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61話「人は誰が為に戦う? 後編」

「うぅぅ……頭痛い……」



 まるで鉛にでもなったかのような手足を動かし、なんとか仰向けに寝転がった。

 一体どれくらいここで気を失っていたのだろう。

 月の位置を見る限りでは、そんなに何時間も経っている感じはしないな。



「兎にも角にも、起きて逃げなきゃね」



 気合を入れなおして、休みたがる身体に鞭を入れて起き上がる。

 周りを恐る恐る見回してみると、あちこちに松明を持った兵士が立っていた。

 ここから見る限りではそれほど逃げられるルートが有るようには見えない。

 人が少ない場所は見晴らしのいい開けた場所しかないので、のこのこと出て行けば一発で見つかってしまう。

 といって庭の生垣伝いに逃げるとしても、結局は広場なり幅広の通路にぶち当たったりするわけだ。

 そういえばと思って正門のほうを見てみると、先ほど開きかけていた城門が今は完全に開いた状態にある。



「多分、あっちに行ったらすぐに捕まっちゃうんだろうなぁ」



 といっていつまでもここに居ては、最終的に見つかってしまう訳で。

 


「どっちにしても取れる選択肢なんてほとんど無いんだ。一か八か、正門に向かってみようかな。それに捕まったところで殺される訳じゃなし」



 うん、殺される事は無くても、孕まされる可能性はあるんだけどね。

 敢えてその辺りは考えないようにしてみた。実感ないし。

 そんなアホな事を考えながら、それでも見つからないように四つん這いになって影から影へと移動する。

 なんかあれだよね、僕ってこんな風にスネークやってばっかりな気がするんだけど。

 

 ガサッ


 気を抜いていた訳じゃないけど、生垣の枝に皮鎧が引っかかって嫌な音を立ててしまった。

 慌てて身体を伏せ、両手で口を押さえて息を殺す。

 1秒、2秒と時間が過ぎてゆくが、誰かがこちらに近づいてくるような気配は感じられない。

 たっぷり30秒ほど過ぎたくらいで、僕はゆっくりと顔を上げて周囲を見回してみる。

 人の位置はさっきと殆ど変わっていない。

 どうやら気が付かれなかった様だ。

 そう思ってため息を付いてへたり込み、何気なく城壁の上を見た。

 城壁の上にはもちろん兵士がいて中庭を見回しているわけだが、その一人が手にしたカンテラを上へ下へと忙しく動かしている。

 何をしてるんだろうと思ってじっと見ていたら、なにやらこちらを指差している様子。



「あれ? もしかして見つかった?」



 嫌な予感がじわじわと競りあがってくる。

 でも見つかったにしては回りの兵士たちが動かないのが理解できない。

 見えるだけでも10人ほどいるんだから、ばれたのなら一斉にこっちに向かってきてもいいようなものなのに。

 じっとしてやり過ごすべきかどうか悩んだけど、嫌な予感が止まらないので急いでここから離れることにした。

 もちろん、城壁の上の兵士の動きにも注意を払う。



「さっきからこっちをじっと見て動かないね。こりゃマジで見つかっちゃったか!」



 今居る場所から正門まではまだ100mほどある。

 50mくらいのところからは遮蔽物が無くなり、周囲からは丸見えだ。

 こういう時はかえって堂々とした方が見つかりにくかったりするんだよね。

 城壁の上の人には気づかれてるけど、多分僕が大胆な行動しても他の人には知らせなさそうだし。 

 もちろん僕の希望的観測というか、そうだったらいいなっていうだけなんだけど。

 兎に角、一刻の猶予もない状況だ。あれこれ悩んだって仕方ない。

 そう割り切ると、僕は目立つ銀髪を襟元に押し込んで襟を立て、出来る限り目立たない様に工夫を凝らす。

 無駄な努力かもしれないけど、これでなんとか誤魔化されてほしい。

 僕は生垣の影から何食わぬ顔をして正門に向かって堂々と歩き始める。

 歩哨として立っている人たちは中庭の方を注視しているおかげで、こちらには気が付いていない様子。

 いつバレるかとひやひやしながら、正門へと近づいてゆく。



「どうしよう! どうしよう! 正門にも兵士がいるけど、どうやって誤魔化そう?」



 歩きながら必死に考えるけれど、そんな妙案が浮かぶくらいなら最初からこんな事態に陥るわけも無い。

 必死に前だけを向きながら不自然に思われない速度で歩いていると、後ろから集団で追いかけてくる足音が聞こえた。

 僕は恐怖に負けて肩越しに後を振り返ってみると、丁度僕が出てきた生垣の辺りから城壁の上でやりあった兵士達が飛び出してくるのが見えた。



「やばっ! 追いつかれた!!」



 もうこうなったらバレるバレないじゃない。

 僕は必死になって正門に向かって駆け出す。

 この状況に周囲の兵士たちが気づかない筈は無く、あっという間にあたりは怒号と警笛の音に包まれた。



「おい! そこの衛士! 何をしているかっ!」

「正門に向かっているぞ! 逃げる気だ!!」

「追えっ、早く追わんかぁ!!」



 その騒動に正門前でなにやら集まっていた兵士達も気が付いたみたいで、僕の進路を遮るように展開し始める。

 引くも進むも出来なくなって、僕は徐々に走るスピードを緩め最後には立ち止まってしまった。

 全方位を兵士達に囲まれて、もう何処にも逃げ道は無い。



「うん、正直逃げられるとは思ってなかったけどね。あはは、やっぱりここでゲームオーバーかな……」



 兵士達を押しのけて、あの名無しと呼ばれた男が出て来た。

 あの余裕の表情が凄く怖い。

 どうあっても僕に酷い目を見せたいらしい。

 

  

「くくくく、もう逃げないのか?」

「この状況で逃げられるわけないじゃない」

「今更大人しくなるなよ。もっと足掻け。売女のごとくみっともなくな。でなければ面白くないじゃないか」

「力じゃ敵わないし、誰かを傷つけたいなんて思ってないからね。大人しくもなるさ」



 薄ら笑みを浮かべながら僕の前に立つ名無し。

 手にしていた剣を目にも留まらないスピードで振りぬくと、僕の身体に軽い衝撃が走った。

 斬られた? と思って下を見ると、纏っていた皮鎧にくっきりと斬撃の痕が残ってる。



「動くなよ? 動けば本当にお前を切り刻んでしまいそうだ」

「ひっ!」



 斬られる度にその衝撃で右へ左へと弾かれてしまう。

 相手を喜ばせるだけだと分かるからなんとか悲鳴を抑えようとするけど、斬られるたびに条件反射のように喉が引き攣って声を上げてしまう。



「ははははっ、いい顔だ! 恐怖に引きつるその表情! 本当にいいな、お前は! 嬲り甲斐があるってもんだ」

「あぅっ! うぁっ! いっ!」



 口を動かしている間も手は止まらず、どんどんと増えてゆく鎧の傷。

 斬撃に翻弄され、僕は知らず知らずの内に周囲を囲っている兵士の壁まで追い詰められた。

 新たな斬撃を受けて背後に立っている兵士に背中をぶつけてしまったその瞬間、僕はその人に羽交い絞めにされてしまう。

 


「うわっ、小便クセェな、この小娘!」

「はははは、怖くて小便漏らしたんじゃねぇのか?」



 羽交い絞めにした兵士が屈辱的な台詞を僕に吐いたかと思うと、周囲の兵士達は大爆笑した。

 暴動の中で取り残された女の人ってこんな最低な気持ちになるのかなって、どこか他人事のように僕は今の状況を感じている。

 あからさまな悪意をぶつけられる。

 それがこんなに怖いなんて夢にも思わなかった。

 人ってこんなに醜く慣れるんだ、ということも知った。

 自分の中にあった確かな筈の想いが、ぼろ屑のような無価値なものに成り下がってしまう。

 


「こんなのって……こんなのって……」

「悔しいか? 悔しいだろう? その悔しさは俺の悔しさであり、男爵様の恨みでもあるわけだ。くははは、もっと絶望しろ! 奈落の底より深く!!」



 高笑いを続ける名無しが近寄ってきて、ボロボロになった皮鎧の肩紐を剣で無造作に切り裂く。

 自重で当然皮鎧は剥がれ落ち、あとには所々切り裂かれたシャツがあるだけ。

 切っ先が触れたところから、赤い血がゆっくりと流れ落ちる。

 皮鎧を切るときに一緒に身体も傷つけられたみたいだ。

 焼けるような痛みが、辛うじて溢れそうになる涙を留めてくれる。



「さて、次はどうやって辱めてやろうか? ここで全裸にして踊らせてみるのもいいか?」

「隊長! こんな小さい胸じゃ、おっ立つものも立ちませんぜ」



 下卑た笑いに気をよくした名無しは、剣の切っ先を喉元に突きつけてゆっくりと身体のラインにそって下ろしてゆく。

 一つ、二つとシャツのボタンが切り取られ、僕の胸が少しずつ外気に晒されていった。



「泣け、媚びろ。そうしたなら、あるいはこの辱めを止めてやってもいいぞ?」

「お断りだよ!」



 僕が言い返すと、名無しは一気に切っ先を振りぬいた。

 シャツのボタンが全部飛び散り、ズボンの腰紐も断ち切られる。

 いわゆる裸シャツ状態にされてしまったわけで、そんな僕の姿をみて周囲の男たちは一斉にどよめく。

 何より、僕を羽交い絞めにしている兵士の生々しい鼻息が気持ち悪い。



「さて、次はどっちがいい? その紅白に染まったボロいシャツを切り刻むか、腰に纏わり付いてるみっともないドロワースか」

「知るもんかっ!」



 僕の反抗的な態度に笑みを深める名無し。

 切っ先が再び持ち上がり、僕の臍の下あたりで止まる。

 くそっ、この変態! 裸Yシャツなんてありえないだろ! 中身僕だぞ!?

 などと頭の中で悪態を付いていると、何処からともなく悲鳴のような叫び声ような訳の分からない音がした。



「ぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」



 ドカッという肉を打つ音が聞こえたかと思うと、目の前にいたはずの名無しが横っ飛びに吹っ飛んでいった。

 何事!? と思ってみると、何故か突然現れたボーマンが仁王立ちしている。

 見間違いでなければ、今、空を飛んできたよね?

 飛んできたっていうか、放り投げられたっていうような感じだったけど。

 突然度肝を抜くような登場を果たしたボーマンに、周囲にいた兵士達も思わず棒立ち状態になっていた。

 


「ぐはぁっ!!」



 突然羽交い絞めしていた兵士が悲鳴を上げたかと思うと、僕を放り出してお腹を押さえ苦しみ始めた。

 よく見ると、僕の脇腹を掠めるように剣の鞘が兵士のお腹に付き入れられていた。



「え?」

「いつまで姫様に抱きついてるんだ、この野郎」

「ぐ、ぐぅぁあぅがぁぁぁ」



 自由になった僕はすぐさまボーマンの濡れてる背中に張り付いた。

 


「ボーマン! どうやってここまで?」

「説明は後でします。俺の背中から離れないでくださいよ?」

「う、うん、分かってる」



 多勢に無勢の絶体絶命の窮地なのに、どこか嬉しそうな顔のボーマンの横顔。

 周囲を不敵に見回してから、彼は手にしていた剣からゆっくりと鞘を抜き払った。

 その意味を直ぐに理解した僕は、思わずぎゅっとボーマンの服を握り締めてしまう。

 誰かを傷つけたり、殺したりなんかしたくない。

 ましてや、ボーマンにそんなことをさせたくはない。

 だけど、この状況をみればそんな綺麗ごとを言っている場合でないことも分かってる。

 どうしようもない想いが、在りもしない出口を求めて僕の中を駆け巡る。

 


「姫様、今はここから逃げることだけに集中するんだ。言いたいことは分かるけど、今はこれしかないんだ」



 服を掴んでいる僕の手に、ボーマンは鞘を握った手を重ねてくる。

 


「……ゴメンね」

「姫様らしいな。でもそんな心配はいらねぇよ。俺は姫様を守るって決めたんだ。その為なら何だって出来るし乗り越えてみせる。それが騎士ナイトってやつさ」

「そっか。ボーマンは凄いね。じゃあボクは……ちゃんとお姫様をしないといけないんだろうね」



 僕がそう言って小さくため息を付こうとした時、突然ボーマンが左に一歩動いて鞘を2回、3回と振り回した。

 その度にガッという衝撃音がなり、背後でダガーが数本地面に墜落する。

 ダガーを投擲された方向を見ると、頭から血を流した名無しが鬼のような形相でこちらを睨んでいた。



「……お前ら二人とも……殺す!」

「へっ、出来るもんならやってみな。騙し打ちさえなけりゃ、お前みないな奴には負けねぇよ」

「ほざけ、ガキがっ!!」

「けっ、逆恨みの粘着男よりかはマシだぜ」


 

 二人とも口も回ってるけど、それ以上に手数が半端なく凄い。

 豪腕で打ち込んでくる名無しの剣を、剣で受けて逸らすボーマン。

 名無しが体勢を崩した所へ容赦なく左手の鞘を叩き付ける。

 対する名無しは、殺傷力のない鞘の攻撃など痛くもないわとばかりに防御もせず、そのまま強引に両手剣を横に振りぬく。

 

 うぅ、ボーマンの動きに付いていけないです。

 右へ左へと忙しなく動く二人に合わせて、僕も右へ左へと動くんだけど、間に合わなくてオロオロしている。

 少し涙目になりつつある僕をみて捕縛のチャンスと思ったのか、壁となっていた兵士の一部が僕に向かって突進してきた。



「うわぁ! ちょ、やめっ!!」

「このぉ、ちょろちょろと動くな!」

「無理! 無理だから!!」



 何が無理なのかは自分でもよく分からないけど、必死になって伸びてくる手を交わしまくる。

 あともう少しで捕まりそうになった時、目の前の兵士が突然奇妙な鳴き声を上げて倒れこんでしまう。

 何事!? って思ってみると、兵士の後頭部に割りと重そうな感じの槍が突き刺さってた。



「誰だ!!」



 僕を捕まえに来ていた兵士の一人が、背後を振り返って誰何する。

 すると兵士の壁が自然に割れて、一人のメイドが現れた。

 兵士の頭を鷲づかみにして盾のように掲げながら……。

 ありえない光景に兵士達が恐れおののいて引いていく。

 そりゃそうだよね。装備込みで100kgはある兵士をまるで子猫をぶら下げるかのようにしているんだから。



「姫様への狼藉は許しませんよ?」



 周囲の兵士を睥睨しながら、優雅な足取りで僕の元までやってくるメイドさん。

 僕の所へ着いたと同時に、手にしていた兵士を用無しとばかりにはるか向こうへと投げ捨ててしまう。

 うん、ミーシャさん。何気に人間辞めてますよね?

 


「姫様、ご無事で何よ……り? その肩の傷はどうされたのですか」

「あ、いや、さっき皮鎧剥がされるときに一緒に斬られちゃった。割と酷そうに見えるけど大丈夫だよ?」

「そうですか。とりあえずは軽症で何よりですが……」



 そういいつつ、ミーシャは兵士の頭に突き刺さったままの槍を手に取り一気に引き抜く。

 って、なんか変だと思ったら、石突の方が頭に刺さってたのか。 

 刺さってたというか兜にめり込んでいただけだから、この兵士さんも死んでなさそうです。

 どうでもいい情報だけど。



「私の姫様に傷をつけるなど、万死に値します。その上、あろうことか裸Yシャツのコスプレをさせるなんて……裏山、いえ許せません!」

「多分コスプレとかいっても周りの人には通じないと思うんだ、ミーシャ」

「まとめて掛かって来なさい。地獄を見せてあげましょう」



 僕を中心にして無双をしている人外が二人。

 いや、まだボーマンの方が人間らしいというか剣豪っぽくってカッコいいんだが、いかんせんミーシャが凄すぎです。

 槍を横に振れば、人が2、3人纏めて吹き飛ぶというどこの漫画の豪傑ですかという状況。

 その台風の目の中で一人ぽつんと立ち尽くす僕。

 臨機応変に二人の邪魔にならないように動こうと思ったんだけど、あまりに二人が凄すぎて逆に動けないです。

 


「重装兵前列! 密集隊形!」



 怒号や剣戟の音を引き裂いて、野太い声が戦場に響く。

 何事と思ってみると、そこにはフルプレートに包まれ大きな盾を前面に押し立てて迫ってくる一団がいた。

 あれは多分衛士とかじゃなく、正規の軍兵なんだろうと思った。



「踏み潰せ!!!」

『オオオオオオオオオ!!!』



 今までの喧騒がまるで小鳥の囀りだったのかと思えるほどの雄叫びが鳴り響く。

 同時に勢いを徐々に増して駆けてくる金属の塊。

 僕は自分のことも弁えず、前にいるミーシャに向かって声の限り叫んだ。



「逃げて! ミーシャ!!」



 僕の声が届いたのか、前で戦っていたミーシャが肩越しに振り返る。

 目が合うとクスリと笑みを浮かべ、心配ないとばかりにウィンクを返してくれた。

 でも僕が望んだのは、目の前に迫る重戦車のごとき一団から逃げてほしいという事だったのに。



『ウウウウウウオオオオオオオオオオ!!!」



 たった一人を踏み潰そうと、50人からの兵士達が盾を前に迫り来る。

 迎え撃つミーシャがゆっくりと槍を回転させ、まるで「遮断機」のように水平に槍を持ち直した。

 次の瞬間、一人と一団は衝突する。



「ぐっ!!」



 それはまるで冗談のようだった。

 たった一人のメイドが、助走を付けて走ってくる50人の男たちを受け止めて見せたのだから。

 その光景に僕だけじゃなく誰もが息を呑んだ。 



「ば、馬鹿な!?」



 指揮官らしき人が、盾の後ろで狼狽しているのが見えた。






「すげぇな……あれは流石に俺でも真似できねぇぞ……」

「なんだ、あの化け物は……」



 その異様な光景に、ボーマンと名無しの二人は手を止めていた。

 が、それも一瞬のこと。

 お互いにいったん距離をあけ、再び対峙する。



「お遊びはこれくらいにしないとな。お客さんがこれ以上増えるのは勘弁してほしいしな」

「確かに。あの腰巾着どもに貴様らをくれてやるほど、私もお人よしではないんでな」



 そういうと名無しは両手剣を頭上高く振り上げる。

 もちろん胴周りは完全に無防備だ。

 対するボーマンは鞘を捨て、腰の横辺りで片手剣を寝かせる様に構えた。



「この一撃に全てをかける。逃げるなよ、小僧」

「そこまで言われて逃げるようなら、もとから騎士なんぞ目指すもんか」

「はは、その意気は買ってやる。冥途の土産に我が渾身の一撃をくれてやる」

「先に行くのはあんただがな!」



 二人の間で殺気が渦巻いているのが見えるようだ。

 息が詰まるような緊張感に、僕は思わず目を瞑ってしまいそうになる。



「だ、駄目だ。目を瞑っちゃ駄目だ。何にも出来ないんなら、せめてボーマンやミーシャの姿をきちんと見続けないと」



 それが今の僕に出来る唯一の事。

 これが「お姫様らしい」ことなのかは分からないけれど。



「ボーマン、頑張れ!!」

「大丈夫! 俺は負けない! ちゃんと勝って無事に姫様を助け出す!」



 僕とボーマンの会話を隙と見たのか、名無しが奇声を発しながら大きく一歩を踏み込んで来た。

 それに合わせて、ボーマンが右手を顔の前に拝むように持ち上げつつ、腰は更に落とし込む。



「きぃぃぃぃえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「シッ!!」



 ガッっという肉を打つ音が聞こえ、二人の姿が交錯した。

 僕から見たら、名無しの剣は確かにボーマンを捉えていたように思える。

 でも受けの体勢にいたはずのボーマンはいつの間にか名無しの後ろに移動しており、左手で構えていた片手剣は振りぬかれている。

 そしてボーマンの右手は、まるで手甲が何かに剥ぎ取られ血まみれになっていた。



「くっ……」



 痛みに耐えかねたのか、ボーマンが片ひざを地面につけてしまう。

 打ち負けてしまったのかと思いきや、今度は名無しの方が両膝を崩して地面に突っ伏す。



「く……そ……がぁ……」



 地面にじわじわと滲む赤色に、僕はようやく勝敗を悟ることが出来た。

 といっても辛勝といったところではあるのだけれど。

 勝ったとはいえボーマンも無事ではない。

 あの傷じゃきっとさっき見たいには戦えないと思う。

 それが分かるのか、周囲の兵士達が一斉にボーマンに襲い掛かる。

 片手でなんとかいなしているものの、ボーマンの劣勢は明らかだった。

 いづれ力尽きるのは時間の問題と思えた。






「ええいっ! 押し潰せ! 押し潰さんか!!」

「む、無理です! 城壁相手にバッシュを掛けているみたいで、ビクともしません!!」


 

 一方のミーシャの方もこう着状態に陥っている。

 負けもしていないけど、勝てそうにない状況。

 50対1で拮抗しているというだけで奇跡的ではあるんだけれども。



「中列! スパイク用意! 前列、スパイク隊形にシフトしろっ!!」



 その号令と共に、盾持ちの前列が、肩幅半分ほどの間隔をあけて広がった。

 開いた隙間に合わせて、後列の槍隊が横にずれてゆく。

 彼らの意図を理解したのか、ミーシャの顔に焦りが見えた。

 だが、依然として前列の前進力は然程衰えておらず、動きたくても動けなかった。

 ミーシャのゆがむ顔をみて口角を醜く吊り上げる指揮官。



「突き殺せ」



 静かな号令と共に無慈悲に突き出される10本の槍。

 動けない標的を突き刺すなど、彼らにとっては造作もないことなんだろう。

 全ての槍はミーシャの身体のあらゆる部位を貫いた。



「っ――!!」



 僕は声にならない悲鳴を上げ、ミーシャに駆け寄ろうとする。



「来ては駄目です! 私は大丈夫! ですからそこで大人しくしててくださいね!」



 明らかな致命傷を受けて、なお平然と敵を押し返すミーシャ。

 いくらなんでもこれはおかし過ぎる。

 こんなのは普通の人間に出来る芸当じゃない。

 何故? 何がどうなってる?



「貴様、さてはガーゴイルだな!?」

「ガーゴイル!? ま、まさか、帝国の魔装歩兵!?」

「馬鹿な、何で帝国の特殊部隊が?」

「ええい! うろたえるな! ガーゴイルが全て帝国製ではあるまいっ!! 兎に角突き続けろ! 魔結晶さえ壊せばこちらの勝ちだ」



 突かれる度にミーシャの身体から飛び散る光の粒。

 一方的な攻撃に成す術がないミーシャ。

 このままではその魔結晶とやらを壊されて、本当にミーシャが死んでしまう!

 後ろを振り返れば、満身創痍のボーマンもいる。

 もう無理だ。

 そう思った瞬間、大きな銅鑼の音が城中に響き渡った。



「引き鐘……だと?」



 呆然とその音を聞き続ける指揮官。

 その指揮下にあった兵士達も、戸惑いながらも攻撃を中止した。

 崩れ落ちるミーシャに駆け寄り、その身体を引きずってボーマンの元へと向かう。

 ボーマンも剣を杖代わりに、なんとか僕たちと合流を果たして地面にへたり込んだ。



「大丈夫? 怪我みせて!」

「ハァ……ハァ……一体何が……起こったんだ?」

「分かりません。ですが、九死に一生を得た感じです。この奇跡に感謝をしなければなりませんね」

「そんな涼しい顔してないで、ミーシャも具合の悪いところ教えて。魔法で治すから!!」



 魔法を使おうとすると酷く頭が痛むのだけれど、二人の怪我を見ればそんなことなんか構っていられない。

 この状況がいつまで続くか分からないけれど、今のうちになんとか動けるまでには治療しないと。

 僕は二人を抱きかかえて、あらん限りの力をこめて治癒の魔法を発動させる。



「これは驚きました。まさか魔法に目覚めたのですか?」

「え?」



 聞き覚えのある声に驚いて顔を上げると、興味深そうにこちらを眺めるレオさんがいた。

 


「え? どうしてレオさんがここに?」

「私だけではありません。殿下もこちらにおいでです」

「フェイ兄が? 来てくれた?」

「あなたが呼んだんじゃないですか」

「だって、あれからもう何日も経ってたし、フェイ兄の立場もあって来られないんじゃないかって……」

「いろいろと準備が必要だったのですよ。それと……」



 地面にへたり込んでいる僕に顔を近づけて、ことさら小声で囁きかけるレオさん。



「これから色々とびっくりすることがあるかもしれませんが、必ず殿下を信じて行動してください。いいですね?」

「ふぇ? あ、はい。分かりました」



 正直何がなにやら分からないけれど、フェイ兄が助けに来てくれたと聞かされて一気に緊張の糸が切れてしまった。

 それは僕に抱きかかえられた二人も一緒のようで、深いため息を付いて僕に身を預けてくる。

 今はその重みと温もりがとても大切に思えて、思わずぎゅっと二人を抱きしめてしまった。


冬コミに向けて、スワジクの新作を鋭意製作中。

12月中ごろから29日までに本編完結させる予定です。

今しばらく更新はお待ちください。

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