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53話「一難さって、また一難」

 自分の中の何かが、一斉に目の前に横たわっているボーマンへと注ぎ込まれてゆくのが分かる。

 土気色のボーマンの顔にほんのりと赤みが差してきた。

 一体何が起こっているのかよく分からないが、そでれもボーマンの命が繋ぎ止められたということだけは実感できる。

 だって傷口に当てていた手に、さっきまでほとんど感じなかった心臓の鼓動が感じられたし、出血も止まったから。

 ただ、それでも胸の傷が塞がったという訳でもなく、なんとも中途半端な感じが否めない。

 そのあたりが僕の魔法ちからの限界なんだろうか。



「と、とりあえず助かった……のかな?」

「それ以上動かないで」



 鋭い制止の声と共に首筋に当る鋭利なナイフ。

 いつの間にやら僕はスヴィータに後ろから抱きつかれて、こんな状況になっていた。

 顔を恐怖で引きつらせながらも、言われた通りに身体を凍りつかせる。

 視線だけで周りを見渡すと、ミーシャが短槍の切っ先をあの男の喉下に突きつけているのが見えた。

 僕が人質にとられているからミーシャは動けない。

 でもスヴィータも迂闊に僕を傷つけると、仲間もろともミーシャに蹂躙されてしまう。

 で、ボーマンを刺したあの男は、喉元に突きつけられた切っ先と壁に挟まれて動くに動けない。

 これは所謂三竦みの状態といわれるものではないだろうか。

 誰一人として動けないこの状況、じりじりと時間だけが過ぎてゆく。



「スヴィータさん、後です!」



 男がスヴィータに向かって叫ぶ。

 スヴィータは彼の言葉に敏感に反応して、僕の身体をホールドしたまま勢い良く振り返った。

 急に身体を振り回されて僕は一瞬目を回しかけたけれども、なんとか気合で持ちこたえた。

 そして見上げた視線の先には、



「わっ! わわわっ! ニーナ、ちょっとタンマぁ!!」

「っ!!」



 僕の目の前、ニーナが太い麺棒を振りかぶって今にも振り下ろしそうな体勢でいた。

 あと少しタイミングがずれていたら、あの麺棒は僕の頭にめり込んでいたのか。

 味方に撲殺される一歩手前の状況に、僕の額から一気に冷や汗が噴出す。



「土壁を背にしなさい。そうすれば背後の心配はいらなくなります」

「それ以上喋らないで貰いましょうか? 思わず手元が狂って槍を突き刺してしまいそうです」

「ミーシャ、あなたこそもうちょっと状況をよく理解したほうが良いわ。姫様の命は、今私の手の中にあるのよ?」

「貴女に姫様を、人を殺めるだけの覚悟があるとも思えません」

「あら、そうかしら。貴女と同じでうっかり手を滑らせてしまうかも、ですわよ?」



 僕の頭を飛び越して交わされる殺伐とした会話。

 しかもその内の2人は僕付のメイドさんである。

 でも正直僕の関心事は殺伐とした会話をする3人ではなく、目の前に横たわっているボーマンだ。

 手が離れてしまったので、さっきまで流し込んでいた気のパワーっぽいのが送れていない。

 このまま成すがままに壁際にまで引き摺られていくと、さらにボーマンとの距離が開いてしまう。

 といってボーマンに近づこうとしたら、首にナイフが刺さってしまうし……。

 ふと見上げると、未だ麺棒を振り上げたまま固まっているニーナ。

 僕はぽんと手を一つ打つと、ニーナにお願いをすることにした。



「ニーナ!  ごめん、ボーマンをさ、僕の目の前まで引き摺ってきてくれないかな? 手の届くところ迄で良いから」

「ちょっと! 貴女自分の置かれている状況理解していらっしゃるの!?」

「あ、えっと、割と理解しているつもりだけど……。でも、ボーマンから手を離しちゃうとなんか不味いぽいから、悪いけどこれだけは譲れないかな」



 ほっぺたを掻き苦笑をしながら、後のスヴィータにそう言い切る。

 そして僕に頼みごとをされたニーナはその場に居合わせた皆を見回してから、恐る恐る麺棒を下ろしてボーマンを引き摺り始めた。

 もちろんその間も男とミーシャの間ではお互いを牽制し合っていたし、僕の後ろにいるスヴィータも凄く緊張しているのが分かる。

 だってスヴィータの手、小刻みだけどぶるぶると震えている。

 人の命を握っているというプレッシャー、多分それが彼女を必要以上に怯えさせているのだろう。

 ニーナの一挙手一投足に過敏に反応しているせいもあるのかもしれない。

 その震える手に何となく僕は自分の手を重ねた。

 


「大丈夫だよ……」

「え?」

「怖がらなくて大丈夫だから」



 スヴィータは、最初僕が何を言っているのか分からなかったみたい。

 だからもう一度、同じ言葉を繰り返した。

 捕らわれている人質が犯人に対して掛ける言葉じゃないような気はするけどね。

 でもなんだろう?

 怯えているスヴィータを肌越しに感じてしまって、逆に安心してしまったのだろうか。

 ああ、スヴィータだって怖いんだって。



「ふ、ふふふ、恐怖のあまり気が狂ったのかしら」

「んー、多分そんな事は無いと思うけど。あ、でも怖いのは怖いけどね」

「だったら素直に怯えていなさいなっ!」

「うん、そうしたいけど今は無理かな。だって、僕には今しなくちゃいけないことがあるから」



 そういって目の前に横たえられたボーマンの手を右手で握る。

 左手はいまだスヴィータの手に重ねられたまま。

 僕はその状態で、もう一度体の中で渦巻いている力を解放させた。



「え!? な、何? 手が……暖かい?」



 僕の両手を伝って流れてゆく僕の力。

 意識しているつもりは無いのに、1対9の割合でボーマンに多くの力が流れているようだ。

 その割りに傷口が劇的に塞がったりしないみたいのが、しょぼーんな感じではあるが。

 でも確実にボーマンの状態は良くなっている、……ように思う。

 苦しそうな顔をしないしちゃんと息もしているから、そこは間違いないはずだ。

 大して後のスヴィータは最初こそ吃驚して警戒いたようだが、時間と共に大人しく僕の力を受け入れてくれている様子。

 どうやら相手が僕の力を拒絶したら、力が流れにくくなる傾向にあるようだ。

 


「……綺麗」

「え? 何かいったスヴィータ?」

「っ! 何も言いませんわっ!!」

「だって今何か――」

「か、髪の毛が光ってて不気味だっていったんですわっ!!」

「ほえ?」



 そういわれて初めて、僕は自分の髪の毛が淡く光っていることに気が付く。

 ああ、力を使っている間は僕はこんな状況になるのか。

 ……蛍みたいだな。



「馴れ合いはそこまでですよ、スヴィータ」



 壁と槍先の間に挟まっている男は、苦々しげに声を荒げる。

 順調だった力の送り込みが一気に停滞し始めた。

 せっかく良い雰囲気になりかけていた僕とスヴィータの間に、また目に見えない壁が出来てしまったみたいだ。

 心の中で鋭く舌打ちをすると、僕は慌ててスヴィータに問いかける。



「スヴィータはさ、なんで僕に死んで欲しいの?」

「っ!!」



 吃驚したからだろうか、閉じられた見えない壁が少しだけ綻んだ。

 少しだけ迷うような素振りがあってから、スヴィータは搾り出すように僕の問いに答える。



「レイチェルの仇ですわ」

「……そっか」

「ええ! 自分の罪をレイチェルに押し着せて死なせたくせに、貴女だけのうのうと生きているなんて、私は許さないっ!」



 怒りが体を支配し始めているのか、ナイフを持つ手がぶるぶると小刻みに震えている。

 でもスヴィータのその怒りが大きいから、僕は少しだけ嬉しくなった。

 あぁ、やっぱり……



「やっぱりスヴィータは優しい娘なんだね。よかった……」

「っ! はぁ? や、やっぱり貴女気が狂い始めて……」

「いやいやいや、それは無いって! スヴィータがここにいる理由っていうか、僕に死んで欲しい理由って、僕のせいで無実のレイチェルさんが死んだからその敵討ちってことでしょ? なら方法は横においておいて、その気持ちの出発点は確かに優しい気持ちからなんだって思えるんだ」

「今更命乞いをしたって私は……」

「違うって。命乞いとかじゃなくて……、上手く言えないけど、なんていうのかな? んー、悪人じゃなくて良かった? ほら、快楽の為に人を陥れるとか、殺すとか、そういう人も世の中にはいるんだよね。そんな人に殺されるのはもう二度と御免だけど……ん? あれ? 今、ボクなにか変なこと言わなかった?」

「徹頭徹尾、おかしな事しか言ってませんが?」



 なんだろう、凄く嫌なイメージが頭の中に沸いてきたんだけど。

 吐き気を催すような陰惨なイメージ。

 でも、それが何だったのか、いくら頭を捻ってみても思い出せない。



「んー、なんかやな事を思い出しかけたんだけど……、まあいいや。でも、スヴィータはそうじゃなくてちゃんと理由があったんだって、ちょっとホッとしたっていうか……」

「なるほど、じゃあレイチェルのため、私の為に死んでくれるのですね?」

 


 ぐいっと言葉と共に突き出されるナイフの切っ先。

 少し喉に食い込んだようで鋭い痛みを感じた。

 あ、やばいっ、と思った瞬間、顔の横を凄い勢いで何かが掠める。

 直後、ぐももったスヴィータの悲鳴が聞こえた。



「い、今です、姫様! 早くこちらへっ!!」

「いいぞ、アニス! よくやった!」



 槍を突き出したままミーシャが惜しみない賞賛をアニスに送る。

 得意満面なアニスは嬉しそうに立ち上がって、手にした即席のスリングショットを構えながらスヴィータを威嚇。

 僕はボーマンの手を掴んで、ニーナと共にアニスの後まで引き摺ってゆく。

 ゴメンよ、ボーマン。

 多分君の背中、擦過傷で酷い事になってそう。



「よ、よくもやってくれたわね、アニスゥ!」

「う、動かないでっ! 今度は痛いだけじゃすまないからっ!」



 額から少量の血を流しながら、スヴィータがナイフを片手にアニスを睨みつける。

 自分に向けられる憎悪に涙目になりつつも、アニスは構えたスリングをこれ見よがしに見せ付けた。

 鉄製のY字型の金具に括り付けられた何重にも折り返されたゴムひも。

 即席感漂う武器ではあったが、それでも威力は実証済み。

 だからスヴィータも動けずにいた。

 ただ誰も指摘しないけど、床の上に脱ぎ捨てられた下着が一枚。

 うん、見なかったことにしよう、主にアニスの名誉の為に。



「あっ! 窓の外に人が!!」



 ニーナのその叫びに、部屋の中にいた全員が一斉に窓の外に目をやった。

 確かに何十人という衛士っぽい人たちが、この家を取り囲んでいるようす。

 どうやらフェイ兄の援軍が間に合ったのだろう。

 僕を始めミーシャやアニスの間に安堵の空気が漂い始め、逆にスヴィータは悔しそうに顔をしかめた。



「遅いよ、フェイ兄! 本当にもうどうなることかと」

「まぁいいじゃありませんか、終わりよければ全てよし、です。」



 家の外にいるであろう陣頭指揮を執っているフェイ兄に文句をつけていたら、ミーシャが笑いながら槍を引く。

 こうなってはどうあがこうとも男やスヴィータに勝ち目は無い。

 それが分かっているのか男の方も感情こそ露にしないが、不貞腐れたように壁に背を預けて佇んだままだ。



「姫様、ボーマンは大丈夫でしょうか?」



 場が収まったということで、途端にニーナが床に横たわるボーマンの心配をする。

 だけど僕自身、僕の力がどの程度のものなのか分かっていないから、安請け合いをするのも躊躇われる。



「う~ん、よく分からないけれど、危ない状態ではなくなったと思うんだけど……」

「ニーナ、心配いりません。ドクター・グェロに任せれば数段パワーアップして帰って来れますよ」

「あー、パワーアップはいりませんので、せめて無事にさえ帰ってきてくれたら……」



 緩んだ空気の中、笑いあいながら外に出ようと玄関の扉を開け放つ。

 真っ先に外に出たアニスに続いて、ニーナと僕と抱えられたボーマン、殿にミーシャが続く。

 引き摺っているボーマンを気にしていたら、ボフンと誰かの背中にぶち当たってしまう。



「んぁ!? あれ、何? どうしたのアニス? 何立ち止まっているの?」

「ひ、姫様……」



 アニスの声が震えている。

 意味が分からず、僕は立ち尽くしているアニスの肩越しに前をみた。



「……え? 何? なんで???」


 

 目の前の光景の意味が分からず、僕はただ立ち尽くすしかなかった。

 家の周囲を取り囲んでいた衛士たちをかき分けて、一人の男が前へ進み出てくる。

 ゆっくりと時間を掛けてやってきた男は、僕を見下ろしながら微笑みかけてきた。



「お久しぶりです、姫殿下。……あぁ、いやこの呼び方は正しくありませんね。今は姫殿下とお呼びするより相応しい呼び名があるのでした。そう、廃棄姫という素敵な呼び名がねぇ、くふっ、くはははははっ!」


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