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50話「姫様の本心」

「姫様、終わりにするとは一体……」



 ミーシャが俯き加減のまま、僕に問いかけてくる。

 多分怒っているんだろうなと思いつつ、彼女の問いに勤めて平静を装って答えた。

 それでも少しだけ声は震えていたけども、今の状況でそれを指摘する人もいない。



「うん。ボクの死に意味があるなら、それと引き換えにアニスやボーマンを助けることが出来るんじゃないかな。助け出した後で命を狙われる危険性もあるのかもしれないけれど、ボクが死んだ後ではリスクを犯してまで皆の命を狙うとも思えないんだ」


 死ぬという単語に、ニーナがびくっと肩を揺らす。

 ボーマンを心配している彼女の気持ちも痛いほど分かるつもりだし、ミーシャの気持ちを踏みにじって自分を粗末にしているのも分かっている。

 でもどう考えても、僕に残された選択肢はこれくらいしか思い浮かばないんだ。



「だから、もうボクには係わらないようにして欲しいんだ」

「バカッ!!」



 パァンという乾いた音がした。

 最初何が起こったのかわからなかったけど、頬が熱くなって痛みを感じたことで自分が叩かれたということに気がつく。

 目の前で大粒の涙を流しながら、悔しそうに唇を噛み締めているニーナ。

 彼女の行動を驚いた様子で見回しているミーシャや店の人達。



「そんな風に助けられたって、ボーマンは喜ばないですっ!!」

「え……?」

「大体何ですか! 自分ばっかり悲劇の舞台役者みたいにっ! ボクに係わるな? もう終わりにしよう? ふざけないで! ボーマンの気持ちも分かってあげない傲慢女っ!」



 正直目の前でニーナが喚いているのを見てはいるのだが、状況に頭が追いついていない。

 っていうかなんでこの場面で僕が叩かれてなじられてるの?



「だいたいボーマンのヤツ、いっつも姫様ばっかり見てて私を見てくれないし、実物の姫様って噂と正反対で守ってあげたくなるような人だしっ! 本当は姫様の顔を見たら罵ってやろうって思っていたのに、ボーマンの話を聞いたら今にも死にそうな顔して罵れなくなっちゃうし! ホントになんなんですか、あなたはっ!」

「二、ニーナ……落ち着け? 姫様が吃驚されているから」

「これが落ち着いていられますかっ! 大体ミーシャ様もミーシャ様です! もっと――」


 

 ボロボロと涙を流しながら怒り狂っているニーナを、あっけに取られていたミーシャが宥めに入る。

 だけどニーナはそんなミーシャにも何か言って噛み付いているようだが、その言葉は今の僕の耳には入ってこない。


 

「……んだよ」

「――からちゃんと落ち着いて……って、姫様?」



 僕が肩を震わせてぶつぶつと呟いている姿を見て、ミーシャが恐る恐る声を掛けてくる。



「五月蝿いっていってるんだよ!!」



 お腹の底から湧き上がってくる怒りを、両手で調理台を叩くことで発散する。

 そうしないと色々と弾け飛びそうになったから仕方が無い。

 僕に怒鳴られたミーシャは顔を引きつらせて仰け反っている。

 心の片隅で八つ当たりしてるなぁと思いつつも、感情がぐちゃぐちゃになってもう止まれない。

 というか今は周りの人の視線とか他人への気遣いとか、そんなの気にしている余裕も無いし。



「ボクだって何も好き好んでこんなことしてるんじゃない! でもしょうがないじゃん! 悪いヤツラがボクを嵌めようと皆に危害を加えてくるんだから! ボクだって静かに平穏な日々を過ごしたかったよ! こんな訳のわかんない世界に放り出されてさっ! なんだよ、異世界とかお姫様とか! 全くもって訳が分からないよっ! なんでボクだけこんな目に遭わなきゃいけないのさ!! それでもなんとか皆を助けようと思ってるのに、なんでニーナに叩かれなきゃいけないんだよ! もう、さんざんだよ!」



 僕の怒声に目を丸くするミーシャを押しのけて、ニーナが頭突きをするほどの勢いで顔を近づけてきた。

 もちろん僕も逃げずに応じる。

 ミーシャや女将さん達は仲裁に入るのも忘れたのか、口をあんぐりとあけてヒートアップする僕たちを傍観していた。



「なんですか! 逆切れですか? 逆切れしたら私が黙るとでも? 自分だけが酷い目にあってるなんて思わないでくださいよねっ! 私とボーマンなんかあなたのせいで職を失ったんですよ! 月当り銀貨3枚のお仕事ですよ!? 私のような孤児で後ろ盾も無い人間にはこれ以上ないくらい好条件な職場だったんですよ!! それなのに姫様とお茶を飲んだくらいでクビとか、有り得ない!」

「そんなのボクに言われても困るよ! 君のクビ切ったのヴィヴィオさんとコワルスキーさんだしっ! クビですんだんだからいいじゃんかっ! ボクなんか殺されるんだよ!? なぁんにもしてないのにさっ! メイドのみんなや王宮の人達は冷たいし! あのクラウとかいう筋肉馬鹿にも殴られて苛められたし。事情もわかんないんだったら首突っ込んでくんなっていうんだよ! 大体女の子を殴るのも最低だ!」

「それこそ私には関係ありません! 知りませんよ、姫様の都合や王宮での関係なんて! 大体止めて欲しいんですよね、その気もないのにボーマンに色目を使うの」



 ニーナがジト目で僕を睨んでくる。

 っていうか僕は中身男だっていうんだ。

 何が悲しくて男を好きにならなきゃならんのか。



「はぁ? 何それ! ボクがなんでボーマンに色目を使わなきゃなんないの? マジ勘弁。大体ボーマンの事が好きなら、ちゃんと自分の口で言えばいいだろ? 別にボクとボーマンが付き合ってるわけでもなし! それに今はそんな話してないし」

「あー、そうでした、そうでした。今は姫様がどれくらいお可哀想な境遇にあるかの不幸自慢のお話でしたっけ? ざけんなって感じですよねー、ミーシャ様」

「あ、いや、なぜそこで私に同意を求めてくるのですか?」



 焦りながら首を左右に振るミーシャ。

 いつもの人を食ったようなミーシャがここまでうろたえているのも珍しいのだが、今はそんな事も気にならない。

 何より今は挑戦的な目で僕を睨みつけてくるニーナに意識が集中しているのだ。



「ミーシャは関係ないだろ! 今はニーナと話してるんだからさっ!」

「関係ないわけないじゃないですか。不幸自慢して勝手に突っ走る姫様のお守り、誰がしてくれていると思ってるんです? 大体ミーシャさんだって被害者ですしねぇ」

「そんなのボクのせいじゃないだろ? なんでボクが加害者みたいな扱い受けなきゃいけないのさ! それにボーマンだってボクが頼んで動いてもらっていた訳じゃないし! 自己責任の範疇で出来ないなら、最初からするなよ! それで怪我したりしてボクのせいだといわれても、ハァ? って感じなんだよ!」

「そーですよ? 皆自己責任でやってるんですよ! ミーシャさんが姫様に何か愚痴でもいいましたか? ボーマンが姫様に自分の境遇について文句をいったことがありますか? ありませんよね? ないですよね?」



 ニーナの人差し指が彼女の指摘するタイミングに合わせて、ドンドンと僕の胸を突いて来る。

 確かにニーナの言うとおり一連の事件で実質的な被害を被った人達から、僕は面と向かって何か文句を言われた事はない。

 だから彼女の指摘に反論できずに、押されるままに壁際に追い込まれる。



「そ、そりゃないけど!」

「だったら、なんで勝手に自分は不幸だってオーラ撒き散らして周りを不愉快にさせてるんです?」

「だってそれはボクが居たから、騒動に巻き込まれたわけで……。ボクが皆と係わりを持たなければ、そんな事は無くて……」

「ボーマンも私も、多分ミーシャさんも、自分達から姫様と係わりを持とうと思ったんです! それを勝手に貴女のせいでだなんてすり替えて欲しくありません! そんなの、ボーマンは喜びません!」



 そこまでいったニーナは鬼のような形相から一転、とても優しげな表情になる。

 彼女のその変化に僕は付いていけず、ただ混乱するばかり。

 とまどっていると僕の頭にニーナの手が回される。

 えっと思う間もなく、僕は優しくニーナの胸に抱き寄せられた。



「だから、何もかも自分のせいだなんて背負い込まないでください。死ぬなんて言わないでください。ボーマンが聞いたらきっと悲しみます」

「……」

「貴女は悪くありません。だから自棄にならないで。彼の志を無駄にしないであげてください」


 

 ニーナの温もりが、微かに聞こえてくる心臓の音が、徐々に僕に冷静さを取り戻させてくれる。

 いままで溜め込んでいたいろんなものを吐き出して、見っともないくらいな泣き顔でニーナと言い争って、それでようやく自分の本当の気持ちにたどり着いた。



 死にたくない。

 一人ぼっちは嫌だ。

 僕を見捨てないで。


 なんて情けない本心なんだろう。

 転生とか憑依するオリ主って、もっと芯が強くて何にでも立ち向かっていける人達なのになぁ。

 なんで僕はこんなに情けないんだろう。

 ニーナのこと、なんか小動物みたいな弱々しい娘だなって思ってた。

 でもこんなに懐が大きい人だったんだなぁって、今は素直に感心している。

 彼女の胸に抱かれてなんかささくれ立っていた心が落ち着いていくような気がした。

 これが母性っていうやつなのかなぁ?

 中身男の僕には到底真似の出来ない芸当だ。



「……ごめん。皆の気持ち、全然考えてなかった。自分の事で精一杯だったよ。ほんと、ごめん」

「私のほうこそ申し訳ありませんでした。姫様を打つわ、暴言を吐くわ。あれですかね? 不敬罪ってやつですかねぇ、あはは」

「あはは、クラウっていうあの筋肉馬鹿がいたら追求したかも知れないけれどね。ボクはそんな酷いことは言うつもりもするつもりもないよ」



 あはははと二人で笑っていると、柱をノックする音が背後から聞こえた。

 何の気なしに振り返ると、そこに立っていたのは北町の会長さんだった。

 会長さんは僕と眼があうと、トレードマークの茶色の帽子を脱いで深々と首を垂れる。

 後にいるお付の人達も一緒に最敬礼の姿勢をとった。



「姫殿下とは露知らず、数々のご無礼を致して参りました。部下達の非礼も合わせて、謝罪をさせていただきとうございます」

「あ、いえ、そんな……」



 会長さんは僕よりも小柄なお爺さんだから、そんな風に畏まられたら余計に小さく見えてしまう。

 僕は慌てて会長さんのところへ駆け寄って頭を上げてもらう。



「こんな下賎な身分の者にまでお気遣いいただけるとは……」

「そ、そんなに畏まらないでください。この間みたいに孫娘と思ってくれていいですから。今までどおりに接してくれた方が嬉しいです」

「そうですか。噂とはまるで当てにならぬものですなぁ。姫殿下のような方に蛮行姫などという蔑称をつけるなどと。王宮とはほんに魔窟ですなぁ」



 まぶしいものでも見るような目で僕を見ないでください。

 死ぬほど居心地が悪いです。

 そういいながら、傷だらけのスキンヘッドに帽子を再び乗せる会長さん。

 以前のような好々爺然とした笑みを浮かべてハグしてくれる。

 うん、これが人の温かみというものなのかな。



「色々とお辛かったでしょうになぁ……」

「……あの……会長さん? 前も言いましたけどここはそういうお店じゃありませんからね?」



 うん、この人これさえなければほんといい人なんだけどねぇ。

 そう心の中で思いつつ、お尻を掴んでいる会長さんの手を抓り上げた。



「ほっほっほっほ、孫娘に対するすきんしっぷ? というヤツですじゃ」

「いや、触り方がイヤらしいですから」



 苦笑しながらそう突っ込んでいると、背後から木が潰される不気味な音が聞こえた。

 僕と会長さんは何事かと思って音のした方を見ると、そこには般若のような顔をしたミーシャが立っていて、握っていた柱を握りつぶしていた。



「みっ! ミーシャ!? は、柱! 柱が!」

「姫様、ご命令さえあればそこの干物の始末、すぐにでもさせていただきますが?」

「し、始末って何!? ミーシャ、目がマジ怖いんですけど!!」

「ふぉっふぉっふぉ。爺ぃと孫娘のただのすきんしっぷに目くじらを立てるとは。なんと心の狭い侍女かのぉ?」

「……殺すっ!」

「ぎゃぁぁぁ! ミーシャ、おち、落ち着いてぇぇぇぇ!」



 握りつぶした柱を、メキョッっていう異音と共に引っこ抜くミーシャ。

 いや、もうそれって人間技じゃないよね?

 僕を間に挟んで、しゃーと威嚇するミーシャとそんなミーシャをおちょくる会長さん。

 何、このカオス。

 さっきまでのシリアスな空気は何処へ行ったの?



「おおう、そうじゃ、そうじゃ。姫殿下、貴女がお探しの赤毛の侍女の居場所が分かりましたぞ?」

「え!? 本当ですか!!」



 ミーシャに襟首を掴まれて猫の子のようにぶらぶらと宙に揺れる会長さんが、思い出したように重大な情報を告げる。

 瞬間にその場の空気が真剣なものに変わり、皆会長さんの次の言葉をじっと待つ。



「どうやらラムザスの間諜が居た屋敷に監禁されているようですじゃ。先程、ボロボロになった若造も一緒に担ぎ込まれたとの報告も受けておりますなぁ」

「も、もしかしてそれってボーマンですか!?」



 会長さんの言葉に勢いよく食いつくニーナ。

 自己責任だのなんだのいって、やっぱりニーナはボーマンの事誰よりも心配してあげているんだなと分かった。

 ボーマンもこんな良い娘に好かれてよかったなと思うその反面、だからこそ無事に救出しないといけないんだと気を引き締める。



「相手もどうやらわし等に隠れ家にいることを隠すつもりもない様子。恐らくはわしらが姫殿下に直接話を持っていくことも理解しているのでしょうな」

「それって……」

「はい。相手は姫殿下を誘っていると考えて間違いないでしょうな」



 ごくりと唾を飲み込む僕。

 虎穴に入らずんば、虎児を得ず。

 自分の身を差し出して、アニスとボーマンを救い出す。

 その解決方法が、改めて僕の頭の中に浮かんでくる。



「姫様、お一人では行かせませんよ?」



 僕の考えを察したのか、ミーシャやニーナが鋭い目で僕をけん制してくる。

 苦笑いでミーシャに頷きながら、僕たちはどうするべきか作戦を練る為に2階にあるボーマンの部屋へと向かった。



「どうでもいいがよ、店を壊された分の請求って何処にだせばいいんだろうなぁ?」

「姫様宛てでいいんじゃないかしら?」



 僕たちの背中をぼんやり眺めながら交わされた大将と女将さんの会話は、残念ながら僕たちの耳にまでは届かなかった。






「筋肉馬鹿か……」

「まぁ、そういわれても仕方ありませんなぁ」



 勝手口の隙間から話を聞いていたクラウとセンドリックの2人。

 たまたま街角で蛮行姫を見かけたので、その後をずっと着けてきていた。

 一連の蛮行姫と元侍女の会話や、彼女から見れば取るに足らない身分の者達への接し方を見て、クラウは苦虫を噛み潰したような顔をして終始無言であった。

 センドリックは最近の姫の変化を知っていたのでさほど驚きでもなかったが、スワジク姫の我侭ぶりを見てきたクラウとしては衝撃的な一幕であっただろう。

 蛮行姫たちが居なくなって出た最初の言葉が、かの姫がいった筋肉馬鹿というワンフレーズであった事にもクラウの心情が滲み出ているといっても過言ではない。



「どうします、クラウ団長?」

「一旦引き上げる。ただし監視は付けておいてくれ、近衛のほうでな。俺の部隊のヤツラじゃ、俺の時みたいに暴力で解決とか姫様の足を引っ張る可能性もあるからな」

「……なるほど。一旦引き上げて体勢を整える、というわけですかな?」

「それもある。が、一番はフェイタールのヤツをぶん殴らないと気がすまねぇ。なんで俺に情報を寄こしやがらなかったのか聞かなきゃならんしな」



 大股で去っていくクラウの背中を、苦笑いをしつつ見送るセンドリック。

 その頭の上から微かに漏れてくるスワジク姫達の話し声を聞き流しながら、彼もまた自分の役目を果たすべく街の方へと歩き始める。

 一度だけ彼は鳥の冠亭の2階を振り返り、ぼそっと独り言を呟いた。



「なるほど、あの姫殿下であれば確かに剣を捧げる価値はあるか……」



 コワルスキー隊長と激しく言い合ったボーマンの姿を思い出し、己の忠誠を捧げる美姫あるじを得た彼を羨ましく思うセンドリックであった。

 まあ、彼は彼でちゃんと国王に剣を捧げているので羨む必要もないはずなのであるが、やはり美姫に捧げる剣というのは羨望に値するものなのだろう。

 

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