて3段のひな壇席が並べられている。

 もちろんそこには既に色とりどりの服を着た貴族様らしき人々が着座してこちらを眺めていた。

 僕は兵士さん達に引っ張られるままに、玉座に対面するような形で置かれている被告人席へと連れて行かれる。

 肩を抑えられ無理やり座らされると、僕の足を鉄枷で椅子に固定し手枷の紐を足枷についている鉄の輪に結んだ。

 呆然と辺りを見回すと、見知らぬ貴族の中にトスカーナ侯爵の顔を見つけた。

 他に何人か政務館で知り合いになた文官さん達もいる。

 玉座の近い位置にはフェイ兄とレオさんが並んで座っていて、反対側には偉そうなおじさんが2人ほど座ってた。

 しばらくすると部屋の奥側の扉が開き、いつかの夜に見た王様が颯爽と玉座へ向かって歩いてくる。

 細身の顔に鋭い眼光、固く結ばれた唇は、フェイ兄が年を取ったらあんな感じになるんだろうなって感じ。

 流石親子だなぁって思う。

 違うのは銀色と金色という髪の色の違いだけだもんね。

 流れるような動作で玉座に座ると、王様は偉そうなおじさんの方に向かって目配せをした。


「それでは盟主も来られたところで王定裁判を開催したいと思います。ご起立をお願いします」



 偉そうなおじさんの声に従って、部屋にいた僕以外の人が立ち上がる。

 皆胸に手を置き、軽く頭を下げる姿勢になった。



「神の御名の元において、全てに於いて誠実であり正しき道を指し示さん」



 短い宣誓文のようなものを読み上げ、それに唱和する一同。 

 厳かな雰囲気が部屋の空気をキンと張り詰めさせる。

 拳を3度、胸の中央と額の間を往復させてようやく儀式は終わったようだ。

 皆それぞれに着席し、少しだけ部屋が騒がしくなる。

 その間にフェイ兄は座らずに、書類を片手に講師用の机みたいなところへ進み出た。

 周囲が静かになるころを見計らって、静かにしかし隅々まで響く声で話し始める。



「今法廷で裁かれる事案は、スワジク王女……現在は仮の廃姫処分中でありますが、この者のラムザスとの内通疑惑及び今までの所業についての審判とその後の処遇にあります」



 一旦言葉を区切って会場を見回すフェイ兄。

 その際、僕とも視線があった気がするけど、緊張に固くなったフェイ兄の表情は一瞬すらやわらぐことは無かった。



「それでは内通疑惑の方から話を進めて行きたいと思います。過日、エーストレンド地区Eブロックにあるローエン氏宅に対し、トスカーナ侯爵の私兵にて強襲行為がありました。話によれば以前よりかの老夫婦に対して内通疑惑があった由、作戦決行し数々の証拠品も押収済みであります。この強襲の際に何故かこのスワジク元王女は現場に居合わせたそうです。間違いはありませんか、侯爵」



 会場の末端に座っていたトスカーナ侯爵が立ち上がり、王に対しゆっくりと頭を下げる。



「確かに。以前から計画していた強襲作戦であり、その場にスワジク元王女がいたことも事実であります。が、この場をお借りして我らが盟主に対し謝罪せねばなりませぬ」

「謝罪……とな?」



 突然の言葉に意表を付かれたのか、王様はきょとんとした顔でトスカーナ侯爵を見返す。



「はい。作戦自体は特に問題は無かったのですが、スワジク元王女をこちらで勝手に軟禁した行為について、私としても少々勇み足だったかと」

「確かに卿らしくない性急さだったとは思うが。もともとはあの晩、この者の廃姫は内定しておったのも事実」

「ありがたきお言葉です、盟主よ。その場で魔力に目覚めた元王女を見て、少々功を焦りすぎたようで。そこでその失態を自ら戒める意味も込め、このような末席にて身を小さくしている次第であります。そして此度の王定裁判について、事実確認の証言以外の一切の発言権と投票権をお返ししたく存じ上げます」



 トスカーナ侯爵のその言葉に会場が一斉にざわつく。

 今の会話のどこにそれほど驚く内容があったのか僕には分からないけど、フェイ兄や王様の表情をみれば重大性はなんとなく汲み取れた。

 上座に座っていた偉そうなおじさんがトスカーナ侯爵に声をかける。



「それは聊か自重しすぎではございませんか、侯爵。私が貴公の立場であったとしても同じ判断をしたかもしれませんぞ。さらに既に廃姫は内定とはいえ耳に入っている情報であれば、思わず先走ってしまうのは人情というものでしょう」

「さすればこそ、でありますよ、エフィネル侯爵。魔道の血を引き入れる誘惑は抗いがたいものではありますが、それが盟主を始め皆に秘密で行ってしまったら謀反を噂されても致し方ない愚挙でありました。故に二心の無い証として、今法廷において決められたことに対し、私は一切の異議申し立てもしなければ議決にも参加いたしません」

「おお、なんと清々しい決意でありましょうか」



 周囲の貴族たちが口々にトスカーナ卿の決断を褒めそやす。

 まぁ、俺の子を孕めとか直に言われた身としては、なんとも言えない気持ちになるわけで。

 微妙な顔をしつつ前を向くと、こっちはフェイ兄がレオさんと何か目配せしてるよ。

 表情がさっきより明るくなってるのは、今の件がフェイ兄にとっては追い風だったってことなのかな?



「それでは続けさせていただきます」



 軽く咳払いをして注意を引くと、再びフェイ兄が話し始める。



「ローエン氏の自宅には数多くの証拠があり、スワジク元王女がその場に居合わせたという事実を鑑みると、彼女がラムザスの内通者であったと言わざるを得ない。被告人は本件の罪を認めるか?」

「ふぇ!?」



 他人事のように話を聞きつつ周囲の人の表情なんか観察してたものだから、突然話を振られてビクッと飛び上がってしまう。

 そんな僕を見て何やらあきれ顔で深いため息をついているフェイ兄。

 いやだって前フリとか無かったから、突然こっちに来るとは思わないじゃないか。



「えと、あの家に行ったのは間違いないけど……、でもそれはアニスがそこに囚われていたから助けに行っただけだし……」

「アニス……。アニス・レア・ルティーシェの事か?」

「レア……ルティーシェ?」

「彼女のミドルネームとファミリーネームだ」

「いや、それくらいボクだって分かるよ、フェイ兄様。ただ、ファミリーネームとか聞いたこと無かったから知らなかっただけで!」

「君は……侍女であるアニスを助けに行ったと言ったのかね?」



 フェイ兄の憐れみの視線にあわてて言い訳していたら、ひな壇の一角から僕に向けて質問が飛んできた。

 びっくりしてそっちを見たら、栗毛で天然パーマの人の良さそうなおじさんと視線が合う。



「あ……は、はい。牢屋から連れ出されたアニスと捕まったボーマンがその家に居るって聞いたから、皆で助けに行こうって流れになって」

「横からすまんが、ボーマンとは、ボーマン・マクレイニーで間違いないか?」

「あ、はい。そうです、間違いありません」



 反対側の席から、今度は金髪の髭モジャのお爺さんが声を掛けて来る。

 知り合いか何かなのかなと思いつつ、問いかけにきちんと返事を返す。



「確かに、アニス嬢とボーマン殿に経緯を聞いたところ、今の元王女の発言に合致するものではあります。が、アニス嬢にはいまだ脱獄の嫌疑が掛かったままですし、ボーマン殿については、近衛隊から脱退したまま目的も定かでなく下男の仕事をしつつ城下町に滞在していたとか」



 一旦は僕の発言を肯定しつつ、否定材料を引っ張り出してきて懐疑的な見解を述べるフェイ兄。

 てか何で僕に不利になるような話ばかりするのかな!

 もうちょっと擁護してくれてもいいと思うんだけど。

 レオさんやクラウが信じろって言ってくれてたけど、ちょっと不信感持っちゃうよ?



「おそらく元王女に何か弱みでも握られて、証言の口裏あわせをさせているのでは?」

「おお、蛮行姫ならやりかねんな。もしくは口裏を合わせれば脱獄の罪を逃れられる可能性もあるわけだしな」

「ちょっと待て! 卿はルティーシュ伯のご息女を愚弄する気か?」

「元王女に長く仕えていたのだから、感化されたに違いない。それに脱獄したのに囚われの身になるというのが全く持って意味不明だ。どうせ我が身可愛さに罪を認めておらぬだけであろう? 目の前の小娘のように」


 鼻でせせら笑うようにそう断じて来る貴族のデブに、流石の僕もちょっと頭に来た。



「あんたにアニスの何が分かるんだよ! 一度でもアニスとちゃんと話したことがあるの? あの娘は人殺しどころか、虫も殺せないような臆病で頼りない娘なんだよ!! 自分の偏見で勝手に決め付けるな!」



 いきなり噛み付いてきた僕に目を丸くする貴族のデブ。

 くそう、繋がれてなかったら力いっぱい頬っぺたを張り倒してやるのに。

 ガルルと唸りながら貴族デブを威嚇してたら、さっきの栗毛のおじさんが再度質問してきた。



「確か君はその侍女と諍いを起こしているはす。その際暴言と暴力を振るわれたと聞き及んでいるが、そんな彼女を何故君は擁護するのかね?」

「あの時は、アニスも気が動転してたんだと思うし。だって親友のミーシャが死んだかもしれないってニュースが飛び込んできたから。その原因がボクらしいってなったら、八つ当たりもしたくなっても仕方ないと思う」

「叩かれても仕方なかったと? 自分の罪を認めるのかね?」

「いや、悪いのはミーシャに怪我を負わせた「名無し」とかいう人だし、ボクが何かしたわけじゃない。でもボクにかかわってたから怪我を負わされたっていう意味で言えば、ボクのせいでもあるかなって思ったのは確かだけど」

「何を今更善人ぶってるんだ。そんなお涙頂戴風に話を創作したところで、誰も惑わされはせぬわ」



 今度は違う貴族がそういって僕に噛み付いてくる。

 親の仇を見るような目でこっちを睨み付けてくるのだけれど、何したらこんなに敵愾心一杯の視線を向けられるようになるんですかねぇ、外の人?

 理性的な話よりもどうにも感情的な議論になりそうな予感に、僕はこっそりとため息を付いた。

 この法廷とやらが終わるまで、ずっとこんな調子なのかなぁ……。


なんか凄く文字数が伸びそうな予感がしたので、とりあえず一旦UPします。

この調子でいけば、あと2、3話分にはなりそうなそんな予感www

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