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54話「戻れぬ道と戻らぬ道」

 暗闇の中、後ろの衛士たちが持つ松明で照らされるガタイの良い貴族風の人。

 服装こそ地味っぽく見えるが、よく見れば細かなところの仕上がりが凄く丁寧だ。

 こんな上等そうな服装、王宮の中でもあまり見かけたことはない。

 後ろへ綺麗に撫で付けられた髪が松明の灯に照らされて鈍い銅色に輝き、四角く張ったエラと鋭い目がこの人の意志の強さを表わしているようだった。

 どこをどう見ても友好的な雰囲気など微塵も感じられない。

 加えて、僕達を囲んでいる兵隊さんたちから漂う気配もなにかギスギスしている。

 鎧が近衛のものとは違っているので王宮に詰めている衛士さんたちじゃないことも分かった。

 きっと貴族の人の私兵というところだろうか。

 僕はぐるりと周りを見回した後、恐る恐る目の前の男に視線を合わせた。



「あの……フェイ兄様からのお迎えとかじゃ……」

「いえ、残念ながら。これらは私、ファルゴーレ・ルブラント・トスカーナの私兵にございます」

「……兄様は?」

「残念ながら殿下に置かれましては唯今自室にて謹慎中だとお聞きしております」

「謹慎? 何故?」

「さぁ、そこまでは我々の与り知るところでは有りませぬゆえ」



 寒々しい笑みを深めつつ男は一歩僕へと歩み寄る。

 この笑みはあれだね、理由を知っているけど教えてやらないってやつか。

 もうこの短いやり取りだけでこの人が外の人にとって敵なのだと理解した。



「ハイキ姫とか仰っていたようですが……」

「はい。先ほど王宮内で非公式ではありますが、姫殿下の地位の剥奪が仮決定されました」

「……それって、ボクはもうお姫様ではないってこと?」

「左様、貴方を守る権力はもはや消え去りました。貴方に残されたのは莫大な負債と貴族達の恨みでしょうな」

「そ、それじゃ、貴方がここに来た理由って……」

「もはや秘密裏に貴方を処理する必要もなくなった今、貴方の死体を確認しに寄っただけなのですが……」



 そういってトスカーナと名乗った男が、僕の淡く光っている髪に手を伸ばし一房掬い取る。

 彼の嬉しそうな表情を見て、寒気が背筋を走り足の力が抜けそうになる。



「まさか魔導の力に目覚めていようとは……。このような小娘相手に貴族ともあろうものが何を盛っているのかと思っていたのだが、こうなってみれば彼奴らには先見の明があったと言えるのか。まぁ、もっとも返り討ちにあっている時点で度し難いほどの間抜けではあるのだがな」



 あぁ、なるほど。

 外の人が寄ってくる貴族達を毛嫌いしていたのはそれでなのか。

 なんとなく予想は出来ていたけれど、9歳や10歳から性的対象と見られて迫られれば人間不信にもなるよね。

 ましてや力になってくれる人なんて誰もいなかったんだろう。

 そして目の前のこの男も外の人にとって、いや、今の僕にとっても心を許していい存在ではない。



「あの、ここにいる私の侍女やこの怪我人は……」

「私には必要のない人間かと」

「ど、どうするつもり?」

「脱獄囚に死掛けの小僧、それに、あぁ、後ろの家の住人が殺されていたのでしたかな。運よく犯人2人も捕まえられて、ほっとしますなぁ」

「横暴だっ! アニスは脱獄囚なんかじゃないし、ミーシャやニーナが誰を殺したって――」

「なに、証人ならここに掃いて捨てるほどいますからな。いまさら貴女の言葉に誰が耳を貸すのでしょうか」



 後ろに控えていた騎士達がトスカーナの合図で数名動き出す。

 手には荒縄を携えているのが見えた。

 まずい。非常にまずい。

 トスカーナはここにいる僕以外の人間をきっと殺す気だ。

 どうしたら皆を逃がせるか。

 慌てて周囲を見回すも周囲は完全に包囲されていて猫一匹逃げ出せそうにない。

 藁にも縋る思いでミーシャ達を振り返る。

 青い顔で抱き合うニーナとアニス、そして二人を庇うように槍を構えて立ち塞がっているミーシャ。

 いつもなら頼もしいと感じる姿だけど、青ざめている彼女達の顔を見て状況の圧倒的不利を悟る。



「待って! お願いします! 皆に酷いことしないでっ」

「そうは言われても邪魔なものは邪魔ですらかなぁ……」

「何でもします! 何でも言う事を聞きますから! だからこの4人には酷い事をしないでくださいっ」



 僕は恥も外聞も捨ててトスカーの足元に土下座をして頼み込む。

 土下座という行為が相手に分かるかどうかなんてこれっぽっちも考える余裕なんてない。

 ただ今僕に出来ることって彼の慈悲に縋るしかないのだ。



「……ほぅ、なんでも? どんな理不尽な命令にも従えると?」

「この4人の安全を約束してもらえるのであれば、ボクに出来ることならっ!!」



 額を地面に擦りつけながら必死になって命乞いをする。

 息を呑む音、鼻で笑う音、唾を吐き出す音。

 色んな音が一度に聞こえてくる。

 地面にうずくまった僕の小さな体に突き刺さる侮蔑の視線、哀れみ、憎悪。

 嬲り殺される恐怖、あるいは女なのだからレイプもありえるかもしれない。

 なんでもするといったから当然そんな最悪な未来も頭の中を過ぎる。

 惨めだ、嫌だと思うけど、ミーシャ達の命が守れるのなら安いものだ。

 外の人には悪いけど、綺麗な体では返せないかもだけど、そこは許して欲しい。



「目をっ!!」



 突然鋭い声が掛けられたかと思うと、爆音と共に一瞬にして周囲が真昼のように明るく照らされた。

 僕自身は土下座していたので直視することはなかったけど、まるで映画で見たスタングレネードみたい。

 光を直視してしまったのか騎士達の悲鳴や怒号が飛び交う。

 そんな中荒々しく誰かに踏みつけられたかと思うと、すぐにその圧力が悲鳴と共に消えてなくなる。



「立て、逃げるぞ」



 むりやり引き上げられた視線の先にいたのは、僕が納屋で見つけたあの緑の髪のビスクドールだった。

 何故人形が動いているのとか、どうして人形が助けにきているのかとか。

 僕の脳みそが事態に追いつけず呆然としていたら、ミーシャの叫び声が聞こえた。



「姫様っ! 早く! 今のうちにっ」



 その声に振り返ってみると東洋系の顔をした女の子にお姫さま抱っこされたニーナと、ミーシャに抱えあげられたアニスが見えた。

 次の瞬間、黒い方の少女が人ではありえない跳躍力を見せて屋根の上へと消えてゆく。



「早くしろ、このウスノロッ!」

「ちょ、ちょっと待って、ボーマンもっ!!」

「二人は無理だ。貴様だけだ!!」

「ならボーマンを先に――」



 そういって地面に横たわるボーマンを振り返ろうとして、誰かが僕に凄い勢いでぶつかって来た。



「逃がさんっ!!」

「ふぐぅっ!」



 横から突き飛ばされるようなタックルを受けて僕は地面に押し倒される。

 一瞬意識も一緒に刈り取られそうになったけど、気合でそれをなんとか耐えた。



「お、お願い! ボーマンを!!」

「その賊を捕まえろっ」

「姫以外は殺しても構わんっ! 逃がすなっ!!」



 僕の叫び声は視力を取り戻した騎士達のがなり声によってかき消される。

 緑の髪のビスクドールは一瞬迷う素振りを見せた。

 その躊躇いが、僕たちの救出のチャンスを不意にしてしまった。

 ボーマンの前に立ち塞がる2人の騎士に、緑の彼女に剣で切りつける騎士。

 その攻撃を紙一重でかわしながらも、僕を助けようと抗う彼女。



「逃げて! ボクはいいから! ミーシャを、皆をよろしくお願いします!!」

「このお人よしがっ!!」



 苦々しげにそう吐き捨てると、緑の髪の人形さんは糸で吊り上げられるかのように闇夜の空へと消えていく。

 僕は消えてゆく人形さんを見ながら内心ほっと息をつく。

 誰も逃げられない状況からミーシャたち3人は逃げられた。

 どこの誰の指示かは分からないけれど心の底から感謝したい。

 


「追え、逃がすな!」

「蛮行姫の周りを固めろ! 新手が近くに潜んでいるかもしれん」



 周りにいた騎士達が泡を食ったように動き出す。

 そんな中、僕を取り押さえていた男が身を起こし、僕の手を掴んで引きずり上げて無理やり立たせた。

 目の前の男は屋敷の中にいたあの狐顔の男。

 どうやら屋敷の中にいたから閃光弾に目をやられなかったのだろう。

 余計なことに気を取られていたからか、気が抜けたからか、僕は引き上げられた勢いに負けてよろけてしまう。

 倒れそうになったところを狐顔の男に抱きとめられた。

 無意識に男の腰に回した手に何やら無骨で固そうなものに当たる。

 どうやら腰に挿していた短剣かナイフといったところか。

 冷たい金属の感触に、僕はハッとしてその柄を握って引き抜いた。



「しまっ――」



 ナイフを奪われたことにすぐに気づいた狐顔の男は、慌てて僕を突き飛ばすと安全な距離をとった。

 彼を刺す心算じゃなかったので、突き放されたのは僥倖だ。



「近づかないで!」



 僕は自分自身の喉にナイフを当てて周囲の騎士達を牽制する。

 明確な勝算があったわけではない。

 ただ何でもするといったときのトスカーナの反応から、もしかしたらと思っただけである。

 が、効果はてきめんだった。

 騎士達はもどかしげに僕を睨み付けるだけで、手を出そうとか切り付けてこようとかしなかった。

 僕はゆっくりと慎重にボーマンへとにじり寄り、彼の安全も一緒に確保する。

 そんな中トスカーナは笑みを浮かべながら言い切った。



「刺せるなら刺してみるといい。そうなれば足元の男も一緒に死ぬだけだ」

「……取引……しようよ」



 緊張のあまり立っているのが辛くなってボーマンの横にへたり込むも、手にしたナイフは自分の首に当てたまま。

 多分トスカーナは僕に何らかの価値を見出している。

 なんでもしますと僕が言った時のあの勝ち誇った顔や、さっきの混乱の中での指示を聞いてそれは確信出来た。

 一か八かの賭けだけどボーマンの安全を確保するためには避けては通れないディール。



「守ってもらいたいことは2つ。ボーマンの身の安全と彼の傷が治るまでボクの傍から離さない。これを守ってくれるなら、ボクはあなたに従います」

「ふむ。抗う子猫を組み敷くのも一興かと思っていたが、まぁ手間がかからぬというのであればそれもいいだろう」



 鷹揚に頷くとトスカーナは満足げな笑みを浮かべて僕に背を向けた。

 周りにいた騎士達が僕の手にあったナイフを取り上げると、僕とボーマンを鉄格子がついた馬車へと押し込む。

 とりあえず今はトスカーナの言うとおりに振舞って、いつか逃げ出すチャンスを待つしかない。

 運がよければさっきの凄い人形さんが助けに来てくれるかもしれないし。

 ガタガタと揺れる馬車の中、不安と恐怖に押し潰されそうな僕はそっとボーマンの頭を抱きしめた。







「不手際、申し訳ありませんでした、侯爵様」

「構わぬ。むしろあの小娘を殺さずにいてくれたことに感謝しておるくらいだ」


 走り去ってゆく馬車を見つめながら、トスカーナは名無しの謝罪を軽く受け流す。

 本当を言えばスワジク姫には死んでもらう予定であったのだ。

 此処へ来たのも緊急登城ついでに姫の死を確認しに寄ったまでだったのだがタイミングがよかった。

 あと少し遅かったら、夜間の緊急招集がなかったら、きっと今頃蛮行姫には逃げられていたに違いない。

 が、それもたらればの話。

 全てはトスカーナの意図する方向へと転がり始めているのだ。



「帝国の影響力が弱まりヴォルフ家の内政干渉ももはやあるまい。未だ国力は十分とはいえぬが、あの魔道の力を我が血筋に入れることが出来れば……わが国からも魔導師を生み出せれば……ラムザスや帝国など恐れる必要などなくなる」



 トスカーナ専用の馬車が滑り込んできて目の前で静かに止まる。

 御者が降り、すばやく扉を開けてステップを引き出した。



「名無し。貴様もいつまでも名無しでは格好もつくまい。近いうちに貴様の主家の名誉は挽回させて置こう。これからも変わらぬ忠誠を私に尽くせ。それとスヴィータ、お前にはこの件に関して関わるように言ったわけではないはずだが……」

「あ……も、申し訳ございません」



 冷ややかなトスカーナの視線に貫かれて顔を青くするスヴィータ。

 怯え恐縮するスヴィータをみてトスカーナは苦い笑みを浮かべた。



「いや、構わぬ。お前の気持ちは理解した。だがこのような汚れ仕事には今後直接首を突っ込むな。お前は淑女たればそれでいい」

「は、はい」



 言いたいことは言い切ったとばかりに馬車の中へ向かうトスカーナの背中に名無しが慌てて声をかける。



「侯爵様。あの娘はいかがいたしましょう?」

「ん? あの娘?」

「はい。蛮行姫の侍女だったラムザス女です」

「ああ、あれか。もう要らん。始末しておけ」

「はっ、仰せのままに」



 トスカーナは今度こそ馬車の中に消え扉が閉められる。

 名無しとスヴィータ、それに数名の騎士達の見送る中、彼が乗った馬車は闇夜の中へと消えて行く。

 その様を屋根の上から苦々しげに見送る姿が二つ。

 彼らはトスカーナやスワジクが乗せられた馬車が見えなくなり、眼下の私兵達が姿を消してようやく立ち上がった。



「スワジク……」

「殿下、いかがなさるおつもりで?」

「……あの娘を見捨てるわけにはいかないだろう? あの娘は本当のスワジクじゃないんだ。こんな目に遭わせていいはずはない」

「ですが侯爵家に匿われた以上、我々に手出しはできません」

「我々とばれなければいいのだろう?」

「はぁ……国王を殴るわ、こんな夜中に夜盗の真似事をされたり侯爵家に喧嘩を売りに行こうとか……正気ですか?」



 銀色の髪を夜風に靡かせるフェイタールは、横でぼやくレオを意図的に無視して地上に飛び降りる。

 そして屋根の上で呆れ顔のレオを見上げ、なんでもないことのようにフェイタールは言い切った。



「どうやら私は義妹のことがどうにも心配らしい。一国の王子とかではなくあの娘の兄として、私は彼女を助けに行かねばならない。レオ、お前はルナの方を頼む」

「はぁ……、分かりました。でも無茶は厳禁ですからね! 顔ばれも駄目ですから!!」

「分かっている」



 それだけ言い残してフェイタールも闇夜の中へと消えていく。

 一人取り残されたレオは夜空を仰ぎ一人ぼやく。



「はぁぁぁ……、残業手当つくんでしょうかね?」




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