55話「真実の欠片」
「う~ん……、どうしよう」
質素な造りの部屋の中、僕は固いベッドの上に胡座をかいて唸っていた。
なんか凄い勢いで状況が変わっていくものだから、実際問題自分がどう動けばいいのか分からなくなってしまっている。
じゃあ以前はちゃんと分かっていたのかと問われると、あんまり理解していませんとしか言いようがないんだけど……。
いや、周囲の人達から嫌われているのも分かってたから、刺客とかそんなのは割りと覚悟してたんだよ?
でも実際街に出て見たらそれほど外の人って嫌われている感じしなかったなぁ。
むしろお城に居る人達の方が嫌われ度は高かったよ。
ま、日常の接点がない人たちといつも顔を合わせる人たちでは反応が違って当然なんだけど。
「しかし、いきなりの超展開。どこでエロゲフラグでも立ててしまったのか?」
自分の身長の2倍の高さはあろうかという窓から入ってくる月の光を眺めながら大きなため息をついてしまう。
兎に角、今はボーマンの傷を直すのが最優先。
それ以外のことは命に関わること意外は無視。
とりあえずその方向で善処するしかないと腹をくくる僕。
「実際凄いよね魔法って。ボーマンの傷、もう殆ど塞がってる……」
治癒の進み具合を見るために胸元を大きく肌蹴させて横たわるボーマン。
その厚い胸板にある傷口の跡を人差し指でなぞってみる。
まだちゃんと肉が盛り上がりきっていないので妙にでこぼこした感触に、ちょっとだけ寒気を覚えて背中を震わせる。
「傷は塞がったけど、まだ顔色は青いままかぁ。血が足りないのかな。魔法で造血もしてくれているのかなぁ? うぅむ、よくわかんないや」
僕の膝の上ですぅすぅと安らかな寝息を立てるボーマン。
胸を剣で貫かれたときはホントどうなるかと思ったけど、この状況なら明日には目を覚ますかもしれない。
僕はボーマンの髪を優しく撫でつけながら、昔聞いた覚えのある子守唄を歌っていた。
ボーマンの受けた痛みが少しでも和らぎますようにと祈りをこめて。
さっきの住宅からかなり離れた森の中にある猟師小屋。
私とミーシャちゃんとニーナちゃん、それに私達を助けてくれた2体のお人形さん達がその狭い小屋の中に居た。
ようやく落ち着いた私達を横目に、緑の髪のお人形さんがミーシャちゃんに問いかける。
「で、どうするんだ?」
「分かりきった事。姫様を奪い返しに行きます!」
鼻息荒く槍を片手に今にも飛び出しそうになるミーシャちゃんを捕まえながら、私は緑の髪のお人形さんを盗み見る。
お人形さんが動いていること自体びっくりなんですけど、それよりもあの物腰、どこかで見た記憶があるんです。
どこで見たのかまでは思い出せないんですけれども。
「一人で侯爵家へ殴りこみか? そんな事をすればあっというまに捕まって殺されるのがオチだな」
「このままでは姫様はきっと酷い目に遭わされてしまうんです」
「だから、一人で行っては無駄死にだと言っているのがわからんか?」
「しかし姫様っ!」
「え? お人形さんが姫様?」
ミーシャちゃんのその言葉に?マークを浮かべる私。
どこかの国のお姫様なのかな、このお人形さん。
「私はもう姫などではないと何度も言ったであろう? 私はただの自動人形。死んだスワジク姫の記憶を写したただの器だ」
お人形さんのその言葉にさらに?マークが増えてしまう。
え? 姫様が死んだ? いつ? っていうか、今姫様は浚われたばかりだし今から助けに行こうっていってたばかりだし。
「……それは、そうなのかもしれませんが。いや、今はそんな事を議論している場合ではなく一刻も早く姫様を助けに!」
「ってミーシャちゃん! 言ってる意味わかんない! なんで姫様が死んだって話になってるの? 目の前のお人形さんが姫様の記憶を持っているってどういうこと!?」
「あっ、そういえば居たんだったな、アニス……」
凄い勢いでうろたえるミーシャちゃん。
こんなミーシャちゃんを見るのは初めてで凄い新鮮だけど、今はそれどころじゃない。
私は両手でミーシャちゃんの顔を掴んで無理やり視線を合わさせた。
「どういうことか説明してっ!」
「あ、その……いや……」
焦っているのがありありと分かる表情で、ミーシャちゃんは何か言い訳を探している。
むぎゅーってミーシャちゃんのほっぺたを力いっぱい握ると、涙目になりつつ弱々しく抵抗する。
「駄目だよ、変な言い訳しようとしても。ちゃんとミーシャちゃんが本当のこと言うまでこの手は離さないからねっ!」
「それについてはワシから説明しよう」
「ふぇ!? ど、ドクターグェロ!? どうしてこんな所に?」
小屋の扉の前に佇む小柄な老人にその場に居た皆が驚いた、と思う。
もしかしたら私とニーナちゃんだけかもしれないけど。
「そこに居る2体の魔導人形はワシが作ったものじゃ。とある人物の魂の緊急避難的な措置として……の」
「魂の緊急避難?」
「そうじゃ。人の魂とは死んでから幾ばくかの時間はその時空間に留まるんじゃよ。それを魔石に移して仮の体を与え保存する」
ドクターは喋りながら小屋の中に入ってきて、黒髪のお人形さんの傍へと歩み寄る。
黒髪のお人形さんはドクターに椅子代わりに樽を用意した。
ドクターはそこに腰をかけてさらに話を続ける。
「本来この手法は大掛かりな手術をする際に魂を傷つけないようにと考案された手法。だがこの娘についてはあまりに突発的な事態であったため体を保護することも、完全な魂の情報を保存するにも失敗したんじゃよ」
「え? ……あの……おっしゃっている意味がよく分からないんですが」
「アニス、もう気付いているんだろう? あの黒髪の人形が誰かに似ているってことを」
「あ……でも、そんな……まさか……レイ……チェル?」
恐る恐る声に出したその名前を聞いて、黒髪のお人形さんは悲しそうに微笑みながら頷く。
「お久しぶりね、アニス。相変わらずで安心したわ」
「レイ……チェル?」
「正しくはレイチェルだったもの、なんだけれども」
「レイチェルっ!!」
いろんな感情が私の中で一気に爆発した。
気が付いたら私は彼女に縋って大泣きをしていたけれど、レイチェルはそんな私の髪を優しく撫でてくれる。
「レイチェル! レイチェル! レイチェル!」
「本当に泣き虫さんなんだから……」
私が落ち着くまでの間、ドクターは何も喋らずにじっと待っていてくれた。
それに気が付いて私はバツの悪い思いをしながら姿勢を正す。
話はまだ終わっていないのだ。
「同じ手法で、ワシはもう一人の娘の魂を拾い上げることに成功した。今度も突発的な事態ではあったが準備をしていたお陰で何とか上手く処置が出来た」
「その結果が私というわけじゃ。あの城壁から落ちて溺れて助かるわけなどない」
「まぁ、その通りではあった訳だが。魂を保存さえ出来れば、後は体を修復さえすれば元に戻せる……筈だったんじゃがの」
「そこでイレギュラーが起こったというわけですね?」
ミーシャちゃんの問いかけに苦々しく頷くドクターグェロ。
緑の髪のお人形さん、えと本当のスワジク姫、は苦笑いをしながらその場で話に聞き入っている。
あぁ、そう言えばあの腕の組み方とか重心の取り方とか姫様っぽい。
「そうじゃ。桟橋で引き上げられた姫様の遺体に救命処置をするセンドリック殿を横目に、ワシは姫様の魂をまず魔石に集めた。その次にその体を治療すべく近寄った所、あろう事か雑霊が姫様の体に入り込んでしまったのじゃ」
「雑霊……ですか。今の姫様は……」
「そう雑霊。本来であれば早々に弾き飛ばすべきものだったのじゃが……いかんせん魂と体の融合率が高すぎた。上に本来の持ち主は体に帰りたがっておらぬしな」
「それっていわゆる憑かれたっていう状態ですよね?」
ニーナが分からない成りに話に加わってきた。
何やら凄い興味津々といった顔で。
ドクターは彼女の発言に静かに首肯して話を続ける。
「そうじゃ。だが本来雑霊とはその土地で死んだ位階の低い動物達の霊のことなんじゃ。だから理性的な受け答えや思考能力など持ち合わせてはおらぬ……筈じゃった」
「だけど、当の姫様は異世界から来たと私にはおっしゃっておりました」
「その上魔法適正の無かった本来の姫様とは違い、なぜか魔法の力にまで目覚めてしまった」
眉をしかめながら腕組をするドクターグェロ。
そんなドクターの横でスワジク姫様が苦笑しながら呟いた。
「性格も私よりは優しいし、人への配慮も出来る。何より他人の庇護欲を引き出すあの娘なら私以上に良いスワジク姫を演じられるであろう。いや、本来はあのような姫を皆望んでいたのであろうな」
「私は昔のままの姫様のほうが好きですけれども」
「……あまり面と向かって言うな。恥ずかしいではないか、レイチェル」
「フェイタール殿下もきっと私と同意見だと思うのですが……」
「それはもういい。私は死んでしまったのだよ、レイチェル。生きている人間の人生にこれ以上関わるつもりはない」
「まぁ、本物のスワジク姫の発言はともかく、いま捕らわれている雑霊が入ったスワジク姫の本体なのじゃが……、お主たちが危険を犯してまで救いに行く必要があるのか? あれは今説明した通りただの雑霊じゃ。本来ならそのまま天に召されておるべき哀れな魂。ならば無理をして助けに行く価値等ないのでは?」
氷のような表情でドクターグェロはその場に居合わせた私達を見回す。
いわゆるあの姫様はリビングデッド。
生きているけど死んでいる、あるいは生きていてはいけない存在。
「今の姫様の魂の出自がどうであれ、私はあの姫様を助けに行きます。それが私とあの姫様との約束ですから」
「あの……私も一緒に行きたい……です。ボーマンが捕まったままだし……それに私多分あのお姫様のこと、好きなんだと思います。だから……」
「アニス、あなたはどうするの?」
「レイチェル……」
「怖がりのあなただもの。ここでじっとしていても誰もあなたを責めたりしないわ」
「……うん、そうかもしれない。むしろ邪魔する分、ここで皆を待っていたほうがいいのかもしれない……」
私はレイチェルから身を離すとゆっくりと立ち上がる。
その場に居合わせる皆の視線が私に集まるのが分かった。
怖い。暴力が怖い。争いが怖い。
出来ることならここでじっとしていたい。
でも、それでは駄目なんだと思う。
「私、思うんです。もし過去に戻れるなら、もっとちゃんと姫様と向き合って居ればよかったって。そうしたら、レイチェルや他の皆が笑っていられたのかもって……」
「気にすることなど無い。私も大人気なかったのだ。いろんな人を不幸にした。それは償って償いきれるものではない。だから私は死ぬべきなのだよ」
「だから私に殺されたと、あなたはそう言うの? スワジク・ヴォルフ・ゴーディン?」
がたんという音を立てて戸が開け放たれたそこには、顔を真っ赤な血で染めた黒髪の少女が立っていた。
レイチェルの妹、ルナ・ホランが血まみれのレイピアを片手に嗤っていたのです。