58話「愛の逃避行!? な訳ないか」
「ここも駄目ですね」
壁や窓を手当たり次第に調べていたボーマン。
わずかな光の中、少し青白い顔に苦笑を浮かべて僕のところへ戻ってくる。
「結構頑丈そうだもんね。やっぱり扉からしか逃げられそうにないのかな」
「かもしれませんが、あの扉も明日の朝にならないと開かないし、開いた時には逃げ道なんて……」
「悪役ってさ、こういう時必ず油断してて簡単に脱出できたりしなくない? それにほら、ボクって身体ちっちゃいから隙間を縫ってすい~っと外に出れるかも?」
落胆しているボーマンを励ますようにちょっとおどけて見せた。
あまり気を張りすぎるのも良くないし、焦りは思考を妨げる。
そんな僕の気遣いを知ってか、ボーマンは力なく微笑みながら僕の横に腰を下ろす。
壁に背をもたせ掛けながら、ボーマンは天井付近にある小さな採光窓を見つめる。
「あの窓がもう少し下にあればなんとかなったかも知れないんですが……」
「高いもんねぇ、あの窓。ん~、肩車してくれたらなんとか届かないかな?」
「肩車……ですか? 高さ的には辛うじて届きそうですけれど、それはいくらなんでも無理なんじゃ……」
ボーマンが窓と僕を見比べて静かに首を横に振る。
そんなの最初から無理でしょうみたいな空気を纏うボーマンに少しだけカチンと来る僕。
「大丈夫だよあれくらいなら何とか届くと思うし、気合入れればどうにかなるよ」
「いや、でも姫様じゃいくらんでも無理ですって」
「やってみなきゃ分からないじゃない。兎に角、そこにしゃがんでよっ!」
「え!?」
「なにびっくりしてるのさ」
ボーマンがまごついているので、痺れを切らした僕は自分で壁に手をついて両足を広げて振り返る。
「上手くいったら上からロープか何かで引っ張り上げるから」
「いやいやいや、姫様窓枠壊せるんですか? 俺が上にならないとどうにも出来ないですって!」
「ボクじゃボーマンを肩車なんて出来ないじゃん」
「いや、だから無理ですって言いましたよね!?」
「もう、グダグダ言ってないで行動するっ!!」
突っ立っているボーマンの頭を両手で引き下げて無理やり四つん這いにさせる。
最初は頑なに抵抗していたボーマンだけど、最後のほうは諦めたのか両膝を付いた。
まったく肩車一つに何をそこまで抵抗することがあるんだろうかと思ってしまう。
兎に角僕はしゃがんだボーマンの頭を跨いで首の後ろに腰を降ろす。
「んくcwzhぃ。いqybz!」
「何変な奇声を上げてるの、ボーマン。ほら早く立ち上がって!」
「は、はひっ!」
ぐいっと重力に逆らって上に持ち上げられる感覚。
瞬間だけふらついてヒヤッとしたけど、完全に立ち上がるとボーマンはゆっくりと窓へと近づいてくれた。
「ちょ、ひ、姫様っ! も、もうちょっと足をゆ、緩めてください。か、顔が太腿に挟まって……」
「あっ、ひゃんっ、ボーマン! い、息吹きかけたら……太腿に向かって喋ったら気が散るからっ!!」
「は、はイッ! す、すいません。」
太腿にかかるボーマンの暖かい手と生暖かい息使いに思わず変な声を上げそうになってしまう。
なんか腰の後ろがゾクゾクするというか、なんか変な感覚が下腹から背筋を伝って駆け上がってくる感じ。
うん、すげぇ恥ずかしい。
「ひゃんっ」は無いわ、「ひゃんっ」は!
ボーマンが下でよかったよ、きっと今顔がトマトみたいに真っ赤になってるに違いない。
「ほら、もうちょっとで手が届くから! 頑張って! 背伸びして!」
「ひひひひ、姫様! お、落ち着いて、そんなに前に身体を倒したら! 腰を揺すらないでくださいぃぃぃ」
「腰なんて揺すってないから! 変態みたく言わないでよ! それよりあともうちょっとで手が届きそうなんだ」
「わ、分かりましたから太腿締めないでください! 首が、首がっ」
グダグダ言いながらもなんとか鉄格子に手が届く。
そこを支えにゆっくりとボーマンの肩の上で立ち上がってみた。
「おお、これだと丁度外の具合がよく見えるよ!」
「本当ですか? で、窓枠は外れそうですか?」
「うーん、ちょっと待って。頑丈そうではあるけれど……」
外から入ってくる月の光のお陰で、手元はとても明るくて見やすい。
石壁の間に開けた空間に木枠の窓をはめ込んで外側に鉄格子を嵌めている造りだ。
木枠は丁度窓の大きさではめ込まれてあるだけのよう。
ネジ止めとかは流石にされていないみたいだ。
これなら押すか引くかすれば引っこ抜けるんじゃないだろうか。
窓はそれで良いとして、問題は鉄格子。
多分石に溝を掘って嵌めこまれている感じ。
これを外そうと思うと、石を削るか鉄格子を切断するかの2択しかない。
「窓は外せそうだけど……鉄格子はちょっと無理っぽい」
「そうですか……」
立ち上がった時とは逆にボーマンの肩に座り、そのまま床へと降ろしてもらう。
まじめな調べものをしたから、大分顔の火照りも収まっている。
気恥ずかしい思いを無理やり押し殺してベッドに戻る僕。
「さてと!」
わざとらしく澄ました顔でボーマンを見上げる。
心なしか彼の顔が赤くみえるのは、多分気のせいではないんだろうなぁ。
ま、歳も近い女の子を肩車したんだからいろいろと刺激的だったんだろう。
とりあえずこの気まずい空気を払拭しないと、なんか羞恥心がぶり返して来そうだ。
「これでやっぱり逃げ道はあの扉しかないと分かった訳だけれど、他に何か案はある?」
「そうですね。あの扉は鋲打ちまでしてあるようで、蹴破るには少々無理があります」
「じゃあ、内側からは開けられない訳だね」
「はい。あの扉は明日の朝までは開かれないでしょう。……よほどのことがない限り」
ボーマンの一言でぴんと来るものがあった。
よほどのことがない限り開かないのであれば、そのよほどの事を起こせば良いんだと。
ちらりと横を見るとボーマンは他に方法はないかと頭を捻っている。
どうやら僕の作戦以外にあの扉を開ける方法はなさそうだ。
「あのねボーマン。あの扉を開ける方法を一つだけ思いついたよ」
「え? あるんですか!?」
「うん。それにはちょっとボーマンの協力も必要になるんだけど、いいかな?」
「そんなのは聞くまでも無いことです! 姫様をここから助け出せるなら、なんだってやります!」
「うん、そっか。ならちょっと恥ずかしいんだけどさ、なるべく外に聞こえるようにしてほしいんだ」
そういって僕はゆっくりと服の紐を緩めていった。
貴人用の監禁室の前で、私設騎士団員のボロワは欠伸をかみ殺していた。
その隣には同僚のキスカ。
二人ともごく一般的な体格で屈強とは言いがたいが、小娘と重症の小僧一人を捻るくらいは造作ない程度に腕は立つ。
だからこそ逃げ出す心配のない囚人に対して、緊張感を持続させるのはなかなか難しい。
むしろ自分達の役目は、外から蛮行姫に恨みを持つ者が入ってこないように見張る事にある。
だから中で囚人が何かごそごそしていようとさほど気にはならない。
そう、気にする必要などない筈だった。
「あ……駄目だよ……んっ」
「ひ、ひ、姫さま……ちょ、ほんぶふっ!?」
「あぁん、そんなに激しくされたら、ボク……ひゃうんっ」
ドスンと何かが倒れこむ音が聞こえて布が裂かれる音がする。
はぁはぁという荒い息遣いに、艶かしい女の吐息。
「姫様、そ、その」
「いいんだよ、ボーマン。あんな筋肉ゴリラに犯されるくらいなら、大好きなボーマンにしてもらう方が……ボクは嬉しいよ?」
「っ!! は、鼻血が……」
「ほら、聞こえる? ボクの心臓の音。こんなに早くなってる」
「……っ! あ、あの、あの」
「ふふっ、ボーマンも凄く早くなってる。それに、こんなに固いよ……」
「うえっ!? ちょ、ちょ、ちょっと待って! そ、それは流石にぐわっ」
「朝までまだまだ時間はあるから焦らなくて大丈夫。何回だって受け止めてみせるから……」
「んふーっ、んふが……ふが」
聞こえてくる何やら秘めやかな水の音。
途切れ途切れに聞こえる切なそうな喘ぎ声。
どう考えても男と女の情事としか思えない。
むしろこれを聞いてそう思えない男が居たら、そいつはホモか精通もないガキだろう。
「おい、キスカどう思う?」
「ああ、そうだな。俺としては女に主導権を握られているのはどうかと思うが」
「そうじゃねぇだろうがっ!」
「落ち着けよボロワ。この扉を開けさせる罠かもしれないんだぜ?」
キスカは面倒くさそうに扉についている覗き窓を覗いてみる。
見えたのは、脱ぎ散らかされた女物の服に下着、それに若造が着ていた防具やら服やら。
奥のベッドには、毛布が盛り上がって何やらごそごそと動いている。
「あふっ……んっ! あっ……やだ……そんなところ……」
ぴちゃ…ちゅる…ちゅるる。
音に反応して毛布がびくりと跳ね上がった。
そのときするりと毛布からはみ出た真っ白な足。
艶と張りがあるその足に不覚にもキスカは見惚れてしまう。
そんなキスカの肩をボロワは揺すって中の様子を聞きだそうとした。
「ま、待てって。まだ分からねぇって。それに中が暗くてよく見えねぇ」
「ば、馬鹿っ! 覗きやってんじゃねぇよ! もし本当にやってんなら止めねぇと!」
「毛布に包まってよく見えん! くそっ、もっと見えねぇかな?」
「ド阿呆! 兎に角中に入って止めさせるぞ! あの女が傷物になったら、俺達が責任とらなきゃいけなくなるんだぞ!!」
「待てボロワ、もう一度だけ中を確認するからっ」
「五月蝿いっ!」
そういってボロワは持っていた鍵で錠を開けると中に踏み込んだ。
もぞもぞと動いている毛布を引っぺがそうと駆け寄る。
そのボロワの後を慌ててキスカが追いかけるように入ってきた。
「盛りの付いた牝犬がっ!!」
ばっと毛布を引っぺがすと、そこにはぐるぐる巻きにしたシーツと毛布を抱いた全裸の少女がいた。
指を咥えて何やら卑猥な音を立てていたようだが、どうみても自分達が考えていたような情事をしていた訳ではない。
ボロワははっとなって後ろを振り返ると、そこには鞘付きの剣を振りかぶった若造の姿があった。
今宵の彼の記憶はここで途切れてしまった。
「意外にあっけなかったね?」
「……」
床に散らばった下着を拾い集めながらボーマンに声をかける。
でもボーマンは頷くだけでこっちを見ようともせず、気絶している2人の騎士達を縛っていた。
まぁ、確かに今の僕の格好では目の毒か。
手早く下着を身に着けて、ボーマンが剥いでくれた騎士達の制服に身を包む。
お詫びにといってはなんだが、僕のワンピースは毛布を剥いだ男の人に着せてあげることにした。
ちょっとむっちりしちゃうけど、寒いよりはましだろう。
うん、嫌がらせだよ。
「さて、服も着替えたし、そろそろ逃げようか?」
「そうですね」
「……なんかそっけないね、ボーマン。それに変に腰が引けてない?」
「ななな、なんでもありませんっ! は、早く逃げましょう!」
ちょっとやりすぎたかなと思いつつ、僕たちは薄暗い夜の城の中を逃げ出した。
このまま見つからずに逃げ切れたら良いんだけど、そうはいかないんだろうなぁ。